ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
あのシーマクラシックの登録リストを見てモヤモヤ気分で日々を過ごす私。
“人食い”ザンジヴァル。
原作では厩務員を噛み殺したと言うエピソードを持つが、実際は馬主の虐待を受けていた影響で人や他の馬を攻撃する様になった、臆病で怖がりな馬。
この世界にその馬主の生まれ変わりと思われる存在がいる以上、ザンジヴァルがまともに育っていると思うのは楽観的過ぎるでしょう。
そして、ジェシカ・カルバンとひびきさんの因縁を考えると、その攻撃先がマキシマム先輩になる可能性は限りなく高い。
その不安を解消するため、私はひかりさんに対して一つのお願いをする事にしました。
「ひかりさん!マキシマム先輩の応援にドバイへ行っても良いですか?」
そう、私自身がドバイへ行く事。
それで、微力ながらもトラブルの回避に繋がるのではと思うと、居ても立っても居られませんでした。
そして私の決死のお願いに対して、ひかりさんは困惑した表情をしています。
「えっ?チームで応援に行く予定になってるけど、イッキは行かないつもりだったの?」
…
この世界、ウマ娘と言う人型の生き物は人間と同じ様に飛行機で移動できます。
そのため、検疫も現実の馬の物より軽い…と言うかレースに出るので無ければ、ほぼ無い。
移動や滞在にかかる費用も(大食の娘の食費を抜けば)普通の人間並だ。
昨年、シルさんとアルさんが大活躍している我がチームの活動費は潤沢であり、その稼ぎ頭のシルさん自体もマキシマム先輩の応援に行きたいと言う事で、チーム全員での観戦ツアーとなっていた。
日程的にもアルさんの弥生賞とシルさんの阪神大賞典が終わった後にドバイミーティングがある事もあり、皐月賞や天皇賞(春)までも余裕があるため、何も問題が無かった。
「って事で、うちのチームもマキシマム先輩の応援に行くみたいだよ」
私はフェアちゃんとランちゃんに、ドバイへ行く事を伝える。
それを聞いた二人の反応は、大きく違った。
「ぷひー、うちのチームもみんなドバイに行くよ!」
「良いなぁ、うちはヒヌマボーク先輩の大阪杯が優先」
フェアちゃん達アルタイルは、同じチームのため当然マキシマム先輩の応援に行く。
そしてランちゃん達ベガは、ドバイミーティングよりも自分のチームのヒヌマボークさんのレースの方が重要なので行かない。
まぁランちゃんは羨ましがってますが、そこまで楽しい事は無いと思いますけどね。
特にアルタイルのメンバーは、マキシマム先輩の最終調整に付き合わされたりすると思いますし。
そんな事を考えていると、フェアちゃんが私にお願いをしてきた。
「イッキちゃんって海外のウマ娘にも詳しいよね?マキシマム先輩の相手になりそうな娘って誰かな?」
「あっ、それは私も聞きたい。テレビで応援すると思うし」
この世界、情報はネットで割と簡単に調べられるのですが、そもそも何を調べて良いか解らなければ大変な仕事になります。
登録ウマ娘を一人ずつ調べるのは大変でしょうし、私の原作知識から調べたウマ娘について話をします。
「まずはフランスのフェアリーエリシオさんですかね。昨年のフランスダービー馬で、凱旋門賞でも3着と好走しています。逃げウマ娘の中では、現在のヨーロッパで1番と言っても良いかも知れません」
「へぇ~、ヨーロッパってスローペースになりやすくて逃げウマ娘が有利なんだっけ?」
「うん、天然の坂と芝でパワーが必要なレース場が多いから、そうなりやすいんだってね。まぁ最近はそうでもない事も多いらしいけど」
フェアリーエリシオさんは原作では凱旋門賞を勝ち、さらに後にはジャパンカップにも参戦されてますが、この世界では正直言って凱旋門賞に勝てるか解りませんね。
同世代に強いイギリスダービーウマ娘も居ますし、何よりシルさんやヒヌマボークさんも出る可能性ありますからね。
「次はアメリカのパレスシガーさんですね。デビュー直後は正直言ってあまり強くないウマ娘だったらしいですが、急成長して連勝が始まりケンタッキーダービーにも勝ったらしいですよ。今アメリカで一番勢いのあるウマ娘かも知れません」
「ケンタッキーダービーか。勢いだけで勝てるレースじゃ無いよね?」
「アメリカではBCクラシックと並んで、最も注目が集まるレースですからね」
パレスシガーさんは、モデルになった馬であるシガーよりも早く活躍しており、芝の適性もある様子です。ですがその分、シガーの全盛期よりは絶対的な強さを感じない気もします。
ダートの方が得意そうなのに、ドバイワールドカップじゃ無くてシーマクラシックを選んで出てくる理由は、例のあの馬の所為かも知れませんね。
「後はもう一人、アメリカのザンジヴァルさんですかね。アメリカの芝三冠と呼ばれるベルモントダービー、サラトガダービー、ジョッキークラブダービーを制したウマ娘ですね。BCターフも勝ってますし、芝だったらパレスシガーさんよりもこっちの娘の方が強いかも知れませんね」
「日本だったら三冠と有馬記念を勝ったみたいなものだよね?マキシマム先輩大丈夫かな…」
ザンジヴァルさんは、ダートのレース中心のアメリカにおいて軽視される芝のレースではありますが、三冠+BCターフと言う結果を残したため昨年の年度代表ウマ娘に選ばれています。
そしてパレスシガーさんからすれば、それが面白く無くて直接対決の為にシーマクラシックを選んだのでは無いかと思います。
「私もマキシマム先輩が心配です。何よりザンジヴァルさんは、黒い噂もあるウマ娘ですから」
「黒い噂って?」
私は英語も詳しく無いし、調べられた範囲だけですけどそれでも色々と情報が出てきました。
「どうもレースの直前で有力なライバルウマ娘が怪我したり、レース中にも妨害行為と取られても可笑しくない素振りを見せてるらしいのよね」
流石に人間を噛み殺したとか言う情報はありませんでしたが、それはジェシカが情報をもみ消しているのか、それともウマ娘と言う存在になった事で、流石にそれほどの事はしなかったのか。
私が調べた程度じゃ、どちらにせよ解りませんでした。
それでも、この様な黒い噂はボロボロ出てきました。
「…それって良いの?」
「良くは無いけど、決定的な証拠が無いらしいよ」
そう、あくまで証拠が無いから噂なのだ。
これもジェシカがもみ消しているのかも知れませんし、噂に過ぎない可能性もありますけどね。
その私の言葉に、一瞬苦い顔をするフェアちゃんだが、すぐに表情を変えて高らかに宣言する。
「う~ん、心配だけどマキシマム先輩なら勝ってくれると信じてる!」
フェアちゃんは、無条件に自分の先輩の勝利を信じる。
…その姿を見て、私の不安も少し軽減した。
「そうだね。私もマキシマム先輩を信じるよ」
遠い過去に見た、アクシデントを乗り越えてザンジヴァルさんに勝つシルさんの姿。
もし何があっても、マキシマム先輩ならそれと同様の事をしてくれるんじゃないかと、私は思った。