ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
皐月賞はアルさんの快勝で終わった。
「おうおう、アルやんおめっとさん」
「ありがとう、エンブレム」
引き上げて行く中で、笑顔でアルさんの肩を叩くエンブレムさん。
負けたと言うのに、ちょっと軽すぎる感じがしますね。エンブレムさんらしいと言えばその通りなんですけど。
「イッキ、腑に落ちないって顔をしているな」
「えぇ、負けたのにエンブレムさんがあんまり悔しそうに見えないんで…」
私はひかりさんの質問に素直に疑問を返すと、ひかりさんは少し困った顔をしながらも応えてくれました。
「本当はこんな事を言ってはいけないんだが…」
…
私はひかりさんの言う通り、夜のトレセン学園の中庭に来ました。
そしてそこには、穴の開いた切り株に向かって叫んでいるブルーエンブレムさんの姿がありました。
「何がジュニアチャンピオンや!!油断して!好きに逃がせて!!こんなあっさり負けてもうたやんか!!」
エンブレムさんは、レースの後に笑ってアルさんを称えていた姿からは想像が出来ない程、泣いて叫んでいます。
「こんなんや、あいつのライバルやなんて胸張って言えへん!ちくしょぉぉぉ!!」
私は見てられなくて振り返りますが、そこにはひかりさんとひびきさんの姿がありました。
「ライバルの勝利を称える気持ちは本当でしょう。だけど、だからと言って自分が負けた事が悔しくない訳じゃ無いわ。」
「シルフィードとマキシマムも何度も此処に来ているからな。2人とも、ライバルに勝ちたいと言う気持ちが強いからな。」
私の知らない所で起こっていた光景。
ここに居るトレーナーの2人も、その光景を見て何度も悔しい思いをしていたのかも知れません。
「私の考えでは、ウマ娘は負けてこそ強くなる。ダービーのブルーエンブレムは…強いわよ」
本当の負けは、自分の心が折れた時。
心が折れない限り強くなれることはトウカイテイオーさんやライスシャワーさんを見ても理解できます。
この結果は原作の通りの展開でしか無いのかもしれない。
でも、今ここに存在するウマ娘達に原作通りにしか動かない娘は一人も居ない。
そのおかげで今も少しずつ未来は変わっていまし、
だからこそ、再来週の天皇賞もまた予測がつきません。
…
皐月賞後、アルさんは休養に入ります。
原作ではダービー前にオーバーワークになった事も、悲劇につながったと考えますので、ここは何としてでも休ませます。
ひかりさんも同じ考えのようで、今週はチームの練習が完全オフになりました。
シルさんも天皇賞に向けての調整よりも、ドバイでのマキシマム先輩の援助や、アルさんの調整相手で思ったより疲労している様子でしたし、調度良い判断かも知れません。
私は折角のオフなので、他のチームの練習を見学(偵察)に行く事にします。
行き先は勿論…
「あら~、イッキちゃんじゃないの~」
「こんにちは、はるかさん。」
ヒヌマボークさんの所属するベガです。
合宿で一緒じゃなかったヒヌマボークさんの実力は、他のアルタイル・ベガの面々に比べて測りかねています。
まぁ勿論レースも見てきましたし、相当強いのは理解していますけどね。
「今日はヒーちゃんの偵察かしら~?」
「はい。シルさんの最大のライバルですし、天皇賞に向けてどうかなと思いまして」
はるかさんの問いかけに、私は正直に答えます。
この人には嘘をついても見抜かれそうな気がしますし、偵察はどこのチームでもわりとやってる事ですから。
「なら~、併走トレーニングしていく?」
「えっ、良いんですか?」
はるかさんの提案に、思わず聞き返してしまう。
偵察に来た娘に、わざわざ実力を実感させようなんてどういう考えなんでしょうか?
「うちの娘達は何だかんだ言って逃げるから~。ヒーちゃんも大歓迎だと思うわよ~」
あぁ、そう言えばこのチームの人達は(一部を除いて)そう言う人達でしたね。
それなら、せっかくなのでヒヌマボークさんの実力を体験させて頂きましょう。
…
「はぁ…はぁ…」
「それ以上は無理をしない方が良い。成長途中の身体じゃ着いて行けない」
結局…ヒヌマボークさんの絶対領域、1バ身より内側に入る事が一回も出来ませんでした。
そして、私が疲労困憊で横になっているのに対して、ヒヌマボークさんはうっすら汗をかいている程度。
前髪を下ろしているのを見ても本気を出していないでしょうし、ヒヌマボークさんの得意な2000mと言う距離とは言え、完敗と言うのも憚られる程に何も出来ませんでした。
「でも…あなたもいずれ強くなるでしょう。その時を楽しみにしてます」
ヒヌマボークさんが何か言ってますが、私はそれを聞き取れる程の余力もありません。
これが…現在のトゥインクルシリーズの頂点。
年度代表ウマ娘の実力…
シルさんは、本当にこの人に勝てるのでしょうか?