灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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遅れてすいません


第十九話 節目

原因不明の変死体、犯行時刻と合わない死亡時刻、謎が謎を呼ぶ文字で語られた恐怖の伝播。ペラペラとページをめくる度にまるで自分が物語のキャラクターとなり歩いているような錯覚すら感じる巧みな文章力

本を掴む手が力み汗が溢れ出てきて顔を上げる

ふぅ…とため息を1つ。カラカラと乾いた喉に気付き机の上の珈琲に手を付け1口。

それまで感じていた緊迫感が解けてリラックスする。

 

「やはりいいものですね…ミステリーホラー小説というものは」

 

特に猟奇的で狂気的であるほど肌の粟立つ興奮が心地いい

それは無意識に他者の心を読んでしまう私にとっては”現実よりもリアル”な恐怖なのだ

別にグロテスクなものや残酷な話が好きな訳では無い。続きが気になる話や、心臓がバクバクと音を立てるような興奮する小説が自然とこういったものに絞られただけだ

もう一度珈琲を口に含んだ後、本に目を向けようとしたところ扉の叩く音が聞こえた

 

お燐か最近顔も見せない神出鬼没の妹か…疑問に思いながらも本に栞を挟んで机の上に置いた

 

「どうぞ、入ってきてもいいですよ」

 

そう言うと静かな空間にドアノブを捻る音が響いた。同時にやけに丁寧な印象覚えるゆっくりとした動きでドアノブが回される

さて一体誰なのか…続きがいい所だから出来れば手短に済ませてくれるとありがたいのだけれど…

 

扉がゆっくりと開いて…

 

やや長身の灰色の男が顔を覗かせた、、、

 

先程栞を挟んだ本を持って全力で扉に投げつける

何かがぶつかる音がした後バタンと扉は閉まった

しかしだからといって何か大きく変わる訳では無い、この程度で帰ってくれるような繊細な心は持ち合わせてないのもよく知っている。だから強いて理由をあげるなら私の八つ当たりだ

 

その証拠に今度はさっきよりやや強めに扉が開かれた

 

「はぁ…一体、今度は何の用ですか?さっきぶりじゃないですか…もうお腹いっぱいなんですど」

精神的な意味で、ですが…と後に続け、改めて彼を見た

 

髪も服も瞳の色も…その全てが灰色で統一されており、表情はほとんど変わらず常に真顔。

 

少し文句を言いたそうな顔をしながらおでこに手を当てている、と言ってもほんとに文句を言いたそうな顔なんてしているのかは知らないが…雰囲気でそう感じただけだ

 

別に今更その程度の痛みなんて気にするような人でもないくせに白々しい…あっいやほんとにちょっと痛がってる

 

そしてその文句言いたげな後ろには大量の肉やら何やらの食材があって…待て、なんだそれは?なんでそんなもの持って地霊殿に…そう言えば少し前に勇儀さんが色んな呑み屋の営業を停止させていたとか…

 

私はすぐさまサードアイの瞳を手で隠した

 

効果はあまりない、ただこうすると心を読んでしまう距離が少しだけ狭くなる

それと私の精神安定法だ。

何があったかは分からない、分からないがこのことには勇儀さんが関わってる

 

少し白墨さんにも悪いとは思いますが帰ってもらいましょう

 

「ストーップ!いいですか?白墨さんそれより前に進まないで下さいね絶対です、あの…ちょっと足ふらふらさせておちょくるのはやめて下さい…やめてくだ、や、やめっ、やめろってっ言ってるでしょうが!……ふぅ、白墨さんいいですか?ここに来てから割と良くしてあげている私の胃を大切に思うなら今日のところは1度帰って下さい」

 

それを聞くと心無しかしょんぼりしながらもコクコクとうなずいた。思いのほか物分りのいいことだ

 

「申し訳ないですが今日はこれで…何か要件があるなら今度でお願いします。その時にまた構ってあげますから今日は勘弁して下さい」

 

やっぱり心無しかしょんぼりしながら帰ろうと扉に手をかける

 

何故だが微妙に申し訳ない気持ちが芽生えながらも帰ってくれることに安堵し、ホッとする

 

とりあえず今日の平穏は守られたと安心したところ、白墨さんがこちらを向いてグッジョブと親指を立てた

 

――ものすごく嫌な予感がした

――白墨は反転し、大きく1歩こちらに踏み込んでくる

――私はコーヒーのカップを手に持った

 

私も笑顔で応える

 

「フリじゃ…ないですよッッ!」

 

パコーンと珈琲のカップが白墨の顔面に直撃する

 

――これ程の食材を手に入れるまでの経緯が頭に入ってくるまで残り1秒

 

私の胃はお釈迦になった

 

 

 

 

 

 

 

 

「本気で追いかけてくる勇儀さんから食糧パクって逃げた…?前々から逃げ足だけは自信ありげでしたが…」

 

さとりんもフリというのを知っていたのか、まあやるなって言われたらやれ!の意味だしね!

 

何故か頭に手を当ててぐったりしてるさとりんを尻目にパクってきたご飯の数々に目をやる

ふふふ…今から楽しみだ…

 

さとりんはぶつぶつとうわ言を呟いた後ハッとしてこっちを見た

 

「いや違う、今はそんなことよりも勇儀さんがここに来る事の方がやばい…!白墨さん?帰りませんか?一旦お家に帰った方がいいと思いますよ?というか帰って下さい」

 

「…ごはん」

 

「はっ倒しますよ」

 

…それは困る、ご飯作ってもらうために来たのだ…あっ!もちろんさとりんも食べていいぞ!いっしょに食べような!

 

「そういう意味じゃないですよ!バカ!絶対来ますよ勇儀さんも…勇儀さんがわ、私の地霊殿で…私の平穏な日々が…うっ…」

 

むぅ…やはり勇儀もこのご飯を狙っているのか…あの脳筋も急に殴ってきたりしないなら食べさせて上げても良いけどなぁ…

いやいやダメだ!手足がもげかけてたのに嬉しそうに四足歩行で迫ってきたのは普通に怖すぎる!絶対に見つかったらひき肉にされる…!

 

「いやでも勇儀さんとは地霊殿で暴れないように…と約束をしてるから…は?あなた…!白墨さんそれ知っててここに逃げ込んできたんですか!?っということはこれからも何かあったらここを避難所代わりに使われる…?あっ!ちょっとなに目を逸らしてるんですか!?こっち向きなさい!」

 

俺はぽこぽこと叩いてくるさとりんから目を逸らしてる口笛を吹いて誤魔化した。

 

……

…………

 

 

よく膨れたお腹をポンと叩いて道を歩く

満腹満腹!なんだかんだ言ってさとりんは虚ろな目をしながら作ってくれるからちょろいな!

結局ご飯を食べた後直ぐに追い出されてしまったが、残りの食材を地霊殿に詰め込んだからまた来よう!

 

俺はキョロキョロと周りを見ながら万が一勇儀に出くわさないように気をつけて外を歩く

今、勇儀は橋の上にいるからちょうど真反対だ

にしてもこれからもあんな獣のように追いかけ回されちゃ敵わないぞ…

地底じゃ誰かに守ってもらえるなんてないからなぁ…昔は怖い妖怪を見ても聖に助けて貰ってたから楽だった…

 

そう言えばさとりから聞いた話だと船幽霊も一人落ちてきたらしい

恐らく村紗のことだろう、てっきりあのヤバい巫女が来た時にはとっくに逃げて隠れてると思ったがしっかり見つかって他の妖怪達と同様に地底に封印されたらしい、へっざまあねぇな!っま俺も地底でかれこれ数十年は囚われの身なんだがな!早くこっから出て甘味が食べたいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

やや下手くそに巻かれた包帯が余計に違和感を感じさせる

鬼のそれも怪力乱神と呼ばれる星熊勇儀が…だ

だと言うのに本人はとても満足そうに酒を飲んでいた

 

まだあまり飲んで欲しくないのだけれど…酔って会話にならないなんてことになったら面倒だ、と思いそれが鬼相手には無駄な思考だということも理解していた

 

馴染み深いスキマから杯を取り出し自分も1口飲んだ

 

「あれ?珍しいね紫あんたも飲むのかい?」

 

「どっかのボロボロな鬼さんが話をする前から盛ってるからね」

 

「ハッハッハそうかいそうかい!だがね紫、鬼が酒を飲まない時なんてそれこそ飲む暇もない程の戦いをする時ぐらいだよ」

 

皮肉が効いたか効いてないか…勇儀はいつものように豪快に笑って酒を飲む

 

「そうそれよ、今日は別のことを聞きに来たんだけど今はそれよりその包帯のことよ。一体どうしたの?それ」

 

そう言うとトントンと手足の包帯の巻かれた部分を指してニヤニヤとし始めた

 

「ここのことかい?いやぁ残念ながら傷自体はもうないんだ、この包帯は心配性な姫さんが強引に付けていったものさ」

 

そう言ってしゅるしゅると…ではなく鬼らしく力ずくでビリビリと包帯を破いて言った

勇儀の言っていた通りそこにはもう傷らしい傷はなく完治していることは一目瞭然だった

 

続けて勇儀は嬉しそうに語る

 

「紫、あんたの勧めてきた白墨さ」

 

その答えに紫の余裕ありげな顔が少し崩れて目が見開かれる

 

「冗談、あれにあなたをどうこうするだけの戦闘能力はないわ」

 

思わず、否定する

そうであって欲しくないという願望も少しあったかもしれない

ただ客観的に見ても中級妖怪程度の妖力量で大した技術も持ってないあの妖怪に鬼を相手取る力はないと思っていた

 

「恐らく紫の言っていた巫女に一撃を与えたやつと同じだろう…それしか考えられない。紫の言っていた通りあの攻撃は”完成”されたものだった」

 

「巫女に、一撃を与えたもの…」

 

その言葉であの日の事を思い出す

あの日意識を失う寸前に白墨が放った白い結界で構築された槍

巫女に致命傷を与えることさえ出来なかったもののあんな妖力でカスリキズだけでも与えられるだけいい方だとは思っていたが…

 

「速さはピカイチ、威力も並の相手なら正面から粉砕出来るほどの貫通力、一発屋では終わらない連射力、そしてなにより目が見えないとは思えないほどの正確性だ。本当に目が見えないか…いや見えていたとしてもありえない命中精度だった」

 

「…ずいぶん高く評価するのね」

 

いつも彼女と会う度に白墨の愚痴を聞く身としてはあまりに高い評価をする姿に少し驚いた

そしてそこまで言わせる白墨の攻撃にも興味が湧く

 

酒を飲みながらもどこか神妙な顔つきで話を続ける

杯を揺らし踊る酒を細めた目で見る彼女の姿はヤクザのような貫禄があった

 

「わたしはね、嫌いさあいつのことは。嘘はつくし、弱いし、男のクセして戦う気概も無い、すぐ顔を合わせる度に一目散に逃げようとする奴だがたった一つだけの事には確かなプライドのような物を持っていた、そこだけは気にいってるんだ」

 

「プライド?」

 

思いもしない言葉が出てきた

白墨とは無縁の言葉だとすら思っていた。尤もあの表情に寡黙な姿からは彼の人間性を図ることなんて出来ない

だからこそ人を見る目のある勇儀の言葉に興味を引かれる

白墨については少しでもどういう人柄なのかということについて知っておきたかったからだ

 

「食いもんだよ、美味いものさ。ふざけた話に聞こえるかもしれないがあいつは食事にだけ強く反応するんだよ、試しに食べ物の事を引き合いに出してみたら今まで逃げの一点だったあいつが初めて向かってきやがった」

 

食べ物?ご飯?そんなもののために勇儀に立ち向かう?

思っていた答えと全く違ったものに困惑する。…そろそろ頭が痛くなってきた…

 

「…なにかの勘違いというのは?」

 

「ないね、聞けば白墨のやつ美味しい物を食べる為だけに地霊殿へ行ってはその主に作らせてるっていう変人だ。それだけのために嫌われ者のさとり妖怪に心を読まれに行くものかい?」

 

知らない方がまだマシだったかもしれない

最近ようやく掴めてきたように思えていた彼の像が一気に遠ざかった気がする

いや元から私の考えていた白墨の像なんてただの偶像なのか

 

「どちらにしよ、わからないことが余計にわからなくなっただけだわ…」

 

勇儀はそんな混乱してる私を見て愉快そうに笑う

 

「もう、そんなにおかしいものかしら?」

 

「ああ、かの大妖怪八雲紫をここまで引っ掻き回せるんだから白墨のやつも大概大物だな」

 

「私だってわからないことばかりよ、少し顔を合わせてるだけでどういう奴か感覚でわかってしまうあなた達の方が余程ズルいわね。動機と裏付け、それでようやく全貌がハッキリするものじゃない?」

 

理不尽な物言いに不平を零してしまう

私は万能とは程遠い、仮定し、少しづつカケラを集めていくようなタイプの妖怪

全知全能やら数刻話すだけで自らの全てを掌握されてしまうなどと言われているのを見ると思わず『誰だその八雲紫とかいう妖怪』と呆れてしまう

そういうタイプより直感でわかってしまう者の方が余程理不尽だ

 

「なるほど今のは素の紫か?ハッハッハ久々に面白いものも見れた、案外ストレスも溜まってるんだなそんな時こそ呑んで忘れてしまえ」

 

あんたらは関係なしにいつも飲んでるだろうに

トク、トクと注がれた酒を強引に飲み干す

ヤケ酒じゃい

 

「おおー、いい飲みっぷりじゃないか」

 

「ほんとよ、ほんと。最近だと幽々子だって桜が美味しそうだの意味のわからないことを言うし…」

 

酒で舌が濡れるとよく回る。良いことも、悪いことも

 

「あんたはずっとそうやって苦労し続けそうだ、元々が苦労人気質なんだな」

 

「嫌な予感ね」

 

「そうでも無いさ」

 

何がそんなに愉快なのかクッククと笑う

なんということだ、野生の勘EXTRAの鬼にお前は一生苦労人と言われてしまった

何となくそういう感のない私ですら納得してしまうのが憎い

 

「今日は…そうね…らしくないわ、もうお開きにしましょう」

 

「そうだな…ああそうだ紫聞いておきたいことがあったんだった」

 

酒瓶をポイッと乱暴にスキマへ投げ捨て立ち上がり帰ろうとしたところ、予想だにしない問いかけをうけた

 

「あいつは”ヒト”なのか?」

 

勇儀自身珍しく少しだけ歯切れの悪い感じで聞いてきた

 

あまりに意図の読めない問いかけに言葉に困る

 

「ああいやそりゃああいつの体は妖怪でも珍しい速さで傷が塞がったりもする、とても人間のようには見えなかった。だがありゃあもっと根本から人間よりもヒトらしい。あれは本当に妖怪なのか?」

 

やはり問いかけの意味がわからない

そこで言うヒトが何を指しているのかどうヒトらしいのか…

ただ勇儀も自分でよくわかっていなさそうにも見えた

 

「よく分からないけど、私からは妖怪だとしか言えないわ」

 

「そう、か…引き止めて悪かったな。今度は良いツマミを持ってきてくれよ?酒ならこっちでいくらでも用意するからね」

 

「はいはい、軽く何か持ってくるわ。それじゃあ」

 

スキマを通って地底を後にする

結局この言葉の意味は私にはわからなかった

私には分からず、勇儀には分かる違和感が少し胸に引っかかった

酒と共に流れてしまうような小さな違和感だ


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