灰の旅路   作:ぎんしゃけ

40 / 79
とうとう四十話…けどまだ原作が遠いです


第四十話 灰の天敵 中編

妖怪の山にある、ありふれた古風な家のその一室。

なんてことは無い、どこにでもあるような天狗の部屋に、ドタドタと激しく足を叩きつける音が響いた

 

「あやー!いるー?いるわよねー?あやぁー!」

 

「…ああもうっ!うるさいわね。集中出来ないじゃない!」

 

騒音を撒き散らし、強引にふすまを開けて入ってくるはたてに苛立ちをぶつけるように振り向いた

 

「そんな事より大変なのよ!」

 

「あやや、それは大変ですね。じゃあ頑張って」

 

「待ってよ!?まだ何も話してないじゃない!本当に緊急事態なのよ!」

 

無視してペンを手に取ると、うるささを増して、今度は肩を強く揺らしてくる

 

「あーもう、なんなのよ」

 

諦めてはたてに向き直ると、息を整えるように二、三度深呼吸してから口を開いた

 

「私の新聞の購読者が妖怪に襲われてるのよ!」

 

必死になって話すはたてに、思わず眉を顰める

 

「…?妖怪同士の抗争なんて良くあることじゃないの」

 

なんでそんな事に今更必死になっているのだろうか?

もしかして自分のお得意様だからとでも言うのだろうか?いや、いくらはたてでもそんな事…

 

「…私の唯一の定期購読者が死んじゃうじゃない!」

 

「……。…そ。じゃあ私は今忙しいから」

 

なんて呆れた自分本位の理由だろうか。

私は再びペンを手に持って机に向き直った

 

「ちょっと!?まだ話は終わってないわよ!ねえ文、少しだけだから!すぐ行って、逃げられるようにしてあげるだけだからっ!」

 

「おわっ!ちょ、ちょっと揺らさないでって!だ、大体なんで私も行くのよ、あんただけで良いじゃない!…それにどうして襲われてるなんて分かるのよ」

 

「うっ…それは…。ぐ、偶然!偶然、念写してたらちょっと写ったっていうか…」

 

言いづらそうに言葉を濁らせながら、あくまで偶然という部分を強調しつつ、ごにょごにょと言ってくる

 

「えっ…あんた自分の新聞を買ってくれた人を念写してるの…?……それってストーカーじゃ……」

 

「なによ!あんた友達でしょ!ちょっと手伝うくらい良いじゃない!」

 

私の言葉に被せるように言い放つ

いつもはライバルとかなんとか言っていた癖に……

 

にしてもはたて…誰も新聞を買ってくれないからってここまで拗らせてるのか……。

私はちょっと引いた。

 

「あっそうだ!ほら、今回のことをネタにしてもいいから!いつもネタが無いって言ってるじゃない!」

 

「妖怪同士の争い…なんてありふれた話に誰が興味持つのよ」

 

「くっ…!時間が無いのに…!こうなったら無理矢理連れていくわ!」

 

「えっ!?ちょっと!あんた急に何を…!」

 

もう待ってられない、といったふうに飛び掛かかってきたはたてが正座している私の脇に手を入れ、強引に持ち上げようとしてくる

 

「わかった!わかったから!行くからっ!だからそれ止めなさいって!」

 

「本当!?あんたが頼りなんだからお願いね!」

 

私は根負けして頷いた

これ以上もみ合っていたら、纏めていた机がめちゃくちゃになっていたかもしれない

 

はたては私の了承が得られると、黒いその翼を大きく広げ、そのまま風でふすまを吹き飛ばすと、弾けるように部屋を飛び出した

 

「ぇえ!?」

 

「…ごめん!急いでるから!」

 

嫌な予感がして後ろを見ると、突風の影響でひっくり返った机が目に入った

 

「あぁもう!後で覚えておきなさいよ!」

 

念の為、戦闘用の団扇を手にし、はたてに続いて部屋を出る

 

ものの数秒ではたてに追いつき、追従するように後ろに張り付く

 

余程急いでいるらしく、その速度はどんどん加速していった

 

「ちなみに戦ってるってどんな妖怪よ?」

 

「もう着くからわかるわよ。ただちょっと一人じゃ苦戦しそうなのよね。だから頼りにしてるわよ文」

 

「ふぅん」

 

はたての言い分からしてはぐれ天狗程度の実力はあるのだろうか

あんまり強いと面倒だな考えていると、突然はたてが速度をあげる

 

「――着いた!頼むわよっ!」

 

そう言って加速して近付き、はたてはなにかに向かって躊躇いもせず妖力を纏わせた風を飛ばした

 

どこか感じた事のあるようなはたてとは別の妖力に、疑問を持ちつつ私も急ぐ

 

「そこまでよ!――」

 

そこまでよ、だなんて張り切っちゃって。あわよくば好感度を稼げるとでも思っているのかもしれない。

 

「うん?その翼、天狗かお前。何しに来た?」

 

…?

あれっ……?

 

「何しに来たも何も、そこの妖怪を助けに来たのよ!私の数少ない購読者なんだから!やらせないわよ!」

 

「ちょっ!はたてアンタもしかして――!」

 

未だ私からは木が邪魔して相手の姿は見えない。しかしどこか記憶に残っている一人の妖怪を思い浮かべ、顔が真っ青になる

 

「ほう!天狗が私にそこまで啖呵を切るか!私の事を知っててその態度かい?」

 

「知ったこっちゃないわよ肩書きなんて。私はただそこの妖怪を助けに来ただけ」

 

威勢良く吐き捨てるはたてを見て、泡を吹き出しそうになる

だって、だってこの方は、この御方は……記憶が正しければ、きっと……

記憶が間違っていますように、この勘が外れていますように……

そう願って下を見ると、そこに居たのは――

 

幼い見た目に長くねじれた二本の角、かつて妖怪の山の頂点に立っていた四人のうちの一人

 

山の四天王、伊吹萃香その人だった

 

「あっあ、あ、あんたっバカ!本当に馬鹿っ!謝りなさい!今すぐに!」

 

なんで!寄りにもよってこの御方に喧嘩を売ってるのよ!?

泣きそうになりながらもはたての頭を下げさせようと力を込める

 

「ちょ、ちょっと急に何するのよ!今大事な所でしょ」

 

未だ事の重大さに気付いてないはたてに恐怖すら覚える

なんて事をしてくれたんだ

思わずぶん殴りそうになるのを堪えて現実逃避する。

 

「…ん?おお!誰かと思えば射命丸か」

 

「ひゃっひゃいぃ!お、お久しぶりです萃香様、今すぐこのアホは謝らせますのでどうかお許しを!」

 

「謝るって…今から戦う相手じゃない?」

 

「戦わないのっ!!」

 

「なんだ射命丸、そこの妖怪とは仲間じゃないのか?」

 

「い、いえ!滅相もない!こいつはただの.....」

 

「仲間よ!!」

 

黙ってろ!このバカ!!!

 

どうしよう、どうしよう!とんでもない事になった…!

 

「す、すいません萃香様!お恥ずかしいことにこの天狗は萃香様の事を知らないみたいで…!」

 

「…?知ってるわよ?昔は山に居たわよね」

 

空気が固まる。

こっちがフォローを入れようとしてやってるのにっ!

何言ってるんだ、とまるでこっちが常識知らずみたいな言い方だ

 

「あっはっはっは!知っててその態度か!」

 

ほんとにっ!ほんとにっ!!

 

「さっきからどうしたの?ちょっとおかしいわよ文。そんなに早く帰りたいなら私も急ぐから落ち着いてよ」

 

ちょっと引き気味のはたてに血管がキレそうになる

 

なんでこいつはこんなに平然としてんのよ!?あんた引きこもりだけど仮にも天狗なんでしょう!?

 

「もしかして騙し討ちを狙ってるの…?文、流石に騙し討ちは良くないと思うわよ…」

 

「騙し討ちは良くないなぁ…」

 

うんうん、と萃香様が愉快そうにはたての言葉に同意した

 

なんで私がおかしいみたくなってるのよ!?

マッハでストレスが溜まっていく、明日の胃の調子が心配…なんてもんじゃない…!

 

「〜〜!!ああもうっ!はたて、あんたわかってる!?この御方は山の四天王の萃香様なのよ!?あんたの上司、その更に上の大天狗様達でさえ頭の上がらない御方よ!戦う相手どころか本来は味方するべき大将でしょうが!」

 

妖怪の山の支配者はかつてはこの地に住まう鬼達だった

全ての天狗は鬼の支配下に置かれ、その頂点には鬼の四天王が座っていた。

今でこそ山の権力の全てを握っている天魔様さえ、かつては鬼の統治の元、天狗達のリーダーとしてその腕を買われていたのだ。

 

あらゆる山に住まう妖怪は鬼に頭が上がらず、それは鬼が山を去った今でも変わらない。

鬼というだけで妖怪の山では最上級の扱いを受け、一言声をかければ大天狗様が動くだろう。それが山の四天王となれば尚更だ。

 

つまり鬼に敵対するという事は天狗と敵対するという事でもあり、並の妖怪ならするはずもない

それが同じ天狗なら言うまでもなくありえない事だ。

 

だからこそはたてが萃香様と敵対するなんてあっていいはずが――

 

「今敵になったじゃない。」

 

はたては、なんでもないようにそう言い放った。

 

鬼は笑う。かつての長が、その大言壮語な言葉を聞き、実に愉快そうに大きく笑う。その嘲笑に確かな怒気を孕ませながら…

 

「天狗が随分と威勢のいい事を。だが、私を舐めての発言なら後悔するよ。あんたはもう私を”敵”と言ったんだ。既に天狗と鬼の昔のよしみ…なんてものが通用する境界は超えている。――覚悟は出来てるんだろうね?」

 

文はもう後戻りなんて出来ないことを悟った

安易にはたての後を付いてきた愚かさを深く後悔すると同時に、ある宴の夜に、今夜は無礼講だと気分よく酒に酔った大天狗様の頭を、これまた気分をよくしていたはたてがぶっ叩いた事を思い出した

 

覚悟があるとか無いとかでは無い、はたては、いやこのバカは変な所で恐知らずになる……はたてには天狗の常識が通用しないのだ

 

だが文は思う…こんな相手にっ!そんな思い切りの良さを出すな!と…ただ途方に暮れるしかない

 

「天狗も鬼も…そんな事でピリピリしないでもっと楽しく生きればいいのに」

 

火に油を注ぐようなその発言に萃香様はただ黙ってはたてを睨みつけた

それが伊吹萃香の心に静かに火を着けたように見える

 

ああ、終わった…。

 

こうして静かに怒る鬼を文は久々に見た、そしてその怒りを向けられているのが自分達であるという事実に泣きたくなる

文にとって、伊吹萃香の怒りを買うというのは初めての事では無かった。だからこそあの日の恐ろしさを思い出してはブルりと身体を震わせる

 

「……。…なんだ白墨、狸寝入りはもういいのか」

 

萃香様が向いた方向にに目線をやると、灰色の男がゆっくりと立ち上がっているのが見える

 

「あれがはたての言っていた妖怪…。ここまで来たら腹をくくるしかない…!」

 

念の為持ってきていた団扇を取り出して構える

はたても覚悟を決めたのかそうじゃないかはわからないが、気合いは込めているようだった

 

「… でもなぁ…う〜ん、困った。今日は白墨の方を見にきたんだけど…。まあ別に約束には入ってないし…うん!いっか!この際3人纏めてかかってきな!鬼の本気だ、半端な覚悟なら後悔させてやる!」

 

そんな適当な言葉を皮切りに、くだらない戦いが幕を開けた

 

 

 

 

 

 

 

なんの構えもなしに空気がビリビリと振動する錯覚を覚えるほどの威圧…そんな緊張した空気の中、冷や汗を垂らす暇もなく、灰色の男から何かが萃香目掛けて音速で放たれる

 

それを見て、文は更に顔を青くする。

その光の矢は天狗に取っての苦い思い出、黒歴史と言ってもいい。かつて中級妖怪として舐めてかかっていた山の妖怪に、その妖怪達の傲慢さを笑うように山を穴だらけにした攻撃

たった一人の妖怪によって超遠距離から放たれたもの。異次元の命中精度とその破壊力を前に、妖怪達はどうする事も出来なかったのだ

 

未だに一部の天狗達はその妖怪が山に入ろうとすると逃げ出していく

よりにもよって、そんな天狗達から敵視されているような妖怪がはたての新聞の購読者なのだ

 

(はたてのやつッ!はたてのやつッ!これ以上厄ネタ増やしてどうすんのよ!)

 

文は泣いた。誇張抜きで心の中で涙を流し、はたてに意味の無い呪詛を吐き続ける

 

ここで勝っても負けても、同族にバレれば反逆の意思ありと見られるだろう

鬼だけならまだ良かった。いや、全く良くないが、鬼の価値観は他の妖怪と全く異なる、そこを利用して上手いこと言い逃れる事も出来た。だが、明確に天狗達が敵視している白墨と手を組むというのは山に住む天狗として本当に良くない事であった。

それを平然としているはたてに、畏れすら抱いた

 

文にとって、いつの間に厄神様と接触したのかと疑う程の不幸の連続に頭を抱えたくなる

 

「なんて…なんて事に巻き込んでくれたのよ……!!」

 

さんざん胃を痛めた結果、文は考えるのをやめた。もう何も考えずに戦うことにした。諦めからくるその思考停止は、『どうせ考えてもここで死んだら意味が無い』というなんとも情けない理由だった。

 

そして涙を堪えて白墨の放った攻撃を見た

”それ”は光の線を残して進む、文の目から見ても確実に萃香に当たると確信できるものだった。

 

しかし……当たるはずだった”それ”は萃香が何かに気が付くと、途端に右にズレていき、やがて地面に触れて爆発音を轟かすだけに留まった

 

「お前も学ばないね、何度やっても当たらないよっ!」

 

萃香はそう言い遠くに離れた白墨に向かって大岩を投げ飛ばす

 

「あやっ!」

 

「わかってる!わかってるわよ、もうっ!やってやるわよ!」

 

その質量に見合わない速度で飛んでいく大岩を自慢の風で吹き飛ばす

とにかく今は後のことを無視してこの戦いの事だけを考えた

 

(当時の天狗達の話が正しければ、白墨は山を単騎で制圧出来るほどの攻撃と無尽蔵に近い再生能力を持っているはず…)

 

天狗と八雲の式神である白墨との戦いについては惨敗の結果であるにも関わらずこと細かく記録されてある

 

恥を残す事よりも次相対する時に少しでも多く情報を残す事を重要視した為だ。これは良い噂の聞かない上層部の老害達にしては珍しく英断だった

 

射程距離は最大で人里から妖怪の山まで。

それほど離れていてもほぼ誤差のない精密射撃…また、驚異的な逃走技術を有しており、接近戦に持ち込もうとしても身体を灰にして逃げられる。

これにより、当時の天狗達はどうすることも無くただ的として逃げ回る事を強いられる事となった

 

しかし、と文は疑問に思う

 

(どうしてさっきの攻撃は当たらなかった?途中までは真っ直ぐ萃香様に向かっていったのに萃香様が特に動いた様子も無く、不自然に途中からズレた…普通に考えて中級妖怪が持つには破格の性能、発動までに何か条件があるはず…)

 

文は上空から冷静に戦況を見つつ、白墨の攻撃について考えていた。

 

一方、地上でははたてが萃香の攻撃を誘うように中〜近距離を維持して立ち回る

しかし、相手は鬼。いくら天狗とて捕まるのは時間の問題だ。それを鬼相手にあえて懐に入り、すぐさま離脱するというはたての怖いもの知らずな戦い方で補っていた

 

「うひゃあっ!…ッ!これが鬼の攻撃!当たったら流石に痛そうねっ!」

 

「痛いで済むか、試してみるかいッ!」

 

萃香の攻撃範囲から離脱しようとするはたてに、そうはさせるかと萃香が強引に距離を詰め、腕を振り上げる

 

「…ッ!はたて!」

 

萃香が踏み込むその寸前、上空から戦況を見ていた文がすぐさまフォローを入れる。

萃香が丁度踏み込もうとしていた地面を風で削り取り、その接近を妨害してその隙にはたては萃香の攻撃範囲から離脱する

 

そんな片方がミスをすれば一瞬で瓦解するような危うい戦い方を繰り返していた

 

「やるなぁ!こりゃ戦いづらい…!良いやり方だ!」

 

しかし想像以上のやりづらさを感じていた萃香は素直に感心した。こちらから攻め込もうとするとはたてが急接近し、攻撃しようとすると一瞬で離れていく…それを無視して強引に詰めようとすれば上空の文から風の刃による援護が入る...

 

鬼の懐という危険地帯にあえて突っ込むはたての度胸、そのミスをカバーするように援護に徹する文の攻撃

 

どちらも一介の鴉天狗の技量を卓越している、その事を萃香は嬉しく思った。

 

そんな超人的な戦いに一人場違いな男が参戦する

 

「えっちょっ!白墨!?」

 

まさか接近戦をしに来るとは思わず驚愕するはたてとは対照的に、萃香は分かっていたように振り返る

 

「...!まあ、お前はそうするしかないだろうねっ!」

 

萃香はその身軽な身体を生かして飛び掛かり、そのまま白墨の顎に飛び膝蹴りを叩き込む。

呆気なく顎を打ち砕かれた白墨は後方の木に叩きつけられ血を吐く結果となった

 

文が慌てて様子を見に行くも、白墨は初めと変わらない無傷の状態で立ち上がる

 

「…なるほど、驚異的な再生能力は確かでしたね。」

 

天狗でさえそこまでの傷を治すのに数時間から数日はかかると言うのに、それを数秒で済ませる白墨は異常だった

 

しかしそれを知ってか知らずか、白墨は気にした様子もなく、萃香に照準を合わせるよう手を向ける

 

はたての援護を忘れずに、しかし文は注意深く白墨の攻撃を見ていた

 

再び放たれた結界の槍は、やはり途中から軌道を外れて彼方へと飛んでいく

外れた自分の攻撃を見た白墨が、また同じように萃香相手に近付いてく…

白墨の攻撃が思うようにいっていないのは文の目から見ても明白だ

 

文は拮抗状態である今のうちに打開策を模索することが大事だと考えていた

しかし、文の心には確実に焦りが生まれていた。3対1とは言え、鬼の無尽蔵に近い体力を考えれば、時間を掛けて不利になるのは確実にこちらだった

 

そしてもう一人の天狗である姫海棠はたては、大きすぎるリスクを払った立ち回りの上でも、鬼相手に大打撃を与えられるほどの力が無いことを悟った

 

もしそれが出来るとしたら、今もなお必死に頭を悩ませている射命丸文か、先程から当たることはなく通り過ぎていく例の槍だろう…と。

 

「結構キツいわね…!鬼相手じゃあ足りないわ…ッ」

 

「いいや、お前さん…ただの鴉天狗にしては十分すぎるよ。度胸もあって動きも良い、正直ここまで出来るとは思ってなかった」

 

苦しさから溢れ出たはたての言葉を萃香が否定する

萃香としては純粋な評価であった。もし半端な覚悟と実力ならば相応の痛みを与えてやろうと考えていた。しかしそんな怒りや本来の目的を忘れて感心するほどには、はたての事を認めていた

 

「あら…そう?…ありがとうねっ!」

 

はたても純粋な萃香の評価に純粋な喜びを持って答える。あんまりにも素直で屈託のない顔で言うので、萃香も思わず目を丸くする

だがそれはそれ、これはこれ

萃香は嬉しい気持ちを隠して地面を力強く踏み抜く。

デタラメな力で踏み抜かれた地面が、地表を伝って破裂する

 

「いぃ…ッ!?」

 

驚き慌てて空へ飛んだはたてを無視し、萃香ははるか上空からこちらを見下ろす一匹の天狗へ目を向ける

 

「……ッ!狙いは私か!」

 

「暇そうじゃないか射命丸!」

 

地面を踏み抜いた反動で浮かび上がった砂塵や割れた地面の破片が、不自然に空のある一点に向かって上っていく

 

「ぐっ…!」

 

文の視界を埋め尽くさんばかりの破片と砂塵が地上から一気に飛んでくる

 

「…っ!あやっ!」

 

(しまった…!やられた…!)

 

文はその攻撃の意図に遅れて気付き、顔を歪める

 

「馬鹿…!はたて!!あんたが本命よ!!」

 

文自身に向かってくる砂塵や破片は団扇を一振すれば問題なく撃ち落とせる。しかし、だからこそ文は焦った。

たった一振…その一瞬、文がはたてに援護を入れられない僅かな時間が生まれる。

 

大袈裟な攻撃ではたての注意を引き、その上で文が援護に入れない、その僅かな時間を作る事こそが萃香の目的だった

 

そしてそこで生まれた隙を萃香は見逃さない

 

「本命って……えっちょっ…うそぉ!?」

 

「捕まえたぁ!」

 

未だ事態を飲み込めないはたての足を掴んだ萃香が、大きく笑う

 

そのまま両手ではたてを掴み、ハンマー投げのように遠心力を掛けて回り始める

 

「今度はもっと周りをよく見るんだね!なかなか楽しかったよ…ッ!」

 

そう言い残し、回転の速度は更に上がっていく

 

「えぇっ!?ちょ、ちょっと!私…これっ――ひゃあああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

はたてが何かを言うより先に萃香がその手を離すと、天狗もびっくりな速度で吹き飛んでいく。

 

ほんの一瞬の出来事。文が団扇を一振して様子を見た時には既にはたては空の向こう……

 

「さて、まずは一人」

 

手首を鳴らし、鬼が振り返る

 

山の四天王である伊吹萃香を相手に、たった一度の小さな失敗から、文達は早々に二対一を強いられるという絶望的な状況に立たされるのだった。




感想評価貰えると嬉しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。