私は考え事をしながら酒を呑むといつも酔うことがない。
ただ無意識に酒をあおる。そうすると、火照っていた身体は外気で冷え、いつもは感じないほどの小さな風の変化にすら敏感になる。
残念ながら私は仲間の鬼である萃香や、妙に根回しの早い紫と比べて頭が悪い
深く、深く考え込んでも結局分からず、酒をあおるように呑んでは忘れようとする。
ただそんな時に限って酔いは逃げていき、どこか釈然としないモヤモヤが胸の中に広がっていく
◆
「勇儀さん、勇儀さん!」
「んァ?おおう、なんだ?」
「どうしたんだよ勇儀さんさっきからずぅっと上の空で、もしかしてもう酔っちまったんか?」
「馬鹿言え私があんな安酒で酔うかよ」
「その安酒で酔った勢に俺の家を壊したのはどこのどいつだ?」
「んん?あった…、いやあったか?そんな事」
「やっぱり忘れてんじゃねぇか!しっかり直して貰うからな!」
「分かった分かったから、悪かったよ」
私はやっぱり記憶にないがよく酔っては萃香と喧嘩して近くの家をまとめて吹き飛ばす事が多々あった、今回もたぶんやったんだろう
適当に平謝りをして頭を冷やす
「なんだ勇儀さん、また酔って誰かぶん殴ったのか?」
「だからアタシは酔ってないって」
どうやら酒に酔った私の行動は余程信頼がないらしい
何十年も共に居た仲間から言われてしまう程なら余程のものかもしれない。
まあ鬼でそんなことを本気で気にするようなやつはいないだろうが、私はそんな事にちょっと気まずさを感じた
しかしそれが本来のあるべき鬼の姿なのだろう
みみっちい悩みなんか吹き飛ばすように酒を飲み、酔ってはバカをして誰彼構わず迷惑をかける
それこそが鬼
それだと言うのによく考えると私は存外鬼らしくない
嘘を嫌い、戦いを好み、酒を好いては自分勝手に好き放題する。嗚呼なるほど、表面上は確かに鬼らしい
だがその実どうだろう?小さなことにいちいち気を取られては酒にも酔えず、物思いにふけるなんて…
今だってこんなどうでもいい事がどうにも気にかかる、もやもやしてはむしゃくしゃして酒を呑む。こういう所は鬼らしい
「んで勇儀さん、なんだってあの妖怪に付きまとってんだ?実の所おれァそれが1番気になってんだ」
私が酒を飲みつつもいつに無く真面目に考えているからか、わざわざ気を逸らすように話題を変えた
こいつめ、一体いつからそんな気の利かせ方なんて覚えたんだ?
「あぁ、それは俺も思ってたんだぜ。力の勇儀ともあろう者がなんであんな弱い奴に喧嘩吹っかけてんだってな。なんだ、もしかしてあの男に惚れたのか?いつの間に男の趣味が変わったんだ?」
「馬鹿言うな、ありゃァ私が1番嫌いな人種だね。男のくせして根性ってのがまるで無い、私を見るや否やいの一番に逃げようする。ダメだね、ダメダメさ、反撃する度胸もなければ私から逃げきる力もない、根性無しと罵倒し、煽ってみてもピクリとすら反応しない…あれにはプライドなんて欠けらも無いね。私は例え弱くても心が強いやつは好きだ、戦いはてんでダメでも信念の強いやつは好感が持てる。けどあれは…真逆も真逆だ。ああクソ…期待してたんだけどなぁ…」
少し嫌なことを思い出して顔を顰める
「そりゃひでェ。ならなんで執拗に追いかけ回してんだ?わざわざ弱いモノイジメするほど若くないだろ。あんたなら、嫌いな弱えや奴は視界に入れすらしないだろうに」
その言葉にはウソは許さないといういつに無く真面目な意志を感じられた
「…別に、私だって好きでやってるんじゃない。つまらないし、何よりアホらしい…なんだって紫はこんな事言ってきたんだか…」
私は今更ながらこんなことを紫と約束してしまった事を後悔していた
初めは巫女相手に善戦したと聴いて期待してたんだけどなぁ
「紫?紫って八雲のか?」
「ああ、紫からちょっと面倒な約束を受けちまってな…」
私に聞いてきた鬼はなるほどなぁ…と納得したように頷いては席を立った
「なぁ、勇儀さん俺は頭が良くないからわかんねぇが…やっぱり八雲のやつと絡むのはやめた方がいいぜ、ろくな目にありゃしねぇ…」
「ああ、わぁってる。私だって不本意さ」
鬼がそうか…と呟くように言い残して去っていった
その時の気持ち悪いような温かい湿った風が妙に頭に残っていた
◆
「あの…帰ってくれませんか?」
嫌です帰りません
ご飯作って下さい
「いやあの貴方がここにいると勇儀さんとのケンカに地霊殿が巻き込まれると思うので帰って…あ、あなた…!その事が分かっていながら来たの!?勇儀とのケンカに巻き込まれたくなかったら早くご飯作れ…?な、なんて図々しい…」
俺は今最終手段で地霊殿にたかりに来ていた
なあ頼むよさとりん、他に頼れそうな妖怪なんていないんだよ
「頼むって言っても大体あなた食事なんてしなくても平気ですよね…あとさとりんはやめて下さい」
ジト目でそんな事言わないで欲しい。俺はご飯食べないと精神的に死んでしまうんだ
「別に米ぐらい炊けるでしょうに、視力だってその…灰バリア?で何となくわかるんでしょう?」
火は形がないから見えないんだよ!だから弱火だと思ってたけど実際は強火でお米が真っ黒に…
「ああ、まあ確かに火加減分からないと出来ませんね…ん?いや食べたんですか?その黒焦げご飯…あっはいそうですか」
キメ顔で親指を突き立てながら頷く
という訳でたかりに来たぜさとりん!飯を出せ、さもなくば勇儀との喧嘩に巻き込まれて色々吹っ飛ぶでしょう
「別に、勇儀さんには後から言ってここでは喧嘩しないで貰うようにお願いすれば済みますよ。あとさとりんはやめて下さい」
そんな風に勝ち誇った顔で言ってくる、心なしかジト目がどこか誇らしげだ
ペッ陰湿悟り妖怪が!どうにかして勇儀との喧嘩の流れ弾が当たるように調整してやる!
「こっこの妖怪!ダメだとわかるとこの態度…!言うに事欠いて私を陰湿だなんて…間違ってはいませんが今の立場ではどう考えても貴方の方が陰湿です!ああもうわかりましたって、作りますよ1食ぐらい。その代わりに食べたらすぐ帰って今後は来ないで下さい」
やた!久々のご飯だ!今ならご飯炊くの失敗してお粥になっても我慢するぞ!
「そんなミスしませんよ、というかホントにこれっきりにして…今暇になったらまたたかりに来ようとか考えませんでした…?あっこらちょっとちゃんとこっち見なさい!目を逸らしても心は読めるんですよ!」
◆
「やっと帰りましたか…」
食べ終わった後に口直しの珈琲まで要求してくるとは…
これからも来るとなると勇儀さんだけでなく、あの妖怪を地底に落ちるように手回した八雲まで来るかもしれません…
勇儀さんだけならまだいい、あの人私を嫌ってはいるけど単純で表裏もないから別にいい。心労が少し増えるだけです
ただあの妖怪に釣られて八雲まで来るとなると話が変わります。
八雲紫はどういう訳か心を読めないようにしている上、何を考えているのか普通の人よりも分からない。
心が読めない。ただそれだけでも気持ち悪いというのに胡散臭くて何が目的なのかすら分からない。私の天敵のようなやつだ
そんな八雲がチラチラと気にしている妖怪が今後不定期に私の地霊殿にやってくる…考えるだけでも胃にきそうだ…
「…珈琲でも飲んで休憩しましょう…。」
珈琲を入れようと席を立って…
「あら、だったら私も1杯頂こうかしら」
そこには問題の大妖怪が席に座り、薄っぺらな笑みを浮かべていた
「ほらぁ…こうなるじゃないですか…」
だから、だ!か!ら!嫌だったのに…
「あの…帰ってくれませんか?」
「嫌よ?珈琲飲むまで帰らないわ」
後でお燐に胃薬頼んでおこう…。
◆
「それで、何の用ですか?」
自分でもわかるほど顔をげんなりとさせながら珈琲を一口呑んだ
「あら理由もなく来ちゃいけないのかしら?」
「少なくとも私は嫌いな人の所へ理由もなく来ませんね」
「ふぅん、自分が誰彼構わず嫌われていると思っているの?」
冗談じゃない、私も嫌いだし貴女も私を嫌っているでしょうに
相思相愛の真逆も真逆です
「少なくとも貴女には嫌われていると思っていますよ」
ほら帰れと手でしっしと催促するが効果は期待できない
「そうとは限らないわよ?」
嘘をつけと睨んでみるが本人はどこ吹く風といった風だ
「なら心を読めるようにして下さいよ、でなきゃ信じられないもので」
「それはまた今度ね」
はいはいと適当にあしらっておく、どうせ期待していなかったし今後もそんな時がくるとは思っていない
「それで、本題はなんですか?私この後珈琲飲みながらゆっくり休憩する予定だってんですけど」
「んふふ、なら美少女と話せて一石二鳥じゃない」
「あっ私帰りますね、さようなら」
「ちょっちょっと待って、冗談よ冗談!大体帰るって貴女の家はここでしょうが!」
白々しい…けれど流石に話を聞かないと帰って来れなさそうですね
私が再び席に着いたのを話を聞く姿勢と思ったのか再び話を始めた
「こほん、単刀直入に聞くわ…貴方は白墨を”見て”どう感じたかしら?」
八雲の顔がさっきまでのおちゃらけた感じからガラリと人が変わったように真剣なものになった
どうやらこれが本題らしい
「白墨…ああさっきの変わった妖怪ですか」
「ええ、ただ簡単に率直な感想でいいのよ」
なんでそんな事を気にしているのか…
あの妖怪がなにか八雲に関係あるのだろうか。聞きたくないですね…
「私の方でも色々探ってみたけれど、どうやら想像以上にポーカーフェイスが上手いみたい。考えを探るにもちっとも分からない上に相当頭が回るみたい」
…は?ポーカーフェイス…?頭が回る?
ポーカーフェイスと言うと微妙ですが、ピクリとも動かないあの表情筋は確かに凄い。恐らく本人も意図していない事を除けば…
それにあの妖怪は終始ご飯のことしか考えていなかった、実際に食べている間も美味いと考えながら美味いとわざわざ言っていた。そういえば最初に起きた時も自分の指の血を舐めて味覚の有無を確認していましたね…
あれ?ひょっとしなくてもあの妖怪ご飯の事しか考えていないのではないか?
「一体何を考えているのか…」
「多分ご飯の事しか考えてないと思いますよ」
「ふふっ地霊殿の主も冗談を言うのね、ご飯?いやまさか、彼はあんなようでも私の本気の結界をいとも容易く壊して逃走してみせたわ。全くもって妖力量と釣り合ってないあれはどういう原理なのかしら?」
あの妖怪が仮にも大妖怪の八雲の結界を壊す?
いつも勇儀さんにボコられている姿を見ている私からすると、とても強そうには見えませんが…
「私にはあの妖怪がご飯好きだと言うぐらいで他は何も…」
「ふぅん…まあいいわ。別にそのうちわかるだろうし」
どこか疑いの目を向けられるが、そんな風に見られてもご飯の事考えてるぐらいしか本当に言えることはない
「…もう来ないで下さいね」
「わかってるわよ、私も極力来ないように考えておくわ。珈琲美味しかったわよ、それじゃあさようなら」
不気味なスキマが閉じるまで見届けたあとため息をつく
…貴方のせいですよ白墨さん…。
私は脳天気な妖怪を恨みがましく思いながら冷たい珈琲を啜った。
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