そしてめちゃくちゃ長いです。すいません
一瞬で飛んでいくはたてを確認し、萃香は満足そうに瓢箪に口を付けた。
そして、隙だらけの背中を狙う白墨を、萃香は逆に軽々と押さえつける
「逃げずにも向かってくるのは良い。けどあんたの力じゃ無理だよ、頭を使いな。」
そう言い放ち、再び白墨を投げ飛ばす
文は考えうる限り最悪の状況になった…とこの先の展開を絶望視して悪態をついた
「ああもう!はたてのやつ…!あんなに言っておいていの一番に退場させられてるじゃないの!」
悪態をつく文に、萃香は余裕の笑みを持って近付いた
「かなり遠くに吹っ飛んだからね。いくら天狗でもあと5分は戻って来れないはずだ。戻ってくるまで”昔のように”逃げ回ってくれても構わないよ?さあ!どうする射命丸!」
5分は戻って来れないと言ったが、実際には防御もままならず鬼の力で投げ飛ばされたのだ。正直、はたての意識が残っているとしてもあの怪我ではここまで戻ってくる事は不可能だろうと萃香は考えていた。
一方、文は昔のように、と意地悪く強調された言葉にブルりと震える
ずっと昔、調子に乗っていた若い自分が鬼相手に遊び半分でちょっかいをかけた事件。当時自分の速さに絶対の自信を持っていた射命丸文は何を血迷ったのか、鬼…それも伊吹萃香を相手に調子に乗ってしまった事があった。結果としては自身の全力を持ってして一週間以上も逃げ回った挙句、捕まって地獄を見せられた…というものだ
なまじ一週間以上も逃げ続けたせいで、山の四天王である伊吹萃香に変に目をつけられる事となったという、文にとって何よりも無くしたい黒歴史である
萃香の言っている”昔のように”と言うのは明らかにこの時のことであり、言外に逃げても無駄だという事を文に言っているようなものだった
萃香が隙を晒しながら平然と歩み寄ってくる。それと同時に飛ばされた白墨が起き上がった。
じわじわと近付いてくる萃香を余所に文は思考を加速させる
文から見て白墨の動きは素人そのもの…それを異常な再生速度で無理やり補っている。とてもじゃないがはたてのような動きを期待するのは無理だ
「私が前線を張るしかない…」
文は重い覚悟を決めて団扇を握る
はたてが萃香相手にある程度善戦出来ていたように、文にも同じことが出来る。しかしはたての時には的確に援護の出来る者が居たのに対し、今の文にはそれがなかった。
援護ありでようやく成り立っていた戦い方を自分一人でやらなければいけない
いっその事自分がはたての代わりに飛ばされたかった…そんな考えが文の頭を行ったり来たりする。それぐらいには状況が絶望的なのだ
普通にやっても時間稼ぎにすらならない。だからこそ文は普段なら絶対にしないような不確定要素に全てをかける。
「はぁ…これも全部はたてが悪い…」
文は本来出来るだけ白墨とは会話をしないように避けていた。個人ではなく、天狗として関わる事がまずかったからだ。
しかし、そんな事はもはや意味無い程に関わりを持ってしまった上、そんな事を言っている余裕も無い
文は諦めて白墨に話しかける
「……白墨さん、私が前に出ます。合図を出すので援護をお願いします」
少し考えたのち、文は白墨に声をかける
どうせこの現場を同胞に見つかれば一発アウトなので、どうにでもなれ…という自暴自棄だ。
むしろこんな事になるなら前もって取材という形で力の詳細を聞いておけば良かったと深く後悔していた
「…無理だ。……当たらない。」
天狗の宿敵であるその妖怪は、たっぷり間を空けてから声を発する
文はこの時初めて白墨の声を聞いた。
抑揚のない無機質な声、しかしその声音に僅かに諦めの感情がある事に気付いた
白墨の心は既に折れていたのだ。そして、ただどうすることも出来ないので今も惰性で戦っている。
文はそんな白墨と同じ感情に飲まれそうになりながらも気を強く持って答える
「…私が当たるようにします。良いですか?当たりさえすればまだ希望があるんです。頼みますよ…」
本当ならここで白墨の力について確証が欲しい……が
「そろそろやろうじゃないか。私を倒す算段は付いただろう?」
萃香からその強力な妖力が滲み出てくる
「…まあ、待ってはくれないですよね……。」
文は風を纏って直進する。そして萃香の懐まで飛び込んだ。
はたての時とは違う、自分がやっていたような援護は無い。つまり実質鬼との一対一のタイマン
(白墨は攻撃が失敗する度に近距離戦が苦手なのにも関わらず、わざわざ萃香様に近付いた…それはつまり、あの攻撃の為には接近する必要があるということ。どういう原理かは分からない…!けど、天狗には当たって萃香様には当たらない、この違いが出るとしたら確実にそこしかない…!!)
「私との戦いで考え事かい?ずいぶん余裕そうじゃないか」
「く、ぅッ…!」
文は楽しげに放たれる萃香の攻撃に、冷や汗を垂らしながらも何とか避けていた
(どこを見て余裕そうだなんて思ったのよ、一発当たるだけでも危ないってのに…!むしろそっちの方が……)
「…ッ!あぶ…ないッ!…!」
素早く繰り出される一発一発が大地を揺らすほどの攻撃、それを間一髪のところで風を叩き付けて避ける
「よく避けた!だが何度もそうはいかないよ」
一発避けても二発目が、二発目を避けても三発目が…
そしてその全てが必殺の威力。しかし文は確実に追い詰められながらも思考をやめない。
それを鬼は実に楽しそうに見ていた
何か策があるなら試せば良い、それすら楽しもうとする萃香の攻撃は、文の身体を少しずつ傷付けていく
「どうした射命丸!このまま終わるか!」
「…………」
文は萃香の挑発には反応せず、ただ何かを考えるように黙々と攻撃を避け続けていた
萃香の挑発には反応しなかった、しかし、突然文の動きが切り替わる。今まで常に逃げに徹していた文の動きが、まるで迷いが無くなったかのようにキレのあるものへと変化する
(来るッ!本気になったか、射命丸!!)
常に安全な位置を維持しようとしていた筈の文は”それを捨てた”
元より不完全だった安全性を捨て、守りに使っていた風を攻撃に、萃香に切り込む為に…。
消極的だった守りから積極的な攻めへの変化
文字通り空気が変わる。
天狗の本気、それは自分の纏う風だけでは無く、辺り一体の小さな風すらも味方に付ける
萃香は久方ぶりに感じるピリピリと肌を刺激する高揚感に歓喜した
ありとあらゆる場所から飛んでくる風の刃による不可視の一撃。
萃香は身体に切り傷が出来るのも気にせず、文の攻撃に応えるように自身の攻撃の苛烈さを増していく
文と萃香に少しずつ傷が増えていく、しかし文の受ける傷の方が圧倒的に多く、避けきれなかった萃香の拳が、何度も何度もその肌を掠めていった。
直撃こそないものの、掠めただけでこの威力。
それに対して萃香の方は血こそ多量に出ているが、どれも薄皮を切る程度で肉を断ち切るには至らなかった
故に萃香は笑う。血にまみれ、獣のように獰猛な笑みを浮かべて文を追い詰める
しかし、文も笑った。萃香のような戦いを悦ぶもの顔では無い、自分の不利を知りながらも苦しさを誤魔化すように、小さな勝機を見据えて笑っていた。
だが、そんな文の健闘も虚しく、ついにその時が来た
「ぃっ…が、あ゛ぁ゛ッ!」
これまではどうにか避けていた萃香の拳がとうとう文の脇腹に直撃する
尋常ではない衝撃、山をも壊すと言われるその一撃に、文は自身の骨が一瞬で砕かれていくのを感じる。
痛みに悶絶するという経験は文にとって実に数百年振りの事だった
「ほんの少し焦ったな、射命丸」
その言葉を聞き、文は失いかけていた意識をなんとか保つ
まだ、終わる訳にはいかない。
なぜなら文の策は、まだその
同じ山の四天王が相手でも、星熊勇儀だったならば文の策は通じないだろう
例えるならば、勇儀は山そのもの。常に大地に根を張るようにどっしりと構え、どんな攻撃を食らっても関係ないと言わんばかりに押し潰す。
地に足をつけた状態の勇儀はまさに不動であり、発する威圧感は、山のそのものが迫ってくるような錯覚を起こさせる
いくら文が策を講じたとしても、そんな勇儀をどうこうするというのは不可能だ。
しかし、萃香は、伊吹萃香は違う
勇儀と違って萃香の見た目は幼く、身長は10歳程度の子供と変わらない。
しかし、その軽さを利用した素早い飛び込み、そして、そこからしきりに放たれる即死級の攻撃。それこそが萃香の強みでもあった。
だが身長が低ければ手足も短く、手足が短いということはリーチが短いという事
萃香は文と比べても頭二つ分程背が低く、短いリーチを補うように、無意識の内に
それこそが勇儀と萃香の違い。
萃香だから白墨の攻撃は当たらない。しかし萃香だからこそ隙がある。
文はそこに僅かな勝機を見出した
だからこそ、
これは意地だった。大妖怪としての…射命丸文としての忘れかけていた小さな意地
文が歯を食いしばって前を向くと、目を見開いて自身を見る萃香と目が合った。
鬼の本気の一撃を直で食らっても倒れず、それどころがまだその瞳は諦めていない。常に手を抜き、本当に危なくなる前に逃げていく…そんな天狗の当たり前を知っていたからこそ、文がここまで意地を見せるとは萃香も思っていなかった。
そう、文の賭けはここからだった。
そして最も重要な事を確認せんと目を動かす
拳を振り下ろした体勢で止まっていた萃香の足は、地面から”ほんの少し浮いていた”
「……ッッ!!!」
それを見た瞬間、文はずっと前から右手の羽団扇に溜めていた妖力を風へと変換させ、爆発させる!!
それは大妖怪の本気…天魔を差し置き、かつて”風神”と謳われた少女の力
「その妖力っ…仕掛けてくるか――!!」
「暴風よ、吹き飛ばせッッ!!」
その号令と共に羽団扇を大きく振り上げる
慌てた萃香は、咄嗟に腕で顔を守るように防御すると、次の瞬間……文が米粒程にしか見えない程、遥か上空へと飛ばされていた
「――ッ!?」
(瞬き程度の僅かな時間でここまで飛ばしたのかッ!?)
萃香が風でここまで吹き飛ばされたのだと気付くと、遅れて強い衝撃が全身を走った
文が飛ばしたのは萃香だけでは無い…文が飛ばしたものは周辺の地形そのもの。
深く根を張っていた大樹がいとも容易く舞い上がり、そこら一帯の重力が反転したかのように地面が抉れて空へと浮かび上がる
まるで世界の法則が狂ってしまったかのような光景。
しかし、それだけでは終わらない
「…ッ!まだっ!」
文は再び妖力を強く込め、新たな風を生み出していく
そして、空高く飛び上がっていく大樹や大地の一部であった物が、萃香を中心に大きく渦巻きを描くように上っていき、更に足りないと言わんばかりに近くの木々を吸い上げる。
やがてその荒れ狂う暴風は竜巻となって萃香を閉じ込め、その竜巻の中は目を開けることすら出来ない程の暴風域となっていた
ただの小石や土ですらも弾丸のような速度で襲いかかり、そしてその上トドメと言わんばかりに巨大な大樹が向かってくる
普通なら中にいる妖怪はまず原型を留めてすらいないだろう……そう、それが普通の妖怪ならば……。
「あ、たぁる、かぁー!!」
萃香は小石や木々の破片を無視し、四方八方から飛んでくる大木を持ち前のデタラメな力で粉砕して対処する
結果として、萃香はこの竜巻の中、最大限攻撃を防ぎ続け、その被害を肌が切れる程度に留めていた
これで倒れてくれるほど甘くは無い。元よりこれが効くのならば、最初に空に打ち上げた時点で身体がバラバラにねじ切れていただろう
並の妖怪なら容易に屠るこの竜巻は、しかし鬼相手では足止めにしかならない。
それでも文は攻撃の手を緩めなかった。考えるのは白墨のあの白い槍
天狗には当たり、萃香には当たらない攻撃…決め手となるならそこしかない
(天狗達と萃香様の違いなんてそれこそ数え切れない程ある。けど萃香様にかすりもせず、あの
「今ですッ!お願いしますっ!」
意を決して叫ぶと、いつの間にかかなり遠くまで移動していた白墨からあの白い槍が放たれる
この戦いの中で文は常に考えていた
当たるはずであった白墨の攻撃が、いつも途中で誘導されるように逸れていく
外れる方向に規則性は無く、右にズレたり左にズレたり、そして斜めにも。
そうやって何かに引っ張られるように軌道を変える…
そもそも文には人里から妖怪の山まで離れていながら1.6m程度の人型を正確に捉えられているとは思えなかった
そしてあの槍の発動条件である対象への接近
確証は無い、他の可能性なんて幾らでもあるし、文自身もこじつけに近い仮説だと思っている。しかし、情報が圧倒的に足りてない今、文はその仮説に全てを賭ける事にした
それは妖怪の山での事件の時から疑問に思い、考えていたこと…
”もし、白墨が萃香を狙っていないとしたら”
白墨が狙っているのは萃香に付けた”何か”だとすれば…
その”何か”が何なのかは分からない。自分にだけ分かる妖力の印だったり、もしくは呪いに近い力なのかもしれない
どちらにせよ、そう考えれば不可解な白墨の行動も、攻撃の目印を萃香に付ける為だと説明出来る
そして天狗達には無い萃香の性質的な”力”
密と疎を操る力によって、白墨の攻撃が外れていくのなら、少なくともその”何か”には質量があるはずだと文は考えた
実体があり、質量の存在する”何か”を目印に攻撃しているのなら、あの槍を萃香に当てることが出来る
だから文は白墨の攻撃の瞬間を見ていた。この戦いにおいて何度も見てきたもの。それを今度は確証を得るために見る
そしてはっきりと見た。竜巻の中に居る萃香に、白墨が躊躇いなく白い槍を放つ姿を
(やはり白墨は萃香様を視認することを必要としていない…!!萃香様を見ないで狙っている!)
竜巻は周辺の木々や地面を吸い上げ、とてもじゃないが中の様子は分からない。だと言うのに、白墨はまるで萃香がどの位置にいるか分かっていたかのように槍を放った
そして白墨の槍は空のある一点を目指して直進する
自分の考えが当たっていた事を確認し、文は安堵した
あとはあの槍を当てるだけ…!
「…ッ!白墨か!だが、何度やろうと変わらない!」
白墨の攻撃に気付いた萃香がそう吠える
言葉の通り、途中まで萃香目掛けて一直線に進んでいた槍が、途端に横にズレ始める
「…ッ!」
白墨の槍がズレたその瞬間、文は萃香の周りの風を変化させる
萃香の密と疎を操る力には、存在そのものを消滅させる力は無い。極限まで薄めるだけで、無くなりはしないのだ
萃香は密と疎を操って白墨の付けた目印を空気中へと弾き出していたのだろう、と文は考える
今までの白墨の攻撃は萃香を避けていったのではない、萃香から弾き出された目印に向かって飛んでいっていたのだ
白墨の攻撃が右へ左へと規則性無く外れていくのは恐らくそれが原因
白墨の攻撃は掠りこそしなかったが、大きくズレることは無く、常に萃香の周囲を通り過ぎていった…。
つまり弾き出されたばかりの目印は、萃香から離れてもまだその周りに残っているという事。
ならば、その弾き出された目印を…もう一度萃香に付けてしまえばいい
文が再び羽団扇を使用する
今まで使ってきた荒れ狂う暴風では無い、生み出すのは繊細な風の流れ
初め、萃香を閉じ込めるように吹き荒れていた風が、今度は萃香の背後へ収束するように流れ始める
かつて一人の天狗は言ったという、大木を揺らすより一枚の葉を落とす方がずっと難しい…と。
文は戦いの最中にそんな古い言葉を思い出した
最近の天狗は知らないような、今では廃れてしまった古い考え方。
今自分がしようとしている事は、その言葉の内容よりも遥かに難しい。その事実に冷たい汗が頬を伝う
それは尋常ではない精密な風の操作。風を自在に操る天狗の絶技
文には白墨が萃香に付けた目印が何なのかは分からなかった。少なくとも目に見える大きさでは無いだろう…
しかしそんな事は関係ない。少なくとも対象の近くにあるはずだ、と……それさえ分かればいい。文は萃香の周りの空気全体をただ一点に収束させ、留めつづける。
それこそ
上手くいっているかは分からない。
しかし文は視覚よりも、長年付き添ってきた自分の風を信じた
そして……
「外れていかない…?なんだと…槍が真っ直ぐ進んで――そうかッ!射命丸かッ!」
萃香が焦りと驚きの混じった声で叫ぶ
白墨、萃香、そしてその後ろに小さな灰がひとつ。
斜めに並んだ三つの点、加えて十分に離れた距離
既にラインは出来ていた
結界の槍は更に加速を続けて突き進む
萃香はその焦り顔をますます青くする
当たればタダでは済まない、しかし避けようにもそこは踏ん張りの利かない空の上。あの速さでは身体が動くより先に直撃する
萃香はここに来て白墨の攻撃に追い詰められるとは露ほどにも思っていなかった
それどころが戦力外と判断し、そう判断したが故に今苦境に立たされている
だが実際、結界の槍を封じられた白墨は確かに萃香が気にする必要も無い存在だった。
動きは素人、力も弱く、ただ治りが早いだけの肉体。
その上、白墨の戦い方には早々に諦めの色が出ていた。知恵を振り絞ってどうにかしようという気概も無ければ、ただ時間が過ぎ去るのを待つようなやる気のない姿勢…結界の槍が無い白墨は中級妖怪以下の存在だった
それをここまでの驚異に変えたのは、他でも無い射命丸文だ
天狗の中でも指折りの実力者であり、思慮も深い。
自分の足りない部分を補うように白墨を利用し、現にここまで自分を追い詰めた
萃香はその事を手放しで褒めたい気持ちになりながらも、手を抜く気は無かった
迫り来る白い槍
本来なら確実に当たる一撃。だが萃香にはただ一つこれを避けるすべがある
しかし、この展開まで運んで来た文への称賛として、このまま食らっても良いとすら萃香は思った
当初の予定では遊ぶ程度に留め、そこそこの頑張りを見たら終わりにしようと考えていたのだ。
だと言うのに想像以上に動ける文を見て、萃香は思ってしまった……勝ちてぇな、と。
文は強い、それこそ鬼としての本能が刺激され、形だけでも勝ちを譲る…なんてしたくはないと思ってしまう程度には……
つまり萃香は負けたくなくなってしまったのだ。 他でも無い。本気で勝とうとしてくる文を見て……。反則に近いような自身の力を使ってでも勝ちたいと思ってしまった
だからこそ、萃香は大人気ないと思いつつも、自分の欲が上回ってしまったのだから仕方ない…と鬼らしく心の中で言い訳を建て、声高に言う。
「惜しかったぞ射命丸――!本当に!あと一歩だった!」
文がもう勝ちを確信し、後はあの槍が当たるのを見届けるだけ…という時に、今ピンチの真っ只中であるはずの萃香が自信満々にそんな不吉な事を言った
(あ、あの状況からどうにかするなんて不可能なはず…!これ以上はもうっ……)
動揺する文を無視し、萃香は絶望的な事を言う
「だが!抜かったなッ!覚えているだろう?私の霧状化をッ!!」
「なっ!?!?」
伊吹萃香の最大の反則技
自身の身体を霧レベルにまで薄め、問答無用で物理攻撃を無効化する萃香の反則技
萃香がその気になれば、こちらからの攻撃は一切通らず、しかし萃香は好きなタイミングで攻撃ができる……という理不尽な事さえ出来てしまう。
文からすればどうしようもない技
その瞬間、文は自身の敗北を悟った。どうしようもない鬼の理不尽さに、今までの苦労がただの徒労であったと知る
白墨の槍は当たらない。二回目以降は同じ戦法は通用しないだろう、それどころが萃香の霧状化に対する対策が一つも存在しないのだ。
文は完全に詰んでいた。
薄い勝機を掴んで、その結果がこれなのか、と唇を噛む
萃香から見て、文は十分過ぎる程に頑張っていた。文の勝利と見ても良い程には鬼相手に善戦していたのだ。
(だが、それでも勝負は勝負!最後の最後で詰めが甘い!!)
いよいよ防ぎきれない程の速さにまで達した白墨の槍を見据え、身体を霧に変化させようとしたその瞬間――音速の黒い影が飛来する
その黒い影は、未だ激しい風が吹き荒れ、木々やその破片が高速で回っている…そんな危険地帯へ、なんの躊躇いもなく突っ込んでいく
速度が速度…拳大の石でも当たればそれだけで大惨事になるであろう危険地帯
しかし、恐れを知らぬその黒い影――姫海棠はたては更に加速する――!!
「は、はたて!?」
竜巻の中を強引に突っ込み、回避不可能な破片達が次々と突き刺さるのもお構い無し。
そして、そのまま萃香に向かって直進していく
「……させるかぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
音速にも迫る速さ。
そこから繰り出されるのはただの蹴り。
萃香の後頭部目掛けて放たれるその蹴りは、空間全体を振動させ、鈍い打撃音を響かせる
「……!?痛ったぁ!?!?…なッ!最初の天狗だと!?」
まだ五分も経っていない、それどころが帰って来れないとすら思っていた萃香にとって、はたての攻撃は完全な不意打ちとなった
全くもって予想外の攻撃に萃香が驚き、そして振り返る
萃香が振り返ったのは突然衝撃を食らった事による反射的な行動だった。
ただ強い衝撃を加えられ、その発生源を探して振り返る。
そんな当たり前の動作。
しかし、その一瞬の行動が戦いをを大きく分ける
「今度は周りをよく見ることねっ!お返しするわよ、この言葉」
はたては全身に傷を負いながらも意趣返しが出来たと得意気に言って笑う。
「あーーー!し、しまった!まずい!!」
向き直ると、白墨の槍がもう目の前にあった
(これだけ離れていても加速するのか!?)
ここに来て萃香は痛根のミスを犯した
はたての攻撃は致命傷にはなり得ない、せいぜいほんの一瞬だけ萃香の気を逸らすのが限界だ
しかし、一分一秒を争うこの場においてはその一瞬が命取りになる。
白墨の槍はもう目の前、今からの霧状化は―もう間に合わない。
はたての意趣返しが、萃香に対してあまりに深く突き刺さる
萃香は感心する暇も無く、覚悟を決めた
避けれるはずだったその攻撃が、白い残像を残して襲いくる
逃げ場は無い。
避ける手段は潰された。
萃香は自らの焦りを隠すように大袈裟な笑みを浮かべる
そして両手を顔の前でクロスさせ、全身に力を込めた
「こうなったら正面から受け切ってやる!!」
妖怪の中でも最上級の硬さを誇る肉体、それを更に妖力で強化する。
強化された肉体は、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つ付かない。
無敵の防御、鋼の肉体。
鬼の身体はそう比喩される程の硬度を誇る
しかし、そんな萃香の肉体を、妖力を込めた本気の防御を……白墨の槍はいとも容易く貫いた。
「…ッッ!ぐッぅう…!」
白墨の槍は、萃香が防御のために重ねた両腕を纏めて貫き、そのまま顔にも迫る
しかし萃香は顔を避けるように身体をひねり、その槍を肩で受け止めた。
「ォ、ォォオ!!…ッ!と、止まれぇぇええぇ!!」
右腕と左腕、その両方を貫通し、今度は肩へと突き刺さる
萃香の両腕と肩を縫い合わせるように突き刺さる槍は、鼓膜を揺らす不快な音を響かせる。
「ぎっぃいぃ……!重い……!!」
血は絶え間なく流れ続け、萃香は苦渋の声を漏らす。
白墨の槍は進む、萃香の背後の灰を目指して。
しかし、そうはさせないと萃香は力を込める。
肩を突き抜けようと進む槍と、それを止めようとする鬼。
先に押し負けたのは槍の方だった。
次第に加わる力は落ちていき、そして萃香の肩と両腕に突き刺さったまま、とうとう動きを止める
「と、止めた!危なかったが…耐え切ったぞ…!この喧嘩、私が勝つッ…!!」
萃香は安堵と喜びのこもった声でそう宣言する。
白墨の攻撃も二発目は避けられる。
文は既に万策尽きている。
はたてでは決定打にならない。
萃香は両腕と肩を貫かれ、今も尚その身体には槍が刺さったまま。
しかし鬼はこの程度では倒れない。
今度こそ勝ちを確信する萃香に、文は団扇を強く握り締めて近付く
そして迷うこと無く団扇を振るった
「二度も同じ手を喰らうか!」
文から放たれた強風を、萃香は自身が飛ばされないように妖力で防御し、砂埃だけが巻き上げれる
遥か上空に吹き飛ばされた一度目と違い、今度は空中に留まった
最初よりもいくらか力の落ちた文の攻撃を、萃香はやぶれかぶれの一撃だと判断した
そしてここまで粘った文達を認め、せめて一撃で堕としてやろうとして……ゆっくりと身体が後ろに引っ張られるのを感じた。
初めはゆっくりと、しかし段々と引っ張る力は強くなっていく……
「一体何が――いや、これは…まさかっ!?」
萃香がハッとして前を見ると、顔をニンマリとさせた文と目が合った
萃香は知っている、あれは勝ちを確信した天狗の顔だと……
文がその行動を思いついたのは、ほぼ偶然の閃きだった
白墨の攻撃が防がれたとわかった瞬間、身体は反射で動いていた。身体が勝手に動くように団扇を持って萃香の前へ飛び出したのだ。
あるいは、度重なる思考の末、ほぼ無意識下で最適な行動を選び取ったのかもしれない
もはや勝利は絶望的、そんな状態でありながらも、文は萃香に風をぶつけた
萃香はその風を初めより弱く、やぶれかぶれの一撃だと感じていたが、それは違う。
なぜならその風は萃香に向けたものでは無いからだ
正確には、萃香の背後の”空気”に対して放った風。
もっと正確に言えば、白墨の攻撃の目印となっていた小さな”灰”それを狙って風を放った
白墨の槍は地面や壁に当たると、消えていく。それは文がこれまで白墨の攻撃を見続けてわかったことの一つ。
そのすべてが例外なく綺麗さっぱりと消えてしまうのだ。
だと言うのにどうして萃香に刺さった槍だけは消えずにそのままなのか。
何か消える条件があるのか
それとも
白墨の攻撃は”灰”に向かって吸い寄せられるように飛んでいく…
それはこの戦いを観察し続けた文にとって絶対の法則であり、覆ることは無い。
だから文は風を飛ばした。強い風である必要は無い
なにせ、飛ばすのはたかが灰一つ。
人が息を吹きかければ、それだけで簡単に吹き飛ぶもの。
そしてその灰に、槍は吸い寄せられていく
果たして、文の団扇で飛ばした灰は、どこまで飛んでいったのだろうか?
そんな事、誰が分かるというものか。それを知れるのは、この槍だけだ
……ゆっくり、ゆっくりと萃香の身体が斜め上へと動いていく
少しづつ”加速をしながら”
「な、なぁ射命丸?お、お前…まさかこれって…」
何かに気付いた萃香が顔を青くする
しかしもう遅い
萃香の身体に突き刺さった槍が、どこかへ飛んで行った灰を目指し、空へ、空へと更に加速を繰り返して浮かび上がる……”槍に突き刺さったままの萃香と一緒に…”
「お、おい!いくらなんでもこんな…!せめてどちらかが倒れて終わるとか…!せっかくあんなに気持ちの良い喧嘩をしたって言うのに……っ!」
「…いやぁ…これは、”勝負”なので――」
焦る萃香に文は実に天狗らしく答えた
白墨、文、はたて…三人でかかっても萃香には勝てない
故に文は萃香を空の彼方へ吹き飛ばすという荒業で対処する
そうして抵抗虚しく萃香はどんどん速くなっていき……
「ちょ、ちょっと!本当に!?本当にこんなっ…く、お、覚えてろよぉおぉぉおぉぉ………!!!………!!…。」
そんな捨て台詞のような言葉と共に、伊吹萃香は空の彼方へ消えて行った
空へと消えた、灰を追って……
戦闘描写難しい……。
感想評価してもらえると嬉しいです。
それと最近コメ付き評価が多くて嬉しいです。本当にありがとうございます