人には刺激が必要だ
今の自分の安全が当たり前のものでは無く、ある日突然壊れるかもしれないと思わせるような刺激が必要なのだ
そうしないと人は恐怖を…あの日の慎重さを忘れる。
思えば俺は幻想郷に来てからは苦戦という苦戦をした事が無かった
外の世界にいた頃は博麗の巫女にちぎっては投げ、ちぎっては投げ…と完膚無きまでにやられ、地底に封印されていた頃は、勇儀によって捕まえられては殴られ、蹴られ、吹っ飛ばされて……
それが今やどうだろうか?
幻想郷に来てからは戦いという戦いは殆どしてこなかった。
人里内で人間を襲う妖怪は簡単に殺せるし、特定の頭のおかしい妖怪に追いかけ回されることも無く、時々来る巫女からの協力要請も、その殆どが作業のようにプチプチと殺すだけ
一番危険な戦いであった天狗との争いも、受けた傷と言えば精々腕を切り落とされた程度
その程度の傷、巫女と勇儀に殺されまくった事と比べれば擦り傷みたいなものだ
俺は幻想郷に来てから調子に乗っていたのかもしれない。相対する妖怪は殆どが格下。負けることは無く、傷を負うことすら珍しい日々…
その穏やかな毒が俺の感覚を鈍らせ、肝心の場面で致命傷となって傷を残す
だからこそ時を戻せるなら自分に言いたい、お前は弱い妖怪なのだと。プライド無く逃げ回る事しか能のない妖怪なのだと…。
常に脅威に囲まれていたあの頃を思い出せ…と。
例え、自らを脅かす脅威が無いとしても、そう思って生活する事が上手に生きていくという事だと思う
血にまみれ、ひしゃげた身体を見て強く、強くそう思った。
◆
秋姉妹の御二方の助けになろうと走り回って色々やってみたが、結局大して役に立つ事はなく、控えめな秋の旬は去っていき、徒労に終わった
『ごめんね、楽しみにしてくれてた秋はちょっと減っちゃった…。あっでも白墨もちゃんと役に立ってくれていたわよ?あなたは個人では驚く程の信仰心を捧げてくれているから居てくれてるだけでもちょっとだけ力が増すの。今年は残念だったけれど、来年はそれはもう色鮮やかな秋の葉を見せてあげるわ!楽しみにしていてちょうだい』
……と、申し訳なさそうに言われてしまい、返って静葉様に気を遣わせてしまう結果になってしまった……。
情けない限りだ…。
もしこの異変に犯人がいるのなら永遠と嫌がらせしてやろうと思い、情報を集めまくったのだが、どうやらこの事件に特定の犯人は居なく、自然現象のようなものだということがわかっただけであった。
強いて言えば、60年周期で結界に緩みが生まれるという欠陥要素を作った紫のせいだ
おのれ紫め
仕方が無いので静葉様から貰った扇子を使い、自分の周りに小さな秋の景観を作って気を紛らわせた
この扇子も出来る事と言えばほんの少しの秋を作るだけ
この小さな空間を維持するのが精一杯なのだ
「……残念だ。」
ボソリと呟いてお茶を飲んだ。
「ええー!せっかくの綺麗な紅葉だってのに飲むのはお茶かー?」
ありえないといった驚きを含んだ幼い声が聞こえる
…おかしい
灰の目を使って周りに誰も居ないことを確認したはず…だと言うのに振り向くと瓢箪を片手に、フラフラと酔っ払った幼女が居た
……なんだコイツ。どこから来た。
「いやぁ…にしても見事な紅葉だね。今年は無いのかとガッカリしてたけど、良い物が見れた。ほらお前さんも呑むかい?こんなにも綺麗な紅葉、見るだけなんて勿体ない」
「いらない」
酒臭い酔っ払いが瓢箪を差し出してそんな事を言ってくる
「うん?なんだお前、遠慮してるのか。まあ確かにこいつ一級品だ。…だが!美しい紅葉を見せてくれたお礼だ!じゃんじゃか呑んでけ!」
そう言ってグイグイと瓢箪を押し付けてくる
酒臭い
「いらない」
「ええ!?確かにいつもお茶や水だけだったけど…坊主だったか?禁酒は毒だぞ?」
「いらない」
酒はそんなに好きじゃない
信じられないものを見る目で見られているが、俺はあの変な味が嫌いなんだよ
あっちいけ、シッシ!
「えぇー…一人で呑むだけかぁ…」
というかこいつ……幼い外見はともかく……無類の酒好きで、頭に生えた二本角……
「……鬼。」
「おっよく知ってるね。感心、感心…まあ地底から来たから知ってるか」
…出たよ、その無駄に偉そうな態度
鬼と聞いて一歩、二歩…いや十歩くらい離れておく
小鬼と言えど鬼は鬼。なぜ鬼が地上に居るんだと言いたいが今は後
鬼は嫌いだ。大嫌いだ。何しに来たんだ
「…おろ?そんなに離れて…本当に呑まないのか?」
「いらない」
「ちぇ…やった後だと呑めないだろうから、今呑もうって言ってるのに……」
…めんどくさいな、この小鬼。いや酔っ払いは総じてめんどくさいものか
もういっその事……
「なんだ、もう逃げ腰か?…いつもそうだ、お前さんは少しでも面倒臭いと感じたら話を聞こうともせず逃げようとする。卑怯な事だ」
声が、変わった
今までの見た目相応の瞳が、鋭く貫禄のあるものへと変わる
見透かすようなその目に一瞬たじろいだ
「今日はお前の性根を叩き直しに来たんだ。本当は私に気付いた時にしようと思って見ていたが…お前、あれだな…勘が鈍い!特にここ最近はわざわざ存在感を強めてやったってのにちっとも気付かないじゃないか!」
怒ったようにそんな理不尽な事を喚く
気付く…?なにを言っているんだこの小鬼は
一応、定期的に自分の周りに灰を出しては周囲の様子を確認しているんだぞ、誰かがいて気付かないわけがない
「…会いに来る時は、その前に話を通して、菓子折り持って来るのが普通だ。」
いつの日か……誰かに言われた言葉を思い出して使う
言外にさっさと帰れと伝える
仮にも俺は八雲の式神。この幻想郷の権力者、八雲紫様の下っ端だぞ…と脅して帰らせよう
「ほう、なんだ地霊殿の主のような事を言う。よくもまあ躊躇いなく逃げ道を作るもんだ、男のくせに」
ニヤニヤと酔っ払いが責めるように言ってくる
「……」
知ったことか、なんとでも言うがいい。
なんの為の式神か、権力は使うためにあるんだ
「っま!安心しなよ、お前さんとこの大将とは友人だからね。そんな面倒な手間必要ない。存分に時間を使おう」
逃げ道を塞ぐようにそんなとんでもない事を言った
紫の…友人……。
や、厄ネタじゃねぇか!俺の経験上、紫の名前を出して来るやつは総じて頭がおかしいんだよ!勇儀とかな!
信用出来るのは八雲紫という名を聞いてげんなりしていたさとりんだけだ
目の前の小鬼への警戒度が、俺の中で数倍上がる
なんなら面倒事になる前にさっさと逃げた方が良いかもしれない
「紫みたいにして逃げようとでも思っているな…?嘘はつくし、面倒な事が起こったらすぐ逃げようとする…そしてその上卑怯者。こりゃほんとに根本から叩き直した方がいいかもね。」
「……。」
なんでかは知らないが灰逃げの事がバレてる…。
「不思議か?だがお前の事はお見通しだぞ!何せ……霧となってずっとお前の事を見ていたのだからな」
「……?」
なんだ…?一体なんのことを……
理解の追いつかない俺を置いて、目の前の鬼は畳み掛けるように指さした
「お前さんはやっぱりダメだ。まるで自分の事以外どうでもいいと言わんばかりの興味の無さ…いや、自分の事さえ他人事。楽な方へ楽な方へとばかり考えている。今だって私から逃げればいいと考えているんだろう?逃げるにしたってそうだ。あんたはいつもやりすぎる。十分すぎるほどに場をかき乱してから、さも自分は初めから関わりがなかったかのように知らんぷり。卑怯なんだよ、あんたは。」
小鬼風情が好き放題言うもんだ……
「――もう一度言おう!私は今日、お前の性根を叩き直しに来たッ!逃げたいのなら逃げればいい!卑怯な手を使うなら使えばいい!その全てを砕いてやろうッッ!」
その瞬間目前の小鬼の妖力がグンっと上がる
所詮は戦う事以外の考えを持たない鬼め、何となく分かっていたが、やり合うか…!
小鬼言えども流石鬼。随分と高い妖力だ
だが天狗達をまとめて吹き飛ばす程には俺も強い
地底にいた頃は鬼の最強格である勇儀に毎日のように殺されてたんだぞ…!
それに比べれば所詮は小鬼
上等だ、かかって来いよ小鬼風情が。お前らの嫌う卑怯な手とやらで返り討ちにしてくれる
怒りは溜まっている、充分過ぎるほどに。秋は来ず、お茶の時間を邪魔されて、その上偉そうな説教だ。
丁度俺もイライラしていた所に売られた喧嘩…ぶっ飛ばしてやる
俺は向かってくる幼女の体躯をした小鬼に、わかりやすいように中指を立てた
それを見た小鬼はニィッと好戦的な笑みを浮かべ、嬉しそうに叫ぶ
「その意気やよォしッ!!!」
どうしてか、その顔が一瞬あの日の勇儀と被ったような気がした
向かってくる小鬼の速度がどんどん上がっていき、それに比例するように妖力もどんどん上がっていき……おい待て、ちょっと上がりすぎじゃないか?
既に並の鬼の妖力を超えて――
「行くぞォ!白墨ッッ!」
とどろく轟音。
小さな体から放たれた軽い拳は、いとも容易く俺の体を撃ち抜く
なんだ…なんだこれは。
まるで伸びきったばねが弾かれるみたいに一瞬で小鬼が見えなくなるほど吹き飛んだ。
身体が重い。
肋骨か、臓物か、もしくはその両方が確実に壊れた。
嫌な記憶、忘れていた記憶。
もうないだろうと思っていたあの記憶。
この重みは俺のトラウマを呼び起こす、俺の天敵を思い起こさせる
これは――いや!まだだ!
壊れた身体に灰が集まり元に戻る
確かに強い。正直舐めていた。
だが俺だって黙って殴られた訳じゃない。殴られる直前、あの鬼に”灰”を付着させた
俺が本領を発揮する上で最も難しい事、それは相手に近付いて灰を付ける事だ
これが出来なきゃ俺は戦えない
逆に言えば灰さえ付けられれば俺の勝ちだッ!!
幸い吹き飛ばされて距離は離れた
鬼の方向に手を向ける
距離と灰の付着…条件は揃った!
薄く何重にも折り曲げられて生まれた一本の結界の槍
山の天狗達、勇儀、そして巫女…防がれた事さえあれど、効果が無かったことは一度も無い
その結界の槍を鬼目掛けて解き放つ。
風を切り、周囲の木々を吹き飛ばし、そして直線上を突き進む
その槍に減速は無く、ただ加速のみ。
「…ッ!来たか!天狗に使ったその技を――うおっ!はっ速ッッ…いぃ!?」
初め、面白そうにその槍を見ていた鬼はすぐさま顔色を変え、結界の槍を防ごうと腕を盾のように前に出す
「ぐっ!――なんッ!?いや硬っ!?うぇっ!?硬ッッ!いやっほんとなんだこれ!?かったァ!?」
結界の槍は鬼の腕に深々と突き刺さり、ほぼ貫通した状態で止まった
効いてる…!
すぐに二発目を放とうとして困惑する。
さっきまで正面にいた鬼の姿が無い……いや、違う既に横に……!
「お返しだッ!」
いつの間に距離を詰めていた鬼が横から飛び出してくる
その勢いのまま着物を掴まれ、地面に叩きつけられる
俺はのしかかる重力に耐えきれず血を吐いた
パワー系がスピードも兼ね備えているなんて反則だ…!
「やるなぁ白墨、こりゃあまともに受け続けたら無事じゃすまないね」
感心したような鬼の言葉に、心の中で舌打ちする
数秒経って、身体が治る。
それと同時に顔面につま先を入れられ、俺はそのまま蹴り上げられた。
「道理で分かっていても避けづらいと思った。お前の攻撃は想像以上に凄い。初速を見て、まだ当たらないと油断していたら速くなる。加速していく都合上、お前のその攻撃は距離感が掴みづらい。瞬きする内にとんでもない速さになっているのは少々肝が冷えたね…オマケにとてつもなく硬い…こんなに深い傷を負ったのは久々だ」
そう言って、鬼は血だらけの腕を見せつけるように振った
そうしている内に、俺は躊躇いもせず二発目の結界の槍を撃つ
その腕を血だらけにした攻撃だと言うのに、焦った素振りも無く、鬼は豪快な笑みを浮かべた
「その槍は凄い。だがね……欠点も多い」
言い切ると同時に、結界の槍が鬼の真横を”素通り”していった
「……ッ」
……おかしい。結界の槍の特性上、動かない敵に当たらないなんて事ある筈が……
慌てて三発目、四発目を撃つも同じように真横を通り抜けて行く
「少しは学びな、もう無駄だよ。…私は色んな物の密と疎を操れる。自分の身体の密度を下げて霧状にしたり、自分の身体に付いた”灰”を疎密にして取り除く事も出来る。気付かないとでも思ったかい?いつも霧にまで存在を薄められる私が、身体に付いた灰を見逃す筈がないだろう?」
そんな絶望的な事を言い、一歩前に出てくる
「……ッ」
こいつは…マズイ!
結界の槍は相手に付着した灰に向かって飛んでいく…逆に言えばその灰を取り除かれると全く当たらない
結界の槍がこんな形で封じられるとは思わなかった…!!理性と本能、その両方が俺に逃げる事だけを伝える
この鬼は速い、だがそれでも1秒の猶予はある!俺は鬼がまだ油断している内に灰逃げを発動させた
場所は人里なら何処でもいい。流石に人里までは追って来れない筈…!
未だに余裕の笑みを崩さない小鬼に対して安堵した。1秒の油断で俺は逃げられる
とりあえずは灰逃げが問題なく発動し、身体が足の先端からただの灰へと変わっていく
危なかった…こいつの対処はまた今度考えよう。とてもじゃないか俺の手に負える妖怪じゃない。
寧ろもっと上の――
「誰から逃げられると勘違いしている?言っただろう、私は密と疎を操るって。…この私から逃げられると思うなよ」
「…ッ!?」
既に灰となって分解されていた身体が再び萃められ、強引に人の形に戻される
「ほら、力入れときな」
これは本当にマズッ――
意識が、反転、する。
自分が何をくらったのかもわからない。ただ物凄い力で吹っ飛んだということだけ理解する
下に空が広がっており、横を見ると、鬼がいた。
小さな鬼が、いた。
……ッ!ほぼ反射的に掴みかかろうとして逆に二の腕をガッシリと捕まれる
「朦朧とした意識の中で即座に反撃しようとするのは大したもんだね。だが、何よりも力が足らない」
瞬間、視界が回る
腕を掴まれたままグルグルと振り回され…肉のはじける音ともに放り出される
何処かの地面に叩きつけられたらしく、右腕を見ると根元から千切られていた
さっきまで俺がいたのは空だったらしい……とてつもない遠心力がかかったせいか、お腹が目でわかるほどに潰れている
随分と…酷いこと、するもんだ……。
「タフとは聞いていたけど、こりゃタフと言うよりしぶといっていう方がしっくりくる」
身体が治っていく俺を見て、まるで他人事のように鬼が言う
「確かにお前の槍は強力だ、だが対処出来れば尽く弱くなる。普通の妖怪ならそれが破られた時の為に、別の対策を考えていくものだ…だがお前にはそれがない。大方、通用しなければ逃げればいい…なんて甘い考えで生きてきたんだろう?立ちな、白墨。お前のその甘えきった性根を叩き直してやる」
これは本当にマズイ…。俺の手の殆どが封じられている
本当に、本当にマズイ事になった。かつてここまで追いつめられた事は無い。
じょ、冗談じゃないぞ…。あの紫にだって灰逃げは通用したっていうのに…
俺がゆっくりと弱々しく立ち上がると、鬼は満足そうに頷いた
「よぉし!よく立ち上がった!偉い!……なら準備運動は終わりだ、ここからが本番…」
そんな、ふざけたことを言った鬼が、傍若無人な鬼が…その見た目からは想像出来ないような貫禄を持ってどっしりと構えた
こんなの、こんな力、ただの鬼が持っているわけない。この理不尽さは…どちらかと言うと勇儀のような……
「――私は山の四天王が一人!伊吹萃香!精々遊んでやるから殺す気で来い!!」
心が折れそうになるのを堪えて前を見る
寄りにもよって、なんで四天王が……。こんな……こんな理不尽があって…たまるか……。
俺の技を無効化し、絶対の信頼を寄せていた逃げも封じられ…その小さな体躯から考えられないような、俺を遥かに凌ぐ鬼として完成された身体能力。
言うなれば、天敵。絶対的に適うことがありえない存在
人生で初めての天敵に、俺はただ、膝を着くことしか出来ない
そんな、戦いとも呼べないような一方的な虐めが始まった
キリのいい所で終われなかったので、三話連続で投稿します。
明日の同じくらいの時間に40話、明後日に41話を投稿するつもりなので良かったら見てください。
ただ41話に関しては、明後日に投稿出来ないかもしれません。それでも出来るだけ早めに投稿出来るようにします。
ここまで読んで下さりありがとうございました。明日と明後日(仮)も読んでもらえると嬉しいです