灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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前回書き忘れたのですが、全感想100件突破ありがとうございます!毎回毎回ニヤニヤしながら見させてもらっています。
これからも気楽に感想送ってくれると幸いです


第二十八話 八雲紫の苦笑い

「う〜ん…どうしようかしら…これ……」

 

白墨が幻想郷に来てそれなりの時が経ち、物珍しさも消えかかっていた。

肝の座った蕎麦屋の店員達なんかはもう慣れたようで普通に接している

未だにその不気味さは消えてはいないものの、人里に溶け込むという事は出来ている。最近だと姿を偽って人里に入る妖怪も増えてきた

 

まあ…思いのほかトラブルらしいことも無く順調だ

予定よりも早くに次の段階に進めるかもしれない、だが予定よりも結界が不安定、安定化には程遠い

 

「あ〜あ…来るとは思っていたけれど、嫌なことって重なるわぁ…」

 

手の中にある手紙、妖怪の山の天狗達を示す印が付けられた手紙

再び視線を向けてため息を付く

 

印からして大天狗、一応そこそこの位に位置しているものだが…せめて天魔のものを持ってこいと文句を言いたいところだ…

仮にも大妖怪に位置する自分に手紙を寄越すのだ、そのグループの長が書くのが普通だ

 

それを大天狗の印なんて…

 

「舐められてるわね…確実に…いや、あえて部下に書かせたか…それとも部下が勝手に書いたのか…どちらにせよこれを書いた大天狗は私のことを舐めている……その事に変わりはないわね」

 

手紙の内容は今後についての軽い話し合い

天狗らしく長ったらしい分かりにくい書き始めからそれとなく幻想郷での立場についての事が触れられていた

 

権利主張の問題か……

 

これまで妖怪の山とはお互いを認識しつつも不干渉だった

もちろん幻想郷を形作る上でいつかは話し合いの席を設ける必要があると考えていた

 

結界のことで時間を取りすぎたッ……!

 

この幻想郷の地に妖怪のためのものとはいえ勝手に大規模な特殊結界まで張っているのだ、向こうの妖怪達だっておいそれと流していい話じゃない…特に権利云々を大事にしている縦社会の天狗たちは黙っていないだろう

 

鬼が去ってから長い間この幻想郷で最も大きな勢力として君臨し、なおかつプライドも高い面倒なヤツら……

 

「あーもう!あと数十年ぐらい我慢出来なかったの!?こっちだって結界と結界と結界と結界の管理で忙しいって言うのに!……いくら天狗でも古株達ならおいそれと私に手を出そうなんて考えはしないし、やっぱり部下の勝手な暴走かしら…数だけ増えて邪魔なんだから…天魔も首輪ぐらい付けときなさいよ…!」

 

会食の招待は断れない…適当に断ろうものなら更に付け上がって面倒だ、これ以上は時間も掛けたくない…断るのは論外……

 

結界が不安定な今、私自身が行くのは危険だから仕方ないけど藍に……

 

「らんー!ちょっとー!来てちょーだい!らー…ん…。」

 

呼んでる途中で絶句した

 

「なんでしょうか…紫様…朝ご飯なら……さっき作りましたよ…?……あれ?それとも今はもう夜でしたか?すぐに準備しますね…すぐに…すぐに……。」

 

フラフラとした足取りでふすまを開ける自分の式神

いつもは綺麗に手入れされている尻尾も放置されぼさぼさ、よれよれになった耳からは生気を感じず、しかし顔だけは綺麗な笑顔。

 

さ、最後に休みを与えたのっていつだったかしら…?

式神だし私と違ってある程度休まなくても動けるのをいい事に酷使し過ぎた…!

 

「あっ…ああ待って藍、今はお昼よ…。それより貴女最近どれくらい寝れてるの…?」

 

いつもはキリッとして少しキツいと思わせるぐらいの鋭い目がぼーっとしている

さ、流石の私も罪悪感が…

 

「最近…ですか?今月は5時間ほど眠れましたよ」

 

「あら…なんだ確かに少し短いけどちゃんと寝れていたのね……」

 

「……?あっああ…いえ、”今月で”5時間です」

 

「寝なさい!?今すぐに!」

 

「…?いえいえ、30分ほど仮眠を取らせてもらえればあと4日は動けますので…それに私は式神なので紫様と違って多少眠らなくたって……」

 

「無理よ!?!?いくら式神でも寝なきゃ倒れるわよ!?ご、ごめんね!?だ、大丈夫だから…ほ、ほら!貴女の分は私がやっておくから!寝ましょう?というかお願い寝て!目がちょっと怖いわよ!?」

 

「は、はぁ…分かりました」

 

そう言うと、わざわざ寝づらそうな固い椅子の上で……

 

「ふ、布団!今お布団敷いてあげるから!そっちで寝なさい!」

 

こ、この子!仮眠癖がついてる!?椅子で寝るのに躊躇いがないわ!?!?

 

「そ、そんな布団なんかで寝てしまったら起きれる自信が…!」

 

「熟睡させる為に寝させるんだから起きなくて良いのよ!8時間でも10時間でも寝ときなさいっ!」

 

椅子で寝ようとする藍の手を引っ張ってズルズルと布団の中にねじ込む

 

「あ、ああ…これが布団の魔力……」

 

「はぁ…天狗たちとの話し合いについては白墨に指示を出しておくから、貴女はしっかり休んどきなさい。私は結界の修復で忙しくなるから、多分貴女が起きた時には居ないわ。私が戻ってきた時に軽くまとめて報告だけしてくれれば良いから」

 

「は、はい……ありがとうございま…す」

 

それだけ言うと少しの音も入り込もないように厳重にふすまを閉めて部屋を出る

部屋を出る時に『半年ぶりの4時間以上の睡眠……!』とか聞こえたがきっと気のせいだ……気のせいだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っということがあったから貴方がこの会食に出なきゃいけなくなったわ」

 

「行きます」

 

「話を聞きなさい…話を……」

 

最初こそ突然連れてこられて不機嫌そうにしていたのに会食の話をした瞬間やる気が上がった……

 

終わった……不安だわ……物凄く……

 

「……ふぅー…。良い?白墨、これはただのお食事会じゃないわよ?会食とは名ばかりの腹の底の黒い天狗達による醜い権力主張合戦よ」

 

指をピンと立てて今回の話を深堀する

分かってるのか分かってないのか白墨の顔がピンと立てた指に向く

不安だ……

 

「恐らくあちらとしては幻想郷での上下関係をハッキリとさせたいのよ、鬼からの譲り物の山をねちっこく自分達のものだと言い続ける様な奴らよ、今回もこの幻想郷で一番偉いのは俺らなんだから、勝手なことばかりするなとか何とか言ってくるはずよ」

 

天狗達は面倒くさい

その結界が有用なのかどうなのか置いておいて自分達の許可なし勝手に動かれるのを良しとしない。結界を張るならば、自分達が上と認知した上で、自分達が命令したという体で、そこで初めて結界を張らせてもらえる様になる

 

これから長い時を幻想郷で過ごしていくというのに、何かが起こる度に毎回毎回天狗達の顔色を伺って許可貰いにいくなんて御免だ

そもそもこちらも幻想郷を管理する大妖怪としてのメンツに関わる

一度下に見られれば面倒だ

 

幻想郷の新しいルールを制定した時だってそうだ、恐怖されている大妖怪の八雲紫が言ったから多くの妖怪はそのルールに従った

 

これが天狗達より格下の八雲紫だとこうはいかない。何を言ったところで無視されるのがオチだ

一度でも妖怪の山に住む妖怪達に舐められればそれだけで一気に動きづらくなる

 

だからこの会食は舐められない為にもとても大事な事なのだが……

 

コクコクと頷く白墨……

 

いつもと変わらない無表情……ああもう!不安だわ!!

絶対に無理…終わった…!

私が行きたい…!藍を行かせたい…!白墨にそんな駆け引きなんてできるようには思えない……!

 

「……ッ!いいかしら?貴方はなにも特別なことはしなくても良いわ。いつも通りのその顔はこういう話し合いにおいて有利だし…無駄に多く喋らなくても構わない。貴方がしなきゃいけないのはこの三つ、舐められないこと、別の日にまた会食の席を設けること、何も決定しない事」

 

白墨が分かったような分からないような雰囲気を醸し出す

 

「まず最初に舐められないこと、これは当然の事ね、変に下手に出なければ大丈夫…貴方の場合黙ってるだけでもそれなりに妖怪っぽさがあるから特に意識しなくても良いわ。」

 

うんうんと小さく頭を縦に振る

そうそうそんな感じで良い、白墨のその顔は腹の探り合いにおいては少しの情報もこぼさないという点で最良だ、本人もほぼ話さないような性格も相まって有効だろう

 

「次に別の日に会食の席を設けること、これは3つ目とも繋がっているからしっかり聞きなさい。色々回りくどい話し方をされると思うけど適当に流すのよ、いつもみたいに『ああ』とか『うん』とかで誤魔化しなさい。そして、何よりも第一に別の日にもう一度会食の席を設けるようにしなさい。その途中で多少不利になっても構わないわ、というかそれだけをしてくれれば最悪他は無視しても良い。後日また話し合いの機会を設けられれば後は私が何とかする」

 

相も変わらず無表情でコクコクと頷くだけの白墨……

 

この子ほんとにわかってるのかしら…!

 

「3つ目は、何も決定しないこと、2つ目のことを除いて何かを決定してはいけない。何か言われても黙って無視するか断りなさい、いいわね?」

 

白墨は話に飽きてきたのか、懐から包みの中に入ったおにぎりを取り出して食べ始めた

 

人が話してんのに食ってんじゃないわよ!!

ぴくぴくと血管が浮き出そうになるのを抑えてため息を付く…

最近になってため息が多くなってしまった……

 

「……。わかったわ…ええあなたのことはよく分かってるわよ…。…ボーナス!この仕事を成功させたらボーナスを出すわ!」

 

ピクっとおにぎりを食べる手が止まってこちらに意識を向ける白墨

…よしかかった!

 

「貴方が問題なくこの仕事を成功させられたならボーナスを出すわ。内容は外の世界の…それも外国の高級菓子!外国でも金持ち、貴族が買うような高級なものよ!」

 

「がんばる」

 

白墨は珍しく声を出し、真摯な目で見つめてきた

 

「よ、よし!偉い子!よく言ったわ!ほ、ホントに!ホントに頑張りなさいよ!?言ったこと覚えてるわよね!?」

 

大丈夫…と、頭を縦に振る白墨……

 

不安だわ…!不安しかない…!というかなんでこんな究極的に危機感が無いのよこの妖怪!

 

嫌な予感しかない…!けど…!けどっ…!今は白墨に任せるしかない…!

 

もうっ…!もういいや!なんかあって失敗したら萃香達を山に投下して嫌がらせすればいいや!もうっ…!もうどうにでもなれ!

 




はじめてのおつかいを見るような気持ちで書いてます

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