灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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そろそろ失踪を疑われてないか心配なしゃけです
遅くなってしまいすいません、ただよっぽどの事がない限り失踪はしないつもりです。大体月一くらいで投稿します


第三十五話 天狗の性格

季節はすっかりと移り変わっていき、もう何度目かも数えていない春が来た

人里の端の方なんかはまだ雪がちらほらと残っている所もあったが、俺の近くの場所では春の匂いが漂っている

 

あの日から巫女とは直接顔を合わせることは無いが、よく妖怪退治に駆り出されるようになっており、いつも以上に色んな所へ出歩かなきゃいけなくなった。だからなのか余計に周りの変化には敏感になっていた

 

もしかしたらこの春の匂いは昨日見た、やたらと元気の良い春妖精が関係しているかもしれない

 

そんな事を考えつつ縁側に座って緑茶を飲む

湯呑みから伝わる熱は熱すぎず、でも決して温くは無い。丁度いい温度だ

 

うん、お茶は美味しい

ご飯も好きだけど、お茶を飲んだ後の心の充実感もそれに並ぶ程好きだ

 

しばらくそうやって楽しんでいると、春の風とはまた違った風が吹いてくる

どうやら頼んでいたものが来たようだ

 

数歩あるいて外へ出ると、バサバサという音と共に、空から一際大きい鴉が降ってきた

いや、本来降ってきたという言葉は適切では無いが、予想外に大きな鴉だったのもあってか、思いのほかずっしりと着地したのだ

 

大きな鴉の頭には、やたらと丈夫そうな皿状の帽子が乗っている

丁寧に紐で固定までされていた

 

首からは長方形の箱をぶら下げており、中には丁寧に折られた新聞がギッシリと詰まっていた

 

そんなにギッシリと入れた所で買うやつはせいぜい片手で数えられる程度だろうに……

 

あたかも売れてるかのように装っているそれに、若干の憐れみを感じる

俺は腰に付けていた袋から、数枚の小銭を取り出し、鴉の帽子の上に置いた

 

ガァッ!と鴉が鳴いたのを確認し、お金の代わりに新聞を一部だけ頂戴する

そういう契約なのだ

 

俺が新聞を取ったのを確認すると、鴉は次の購入者の元へ行く……ことは無く、真っ直ぐと妖怪の山に帰って行った

いや…もしかしたら妖怪の山に買いたいと思う人が居たのかもしれない、あれだけ多めに刷ってあるのだ、もう一人ぐらいは居るだろう…きっと…。

 

鴉が飛んで行ったのを見届けてから新聞を広げた

 

最近ではめずらしい横書きスタイルに、特徴的な時期遅れな内容

”花果子念報”それがこの新聞の名前だ

 

記事の内容やまとめ方はそこそこ良いと思うのだが、載っている内容がどれもこれもふた月以上も前のことだ

新聞なのに載っている記事が遅れている…というのはだいぶ致命的な気もするが、記事自体は良くまとめられていて読みやすい

俺は、あ〜そういやこんな事あったなぁ…と懐かしむ事に使っている

もとより新しい情報が手に入るとは思っていないからな

ただそんな事よりもこの新聞の記者を見て驚いた

 

 

かなり…かなり前…妹紅と会うよりももっと前…俺は一度だけ名前も知らない妖怪に助けられた事がある

当時は本当に何も知らなくて、名前も知らなければ、どんな妖怪かも全くもって分からなかった。感謝を告げる間もなく飛び去ってしまったのを覚えている

 

そんな少女が妖怪の山で天狗として新聞を書いていたのだから、それはもう驚いた

案外近くにいるもんだ

 

ただその新聞、見たところ全然売れていない。全くダメダメだ。

軽く調べてみたところ、天狗が趣味で新聞を作る…というのは割とあるらしく、この少女以外にも多くの天狗達が新聞記者の真似事をしているのだが…なんとその天狗達の中でもダントツで売れていないのである

 

別にあの日の恩を返す……という訳では無いが、さすがに可哀想なので買わせてもらっているという訳だ

情報が遅れているということを除けばそこそこ良い新聞なので俺個人としては気に入っている。それに天狗達も元から利益を得るのが目的ではないようで、値段は安い。財布に優しいので大歓迎だ

 

ちなみに、買いたいですといった趣旨の手紙を送ってからは二、三日に一度こうやって鴉が送り届けに来てくれるようになった。結構楽である

 

そんな訳でこの新聞を買ってからかれこれ一年目

相変わらず内容は良い、面白おかしく事実を曲解した他の天狗達の新聞よりも、しっかりと分かりやすくまとめてあるこの新聞の方が好ましい

まあ内容は一、二ヶ月ぐらい前のものだけど……

 

 

 

 

 

 

 

重苦しい空気の中、その女は値踏みでもするかのようにじろりと私を見ては、ニヤニヤと軽薄そうな顔をする

 

ようやく結界の事も一段落してゆっくり出来ると思ったらこれだ、嫌になる

今私の目の前にいる天狗は妖怪の山を仕切っている大妖怪、数ある天狗達のまとめ役であり、過去に鬼から妖怪の山を譲り受けた者…天魔その人であった

 

「どうした紫、ずいぶんと老けた顔をするじゃないか。まあ気持ちはわかるぞ…かくいう私もここ数年でずっと歳を取ってしまったみたいだよ、なにせ少しの外出から戻ってきたら家が丸々消し飛んでいたからな、その上山もボロボロときたものだ。酔っ払った小鬼様が戻ってきたのかと思ったぞ」

 

その芝居がかった言い方にため息を付いて答える

 

「何を適当な、事の発端は天狗でしょうに。部下の管理もまともに出来なかったあなたの自業自得よ、あくまで私は降りかかる火の粉を払っただけよ」

 

「…ほう、言ってくれるな。だが紫よ、それは貴様にも言えた話だろう?酔っ払った小鬼様が戻ってきたのかと思ったと言ったな?それは山がこうまでボロボロになるのにそれ以外考えられなかったからだ。もし紫なら例えそれ相応の事であっても幻想郷の一大勢力である我らと敵対する程の事はしないはず、しかし、話を聞けば山を壊したのは八雲の者と言う…考えられるものは二つ、八雲の名を騙る偽物か、貴様も想定外だった部下の行動か…教育不足はお互い様だ」

 

「よく回る口ね、終わった事をネチネチと…今更どっちが良いの悪いのとを言いに来たのかしら?」

 

「まさか、嫌味は言ったが否はこちら…今更難癖付けて要求したりはやらないさ」

 

そう言って天魔は居直した

どうやらここからが本番らしい

だったら今までの会話はなんなんだと言いたくなるのをグッと抑えて言葉を待つ

長ったらしい嫌味が後に続くか、ただの趣味か……どちらにしろ面倒臭い事この上ない

 

「そう怒るな、わざわざお前が暇そうになったのを確認してから来たんだ。お前でも、九尾の方でもなくあの妖怪を使ったのも、それほど結界から手が離せない状況だったからだろう?……して、私が見たところ、その結界の事に関しては一段落付いたと見た……だと言うのにお前、今度は何を企んでいる?」

 

そう言い天魔は私を鋭く睨みつけた

嘘を許さない力のこもった瞳には、天狗の彼女に似つかわしくない鬼の片鱗を垣間見た

 

「……幻想郷に新たな結界を張る」

 

目を細め、静かな怒気を滲み出す天魔に僅かな緊張を覚えた

 

「お前がそう言って幻想郷の勢力を大きく傾けるような結界を張ったのは、300年以上も前だったか…つい十数年前にも人里とのルールを喧伝したばかり…そして今度は懲りずにまた結界…か」

 

「全て幻想郷にとって必要な事だと説明したはずよ」

 

「ハッ…それはあれか?幻想郷でお前が支配者になる為に必要だ…という意味か?」

 

怒りが隠れ、今度は呆れたように笑った

 

「支配者…?それこそまさかね、天狗でもあるまいし。いつの時代もみっともなく権威にしがみついて離れようとしないのはあなた達でしょう?長生きしてもこうはなりたくないわね」

 

「確かに、天狗は山の支配者として長く君臨している…だがそれも古き時代から鬼の元で従順に従い、妖怪を管理し、そして山を譲り受けたからだ。お前のように居座っていただけでは無い」

 

「そうして山を譲り受けて、その結果が白墨一人にあのザマかしら?」

 

そこで初めて天魔が不機嫌そうに眉をひそめた

天魔にとっても悩みの種として決して無視できるものでは無いらしい

 

「…痛い所を突くじゃないか、そうだな…確かに鬼から山を任された身としては情けないものであった…。ふん、だが次からは射命丸を出させる」

 

「あら、数十人がかりでもダメだったというのに、今更鴉天狗が一匹増えた事で白墨を相手に出来ると?」

 

私の言葉に、天魔は今までと打って変わって悠然と構えて答えた

 

「ああ、出来る。確実にな」

 

「………」

 

「………」

 

そのあまりの自信と説得力に私は一瞬たじろぎそうになり、沈黙が続く。

息が詰まりそうなほど私と天魔の間の空気は張り詰めていた。

 

そうして、私と天魔は二人して――

 

「「はぁ……。」」

 

ため息を付くのだった。

 

「あー、うん。やめだ。やめにしよう。部下を使って張り合うなんてみっともない。あー、駄目だな、隠岐奈にも仲良くしろと言われたが、お前が絡むとどうも喧嘩腰になる」

 

途端に緊張を解いてダラりと身体を楽にした

 

「…ええ、そうね。いい加減不毛だわ…そもそも最初の話からだいぶ脱線しちゃったし――うん?ちょっと待って……隠岐奈?なんで隠岐奈が出てくるのよ?」

 

突然なんの脈絡もなく出てきた名前に思わず反応すると、天魔が、ああそう言えば……と思い出したように手を叩いた

 

「すっかり忘れておった、そもそも隠岐奈から『協力してやってくれ』と頼まれて来たんだった」

 

「……へ?」

 

あっけらかんと言ってのける天魔に思わず呆けた返事をしてしまった

 

「おう、協力してやるぞ。お前は嫌いだが隠岐奈には借りがある。それに私も幻想郷が今のままでは駄目だということも、何となくだが理解している…そしてそれをどうにかするならお前以外に適任が居ないというのもまた事実…」

 

「……私の邪魔をしに来たんじゃ…?」

 

「…?馬鹿言えそんなこと一言も言ってないだろう?ただお前の計画とやらに反発する妖怪を抑えるのも面倒でなぁ…だから憂さ晴らしに嫌味を言いに来ただけだ。協力はしてやるぞ?」

 

当たり前だと言わんばかりの物言いに、思わずこめかみに力が入る

そうだった、こいつはこういう奴だった

協力するならさっさとそう言いなさいよこの鳥頭!

文句を言いたくなるのをグッと……グッッッ!とこらえた

 

「ま、まあいいわ……それより、隠岐奈が口を出すってことは……」

 

「ああ、『そろそろ過労で倒れそうだから手伝う』だそうだ」

 

その言葉に複雑な気持ちになりながらも少しばかり安堵する

隠岐奈は隠岐奈で幻想郷のために行動してくれてはいるのだろうが、イマイチ動機が分かりづらい

その上に行動基準も謎だ

ただ隠岐奈自らが手伝うと言ってくれているのだから期待は出来るだろう

毎回口を挟むことなく傍観を決めているが、あれでいて大物だ

 

「そう…正直助かるわね。それで伝えることは終わり?」

 

案の定天魔は考え込むように唸った

 

「あーそうだ、そうだった。隠岐奈からもう一つ伝言だ。『灰色の式神をよく見ておけ』だそうだ」

 

不可解な伝言に私は眉をひそめる

私に対して口を挟むことがほとんど無い隠岐奈が、わざわざ天魔に頼んだという点がどうにも引っかかった

 

「…白墨のこと?まあ確かに、見ていないと何しでかすか分からない様な奴だけど…」

 

そう言うと、次に眉をひそめたのは天魔だった

天魔のおかしなものを見る目に、私は自分がズレているような居心地の悪さを感じた

 

「本当か…?私でさえわかる。あの妖怪は…なんというか少し異質だ。てっきりお前はとっくに気付いていて、あえて近くに置いてるものだと思っていたが…私達の中じゃあこういうのにいち早く気付くのは大抵お前だ、本当におかしいと思わないのか?」

 

私は困惑した、確かに白墨は変なやつではあるが、ここまで異様なものとして扱われるだろうか…それも天魔だけならまだしも隠岐奈まで…

 

「異質って…どういう意味よ?」

 

「さぁな、てっきり私はお前が知ってるもんだと…ただ異質なんだ。逆にあれだけ近くにいるのに何も疑問に思わない方がおかしいと思うがな。まあ言いたいことは言ったし、私はもう行くとしよう」

 

「え、ええ…それは別に構わないけど…」

 

元々なにか荷物を持ってきた訳でもない天魔は、立ち上がると、早々に自らの大きな翼を広げた

 

薄暗い空へと帰ってく天魔を見ながら考える

 

私にとって白墨が異質だと言われる理由はよく分からない。あの変な方向に思い切りのいい性格か、あの少し変わった身体の治りか…それ以外を指しているのだとしたら私にはお手上げだ。ただ、いつもは戯言だと聞き流す天魔の言葉が妙に引っかかる

 

だが今の私に必要なのは幻想郷の安定した体系の完成だ

白墨が何者なのかはそのあと調べればいい

どちらにしろ、夢への実現をすこしでも早めるために、あの妖怪は必要不可欠なのだから




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