灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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忙しくなる前に書けたので投稿です



第三十三話 日々の中で

俺が地上に上がってからしばらく経った

しばらく経って俺の生活はほんの少し変わった

 

相変わらず人里に行けば避けられたり不気味がられたりするけれど…

でも俺が人里内をほっつき歩くのも大して珍しく無くなってきたのか、昔ほど警戒されるようなことは無くなった

 

なんだろう…昔はすれ違うだけでも青い顔して逃げていったのに、今じゃ…なんというか道端に落ちてる糞を踏んだみたいな…靴の裏にガム付いてたみたいな…とにかく恐怖、と言うよりは『あーあ、縁起悪いもん見ちまったなぁ』みたいな反応になった

 

嫌がられてるのには変わりないけどね

ただ中途半端に怖がられてるからなのか、最近だと里のクソガキ達が度胸試しとか言って俺に泥団子を投げつけるというチキンレースをやっている

妖怪は里から出てけ〜!みたいなこと言いながら楽しそうにやってくるのだ。妖怪退治ごっこみたいなものだろうか?

初めの頃は大人達がビビってる変なやつを見に行こうと肝試しみたいな扱いを受けていたが、チラチラ見てくるだけは飽きたのかイタズラまでしてくるようになってきやがった

睨み返すと変顔をしながら逃げていく。クソガキめ…

 

そんなクソガキ達も犯行がバレたらしく、寺子屋の半妖が顔を真っ青にして謝りに来た

いつの時代も教師ってのは謝り続けで大変だな

しっかり叱ってもらうために泥を投げてきたクソガキ達の名前はチクっておいた

名前を言った途端、半妖がさらに顔色を悪くさせていたし、普段は猫被ってる奴らなのかもしれん

ざまぁみろ

 

他にあった事と言えば、毎年秋には秋姉妹のお二人に挨拶もとい美味しい秋の味覚を貰いに行ったり、他の季節には雛やルーミア、河童の妖怪と妖怪の山で花見したりピクニックだったりもしている

 

地底の方もちょくちょくさとりに会いに行ったり…

主に本を届けに行くことがメインだが、金欠のときなどは飯をたかりに行っている

特に紅茶やコーヒーは地霊殿でしか飲めないから有難い

 

紫は相変わらず忙しそうだし、藍は俺にだけ厳しいし…

そりゃあ地底にいた頃に比べれば充実しているが、そこまで大きく俺の生活が変わることは無かった

もっと自由がなかったり、酷使されたりするもんだと思っていたけど…案外もっと早くに式になっておけば良かったかもしれない

まぁ…地上に来てから起こった変化と言えばそれぐらいだ……

 

 

 

いや…ああそうだった忘れていた、大した事でないけれど、最近あった事と言えばもう一つ……

 

――博麗の巫女が死んだ

 

 

 

 

 

 

あの日突然この人里に八雲の妖怪がやって来てから、もう二十年が経とうとしていた

二十年、決して短くない時間だ

もうあの妖怪がやってきた日のことはすっかり昔のこととなってしまい、あれだけあの妖怪の事を恐れていた里の人々も警戒する人は次第に減っていっていた…

 

おかしな話だ、あの日やって来てからあの妖怪は”何一つ変わってはいない”のだと言うのに…初めて来た時のように無言で、無機質で、無表情で…何も変わらずあの日のように…。あの命をなんとも思っていないかのような目は…何一つ変わってはいないというのに…

だと言うのにあの妖怪を恐怖する者は減っていった

 

未だ名前すら分かっていないその妖怪は、スルりと日常に入り込み、今やその妖怪の恐ろしさを知らない世代が生まれてきている程だ

 

私は怖い、いつものように授業で使う書物を纏めていたあの日…ただ淡々と妖怪を”処理”していたあの男が…

 

妖怪が遊びで人を殺すのとも違う、人が復讐心で妖怪を殺すのとも違う…!

もっとおぞましい、無機質に死体を眺めていたあの男が、私は…恐ろしい

 

二十年そこらじゃ…とても忘れられない

 

確かに人里内で悪さをしようとする妖怪は減った

十年も経てば、妖怪が人里内で人を襲おうとした、という事件は珍しいものになり…

二十年も経てば、そんな事件を知らない子供も少なくはなかった

 

あの妖怪の異質さは、人間だけでなく、妖怪にも効果はあったらしい

人があの妖怪の”仕事”を見る機会は減った

 

今の子供はあの妖怪が”仕事”をしている場面を見た事がない者も多い

もしかしたら、『何故か大人達が近寄らないようにと言っている怖い顔の人』程度の認識なのかもしれない

 

そうならない為に常日頃から授業で妖怪の恐ろしさというのを口を酸っぱくして言っていたのだが……しかしそれは起きてしまった

 

 

数日前から違和感はあった

授業が終わった後、5人程の子供達がにやにやと楽しそうに人里を走っているのを何度か見た

まるで秘密基地に行く時のような歩調だったから、もしや人里の外に出てるんじゃないかと一度問い詰めた事もあったが、どうやらそういうわけでもないらしい

 

じゃあ一体何をしているんだと聞こうとしたが、子供が楽しんでいることに大人が首を突っ込みすぎるのも野暮だろうかと思い直し、追求はしなかった

 

なに、外に出ていないのならそう怒る必要もあるまい、とその時そう考えていた

 

もう一つの違和感は例の妖怪についてだった

というのもここ数日、髪も目も服も、その全てが灰色のあの妖怪が泥を付けて人里を歩いてた

 

ここに来た時から変わらないその灰色の服にべちゃりと茶色い泥が付いていたのだ

今まで全身を灰色に統一していたため、その泥の汚れが一際目立って見えた

 

ただ、変わったところと言えばそこだけ

泥で汚れている当の本人は、全く気にした様子もなく、それどころが泥が付いている事すら気付いてないのでないかと思うほどいつも通りに無表情だった

 

疑問に思うことはあっても、自らその理由を聞きに行く勇気はなく、本人が気にしていないなら特に私が関わる必要も無いだろう思って無視していた

 

そんな日が何日か続いた

あの妖怪に付いた泥の位置は会う度に変わっている

今度は肩に泥が付いているかと思ったら、前回泥の付いていた部分は綺麗さっぱり無くなっていたので、あの灰色の服の替えを何着も持っているのか、と私は脳天気なことを考えていた

 

だから私はその事については気にしていなかった

――授業後、子供達があの妖怪に泥をぶつけている、なんて話を聞くまでは…

 

 

 

 

 

――失念していたッ!

あの妖怪と子供達とはよく同じ時間帯に会うということ、子供達の手が泥まみれになっていたこと…

よく考えればすぐ気付くことだった…!

 

ただ、あの妖怪に泥をぶつけるなんて…そんな事、する訳が無いと勝手に思い込んていた!

来たばかりのあの妖怪を知っているなら、そんな恐ろしい事をしようとする筈がない、と…

 

まだ五、六才のあの子達は知る由もないだろう

とにかく、私はそのことを聞いた瞬間血相を変えて飛び出した

 

走り回って、ようやくあの妖怪を見つけて…そして今日もまた、その服に泥を付けているのを見て、私は一層顔色を悪くした

 

急いで近付くと、あちらも気付いたようでゆっくりと振り返った

 

「そ、その!すまなかった、私の生徒が迷惑をかけていたみたいで…服の方は私が弁償する、その泥はもう落ちないだろうし…」

 

そう謝罪して頭を下げた

いざ対面して、段々としりすぼみする

いつもと変わらぬ様で見られて体が硬直する

ただ普通に話すだけでも口が乾いてくる

 

なんでだ、なんで何も言ってくれない…せめて怒るなり注意するなりしてくれた方が話しやすい

謝罪に来たと言うのに相手が何も言わずにただじっと見てくるというのはとてつもなく気まずい

謝りに来た側の人間だからそのまま話を切り上げるなんて事も出来ないし…無視する訳でもなく無言で見られている場合、どうすればいいのか…

 

いや…泥を投げられ続けていたのに何も仕返しをすることは無かったし、実は彼はそんなに怒っていないのかもしれない、と思い恐る恐る頭を上げると…

 

――信じられないほどの冷たい瞳と目があった

 

思わず言葉が漏れそうになるのをすぐさま抑える

 

私は直ぐに自分の都合のいい甘えた考えを捨てた

何が怒ってない、だ。とんでもなく怒ってるじゃないか

なら何故今まで何もしてこなかったのか…?

…私が謝罪に来るのを待っていたのかもしれない

 

妖怪相手にこんな事をする子供達を放っておいて私が謝りに来るのを待っていた…。

だと言うのに当の私はそんなことも知らずに呑気に過ごしており、その上何日も遅れて謝りに来た

 

先程の冷たい瞳が思い出される

なんでも、なんでもいいから彼の怒りを鎮める為に何か言葉を投げかけないと…

 

そう思い口を開こうとした瞬間、私より先に彼が口を開いた

 

「柳沢 兼吉、本堂 洛家、佐々木 郎四郎」

 

「な…え…?」

 

「倉掛 敏夫、津之地 幸響」

 

目の前の妖怪が淡々と名前を挙げていく

私を冷たい目で見下ろしながら一人一人の、名前を……

 

背筋に冷たいものが走る

だって、だってそれは、他でもない――私の生徒の名前だからだ

 

「なん、で…名前を…」

 

調べられているのか、名前を

 

人里内で誰かと話しているところなんてここ最近じゃ一度もなかった…

ただ理由もなく人里に居た訳じゃない…あの子達を一人一人、調べていたのか…!?

 

ゾッとした

 

「…っ!な、なぁ!頼む…!あの子達を許してやってくれないか!私が普段からあまり強く言ってこなかったのが悪いんだ…!最近の子達はお前の事をよく知らなくて…私の方から注意しておく…!だから……」

 

「……」

 

そう私が弁明している間も変わらない顔で、呆れたように、相変わらず冷たい目で私を見ていた

 

その目で見られて、身体が萎縮する

後悔が押し寄せてくる。

もっと早く気付けば、もっと強く言い聞かせていれば…

 

やがて興味を失ったのか、必死に弁明をする中無言で私の横を通り過ぎて行った

私はそれをゆっくりと見て、居なくなったのを確認した

確認して安心すると同時に疲れがどっと襲いかかってくる

 

許されたのか…そうでないのか…。

未だにあの顔からそれを読み取ることは難しい

 

「どうしたものか…」

 

疲れた体を引き摺って歩く

私は直ぐに例の子供達を集め、これまでで一番キツく叱りつけた

その後、その子供達の親御さん達にも事情を説明し、絶対に人里の外に出さないこと、夜間は出歩かない事を言いつけた

親御さん…とは言っても全員私の元生徒だ、みんな顔を真っ青にして子供を叱りつけていた

 

当然のことだ、元来無力な人間が妖怪に喧嘩を売るなんて相応の報いを受けるのが普通だ

逆にこれぐらいの叱りで終わるなら良いのだが…

 

今一度人里での妖怪との関係について考え直さなければならない

あの妖怪に限らず、人と妖怪では考え方が根本から違うのだ

小さな人間の些細な行いで恨みを買う可能性だってある…そんなもの常識で、子供から老人まで知っていて当然の事だ…

 

だが最近だと、里全体でその意識が薄れていっているようにも感じる…

人が…妖怪の恐怖を忘れてきている…

習ったものとして知っていても、実際にその恐ろしさや残虐性を楽観視するものが増えている…

 

だがそれは仕方の無いことでもある

恐ろしい、と安心できる要素なんて無いのだ、と…そう理解しているはずなのに心のどこかで大丈夫だろうと楽観視してしまう…

 

かと思えば心配する必要のない安全な日々の中で些細な不安に心を覆われる

でもそんな小さな矛盾こそが人の本質だ

 

妖怪には無い非合理的な矛盾した存在、それが人だからだ

 

「これは…近々稗田家とも話をした方がいいかもしれんな…」

 

私はこの事について決して楽観視出来ない案件だと認識するのだった

 




ここまで読んで下さりありがとうございます
よく考えてなかったのですが、灰の旅路を書いてから2年近く経っていました…
2年経つのが早すぎる…まだ原作開始もして無いのに…
あ、あと十二、三話後くらいには原作入れそうなのでこれからも読んで下さい〜
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