ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
一日の終わり、私とサラは二人でワインを飲んでいた。
その日の昼、ジェシカがマキシマムに調整相手になって欲しいと申し込んできた。
私は勿論その場で断ろうと思ったが、あいつは人の言う事も聞かずに言うだけ言って去って言った。
『まぁ、逃げるなら逃げると良いわよ~。ジャップのウマ娘が本番前に自信を無くしても可哀想だしね」
その捨て台詞にはムッとしたが、安い挑発に乗ることは無い。
「あの女もつくづく小物ね。こんな解りやすい妨害しかけてくるなんてね」
「そうだな。まず間違えなく本番の前に怪我でもさせようって事だろう。まず第一に狙うのはパレスシガー辺りだと思ったんだけどね」
「アメリカでは彼女のやり口は熟知されているから、断られるだろうって事なんじゃない?」
あいつは日本のウマ娘を格下に見ている様子もあり、妨害するなら年度代表ウマ娘を争ったパレスシガーや、ヨーロッパ勢で一番実績があるフェアリーエリシオあたりかと思った。
だがサラの言うように情報が出回っているアメリカ勢は、そもそも避けているのかも知れない。
ふと、サラの雰囲気が変わる。
そして、聞き捨てならない言葉を言った。
「ところでヒビキ。彼女を糾弾するのにも、証拠が無いと厳しいわよ」
「…つまりマキシマムに囮になれと?」
私が眉をしかめる様子を見たからでは無いだろうが、サラは「そう言う手もあるって事よ」と言う。
まぁこのサラの練習場にあいつが乗り込んでくるとしたら、色々とやりやすいのは確かだ。
「別に私の方でも何とかする手は幾らでもあるわ。すでにアメリカの方々にコンタクトを取ってるし、無理にとは言わないわよ」
「…これは私の問題で、マキシマムには関係ない事よ。あの娘を危険な目には出来ない」
さっきも言ったが、日本のウマ娘を格下に見ている以上、この申し出は私とジェシカの因縁から来たのだろう。
関係のないマキシマムを巻き込むのは憚られる。
「まぁ、そう言うわよね。私もラシュを囮にしろって言われたら、相手をぶん殴ると思うもの」
大げさに肩をすくめて言うサラの言葉に、思わず笑みが零れる。
でも、私の笑みはこの場に入ってきた娘の言葉に消される。
「いえ、ひびきさん。やらせて下さい」
「マキシマム、話を聞いていたのか?」
入ってきたのはマキシマムだった。
昼間の私とジェシカの様子も見ていたからか、少し怒っている様にも見える。
「ひびきさんとルーシーさんの無念。私が晴らします」
その言葉に、私は後悔をする。
マキシマムがドバイに向かう前、私が居ない間にジェシカが嫌がらせをしてくる可能性も考え、私と彼女の因縁について話していた。
その話をした時にも、マキシマムは怒りを我慢していた様にも見えていた。
「…こんな事なら、あなたに話すんじゃ無かったわね」
「ははは、マキシマムは大分豪胆なウマ娘のようだね」
サラは笑い飛ばすが、私にとってはとても笑える事じゃ無い。
だけど、マキシマムの意思を無視するのも…
「マキシマム、約束しなさい。何か起こりそうな雰囲気があれば、絶対に無理はしないと」
「えぇ。私も別に怪我をしたい訳じゃ無いですから」
「ならば、私も最大限のバックアップをしよう。証拠は残らず取るし、怪我をさせられそうになっても、なるべく軽症で済むようにしよう」
嫌な予感が消えないが、それでも私たちは動く事にした。
…
「ひびき、怖気づいて逃げ出したかと思ったのに、どういう風の吹き回し?」
「うちの娘を信じているからね。君のウマ娘を相手に逃げる必要など無いと言う事さ」
ジェシカがザンジヴァルを連れて、サラの練習場にやってきた。
そしてさっそく嫌味を言ってきたが、マキシマムが勝つと信じているので実力的に逃げる気は少なくとも無い。
「へぇ…随分自信満々じゃない?ジャパン程度で三冠も取れないウマ娘が」
「アメリカでも砂の三冠なら大したものだけど、芝の三冠を取った程度で威張られてもね?距離的にも日本の三冠は英国三冠の次ぐらいに難しいわよ」
アメリカの芝三冠は1900m~2400m。7月初旬から9月初旬にかけて行われるレースは、申し訳ないが過酷とは程遠い。
砂の三冠も距離は変わらないが、ほぼ1カ月の間に3レースを行うと言う過酷さから、難しいと思っている。
そして世界中を見ても最も厳しい三冠は英国三冠で、1600m~3000mを走り切らなければならなく、ニジンスキーが達成して以来何十年も達成ウマ娘が居ない。
日本の三冠は英国ほどじゃないが2000m~3000mの距離の幅があり、速さと強さを兼ねそろえたウマ娘じゃないと取れない。
まぁ私はマキシマムなら達成できたと信じているが、シルフィードもマキシマムさえ居なければ三冠をとれたかも知れないウマ娘であり、負けた事を諦められる相手だ。
「ふん、まぁ良いわ。精々私たちの調整に役立ってちょうだい」
「あぁ、アメリカのウマ娘の実力を楽しみにさせて貰うよ」
ジェシカは私の言葉に機嫌を悪くしたのか、控室へと戻っていく。
「やるわね~ヒビキ。あれだけ挑発しとけば、何かの行動に出るんじゃない?」
「…別に挑発している気は無いのだけどね。全部事実しか言って無いし」
…
マッチレース形式の練習。
サラの練習場にある本番と同様のコースを、本番の距離で行う。
「マキシマム…くれぐれも無理をするな。お前に何も無い事が一番大切なことだ」
「解ってます」
ジェシカの方を見てみると、ザンジヴァルにジェシカが何かを話している様子だった。
ザンジヴァルは見ている限りでは、無口で無表情なウマ娘だ。
ジェシカが何を言っているかは解らないが、その言葉に頷いている様子がある。
二人がスタート地点に入り、ラシューバがスタートの合図を出す。
スタートは互角。
そこからマキシマムが前に出て、ザンジヴァルが控える形になる。
マキシマムには本番に疲れを残さない様に8割程度で走る様に言っておいたが、ザンジヴァルもそれに楽に着いて行っている様子だ。
順調にレースが進み、私の心配が杞憂に終わったかと思った。
だが、最終コーナーでザンジヴァルが無理やり内側に入ろうとする様子が見える。
マキシマムは入れさせまいとブロックする姿勢を見せるが、それを見たザンジヴァルが、一瞬悲し気に目をつぶった様に見えた。
次の瞬間…
ゴスッ…と鈍い音が練習場に響く。
ザンジヴァルは速度を落とさず、マキシマムの顔に頭から突っ込んだ。
ザンジヴァルもその場で尻餅をつくが、マキシマムは勢い良く練習場に倒れこんだ。
とっさに頭を庇う様子が見えたのは不幸中の幸いだが、その様子を見た私は、ジェシカへの怒りだけが頭を埋め尽くした。
「ジェシカァァァァ!!貴様ぁぁぁぁ!!!」
私は思わずジェシカの胸倉を掴んだが、こいつはニヤニヤと笑っている。
「あら、どうしたのひびき?出会い頭の事故じゃないの。そもそも調整だって言うのに、あんなブロックしようとするから事故が起こるんじゃ無い?」
その言葉に拳を振るいそうになるが、続くサラの言葉に少しだけ冷静さを取り戻す。
「落ち着いて、ヒビキ。まずはマキシマムの方が先よ」
「そうだ、マキシマム!!」
私はジェシカを放り出し、マキシマムの元に駆け寄る。
ジェシカの元に戻っていくザンジヴァルとすれ違うが、俯いた様子で表情は見えなかった。
私が近付くと、マキシマムが身体を起こそうとする。
「大丈夫ですひびきさん、これくらい走るのに影響ないです」
「馬鹿を言うな!脳震盪が起こってるかも知れないぞ、無理をするな!」
マキシマムの頭を保護する様に抱えると、すぐにラシューバやブルーエンブレムが来てくれ、マキシマムを担架で運び出す。
くそっ、やはり断るべきだったか…
いや、今更後悔してもしょうがない。少しでもマキシマムが軽症である事を祈ろう。
「悪いわね~ひびき。まぁその娘も怪我しちゃったみたいだし、ここまでにしましょうか」
ニヤニヤと笑うジェシカの顔に、思わず罵声を浴びせそうになるが、口を開く前にサラが割って入った。
「あぁそうだな。君みたいな奴に私の庭に何時までも居て欲しくないからね。早々に出て行ってもらおう」
「あら、嫌われたものね」
そう言って、ザンジバルを連れて去っていくジェシカ。
私はその姿を見送りつつ、拳を強く握り占める。
「気に入らないわね」
「あぁ、何よりウマ娘にあの様な真似を無理強いしているのがね」
あの接触の瞬間、ザンジヴァルは確かに目をつぶっていた。
なんの罪悪感も無くマキシマムを潰そうとするなら、しっかりと狙いを定めるためにも目をつぶる事なんてしないだろう。
だから、あの娘は本来はそんな事をやりたく無いんだろうと思う。
そんな事を考えていると、サラが私の肩を叩いてくる。
「…レースまでにどうにかするのは時間が足らないかもしれない。だけど、あいつは私が責任を持って潰すわよ」
「あぁ、頼むよサラ」
ジェシカ・カルバン。
もう私とお前だけの因縁じゃない。
今後お前によって犠牲になるウマ娘を減らすためにも、ここで確実に排除する。