灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第二十九話 はじめてのとくべつにんむ!前編

静かな夜の山は、昼に見せた自然の雄大さは隠れ、どこかおどろおどろしい妖怪の山となっていた。

もちろん昼も妖怪の山なのだが、それとは別に…もっと妖しい雰囲気を醸し出しているのだ。

肌を刺す妖気は冷たく、身体が強ばるのを感じる。

歓迎されているという感じは薄い

 

妖怪の山に住む者は天狗だけでは無い。この前会った秋の神様や河童や、他にも多くの神、妖怪が住んでいるという。それらの妖怪達に警戒されているだけかもしれない

 

初めてくるところというのは緊張する

 

俺はこっそり灰を流した、夜風が気持ち良い夜だ、きっと綺麗に飛んでくれるだろう。

 

実を言うと、俺は生み出した灰を全て自在に操れるわけじゃない

離れれば離れるほど自分の意思で灰を動かすのは難しくなっていく。だから適当に灰をばらまいて、後は風が運んでくれるのを待つだけなのだ

 

特定の遠い場所の状況を素早く知るというのは難しい。適当に灰を流して、たまたまその地域へたどり着くだけ。人里みたいにずぅっと俺が居る所は別だ

 

あれは俺自身がその場所に赴いて灰を撒いたりもしている、紫のようにとんでも空間を作れる人間がいないなら問題ない

 

しばらくして灰が声を拾ってくる

 

まだまだデカい妖怪の山だ、さすがに全ての範囲に灰が行き渡った訳では無いだろう

 

親子連れの天狗が木編みのカゴに山菜なんかを入れている、ここらはよく〇〇が育つだとかなんとかも聞こえてくる。良い事聞いた、今度俺も取りにこさせてもらおう。自然と共に生きているだけあってこういうのには詳しいのかもしれない

 

にしても案外天狗も人と変わらないところがあるのだな、出てくる料理にも期待が高まるというものだ

 

ワクワクしてきた…!美味しいご飯を食べに行くだけなのに美味しいご褒美が貰える…!俺にとってはまさに夢のような仕事だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、同じ天狗相手に新聞を作っても新鮮味がないし、何より妖怪の山で起こった些細なことなんて新聞にまとめるまでもなくみんな知ってるわよねぇ…」

 

新聞のネタに頭を悩ませながらもメモ用紙に文字を増やしていく

 

「あーあー…もっとこう…インパクトのある出来事の一つや二つ起きてくれやしないかしら…」

 

ペンを置き、手首を休ませていると、視界の端に馴染み深い白色が写った

 

他でもない自分の生意気な部下だ

からかいも兼ねて何か面白いことでも起きてないか聞くためにゆっくりとその白狼天狗に近付いた

 

「おーい、おーい、こんな夜まで働かされてる下っぱ天狗〜」

 

白く綺麗な毛にオオカミのような耳、白狼天狗の椛は明らかに茶化した言い方にあからさまに嫌そうな顔をした

 

「なんですか?文さん、また酔ってるんですか?そうなんですか、仕事中なので帰って下さい」

 

ピシャリと言い捨てる生意気な白狼天狗

 

白狼天狗の上司に当たる鴉天狗、その1人である射命丸文は面白がって椛のほっぺをつんつんとつつく

当然、上司である文に反抗は出来ず、ただ嫌そうに顔を歪めた

 

「仕事と言ってもどうせまた来るはずのない侵入者とやらを探すだけ…つまりは突っ立ってるだけじゃない」

 

「山の監視も重要な…ああ…もういいです…それに今回は別の仕事です、監視は監視でも妖怪の賢者が来るのを監視しているのです」

 

「賢者?なんで賢者が来るのよ」

 

「…?知らないのですか?てっきりもう知らされてるのかと…」

 

文は眉をひそめて考え込んだ、ここ数日間新聞のネタ作りに飛び回って居たせいで仲間の天狗とも会うことは無かった

頭に嫌な想像が浮かんだ

 

「詳しいことはこれに…」

 

そう言って椛が取り出した紙を半ば強引に奪い取って読み進める

 

「なんて阿呆な…」

 

文は先程までの茶化すような表情が一変して真剣な顔つきになっていった

 

「椛、この手紙が出されたのはいつ?」

 

「天魔様達が出発してから2日後です」

 

文は嫌な予感が的中していたことを確信する

 

「これは…不味いことになったわね…」

 

こんなん天狗が八雲紫に宣戦布告したようなものだ

最悪妖怪の山と八雲紫の間で戦争が…!いやあの八雲紫がそこまで短絡的な手法を取るとは思えない…しかしただでは引き下がることを良しとはしない…

 

くだらないプライドで、よりにもよって一番喧嘩を売ってはいけない相手に売ってしまった。思わず舌打ちが零れる

 

(こういう若いバカの暴走を止めるのがジジイ共の役割でしょ!なんでそいつらは止めないのよ!)

 

「…!い、良い!?椛!何があってもわたしの居場所は言わない!大事な用事があるってことにしておきなさい!わかったわね!」

 

「え、ええ…それは良いですけど一体どちらへ…?」

 

「にげるのよ!付き合ってられないわこんなこと、こんなことで見せしめにされたらたまったもんじゃない!天魔様が帰ってくる頃には戻るから!」

 

「は、はぁ…」

 

椛は何時もはプライド高い上司が一切の迷いもなく逃げると言い出したことに困惑した

 

対して文はそんな椛の様子にため息を吐く

天狗社会において上に従順なのは良い事かもしれないが、もう少し自分で考えることもした方がいい

今回のことに関しては目に見えるほどの地雷だ、疑問に思わない方がおかしいとさえ文は感じた

 

鬼が去って調子付いた天狗達、鬼の時代を知っている古い天狗からすれば今回の事件の異常性に真っ先に逃げ出すだろう。

 

文は飛んだ、無能な上司に捕まる前に、関わる前に…知らぬ存ぜぬで逃げ切った

 

 

 

 

 

 

 

 

突然吹いた風に目を細めながら山中を進む

なんだろうか?上に飛ばしていた灰が一瞬で吹き飛んでいった…変な風だ

 

「そこで止まれ」

 

暗闇からの声に足を止める

キョロキョロと周りを見渡すと上から白い毛並みの妖怪が降りてきた

木の上に居たらしい器用な事だ

 

「何者だ、ここから先は天狗の領域だぞ」

 

凄む目線を気にせずに堂々と招待状を見せびらかす

 

「お前が……?」

 

訝しげな視線に晒されながらも何とか分かってもらえたみたいだ

 

白オオカミの小さな背中を追いかける

言葉数が少ないから分かりにくいけど付いてこいって意味だろう

だって俺場所知らないし

また、人が寄り付かない場所だからだろうか?不思議なことにこの辺じゃ見ないような木や花が多い

 

好奇心に駆られて足を止めようとするも白オオカミちゃんに睨まれてしまう

急いで歩を進めて頭を下げると白オオカミちゃんもまた歩き始めた

 

生い茂る木々の隙間を縫うようにして進んだ先には自分たちを待ち受けるようにして建てられたいくつもの木造建築だった

 

貴族か大臣か、そんなお偉いさんたちの顔が浮かぶような立派な建物、綺麗な白い障子の壁、木も材質がいいのか統一された色に加えて、夜の森の空気と混ざりあい、怪しい雰囲気を醸し出していた

 

まさに妖怪達の隠れ家って感じだ

でもそうか、もうここは妖怪の山の頂上なのか、歩いている時は登っている感覚なんて全くというほど無かった。不思議な場所だ

 

夜の闇から現れた大層豪華な服を着た一人の天狗が白オオカミちゃんを下がらせる

 

「…こちらだお客人よ」

 

どうやらこっからはこの人が案内してくれるらしい

俺を見た時、顔を顰めた事だけ気になるが…そんなに変だろうか?白オオカミちゃんも真偽を疑うようにチラチラ見てきたのが心をざわつかせる

 

ここら辺でも一番大きな屋敷の中へと進む

 

こうまで凄い建物へ行くのは初めてだから緊張する、大きさなら地霊殿も全然負けていないが、日本式の和を感じる場所は初めてだ

命蓮寺はもっとこじんまりとしてたし…記憶違いでなければ初めてなはずだ

なんだろう…初めてお高いフランスのコース料理店に行く時みたいな謎の緊張は

 

いつもは動かそうとしても動かない顔を、今度はニマニマしないように手で抑えて歩いた

 

畳の縁や敷居を踏まないようにして部屋に入る

 

やや広い部屋には縦長のテーブルに向かい合うように10人ほどの天狗達が座っていた

 

もう既に準備は出来ていたみたいで1つ空いた座布団とお盆の上には美味しそうな料理の数々があった

 

す、すごい!7品近くもお皿がある!

豪華だ、そこにあるのはただただ豪華だった

おひたしに煮物……それにあれは天ぷらか!当たり前のように海苔もあるじゃないか!安そうなちょっとへにゃっとしたやつじゃなくてちゃんとパリパリしてるタイプの海苔だ!胸が踊る

 

感動してる場合じゃなかった

改めて天狗達に向き直って頭を下げる

 

「今日は主の八雲紫の代わりとして来た、式神の白墨だ」

 

挨拶してから席に座る

食べていいか?

 

しかし…何故だろう、天狗達の反応が良くない

挨拶の仕方がダメだったのだろうか?正直、座ってから言うのか座る前に言うのか、どちらが正しいのかわからなかったんだが…

 

天狗の一人が大袈裟にため息を付いた

他の天狗とも目を合わせてやれやれと言わんばかりに頭を振る

見覚えがある、昔妹紅とやんちゃしてた時、よく似た目で神様とやらに見られたものだ。侮辱するような、見下したような目。相手を格下と思って隠さない、そんな目だ

なんだ…なんだってんだ一体

 

やがて面倒くさそうに何人かの天狗が一際偉そうな天狗を見た、まるで…言葉を待つように

 

「…はぁ…良い、”落とせ”」

 

それが合図となった

 

神速をもって放たれた剣技、抜刀の瞬間を見ることすら叶わなかったそれにテーブルごとお盆の上の夕食が吹き飛ばされた

 

驚く間もなく蹴り飛ばされる

 

無様に地面を転がり、すぐさま起き上がろうとする身体を押さえつけるように足で踏まれる

胸が苦しい、骨が軋む

あえぐようになんとか息を吸い込み、自分を踏みつけている天狗を見る

 

しかしそれすら許さぬと言わんばかりに刀の切先を突き付けられた

 

「頭が高いぞ痴れ者め、…八雲紫本人か、もしくは八雲の九尾ならまだしも、名前も知らない木っ端妖怪とはな…わからんか?貴様程度では話にならないと言っているのだ…八雲紫にこいつの首を送り返してやれ」

 

「八雲紫もこんなのを寄越すとは程度が知れる」

 

ちくしょう、痛ったいな……好き勝手言いやがって

別に紫が馬鹿にされてるのは良いがなんで俺に八つ当たりするんだよ

 

ようやく周りが見れるようになって

そして…困惑が怒りに変わる

言い表せない多くの怒りが胸の中心からじわじわと広がっていくのを感じる

 

怒りの理由は色々ある

理不尽に呆れられたり、地底を出てからはなかった痛み、楽しみにしてた気分を台無しにされたこと……

でも一番は、ご飯を粗末にしたこと

 

最悪の気分だ、ふざけんな、そんな怒りがふつふつと湧いて出るのだ

ゆっくりと自分の怒りを認識するうちに、それは唐突に切れた

 

それまであった怒りが、突然沸騰するように身体を内側から刺してくる

 

怒りはやがて熱となり身を焦がす

 

赤く、火の粉を散らし、そして静かに燃え始めた

 




いつも感想評価ありがとうございます!
今回も感想評価してもらえると嬉しいです
今回の話はキリのいいところで終わらせられなかったので明日の同じ時間に続けて30話を投稿します(鋼の意思)連続投稿だよ!まだ半分も書けてないけど!

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