…おじさんかな?
風に乗った灰が、俺に色々な事を伝えてくる
人里では、もう三十の後半になった春水が、頑固な親父になってきたとか…
太い腕、それに髭まで生やしていて、いかにも怖いオヤジさんといった感じだ
3人の息子達は、既に自立し始めている者もいるらしく、時の流れの早さを感じた
一方で、妖怪の山では天狗達が忙しなく飛び回っている
なんでも先日死んだ博麗の巫女の代わりを探しているらしい
詳しいことはよく分からんが、幻想郷には博麗の巫女が必要らしく、『なんでこう、頻繁に死んでいくのよ!』と鴉天狗が愚痴っていた
死んだ巫女とはそこそこ面識があったが、結局なんで死んだのかも分かっていない
ただゆっくりと弱っていって死んだ。
紫なら何か知っているのかもしれないが、特に俺が知る必要のあることでも無いだろう
灰の運んできてくれた情報を適当に紙に纏めていく
なんてことは無い、いつもの定期連絡みたいなものだ。とりあえず作っておけば藍に怒られる事もない
「あら、珍しく意欲的なのね」
突然声をかけられたので筆を置き、後ろを振り向くと紫がいた
前触れもなく背後に出てくるのはやめて欲しい、いつもビックリする
目が合うと、紫はニコりと笑い、手をひらひらと軽く振る
うん、胡散臭い。いつもの紫だ
紫から来るのは珍しい
思えばここ最近紫と直接顔を合わせていなかったな…
「纏めてるって事は巫女が死んだのはもう知ってるのね。当然だけど、博麗の巫女が居なくなった今、巫女のお手伝いってやつはもうやらなくても大丈夫よ」
「…早いな。」
前の巫女の時よりも随分と早い代替わり、それを聞くと、紫はピクリと眉を動かした
「…元から身体が弱い子だったのよ。時期が悪かった、彼女の病の進行と、幻想郷の寿命、何もかも”時期が悪かった”。でも次を待つ余裕もなかった。だから、彼女には悪いけど、”仕方なかったわね”。」
「…そうか。」
仕方がないのなら仕方ない。紫がそう言うならそうなんだろう
そんな俺の反応を見てか、紫は満足気に身体を揺らした
「最近じゃあ幻想郷もだいぶ安定してきて、人里内で暴動を起こすような妖怪もずいぶんと減ったわ。…ふふっその様子なら結構暇なんじゃない?」
茶化すように細目で聞いてくる紫に、俺は顔を横にぶんぶんと振り回して答えた
せっかく自由な時間が増えたと言うのに…!また余計に仕事を増やされるなんてごめんだ
「はいはい…わかった、わかったわよ。まあ、あなたならそう言うと思っていたわ。全く変わっていなくて逆に安心するわ。…はいはいって…いつまで顔振ってるのよ…
そ、そんなに嫌なの…?」
さとりから勧められた本だってまだ読んでないのだ、仕事に時間を使いたくない
「はぁ…大丈夫よ、直ぐに何かやらせたりってのは当分無いわ。私の方も結界の修復も終わって時間に余裕が出来たし、あなたも今までどおりにしていて良いわよ」
呆れたような紫の言葉を聞き、ほっとする
そこまで話して気付く、なんとも言えない不思議な空間だった
紫はいつも通り胡散臭いけど、なんと言おうか、なんだか安心したような、肩の荷でも降りたかのような、少し柔らかい印象を受ける。そんな少し変わった紫だった。
結界関連のゴタゴタが終わって、紫も心に余裕が出来たのかもしれない
嫌では無かった、むしろ俺には居心地の良い空間にも思えた。そして、それはきっと俺だけではないのだろう
何処と無く優しい顔の紫を見てそう思った
◆
よく人里では、行っては行けない場所については話されることがある
行ったら二度と戻って来れない、そんな場所だからみんな口を酸っぱくして言う
第一に夜には人里から出ないこと
どこへ行くにも、それが夜ならば死にに行くようなものだ。だから夜は出歩かない、それを大前提として、行っては行けない場所として挙げられるのは、大きく分けて三つ
一つ目は迷いの竹林
迷いの竹林は誤って入ってしまっても、親切な案内人が人里まで送ってくれることがある。道中で妖怪に出くわしたりしなければ比較的安全だろう
しかし厄介な事にある程度の距離までなら迷うことがない分、加減を知らずに突き進んでいき、遭難する者が後を絶たない
だから人里では間違っても近付かない様にと釘を刺される
竹を取るにしても、迷うか迷わないか…その境界を知っている者でなければ御法度とされている
二つ目は魔法の森
日が届かない薄暗い森
辺りは化け物茸による有害な胞子で溢れかえっており、普通の人ならば数時間留まるだけでも身体を壊す
その居心地の悪さから妖怪さえも住もうとしない森なので、妖怪に食われるという危険性は他よりも低い
しかし、どの道胞子の毒性による危険がある為、人間が入るべきでは無いとされている
この二つの場所は幻想郷内でも一際危険な場所、というのは人間達の間では共通だ
そしてもう一つ、絶対に近付いてはいけないとされる場所がある
名前通りの異様な雰囲気を漂わせている他二つとは違い、その様相は明るく、美しい。来る人を魅了するその場所は、一見すると危険とは程遠い
しかし、その実誰も近付こうとはしない
この幻想郷で最も美しく、そして最も危険な場所
美しい花畑に魅了され、無遠慮に入ってきた者に待っているのはただただ無惨で苛烈な応酬
近付くな、興味を持つな、引き返せ
そして思い出せ、矮小で、瑣末な我々を
そんな卑小な命、大妖怪の気紛れで消え去るのだと
しかしそれも無駄であろう
危険と知り、恐怖を知り、それでもなお惹かれてしまう…そんな矛盾した存在が人なのだから
故に、ただ一人の妖怪によって恐れられているその場所を、その美しき花畑を、人々は畏怖と憧憬を込めてこう呼んだ
『太陽の畑』
◆
がりがり、と少女は道具も使わず両手で土を掘っていた
思いの外柔らかい為か、手を大きく怪我をすること無く、けれど小さいその両手は土で汚れきってしまい、爪の間はすっかり土で埋まってしまっていた
そんな事を気にもとめず、ただ無我夢中に土を掘り続ける
幼いが故の狭い視野には、回りなど気にしている余裕は無かった
だからこそ周囲の変化には疎い
それこそ、”誰かがピッタリと後ろに立っていても”
ただ少女は必死に土をかく
両親から行ってはいけない、と口を酸っぱくして言われている…そんな場所だから急いで終わらせようと必死だったのだ
ようやく満足のいく程度に掘り返せた事を確認すると、横に置いていた一輪のたんぽぽを植え、掘り返した土を優しくかけ直した
それが上手く完成すると、少女は立ち上がり、植えたばかりのたんぽぽと、その隣に広がる色鮮やかなら花畑を見比べ、嬉しそうに頷いた
「何をしているの?」
「えっ!?わっ!わっ!!」
突然の声に驚き、尻もちをついて振り向くと、夕暮れをバックに日傘を差した一人の女性と目が合った
綺麗な緑髪、白いシャツに赤いチェック柄のベストと、そのベストと同じ模様の長いスカート。夕暮れの太陽と重なるように差してある傘は彼女の優雅さを際立たせていた
お尻を泥んこにさせつつも声をかけてきたのが人であることに安堵し、胸を撫で下ろす
「あら、ここは危ないって知ってて来たの、悪い子ね」
「あっ……え、えと…」
怖い人、鋭い視線に少し冷たい口調が少女の恐怖を煽った
少女の中で一番怖かったのは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす道具屋の店主だ
しかし、今感じる恐怖はそれとは別の、形容し難い冷たいもの
初めの優雅なイメージを受けたあの微笑が、今では薄笑いのようにも感じた
「た、たんぽぽが…えっと…寺子屋にたんぽぽがあって…それで……」
さっきの達成感はどこかへ消え、涙の滲んだ声が出る
思わず顔を上げると、続きを待つようにさっきと変わらない微笑があった
どうしてか、その顔を見て少し恐怖が和らいだ
さっきと、いや最初と同じ顔なのに、その微笑はコロコロと印象を変えていく
気付けばいつの間にか目線を合わせるように屈んでくれていた。
その様子にほんの少し冷静さを取り戻し、充分時間を置いてから勇気を振り絞る
「…たんぽぽが、一つしかなくて、その…寂しそうに見えて…こ、ここならお花が沢山咲いてるから……えと、その…寂しくないかなって……」
風が彼女の頬を撫で、感情は分からない。
「…そう、でも…花の植え替えはかえって根を傷つけ、弱らせてしまうのよ。」
彼女は立ち上がり、花畑の方を向くと、諭すように話した
「……っ」
少女は何かを言おうとし、しかしギュッと口を噤んだ
そして目をうるませながら植え替えたばかりのたんぽぽを見つめた
今はまだ元気だ
見つけた時と変わらず綺麗な花を咲かせている
けれど花はいつも見えないところで枯れていく、目を離せば枯れてしまうのではないか
そんな酷く不安な気持ちが迫った
そうしてうずくまっていると、少女の髪を華奢な左手が優しく撫でた
「……、?」
少女が不思議に思い、たんぽぽから目を離して彼女を見ると、美しい花畑に目を向けながらもゆっくりと優しく、それこそ花でも扱うような手つきで少女の頭を撫でた
「タンポポは強い花よ、そう簡単には枯れないわ」
「でも…」
少女はどこか納得のいかないような歯がゆい思いで見ると、彼女は淡々と話を続ける
「全てのものにはそこで生まれたことに意味がある。人が集団の中で生まれるように、花にもそこで生まれた理由があるものよ。その場所でしか生きられない花だって存在する。次からは無闇に植え替えをしないことね」
「……うん。」
どこからか聞こえてくるカラスのなき声が少女の沈んだ気持ちを浮き彫りにする
そんな少女の様子を見てか、少し悩んだのち彼女は付け加えるように言う
「…でも、そうね…この花もここに来れたことを喜んでいるわよ。」
「え…ほ、ほんとう!?」
一転してぱぁっと明るくなって聞き返す
どういう訳か、少女にとってその言葉が今を慰める為の妄想じみたものには聞こえなかった。花の気持ちを代弁するなんて、それこそ突拍子も無い事だが、なんの疑いもなくすんなりとそれを信じられた
「嘘は言わないわ。」
また同じ微笑を浮かべ彼女は言う
その微笑みは、やっぱり最初と変わらない
もしかしたら、変わっているのはずっと私の心情であって、だから彼女の印象がコロコロと変化しているように見えたのかもしれない
そんな風に少女は考えた
「もう帰りなさい、日が落ちるわよ」
「あっ…ほんとだ!は、早く帰らないと怒られる…!」
辺りを見ると、空はすっかりオレンジ色に染まっており、空の奥の方では色の濃い青が混ざっている程だった
少女は慌てた様子で土を払って立ち上がる
「お姉さんも早く里に帰ろっ!」
「ふふっ…どうして私が人里に帰るのかしら?」
少女の手をぬるりと避けて芝居がかった風に言う
「ここは怖い妖怪が出るんだって、だから早く帰らなきゃお姉さんも危ないよっ」
「あら、おかしなことを言うのね。なら尚更早く帰りなさい」
「おかしなことって――」
「さっきの言葉、覚えてる?」
少女の心に湧いた違和感を無理やり遮るように一段と強い声が響く
「ぁっ…お姉、さん……?」
さっきまではなかった威圧感、少女の身体は動かなかった。息をするのも苦しい程の冷たい恐怖
「全てのものはそこで生まれてきたことに意味がある…それなら…ふふっ…さぁて、私がここにいる理由は何かしら…?」
嗤っている。程度の低いものを、見下すように。最初と同じあの顔だ
カラスの声も何も聞こえない。
恐怖の中に生まれた静寂で、自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる事に少女は気付いた
「顔色、悪いわよ。ふふふ…何を今更―――知ってて来たのでしょう?」
一歩踏み込んでくる
「ぅ、うぁあ!うあぁあぁわああぁあああああ!」
タンッと地を叩く傘に反応し、ようやく動くようになった身体を使って全速力で走り出す
疲れを知らない少女は転ぶのも気にせずただがむしゃらに里への道を駆けていく
幸い、他の妖怪が襲ってくるようなことは無かった
幸運だったのが人里まで届いた強力な妖力に妖怪すらも逃げたこと。それのお陰で少女は人里まで辿り着いたのだった
日の落ちきった花畑、そこには妖怪が居た。一人の妖怪が。
走り去っていく少女の背を見て小さく笑う
「…恐れなくして学びなし……なんてね」
◇
美しい花には刺がある
誰もが目を奪われるような花畑。そこには人間も妖怪すらも寄せ付けない花好きの大妖怪が居る
性格は残虐非道、他者の苦しむ姿を好み、理由も無しに相手をいたぶり、残酷に殺す
人からも妖怪からも恐れられている大妖怪
そんな、そんな恐ろしい妖怪。
誰よりも花を愛する美しくて、残酷な大妖怪、風見幽香
彼女は今日も花を愛でている
紫は白墨を驚かそうと毎度ビックリするように登場する。なお、白墨は表情が動かないだけで毎度驚いているし、紫はどうすれば白墨の無表情を崩せるのか、と毎度頭を悩ませている。
ここまで読んで下さりありがとうございました!最近あまり本編と関係無い話ばかり書いているので、次か、その次辺りから本編に関わりあるようにしていきます
感想評価してくれると嬉しいです