ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
そうしなかったのは、2年目以降に他の作品のパートが始まってもシルフィードが引退する訳じゃないからと、後々アルフィーがデビューするからと思ってください。
シルさんの皐月賞は大雨過ぎる。
練習場に白い髪を靡かせて走る、一筋の風。
皐月賞を控えたシルさんが、熱心にトレーニングしている。
「シルフィード!最後の直線が得意だからって、道中気を抜いて良いわけじゃないわよ!」
「はいっ!トレーナー!」
トレーナーの激がシルさんに飛ぶ。
その声に応えて速度を上げるシルさんは、一気に前を走るストさんとの距離を詰める。
そして、直線でスパートをかけたシルさんは、ストさんを置き去りにしてゴールを駆け抜ける。
「ひゅー、シルさん気合入ってるね~」
軽い感じに聞こえるストさんの言葉だが、手を抜いて走っていた訳ではなく、その額には汗が滲んでいる。
「シルさん、お疲れ様ですわ。」
「アルちゃん、ありがとう。」
シルさんに近寄ったアルさんが、ドリンクを手渡す。
今の“デネブ”は、シルさんの皐月賞に向けてチーム一丸となってサポート態勢だ。
皐月賞の事前人気は圧倒的にマキシマム先輩が上だが、シルさんも人気になっている。
それだけに、みんなからの期待も大きいと言うわけだ。
私も勿論期待しているが、その一方で拭いきれない不安がある。
私しか知らない不安の要因。
それを少しでも軽減するため、トレーナーに話しかける。
「トレーナ、一つ提案があるんですけど。」
…
「うわー、みんなどろどろなのねー」
「でも、これは見た目以上に厳しい訓練ですわね。」
私が提案したのは、水を撒いたどろどろのダートコースを走ると言う物。
この提案をした表向きの理由は、距離が延びていくクラシックシリーズに対応するため。
だが裏の理由は、レース当日が大雨になるだろうと思っているからだ。
原作でのシルさんは、マキシマム先輩に次ぐ2番目にゴールするも、騎手がゴール直前に落馬して失格となる。
その遠因になっているのは、皐月賞当日の大雨だ。
私が入る前のジュニアクラスのレースも調べたが、今までシルさんは雨のレースを走っていない。
重馬場に足をとられて、もしも転んだりしたらこの世界では命とりなのは、アニメのサイレンススズカの天皇賞でも言われていたこと。
もしもそんな事態になれば勿論駆け寄って助けるが、アクシデントの芽は一つでも潰した方が良い。
「さぁ、みんな気合入れなおして練習するよ!」
「「「「はいっ!」」」」
…
皐月賞前日。
当日の天気予報はやはり雨。
レースに疲れを残さないよう、今日は練習もお休みだ。
私は、シルさんと共にニンジンジュースを飲みつつ、さりげなく話しかける。
「シルさん、明日は雨らしいですけど靴は準備してますか?」
この世界では、蹄鉄を打ち付けた靴を履いてレースを走る。
蹄鉄にスパイクを付ける様な事は出来ないが、靴自体は滑りにくいものや水が入りにくいものを選べる。
「うーん、ボクは慣れた靴の方が良いとは思うんだけどね。」
防水機能の強い靴などは、通常の靴よりも重かったり硬かったりもする。
それだけに軽い雨なら、馬場がやや重程度なら、普段の靴を選ぶウマ娘も多いようだ。
だが、私はそんな軽い雨にならないと確信している。
「それでも、準備はしっかりしといた方が良いですよ。明日の馬場の様子を見てから靴を選んでも良いですし。」
だから、少しでも雨の影響を減らせるように話をする。
正直言ってシルさんからすれば大きなお世話だろう。
この皐月賞では大怪我をする等の、直接的な悲劇は無いかも知れない。
私が余計なことをしたせいで、他の何かが起こる可能性もある。
それでも私はシルさんに勝って欲しいから、こうして話をする。
まだ短い時間であるが、このチームで過ごし皆の人柄に触れて、悲劇を避けたいという私の気持ちは強くなっている。
シルさんは少し困ったような顔をするが、私の顔をじっと見た後に笑顔で話す。
「…そうだね。マキシマムさんに勝つためには、やれるだけの事はやらないとね!」
シルさんがそう言ってくれた事に、私はホッとした。
…
皐月賞当日。
天候は予想通りの大雨。
だけど雨が降りしきる中でも、私たちチーム“デネブ”の面々はシルさんの応援のため、最前列で待つ。
そして、本バ場にシルさんが入場してくる。
雨の中でも、シルさんの純白の勝負服は輝いて見えた。
「「「「せーの」」」」
チームの全員が声を合わせる。
みんな、シルさんに頑張ってほしい気持ちは一緒だ。
「「「「シルさん、頑張って~!!」」」」
大雨で声援が届かないかとも思ったが、シルさんは私たちの姿を見て大きく手を振ってくれる。
『わぁーーーーーーー』
歓声が一際上がる。
本バ場にマキシマム先輩が現れたからだ。
シルさんの横を、マキシマム先輩が通り抜けていく。
その表情は闘志に溢れるも、勝って当然と言わんばかりに落ち着いている。
笑顔で私たちに手を振っていたシルさんも、その姿を見て表情が変わり、静かに闘志を燃やす。
雨だというのにシルさんの周りだけ、まるで蒸気が立っている様にすら見える。
そしてシルさんの足元には…雨用のブーツが履かれている。
この気合の入り様なら、ひょっとして勝てるんじゃないか?
だが、私の胸の不安が尽きることはない。
天候を予想して訓練もした。道具も最善の物を用意した。
それでも何か……別の何かがあるのではないか?
不安を拭えないまま、レース場にはファンファーレが鳴り響き、各ウマ娘がゲートに入っていく。
大雨の皐月賞が、いま発走する。
次回はレースですが、レース編は視点が変わります。