ウマ娘の世界な筈だが、うちのチームがカオス過ぎる。 作:湯川彼方
未読でこの作品を見て興味を持った方が原作も見て頂けると幸いです。
2カ月間の出走停止
シルさんの元に届いたその凶報に、私たちはまったく朝練に身が入らなかった。
『すまない…私の力が足らなくて…』
と言って暗い顔をするひかりさんだが、それもその筈だ。
日本ダービー(東京優駿)。
一生に1度しか出られないクラシックシリーズの中でも、最も栄誉あるレースと言っても過言ではないそのレースは、皐月賞の約1カ月後に行われる。
つまり2カ月の出走停止と言うのは、ダービーに出られないと言う事なのだ。
シルさんだけが一人黙々とコースを走っていたが、私たちは声を掛けられずにいた。
…
結局、チームのメンバーは朝練中に声を掛けられず、そのまま無言で学食に移動していた。
近くのテーブルには、カザマゴールド先輩を含んだシルさんのクラスメイトも集まっている。
彼女達もシルさんの処分を知り声を掛けたいのだろうが、皆が何と声を掛けて良いかわからずに居るのだろう。
「んあー!もう我慢できないのね!!」
その沈黙に耐えかねたのか、不意にマキちゃんが立ち上がる。
そして、誰もが言いたかったその言葉を口にする。
「シルさん、このまま諦めて良いのね!?」
その言葉に、これまで人前で泣くことなく我慢していたシルさんの眼に、涙が溢れる。
「良いわけないじゃない…」
皆に心配かけたくないと、ゴールド先輩に責任を感じさせまいと、気丈に振る舞っていたシルさん。
だが今、本心から出ているだろう慟哭。
「ダービー出たいよ…みんなと…マキシマムさんと走りたいよ…」
その姿を見た私達は、皆絶句していた。
特にゴールド先輩は、血が出るんじゃないかと言うほどに拳を握っている。
このままでは、シルさんだけじゃなくて多くのウマ娘達の未来に影響が出るだろう。
だったら…
「なら、行きましょう」
「?…どこへ?」
「勿論、直談判です!」
このまま、何もやらずに後悔なんてしたくない!
…
私たちは朝早くから連れ立って理事長室へ向かう。
デネブのみんな、カザマゴールドさん達シルさんのクラスメイト、それに途中で増えていった野次馬じみた娘達も含め、凄い人数になっている。
「失礼します」
そして、理事長室のドアをノックして開けると…
そこにはすでにマキシマム先輩と理事長、それにURAの役員と思われる人たちが話をしていた。
先約が居ると思わず、出て行こうとする私たちに、理事長は『入ってきなさい』とばかりに手招きをする。
そして、入ってきた私たちを置いて、マキシマム先輩と役員の方で話をしていた。
「シルフィードさんをダービーに出走させてくれ、と言う嘆願は多く来ていますが…意外ですな、あなたまでそう言ってくるなんて」
役員の人は、私たちの姿を見廻して『どうせ、お前らも同じ事を言うんだろう?』とでも言いたげな眼で見てくる。
「シルフィードさんが出なければ、あなたの無敗の三冠に近づく。それで良いんじゃないですか?」
URA側は常にスターウマ娘の登場を望んでいる。
ルドルフ会長以来の無敗の三冠馬。
その価値は、現実世界でディープインパクトがどれだけ大切にされてきたかを見れば、理解できるだろう。
だが、その言葉にマキシマム先輩は反論する。
「私は、レースに優勝したいんじゃないです。強い相手と競って…そして勝ちたいんです」
マキシマム先輩の顔には、はっきりと解る程の怒りを感じた。
後々に『闘神』と称されるであろうマキシマム先輩、その闘争本能が勝ちを譲られる事に耐えられないのだろう。
その様子に、周りの娘達もどよめきだす。
この場で落ち着いているのは、理事長と私だけに見える。
理事長はどうか知らないが、私はマキシマム先輩の内にある熱い感情を、原作知識として知っているからだ。
「ですから…」
だから次に続く言葉を、この場で私だけは当然そう言うだろうと思った。
「シルフィードさんが出ないなら、私もダービーに出ません」
静かに話すマキシマム先輩の言葉に、理事長以外のURA役員達の顔が青ざめる。
一生に一度しか出られず、すべてのウマ娘の憧れと言って良い日本ダービー。
その圧倒的な優勝候補が出ないなど、あり得ない事だからだ。
そして、その言葉は他の娘の決意も後押しする。
「私も出ないわ!元々私が原因なのに、シルフィードさんだけが罰を受けるなんて納得いかない!」
「私もっ!」「私も!」「ボクも!」「シャオも!」「俺も!」
ゴールド先輩の発言を皮切りに、この場にいる他のウマ娘達も声を挙げる。
…ところで今、まだ登場する時期じゃない娘が居なかった?
「静粛っ!」
混沌としていた場に、理事長の声が通る。
場が静まり返り、皆が続く言葉を待つ。
「頭が固い者達でも、これだけの有力ウマ娘が出ないとマズいのは解るだろう。ならばっ!」
そう言って理事長がセンスを開くと、そこには大きく“廃止”と書かれたいた。
「改訂っ!落服の出走停止規定は、これを機に完全に廃止とする!元々埃の被った、時代錯誤のルールだからな!」
「「「「「理事長!!!」」」」
理事長の言葉に、ウマ娘達が一斉に理事長に駆け寄る。
抱き合って飛び跳ねる娘、理事長に抱き着く娘、涙する娘、
その光景を見て、シルさんが皆から好かれていているのだなと思った。
「「「「理・事・長!理・事・長!理・事・長!」」」」
「なーっはっはっは!もっと褒め称えるが良い!」
その場に居るウマ娘達のテンションは(マキシマム先輩を除いて)最高に上がり、思わず理事長の胴上げが始まっていた。
…どうでも良いが、扇子に“廃止”と書かれていたと言う事は、元からそうするつもりだった気もするが。
(後で聞いた話では、秘書のたづなさんを通してひかりさんからの嘆願を聞いていたようだ。同じ苗字だと思っていたが、二人は従姉妹らしい。)
ちなみに理事長だけでなく、いつも頭に乗っている猫も一緒になって胴上げされているが、あの猫の落ち付き具合を見るとこの場で一番の大物にも思える。
狂乱が続く理事長室で、シルさんがマキシマム先輩に近づいていく。
「マキシマムさん、ありがとうございます。」
涙を堪えながらも笑顔でマキシマム先輩を見つめるシルさんの言葉に、マキシマム先輩は顔をシルさんから見えないように横にそらす。
「勘違いしないで、シルフィードさん。強い相手に勝たないで手に入れた栄冠なんかに、私が価値を感じないからよ。そう、全部私のためなんだから。」
だが、私の位置から見えたマキシマム先輩の顔は、相変わらず無表情だがその頬は確かに赤くなっていた。
始めてこの作品に登場するウマ娘の原作キャラが、理事長と言うこの始末。