俺が二度目の生を受けた世界はものの見事なファンタジー世界である。
怪物が跋扈し、魔法が飛び交い、異なる風俗の元で生活を送る。
最初から元の世界での記憶と意識があればさぞかし苦労したと予測できるが、意識と記憶を取り戻したのがこの数年である俺は違和感なく生活している。むしろかつての記憶に違和感を持つことすらある。
戦闘力、知力、技術力と全ての能力において圧倒している。この土地に領地を構えてから土地が減るのではなく、増えていく一方なのがそれを物語っている。
そして俺は領主の血筋ということもあり秘めた力は凄まじい。
単純な能力なら領内どころか世界でもトップクラスである。
だがしかし、そんな俺でも難しい、いや不可能ともいえる事柄は確かに存在する。
それは―――友人をつくること、である。
△▼△
言い訳がましいかもしれないが友人がいないのは俺がコミュ障だからという訳ではない。
前世では彼女はいたし、友人の中にいた奇特な奴とも普通にやっていた。帰宅部だったため上下の関係は経験がないが今生において年上と関わる機会が多く、関わった人たちからは大抵礼儀が良いと評価されているため問題はないと思う。
人格面に問題はない。ならば一体何が問題なのか?
答えは身分の差、である。
社会性を持つ生き物は群れをつくる。そしてその群れの中では必ずヒエラルキーが存在する。これは例え
そして忌々しいことにこのヒエラルキーが俺のボッチ化を進行させているのだ。領主の跡継ぎである俺は当然のことながらヒエラルキーの最上位に位置している。そしてその下には貴族、平民と続いている―――はずだった。
俺の同世代では今のところ中間ヒエラルキーに位置する貴族階級の奴が存在しないのだ。
別にこれは珍しい話ではない。長命種である
だから友人をつくるとなったら平民階級とになる。しかし平民階級とはどうしても関わり辛い。どうしても向こうからの配慮が居心地が悪い。仕方がないとはいえ、居心地が悪いことには変わらない。
それに前に父親に相談したら勉強で忙しいから問題ないとか言いやがった。確かに忙しいがそうじゃないだろう……。
はあ……。周りの大人は役に立たないし、どうしたものか……。
「ヴィンセント様、お勉強の時間でございます。」
グリ爺が相も変わらず音もなく部屋に入って来る。
もう慣れたがこれ、かなりの恐怖体験じゃないか……? 表すなら『怪奇! 音もなく現れる妖怪ジジイ!!』とか……。うむ我ながら中々なネーミングセンスだ。売れない三流映画でありそうな題名だ。
「ヴィンセント様?」
「うぇっ!? ああ、大丈夫。大丈夫。始めるからさ!」
そんなアホなことを考えるとグリ爺が凄みのある笑顔を気配を感じさせずに近づけてきた。
かなり怖かった。
△▼△
「あーー………。やっと終わった……。」
「お疲れ様です。こちらお茶になります。…どうぞ。」
勉強を終えた所を見計らってグリ爺が紅茶を振る舞う。勉強で疲れた脳に甘味がよく染み渡る。
……って甘い?
「あれ、もしかして蜂蜜でも入れた…?」
「いえ、最近は勉強を頑張っているご様子でしたので砂糖を入れております。」
「へえ、砂糖ね。…砂糖。って砂糖!?」
「はい、砂糖でございます。」
開いた口が塞がらない。転生前なら兎も角、この世界では甘味はかなり貴重だ。サトウキビやてん菜といった砂糖の原料となる植物は育てられる地は限られる上に、普通は娯楽品を育てている余裕があれば麦や野菜といった食べ物を育てるからだ。
そんな超高級品は貴族や富豪の歓待の際に使うくらいでこんな日常生活の一コマで使っていいものではない。
「そんな貴重なモノを一体全体どうして……?」
「先程のことです。御当主様が直々に私に砂糖を使ってよいとおっしゃられまして。どうやらお勉強を頑張られているご褒美だそうです。」
心遣いはありがたいんだけどなあ……。
いや、嬉しいんだけど。それでももう少し、庶民的な物が良いと思う俺である。
△▼△
お茶を飲み、休憩した後は地表に出ることにした。
最近は読書にも凝るようになったのだがあれだけの勉強をした後ではページを捲ることすら苦痛なのだ。
体内の魔素に干渉し、全身へ浸透させていく。思い浮かべるのは蝙蝠だ。黒く、小さな空飛ぶ生き物。
全身に黒い靄が多い、スキル『変身』が発動する。
靄が晴れた後には少し大きい蝙蝠が一匹いるだけだった。
ふふふ、結構上手くいったな。いやいやながらも解剖学を勉強した意味があるというものだ。
翼に力を籠めて、羽ばたく。
体は地べたから浮き、あっという間に夜空を浮かぶ。
月も出ていない夜空は真っ暗で夜目のきく種族でなければ満足に活動できないほどだ。
そんなに暗ければ嫌が応でも明かりは目に入る。
森の中で幾つかの松明の光だった。
年は十三から十五くらいの成人かギリギリ子供と判別されそうな頃合いだった。
何をしているのか気になり、静かに近づいていく。小さな蝙蝠に変身していることが上手く働き、彼等に気付かれることなく近くの木にとまることができた。
構成は二人の少年と少女が一人。少年と少女が松明を一つずつ持っており、誰も武装をしていない。
……流石に不用心すぎないか?
「なあ、止めとこうぜ。幾ら何でも無理だって……!」
少年の一人が怯えながら止めるように言う。
しかし、このグループの集団のリーダー格と思しき少年が笑いながらその意見を一蹴する。
「ハッ! お前、此処に来て怖気着いたのか?」
山吹色の髪をした少年は髪の色もそうだが纏っている独特な雰囲気もあり目に留まる。
どうやら怖いもの知らずのようで恐れも何も感じさせることなく、進んでいく。
「……で、でもよう。いくら何でも
前言撤回。
阿保だ。あいつ。
そしてあの少年は賢者だ。
確かにこの森の中に俺達の住む地下へつながる扉は存在している。
しかし、侵入者や日光対策で結界は勿論、使い魔や夜ならば
顔も知らない奴らが近づけば殺されかねない。
いや、待て。今の彼等なら扉に到着する前に魔物のエサだ。
武装もしていない人間族など悪いが有象無象と変わらない。
……マジでどうしたものか。
正直な所、俺には彼等を助ける動機なんて存在しない。
しかし、見捨てるのは元日本人として駄目だろう。
……仕方ない。驚かして帰ってもらうとしよう。『変身』の丁度良い練習の機会だ。
―――この時点で俺は一つ考え違いをしていた。それも大きな、致命的なミスを。
彼等が此処まで無傷で来れたのは唯の偶然だけではないということ。
そして
▼△▼
黒霧が体中を覆い、人間の姿から獰猛な大狼の姿に変化する。
視点が下がったが、視覚は『魔力感知』のおかげで変わらず変身後も問題なく行動できそうだ。
気配をなるべく殺し、ゆっくりと近づく。
体躯が巨大化しているため音を出さないように移動することに苦労したが何とか彼等のすぐ近くまでやって来ることができた。
少し開けた場所で疲れたのか皆思い思いの体勢で寛いでいる。
悪いが君等の休憩場所は此処ではなく、家のベッドだ。そして肝試しなどという行為は慎んでくれよ。
彼等の前に派手に登場しようと、全身に力を入れたときだった。
「……やっぱりいる。グレン、あそこ。」
今まで言葉一つ発さなかった少女が急に俺の方へ指さす。
一瞬、ばれたかと焦るがどうせ姿を現すとは決めていたのだ。
それにどうせ小動物か何かだとでも思っているのだろう、全く不用心なことだ。
「其処か? 分かったぜ、ミリア!」
そう山吹色の少年が言うや否や、極光が俺を襲った。
極光が俺を貫いた後に感じたのはどうしようもないほどの苦痛だった。
痛い! 痛い! 痛い 痛い!
光は俺を容易く貫き、全身を余すことなく焼き焦がす。
かつて調理で軽い火傷を負ったことがあるがそれの比ではない。
「があああああああっ!??」
転生以前も以後でも初めて味わう不思議な痛みに悶絶し、耐え難い喪失感を味わっていると少年が止めを刺すべくもう一度俺に極光を振りかざす。
「!? ……舐めるなぁ!」
流石に死ぬわけにはいかないため、気力を振り絞り、光の一撃を避ける。
「狼が人になった……? どういうことだよ……。」
「グラハム、俺の"光"が通じたんだ。唯の人間じゃねえ……。
どうやらダメージを受けたせいで変身が解けてしまったようだ。
というか何を喰らったんだ?
ユニークスキルの『
名称:グレン
種族:人間族
称号:なし
加護:なし
魔法:『気闘法』
エクストラスキル:『霊子操作』
コモンスキル:なし
耐性:なし
名称:ミリア
種族:人間族
称号:なし
加護:なし
魔法:なし
エクストラスキル:『魔力感知』『熱源感知』『危険察知』
コモンスキル:なし
耐性:なし
名称:グラハム
種族:人間族
称号:なし
加護:なし
魔法:なし
エクストラスキル:なし
コモンスキル:なし
耐性:なし
彼等を観察していると急にこのような情報が出て来たぞ……。
……ああ、そういえば『
解析系で転生に気がついたときはよく使っていたが最近は使っていなくて忘れていた。
「喰らえ、バケモノ!」
グレンと呼ばれた山吹色の少年が吠える。
手には淡く輝く枝を持ち、高速で俺に叩きつける。
腕に『多重結界』を展開し、防御するも何故か攻撃は『結界』を容易く食い破り俺の腕を破壊する。
またしても尋常ではない痛みと喪失感に襲われる。
というか可笑しいだろあの光!
自慢じゃないが俺の『結界』はかなりの強度を誇る。生半可な魔法や物理など容易く無効化できるのだ。
それをこうも簡単に無効化するってどういう絡繰りだ?
「ハっ!
「――ッ! 舐めるな!」
少年が勢いづき、攻勢を強めるが生憎こちとら魔人なのだ。
そう簡単に殺せるわけねえだろうが!
「な……!?」
「「グレン!!」」
圧倒的な身体能力差で死角に回り、後ろから攻撃を与える。
人体についても熟知していたため的確に急所を射抜き、最大限のダメージを与えられたようだ。
流石にそこまでタフではないようでふらつきながら地面に倒れる。
「……畜生……!」
地に付した少年が悔しそうに呻く。その光景を見て残りの少年と少女は目の前の出来事が信じられないのか、明らかに動揺していた。
「……とりあえず、どうして此処まで来たんだ? 村の連中からは危ないって聞いていただろう?」
彼等がただ肝試しに来たという気がせず、俺は彼等に訳を聞いた。
そしてその答えは俺の予想だにしないものだった。
「……生贄だよ! 生贄! お前たちがねーちゃんを生贄にって言ったんだよ!」