ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
ガタッ
眼の前で行われた事に頭がついて来なかった私は、思わず物音を立ててしまいました。
『!?だれ?』
中のトレーナーらしき女性が気づき、ドアの方に近づいてきます。
ポンッ
不味いと思った私の後ろから、誰かが肩を叩いてきた。
ビクッとしながら振り返ると、そこにはアルタイルのトレーナーである
匠ひびきさんが居ました。
ひびきさんは、『私に任せろ』とでも言うように頷くと、眼の前のドアを開ける。
『あら、ヒビキじゃない。』
『久しぶりね、ジェシカ。相変わらず無茶苦茶やってるみたいだな』
!?
どうやらひびきさんの知り合い?
それにしても今ジェシカって言った?
…まさか、この女がジェシカ・カルバン!
『そこの娘はあなたのウマ娘?…ふ~ん、随分しょぼいんじゃないの?』
『…彼女は友人のチームの娘だが、十分に素質ある娘だ』
英語は良く解らないけど、何となく馬鹿にされた気がしてムッとしました。
『それにしてもあなたのウマ娘はジャパンカップに出ても居なかったじゃない?勝てない奴の僻みは見苦しいわよ』
『良い気になってるのも今の内よ。いずれ私のかわいい娘達がアメリカに遠征するわよ』
…アメリカに行くって言ったのかな?
アルタイルはアメリカ遠征を考えているのだろうか?
まぁ、シルさんが凱旋門賞の遠征を視野に入れるなら、被らないのは良いかも知れません。
『ホホホ、ジャップが何を言ってるの?ジャップのウマ娘が海外の大レースで一体何勝したか知ってる?』
『過去の栄光にすがっていても悲しいものよ、ジェシカ』
ひびきさんの言葉にジェシカ(と思われる女性)は鼻で笑う様子があります。
何となくイラっとします。
『ふん、あなたと関わっているほど私は暇じゃないの。行くわよ』
何かを喋った後、その女性はウマ娘と共に去って行きました。
…
ジェシカとウマ娘が去った後、ひびきさんに話しかけました。
「ひびきさん、あの方は…」
「あぁ、すまないね。あいつ…ジェシカ・カルバンとはアメリカで少し因縁があってな…」
驚いた。
やはりあの女がジェシカ・カルバンだったと言う事と共に、ひびきさんが彼女と因縁がある事が。
つまり私の予感が正しければ、ひびきさんは原作で言う岡恭一郎と似たような経験をしているのでしょう。
「話を…聞かせてもらっても?」
私は思わず気になって、話して貰うようにお願いします。
「…古くて退屈な話だよ」
そしてひびきさんは語った。
以前トレーナーの研修としてアメリカに行った時の事。
ひびきさんは、ルーシーさんと言うトレーナーの元で修業をしていた。
ルーシーさんはウマ娘を家族の様に扱うトレーナーで、1頭のウマ娘だけをデビューから引退まで面倒を見て、また引退したら新しいウマ娘のトレーナーになるタイプだったと言う。
丁度新しいウマ娘を探していたルーシーさんは、あるウマ娘と出会いその素質に惚れ込む。
それは“ラビアンローズ”と言うウマ娘だった。
しかし“ラビアンローズ”のデビュー前、執拗に嫌がらせをしてくるトレーナーが居た。
それが彼女、ジェシカ・カルバンだ。
ジェシカの嫌がらせで練習の邪魔をされたり、場所を確保できなかったりする事もあったが、それでもひびきさんを含めた3人で楽しくやっていたらしい。
だが、ルーシーさんが病気になってしまった事で歯車が狂う。
ひびきさんにはアメリカでトレーナーをする資格は無く、“ラビアンローズ”は別のトレーナーの元に引き取られる事になったのだが、誰も引き取ろうとしない。
どうやらジェシカが裏から手をまわして、“ラビアンローズ”の悪評を流してまわっていたらしい。
それに切れたひびきさんは、ジェシカに思い切り平手打ちをかまし、その行動が問題となり日本に帰る事になったそうだ。
そして、“ラビアンローズ”はジェシカに引き取られた。
「数年後…ラビアンローズがBCクラシックに勝ったと聞いた時は複雑な気持ちだったな。ルーシーと私の眼が確かだったと喜び半分、ジェシカのトレーナーとしての名声が高まってしまった事の悔しさ半分だ。」
「…ラビアンローズさんはBCクラシックに勝った直後に引退してますけど、身体を壊したりしたんですか?」
私のその言葉に、ひびきさんは少し驚いた顔をしました。
「あぁ、良く知ってるな。だがラビアンローズは今はルーシーの面倒を見てくれてるそうだ。ジェシカの元で走るのにうんざりして、BCクラシックに勝った時にインタビューで引退するって言ってやったらしい」
その言葉を聞いて、少しホッとしました。
最悪、原作同様にラビアンローズさんは亡くなっている可能性があると思ってましたから。
「イッキ君、さっきジェシカに話していたのは私の希望だ。だがその希望をあの娘達に押し付ける気はない」
遠い眼をして話をするひびきさん。
現実の競馬でも、例えば凱旋門賞勝利の悲願の為に数々の名馬を送り出し…そして一度も勝てていません。
海外の大レースに勝てるウマ娘を育てると言うのは、日本のトレーナーの悲願何でしょう。
「でも私はあの娘達がアメリカで、ヨーロッパで、活躍する姿が見たいんだ」
私はひびきさんの言葉に、深く共感してしまいました。
「…私もアルタイルの方々なら海外でも勝ち負けになると思います。でも、海外の環境ではアクシデントも多くなるので複雑です」
でも特にあのウマ娘は、海外に出れば感染症にかかる可能性がある。
それだけを考えれば、日本に居て欲しいとも思ったりする。
「ふふ、キミはうちの娘達まで心配してくれるんだな。ありがとう」
心配気な私の姿を見て、ひびきさんは私の頭を撫でてくれました。
そして、次の一言で私は本来の目的を思い出すことになります。
「そう言えば、キミはどこへ向かっていたんだい?」
「あっ、そうだ!ヒヌマボークさん所へ向かっていたんでした!ひびきさん、失礼します!」
私は、ヒヌマボークさんの控室に向かって走り出しました。
…
イッキ君が離れて行ってすぐ、私は後ろから声をかけられた。
「ひびき~、こんな所で何してるの~?」
振り向くとそこにははるかが居た。
まぁ彼女は今日のジャパンカップで勝ったヒヌマボークのトレーナーだから、当然レース場に居るのだろう。
「あぁ、はるか。ヒヌマボーク君の優勝おめでとう」
私はイッキ君との…いやジェシカとの話を逸らす様に声を掛けるが…
「ふふふ、そんなに露骨に話を逸らさなくても良いじゃない~」
…やはりか。
イッキ君と話している前から、視線がある様に感じていたがな。
それもあって、彼女をこの場から離すように促したのだがな。
「…見ていたのかい?」
「見えちゃったのよ~」
とぼけるはるかは、その後に私の耳元に顔を寄せて呟く。
「私もあぁ言う女は嫌いよ~、何かあったら協力するから言ってね!」
思わず私は身震いする。
軽い調子で言ったはるかの雰囲気は、普段見られない程に冷たかった。
…やはり私たちの中で一番怒らせたら怖いのは、はるかだな。