ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
ひびきさんと別れた後、ヒヌマボークさんの控室にはもうシルさんとマキシマム先輩(とホクトベガさん)がすでに居ました。
3人が顔を合わせたと言う事で、睨み合いにでもなるかと思いましたが、思ったよりも和やかにお茶会をしていました。
私の後からひびきさんと、あとヒヌマボークさんのトレーナーのはるかさんが一緒に来ました。
集まった皆は、和やかな雰囲気ながらも改めて確認をします。
つまりは、決戦は有馬記念と…。
…
ジャパンカップから数日後、フェアちゃんから聞いた話は聞き捨てならない事でした。
マキシマム先輩の調子が上がらない。
あの菊花賞で怪我をしてからもう1か月経ちますが、有馬記念での復帰を意識し過ぎて無理をしているのかも知れません。
マキシマム先輩の性格を考えるなら…無理に無理を重ねる可能性があります。
そしてそれは、有馬記念でのより重いアクシデントへとつながる。
…
きっとマキシマム先輩ならこうするだろう。
そう思った私は、寮を抜け出して練習場に行きました。
そして、そこには予想通り一人で練習をしているマキシマム先輩の姿がありました。
「マキシマム先輩、無理はいけませんよ」
「…あぁ君か。無理はしていないさ、有馬記念への調整だよ」
私が声を掛けると、マキシマム先輩は脚を止めてくれました。
ですが、私はその際に一瞬マキシマム先輩が足を引きずる様なそぶりを見せた事に気づきます。
「痛むのですか?」
故障した部分が完治していないのですね。
ウマ娘の脚は時速60kmに耐えなければならない。
所詮捻挫と侮ってはいけません。
「あぁ、多少はな。だがこれでも君から紹介してもらった靴を履き始めてからいくらかマシになったよ」
…つまりは痛いのを我慢して走り続けてるって事じゃ無いですか。
確かに私はUMIKIの靴を紹介しましたが、それは先輩に無理をさせるためじゃ無いです。
「…そこまでする意味はあるんですか?無敗じゃなくなった先輩には、もう過剰な期待はかかっていません」
無敗の三冠馬の誕生かともてはやしていた世間やURAは、菊花賞の後に手の平を返したかの様に騒ぎを止めました。
まぁ元々そんな事を気にする人じゃないとは思いますが、それでも他人の期待を背負うと言うのは大変なことが。
「まずは怪我を完璧に治して、それで来年またシルさんやヒヌマボークさんと競う。それで良いじゃ無いですか?」
そう思ったからこそ、あの菊花賞で無理をしなかったのでは?
私の問いかけに、マキシマム先輩は静かに語り始めた。
「正直言おう。私は三冠を取って、ジャパンカップか有馬記念でシニアにも相手が居なければ海外遠征をするつもりだった。…ひびきさんも口には出さないが、それを望んでいると思う」
それは原作でも馬主の岡恭一郎が考えていたこと。
そしてつい先日ひびきさんの口からも聞いたこと。
海外遠征は日本の馬の、ウマ娘の最大の目標なのだ。
「だが菊花賞で負けて、そして有馬記念を逃げたと思われたら、胸を張って海外に行くなんて言えない」
先輩の矜持が、他のウマ娘に逃げたなんて思われたくないと言う事。
それは何となく理解していました。
「それに有馬記念を避けたとして、次にあの2人と揃って闘えるのはいつだ?大阪杯か?天皇賞か?それとも宝塚か?そこに2人とも出るなんて誰が保証してくれる?」
確かに、原作では天皇賞(春)でシルさんとヒヌマボークさんの決戦が行われますが、当時よりG1が増えた今のスケジュールなら、ヒヌマボークさんも無理に超長距離の天皇賞に出る必要も無いかも知れません。
「ヒヌマボークさんは恐ろしく強いが、それでも私の一番の相手はシルだ。ダービーの時にも言ったが、私はシルに次も勝ちたい。…いや、菊花賞で負けている以上、次は勝ちたいと言うべきだな」
最大のライバルの存在。
だからこそ負けたくないし、手を抜けない。
その思いがヒシヒシと伝わって来ます。
でも、次にマキシマム先輩の言った言葉は、私は受け入れられませんでした。
「だから君は、私の事など気にせずにシルの応援をすると良いさ」
シルさんのチームメイトである私は、シルさんの事を第一に考えろと?
「確かにヒヌマボークさんに勝つのは簡単な事じゃ無いです。もちろん、シルさんにも。でも…」
ふざけるんじゃないです。
だからってマキシマム先輩に故障してもらってまで、シルさんに勝って貰いたいとは思いません。
それに、それは私だけが思っている事では無いです。
「それで、無理をして故障して、残された人はどうすれば良いんですか?マキシマム先輩に夢をかけるひびきさんは?先輩の事を尊敬する後輩たちは?そして何よりシルさんは?」
私の言葉に、マキシマム先輩は顔をしかめます。
…本当は先輩も解っているんですよね?
「私は、マキシマム先輩とシルさんが競い合ってこそ、更に上の世界へ到達すると思っています。だからお節介させて頂きます」
私は、マキシマム先輩が居る事を確認した後、密かに呼んでいた人を呼ぶ。
「カモーン!安心沢さん!」
「は~い!あんし~ん!!」
そこには、笹針師としての格好。
仮面をつけて白衣を着た赤いボディコンの怪しいお姉さんがいた。
その妖しさに、思わず後ずさりするマキシマム先輩。
「な…なんですか、あなたは?」
「私は笹針師の安心沢刺々美よぉ~」
「安心してください。この人、おかしいのは格好だけですから」
私と安心沢さんが迫るが、迫った分だけ後ろへ下がるマキシマム先輩。
「い、いや結構だ。間に合ってる」
「先輩、この人はこう見えても凄いウマ娘の事を考えてる人なんです!腕前も…まぁ難しい事言わなきゃ大丈夫です!」
「お願いぃ~~。マキシマムちゃんの為にたくさん練習してきたのよぉ~!」
私たちの鬼気迫る様子に、ただ冗談で言っている訳じゃ無いとマキシマム先輩も表情を改める。
ちなみに“たくさん練習”の相手になっていたのは主に私だ。
秘孔を打つこと自体は間隔を空けなければならないが、身体を見て血液やリンパの流れを把握することが練習になると、散々見られてきました。
ゴクリッ
と唾を飲み込む音が聞こえた様な気がした後、マキシマム先輩は頷いた。
「わかった。お願いしよう」
その言葉に満面の笑顔(仮面をしているが)になる安心沢さん。
すると、安心沢さんは一枚の書類を取り出す。
…いま胸の間から書類出しませんでした?
「じゃあ、これにサインしてね」
その書類には、“笹針によってもたらされた、いかなる事象についても自己責任とします”と書かれています。
その内容に、顔が引きつっているマキシマム先輩。
「や…やっぱり止めて良いか?」
「先輩、往生際が悪いですよ!」
私はマキシマム先輩の肩をガシッと掴む。
私は、安心沢さんに視線で『早くやって下さい』と送ると、安心沢さんも頷いた後に近づいてくる。
ちなみにサインは貰えてないが、失敗しなければ良いのだ。
「じゃあブスっといくわよ!さぁ力を抜いて~…ブスっとな!」
ブスっと、大成功!
そんな声がどこかから聞こえた気がしましたが、マキシマム先輩は脚の変化を確かめる様に足踏みをしています。
「…痛みが…取れた?」
その結果は、私たちの望んだとおりだった。
「わぁお!やったわぁ~」
「やりましたね!安心沢さん!」
ハイタッチする私と安心沢さんだが、すぐに安心沢さんはその場に座り込んでしまう。
「うぅぅ、マキシマムちゃんが治って本当に良かったわぁ~」
うん、この人は本当にただ善意でウマ娘の力になりたいだけなんだ。
怪しい格好と、秘孔の失敗率の高さと、妖しい格好(二回目)で誤解されやすいが、ただただ善意の塊なのだ。
その様子に、マキシマム先輩は安心沢さんの手を取って話しかけた。
「安心沢さん、疑って悪かった。あなたは素晴らしい笹針師だ」
「マキシマムちゃん…こんなに感謝されたの私初めてよぉ~」
安心沢さんは、泣きながら私に抱き着いて来た。
「ありがとう!イッキちゃんに着いてきて良かったわぁ~」
「うん、私からもお礼を言う。ありがとう。」
「…いや、私は感謝される筋合いは無いような。」
私は自分のやりたい様にやっただけ。
ただ私がマキシマム先輩に故障してもらいたく無かっただけ。
その為に安心沢さんも利用したのです。
…だから感謝される筋合い何て無いんです。
そう思っていた私の頬は、真っ赤になっていたと後で二人に聞きました。
「そんなこと無いぞ、そもそも君が私を心配してくれたからこそだ。このお礼は…有馬記念を全力で勝つことで返そう」
そう言ってニヤリと笑うマキシマム先輩。
私は、笑顔と言葉を先輩に返す。
「いえ残念ですけど、勝つのはシルさんですから!」
安心沢さんはシリアスブレイカー兼ご都合主義的存在。
多用し過ぎると物語が成り立たないので、次の登場は少し先になるかと思います。