ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
最後の直線。
ボク達三人は競り合った状態で入って来る。
最内のボクから、ヒヌマボークさん、マックスの順に並んでいる。
ここまで、常に最内を貰ったボクが距離的には得していると思う。
それに、ボクにはまだ二段階目のスパートがある。
抜け出すタイミングさえ間違えなければ勝てるんじゃないかな?
そうすれば…マックスに勝てれば、きっと海外になんて行かないよね?
まだ僕たちは競い合う事が出来るよね?
ヒヌマボークさんもマックスもスパートをかけて速度が上がっていく。
もうすぐ中山の坂が来る。
坂を登り切るまで着いて行って、そこから二段階目のスパートを掛ければ…
…
私は坂を登り始める前にシルがスパートを掛けると思っていた。
いつものシルなら、この状態から遮二無二抜け出そうとするだろう。
なのにどうした?
調子が悪い訳では無い。
スタミナが切れた訳でも無い。
ふと、横を見るとシルの顔が見えた。
その顔は明らかにレースに集中できていない。
…なるほど、私も余計なことを考えすぎたかもしれない。
こんな調子では、あの人に勝てないだろう。
そう思った瞬間。
私のすぐ隣から、けたたましい笑い声が聞こえる。
「アハハハハハハ!!」
さぁ、正念場だ。
・・・
今まさに中山の坂に入ろうとする三人。
原作の展開ならこの辺りから競り合う展開になるはずですが、三人は既に競り合っています。
私はこの展開はシルさんが有利と見ています。
本来なら、まだ少し後ろに居るはずのシルさんが並びかけていると言う事は、それだけ距離を得していると言う事。
それと、並び順がシルさんとマキシマム先輩の間にヒヌマボークさんが入ってるせいで、シルさんと直接併せウマ状態にならないマキシマム先輩の闘志に火がつかないかもしれない。
更に、シルさんとマキシマム先輩が競り合うのを横に並ぶことで見る事が無ければ、ヒヌマボークさんの闘志も抑え込む事も出来るかも知れない。
「そろそろね~」
ふと、はるかさんが言葉を漏らした。
その言葉に嫌な予感が頭を過ぎった瞬間…
『アハハハハハハ!!』
急にヒヌマボークさんが笑い出した。
良く見ると頬も上気しており、紅い瞳も相まって妖しい雰囲気を醸し出す。
その様子に絶句する私たちを外に、はるかさんが一人語る。
「ヒーちゃんは今日まで全力を出さなくても勝てたわ~。それは余裕があると言う事でもあるけど、常に消化不良な思いをしていた筈よ~」
そうだ、ウマ娘の本能は走る事に向いている。
一口に走るのが好きと言っても色々ある。
ジョギングの様に疲れが残らない程々に走るのが良いと言う人も居れば、短距離走の様に全力を尽くして走るのが好きと言う人も居る。
そして、ウマ娘の本能は後者だ。
だけどヒヌマボークさんは脚の骨折で1年を棒に振った事もあってか、相手を1バ身差に抑え込むレースをして余力を残していた。
天皇賞やジャパンカップですらだ。
「ヒーちゃんは、二人も凄い娘が居る事で初めて全力で走る楽しさを感じてるのよ~」
それはウマ娘としての本能を溜めていたと言う事で…それが今爆発したと言う事でしょうか。
パンッと、はるかさんは胸の前で手を叩き、そして高らかに宣言した。
「このレース、もらったわ~」
その姿に、私はヒヌマボークさんの原作での馬主の姿がダブって見えた。
…
アハハハハ、初めてよ。
私が本気を出しても勝てるか解らない相手は。
本当に素晴らしいわ、貴女達は。
ほら、マキシマムさんが速度を上げた私に着いてくる。
シルフィードさんもまだ何か残している様子。
楽しい。
レースが楽しい。
だけど、この楽しさも後100mに満たない。
残念ね…だったら、最後は1着でゴールしましょう。
…
さぁ、中山の坂に三人が並んで差し掛かる!!
登り坂で抜け出そうとするのはヒヌマボーク!
それにマキシマムも必死で喰いつく!
シルフィードは遅れたか?
いや、ここでシルフィードも更に速度が上がる!
二の足を使って、前の二人を必死で追い上げる!!
さぁ、残り100mを切る!
勝つのは誰だ?
ヒヌマボークか?
マキシマムか?
ヒヌマボークか?
マキシマムか?
シルフィードも必死で追い上げる!
シルフィードが二人に並びかけた所でゴールイン!!
…僅かに、シルフィードは体勢不利か?
…
ゴール直後、明らかに自分が負けている事を確信したシルさんが、膝から崩れ落ちた。
故障と言う私が考えていた最悪の結果は、このレースでは起こらなかった。
だけど、レースの順位だけで言えば想定した最悪と言って良いでしょう。
私の予想だと三人同着すらあると思ってたのですが、シルさんだけが遅れた。
そしてそれは私だけでなく、シルさんにとっても予想外の結果だったんでしょう。
「そんな…なんで…」
「シル、簡単な事だよ」
崩れ落ちたシルさんの前に、マキシマム先輩が立っていた。
「私やヒヌマボークさんは前(未来)を見ていた。だけどシルだけは横(現在)を見ていた。
それが最後の最後に差になった」
マキシマム先輩が掛けた言葉は、シルさんにとって残酷な言葉だ。
だけど…誰かが言わなければいけない事だろうから、あえてマキシマム先輩が言ってくれたのだろう。
マキシマム先輩は、ウイニングサークルへ向かう為にシルさんを背に振り返る。
「残念だけど、決着は着いたな」
その言葉を切っ掛けに、シルさんの眼から涙が溢れる。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
中山レース場に、シルさんの慟哭が響いた。
だけど、マキシマム先輩の眼も光っている様に、私には見えた。
有馬記念
1着 ヒヌマボーク
1着 マキシマム 同着
3着 シルフィード アタマ
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現状に満足をしている者はそこで停滞してしまうと言う話。