灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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さて、33話のあとがきで、あと10話くらいで原作入るよ!みたいな事を言ったと思います。10話後…つまりはだいたい今ぐらいですね。
……。
あと10話くらい(ココ重要)で原作入るよ!!!!


第四十三話 時間の進み

人里のある一角、かつては多くの人で溢れかえっていた道具屋。

今ではその頃の面影は無く、あの活気づいていた雰囲気は感じられない。

 

そんな人気の無い木造建築を訪れる妖怪が居た。

人里ではある意味で最も不気味と言われている妖怪、白墨だ。

 

前来た時とはずいぶん違う、そんな店の変化も気にせず、白墨は暖簾も無い引戸を、ガタガタと音を立てて開ける。

 

店内は薄暗く、多くの商品が飾ってあった棚には、ホコリしか残っていない。

そんな寂れた店内を、白墨は慣れた様子で進む。歩いて、歩いて…そして仕切りの奥の席に座る老人を見つけた。

 

白髪に少しだけ見えるシミの付いた肌色。

身体はやせ細り、角張った骨とシワの多い皮が張り付いた身体。

その痩せ衰えた肉体を見ると、とても記憶の中の男と同一人物だとは思えないだろう。

 

そんな老人に、白墨は驚いた様子もなく、コツコツとごく自然に近付いた。

 

初め、老人は近付いてくる白墨を表情を変えずに見つめていた。

しかし、ある程度近くによると、今度は細めていた目をギョロリと大きく見開き、そして驚いたように口を開く。

 

「…お前、白墨か……?」

 

「ああ。」

 

信じられないものを見たような声

調子の良い、軽口ばかりのあの声では無い。頑固親父として有名だった、あの威厳のある野太い声でも無い。

酷く掠れた、しわがれた声。

 

「お前は…十年か…?いや二十年は…。な、なんで今になって……」

 

震える手で頭をかいたり、机を触ったり…と落ち着きのない老人に、白墨は無言で手に持っていた壊れた釣竿を見せる。

 

それを見ると、老人は動くのをピタリと止めて、やがて懐かしむように顔を綻ばせた。

 

「……は、ハハハ…。そうか、そうだったなぁ…。お前はそういう奴だった。…ハハッ…なんだ、今日はそれを買いに来たのか?」

 

「安いから。」

 

その言葉を聞き、老人はまた一層嬉しそうに笑う。

その声はやっぱり掠れており、昔とは似ても似つかない。

店内は寂れ、あの活気づいた空気は無く、薄暗い。

 

しかしそんな寂れた空間でも、白墨と老人の会話は昔と全く変わらないものだった。あの頃のように淡白な会話。

ずっと無表情で、感情の起伏を感じさせない声。

老人にとって、それがどうしようもなく懐かしかった。

とても…とても懐かしかったのだ。

 

老人は……いや、かつて里一番と言われていた道具屋の店主、春水は、厄介者とされる白墨の来店を、誰よりも深く喜んだ。二十年前の今のように。

 

「ずいぶんと…ずいぶんと……久しいなぁ」

 

「ああ、長持ちした。」

 

本当に、昔と変わらない。

白墨は釣竿が壊れたから買いに来た。ただそれだけなのだ。

他には何も無い。見た目も何も、春水と違って全く変わっていない。

 

(いや、昔に比べて、ほんの少しだけ話すようになったか…)

 

かつての白墨と照らし合わせ、春水は少しだけ考えを変えた。

 

「でも……そうか、そうか…そんなに長い間持っちまったのか…。道具の良さが仇になるとはなぁ…ハハ…。なら、もうちっと古いのを渡すべきだったか…」

 

「……?」

 

惜しむような春水の言葉に、白墨が不思議そうに首を傾げる。

 

「ああいや、何でもねぇ。…ただ、すまねぇな。悪いが、もう売ってねぇんだ……」

 

「…そうか。残念だ。」

 

ズラリと並べられた何も乗ってない棚を見て、春水は寂しそうにそう言うと、白墨は小さく肩を落とした。

分からないように見えて、白墨の感情は意外と行動に出る。その事も、春水にとっては、また懐かしかった。

 

「お前は変わらねぇなぁ……妖怪なんだ、当たり前か…」

 

「…お前は…………少し、老いたか…?」

 

「少し、か!クッ…!ハッハハ!見た目だけか!」

 

熟考した後、出てきた言葉に、春水は思わず吹き出した。

変わったところなんて、もっとあるだろうに。それとも、妖怪からすればこんな変化は小さな物なのか……

 

そう言うと、白墨は更に困ったように顎に手を当てる

 

「見た目だけだろう」

 

何を言っているのか分からないといった様子で白墨が聞いてくる。

人と妖怪の違いなのか、それとも特別白墨がズレているのか…春水は変わってしまった自分を思い出し、少しだけ悲しい気持ちになった。

 

「…違うぞ、白墨よ。人はそれなりに歳を取れば、堅物を気取ろうとするし、他人の助けも嫌になる。人はな、見た目が変われば性格も変わるんだよ」

 

諭すように、思い出すように春水は言った。

 

「…そういうものか。」

 

「ああ、そういう…そういうものなんだよ……」

 

「……。」

 

しばらく間を置き、春水が声色を変えて話す

 

「釣竿は…悪かったな、せっかく来たってのによ…。」

 

「…ああ。」

 

「ここから西の方に俺の息子達の店がある。少し手間だがよ、釣竿はそこで買ってくれ」

 

春水は、そのやせ細った指で西を指した。

 

「…息子はどうした。」

 

思い出したかのように白墨が問う。

春水の3人の息子は、全員家庭を持って生きており、なおかつ人里でそれぞれが自分の店を構えている。

だと言うのに、老いぼれて尚、この家に一人で住み続ける春水に、白墨は今更ながら疑問を覚えた。

 

そして、その白墨の言葉に春水は驚かされる。

白墨が、他人の込み入った話に興味を持つとは思っていなかったからだ。

 

「あいつらは…全員追い出したんだ。もうガキじゃねぇんだから、独り立ちくらいやってみろって言って尻を蹴っ飛ばしたよ」

 

何をもって春水がそんなことをしたのか、白墨には分からない。ただ春水の自虐的な言葉を、不思議と聞いていた。

 

「なんだ…本当に珍しいな、お前がそんなに興味を持つなんてよ…。ああ、いかん…いかんな…歳を取ると、心が弱くなる…。ははっ…人間ってのは、矛盾だらけだな…」

 

震えている…でも安心した声。

やがて、春水は意を決したように、ポツリと…弱々しい声で話し始めた。

 

「俺の親父はよ…俺を助ける為に死んだんだ。好奇心から里を出た俺を連れ戻す為に、飛び出して…そんで、そのまま俺を庇って妖怪に食われたんだ…」

 

遠い目をした春水が自身の罪を告白するように言う。

しかし、決して後悔している者の顔では無かった。どちらかと言うと、羨むような顔だ。

 

「当時は自分を責めたけどよ…今思えば、親父は上手く死んだよ。もう顔もあやふやだけど、あの光景だけは覚えてる。死の恐怖に、あの背中の頼もしさ。俺は今でも親父に感謝してるし、尊敬してるんだ…。何年経っても、何十年経っても…ずっとだ」

 

「………。」

 

「俺は…長く生きすぎた…。人はな…長く生きると色々と壊れてくるんだよ…お前ら妖怪と違って…不変の存在じゃないんだ。記憶も薄れていくし、もう身体だって思うようには動かない」

 

酷く疲れた目で、自分の身体を見る。

立ち上がるだけでも苦労するであろう骨と皮ばかりの小さな身体だ。

 

白墨には分からない。春水が何に絶望しているのか、言葉で言われても、心で理解することが出来ない。

 

「………長く生きるのが罪か?」

 

「いいや…不自由に生きるのが害なんだよ」

 

悲しい顔で春水は白墨の疑問を否定する。

 

「最近じゃあ、小便だって辛いんだぜ。みっともねぇだろ…?男が一人で便所にも行けねぇなんてよ…。こんな死にかけのジジイの世話をやらせるか?…俺が子供なら、例え血の繋がった父親だろうと、思うだろうぜ……早く死んでくれねぇかなって…」

 

春水の言葉には同情を誘うようなものは無かった。ただ自分の思う人の心の移り変わり、その残酷さを誰よりも恐れていた。

 

「情けない、みっともない話なんだがよぉ…怖いんだよ。死ぬ事じゃねぇ。死んだ後、ああ……ようやく死んでくれたって、そう思われるのが怖い…!だってよ…!悲しいじゃねぇか、寂しいじゃねぇかよ…死んで誰かに喜ばれるなんてよ…」

 

それは、きっと春水がずっと隠してきた心の弱さ。誰にも言えず、誰にも言うつもりが無かったであろう本音。

 

「なぁ、白墨よ…人間、長生きなんてするもんじゃねぇのさ。人の好意ってのは期限付きで、時間が経つほど薄れてく…消えるのとはまた違う。上書きされていくんだ…嫌な印象で埋め尽くされていく。みっともなく生き続ける老害なんて、その最たるものだろうよ」

 

吐き捨てるようなその言葉が、他でもない春水自身のことを言っているのだと白墨にも分かった。

 

「俺は…俺は……親父のように、誰かに思われて死にたかった…思い返された時、良い父親だったと…そう思われたかった…。それが無理でもよ…せめて頑固で口煩かった父親で終わりたいんだ…だからよぉ…白墨、俺を――」

 

声は落ちきっていた。歳を取って他者を拒み、孤独に死を待ったその末に、春水は白墨に救いを求めるように顔を上げる

 

「――俺を頑固で口煩い父親のまま終わらせてくれねぇかなぁ…」

 

それを黙って聞いていた白墨は、初めと変わらない無表情のまま、ゆっくりと春水に近付いた。

 

 

 

 

 

 

葬式は、春水の三人の息子達と二十人程度の里人達によって行われた。

死因は老衰、一人寂しく、椅子の上で眠るように亡くなったらしい。

ぼうぼうと燃え上がる炎からは、小さな灰がパラパラと零れ出ていた。

 

俺はその葬式を遠目から眺めていただけだから、詳しくは分からない。

しかし、燃え上がる炎の横では、春水の三人の息子達が、涙を流して別れの言葉を告げているのが見えた。

 

火葬が終わると、春水の遺骨は妻の隣に埋められ、日が完全に沈む前には全てが終わった。

外が真っ暗になると、もう人の気配は無い

 

あいつは酷く恐れていたが、なんだ…存外愛されていたでは無いか。

 

「……」

 

手の中に残る灰を見つめる。まだ少し温かい。

 

春水の言っていた、見た目が変われば性格も変わるというのは、少し違うと思う。

少なくとも俺の前では、春水は春水のままだった。

あいつの見た目が変わったから性格が変わったのでは無い、きっと…あいつの周りの見た目が変わったから、それに合わせるように自分の性格も変えていったのだ。

息子が少しづつ大人に近付くのに合わせるように、変わったのだ。

 

特別それが悪いという訳ではない思う。ただ、それが原因であいつは誰にも本音を言えなかったのだろう。

そして、だからこそ俺には話したのだ。

 

少し、不思議な感覚だ。

人里で唯一俺を好意的に思っていた人間だったから、残念だ。

 

今日は新月、街灯なんて人里には勿論存在しない。

前も後ろも真っ暗だ。そんな暗闇を歩いて、そして目的の場所へとたどり着いた。

 

特にみすぼらしくも何とも無い、普通の墓。

墓石にはあいつの名前が刻まれている。

 

俺は袂から取り出した饅頭を、その出来たばかりの墓の前に置いた。

あいつの好きな物なんて知らないが、饅頭が嫌いな人間なんていないだろう。

 

パンパンッと適当に手を合わせて立ち上がる

……こういう時って音鳴らしちゃダメなんだったか?まあいいか。

もう用は済んだし帰ろう。

 

来た道を戻ろうと振り返ると、真っ暗なはずの道に、ゆらゆらと揺れる提灯の光が目に入る。

段々と近付いてくる提灯の持ち主は、寺子屋の教師をやっている慧音だった。

 

なんでこんな時間に?

彼女も人が居ない時間が良かったのだろうか。

 

十分に近付くと、慧音の方も気付いたらしく、一瞬驚いたように俺の顔を見た。

 

珍しいが、特段話すような事は無い。

さっさと帰ってしまおう

 

「……なあ」

 

しかし、そのまますれ違おうとした俺を慧音は引き止めた。

面倒臭い、いちいち呼び止めないで欲しい。

 

一応、足を止めて慧音の顔を見る。

酷く沈んだ顔。目元には隈を作り、今にも倒れそうな顔色だ。病人だってもう少しマシな顔をしている。

 

慧音は何かを言おうとしては飲み込んで、目を左右に不安気に揺らして…そんな挙動不審な行動を3回ほど繰り返しす。

 

もう無視して帰ってしまおうかと悩んでいると、ようやく覚悟が決まったのか、深呼吸をして俺を見た。

 

「………春水を」

 

慧音はそれだけ言って、一度を固唾を呑む。…そして、今度は少しだけ力強く俺を見て、そして……

 

「春水を殺したのは…お前だろう…………?」

 

ドクン、と心臓が跳ねる

 

こいつなんて言った…?

 

 

どうして?

あそこには誰も居なかった。入念に確認した。

外傷は無い。そうやった。

なのに、なんでこいつは…

いや今はそんな事どうでもいい。

 

証拠は無いはず、何を聞かれても無視でいい。

いや、ダメだ。人里の人間に不信感を抱かれる事が問題だ。

不味い、どうしよう紫に殺される。

 

表情どころが、指先すらも動かしてはいない。だと言うのに、慧音は納得したように目を伏せた。

 

そして、俺を通り過ぎて歩いていく。

 

心臓がかつてないほどにうるさく鳴る。

理由は分からない、けどバレた。

 

音を立てずに後ろを向くと、不用心にも俺に背を向けて歩く慧音が見えた。

 

「……。」

 

そんな不用心な背中に、俺はゆっくりと手を向けようとして……

 

「…良かった」

 

ピタリと、手が止まる。

 

「……そうか、春水は…お前が殺したのだな……一人で…一人で死んだのでは、ないのだな……。看取ってくれる者が、居てくれたのだなっ……そうか…」

 

涙が混じり、喉が震えて…それでいて、とても安心したような声。

 

「私は…わたしは…!てっきり…誰にも知られずに死んだのかと…。でも、でも…そうか、あいつは…あいつは一人じゃなかったのだな…」

 

どうしたものか……。

慧音は泣いていた。後ろからでもはっきりと分かるほどに肩を震わせ、嗚咽をこらえて泣いていた。

 

「本当は、気付いていたんだ…春水が悩み、自分を追い詰めていた事も…。ただ、同時に恐れていた…あの明るかったあいつが…変わっていくのを見たくなかった。本当は会いに行くべきだったのに…邪険に扱われるとしても、一言いってやるべきだったのに…私は………」

 

春水の墓の前で、慧音は懺悔するように滲み出た後悔を吐き出していた

 

死者に対して…きっともう届かない。

でも不思議な事に、人が誰かに強い感情を抱く時は大抵相手が死んだ後だ。

死にこそ強い感情がのしかかる。…けれど死人に想いは届かない。

 

「ほんと、変な生き物だよね。意味なんて無いっての」

 

いつの間にか背後に立っていたルーミアが、心底理解出来ないといった風に言う。

新月の夜というのも相まって、ルーミアの姿は殆ど認識できず、消え入りそうなその声は、聞こえづらい。

しかし、そんな暗闇の中で、紅い瞳を光らせて俺を見る。

 

「殺しといた方がいいよ。あの半獣」

 

相変わらず聞こえづらいその声に、慧音は気付かない。

 

「……いい」

 

「なんで?バレたんでしょ?」

 

ルーミアは理解が出来ないといった様子で手を上げる。

 

「…多分、大丈夫。」

 

「後悔するかもよ」

 

「ああ…。」

 

曖昧な返事をする俺を、ルーミアは紅い瞳で睨んだ。

 

「矛盾してるよ、その考え」

 

「………。」

 

「適当だなぁ…あーあ、どうなっても知ーらない」

 

根拠は無い。実際多分大丈夫だろうと思って本当に大丈夫だった事は三割くらいだ。

だからこそルーミアも納得がいかないのだろう。口を尖らせ、そのまま闇の中へと引きこもってしまった。それでも…まあいいじゃないか。

適当な行動ってのが案外上手くいく事だってあるかもしれない。

 

俺も…戻るとしよう。

 

未だすすり泣く音が響く夜道を、今度は振り返ること無く帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を拭いて家路につくと、私の家の前で誰かが座り込んでいるのを見つけた。

 

「ああ、やっと帰ってきた」

 

もう深夜だと言うのに、平然と声をかけてくる

特徴的な腰まで伸びた真っ白な髪、誰かと思えば竹林に住む少女、妹紅だった。

 

「一体どうしたんだ、こんな夜更けに」

 

「ほら、さっき人里で煙が上がってたから火事かと思ったんだけど…この様子じゃあ勘違いだったかな」

 

「ああ、なるほど…。恐らく妹紅が見た煙というのは火葬の煙だろう」

 

煙…と聞いてピンとくる

黒い煙だったのも相まって、心配になって来たのだろう。

 

「そっか」

 

妹紅はそれだけ言って、言及しようとはしてこなかった。

妹紅自身、こういう事柄に関しては思うところがあるのかもしれない。

 

「…とりあえず家に入ろう。時間が時間だ、妹紅も今日は泊まっていってくれ」

 

「うーん…じゃあ、お言葉に甘えて…」

 

少し迷った後、妹紅は申し訳なさそうに頬をポリポリとかいた。

 

「なぁ、妹紅…一つ、聞いてもいいか…?」

 

どことなく気を遣われているような感覚。そういえばまだ顔に涙の跡が残っているかもしれない…

なんだか気まずい雰囲気なのも相まって、聞いてみることにした。

 

「んー?そうだなぁ…っま、人生のほとんどを無駄に過ごしてきた私が答えられるかは分からないけど…それでも良いなら何でも答えるよ?」

 

「無駄だなんて…」

 

そこまで言ってハッとする。さっきよりも自分の言葉が軽く出る

妹紅の言い方は時折見せる自虐的なものでは無い。

…やはり気を遣われていたか。こうしてみると、長い間生きているのだと思わされる。

 

ジト目で睨むと、妹紅は片目を閉じておどけて見せた

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

「……全く。だが、まあ…その、助かる…」

 

「良いよ、話してみてよ」

 

その言葉に少し温かみを感じる

私はゆっくりと腰を下ろしては、ゆらゆらと揺れるろうそくの火を眺めた。

 

「…妹紅は、大切な人が亡くなって…後悔した事があるか……?」

 

妹紅はゆっくりと目を閉じて、小さく頷いた。

 

「…すまない。妹紅に対して…言いづらい事だった」

 

「いいや…確かに、私はいつも残される側だからね。 後悔は…あるよ、何回も。今もその途中だ」

 

不死人故の哀愁のこもった言葉に達観しきった顔。

 

「でも、慧音のそれは正しい感情だよ。大切なものとだと思う。少なくとも、忘れようとするものでも忘れるべき事でもない」

 

「それは……」

 

まるで…自分は正しい後悔をしてこなかったかのような言い方。妹紅の過去を思い返す顔は苦いものだった。今度は気遣いではない。

 

「私の場合はさ、死に目に会うことは珍しかったから。…見た目の事もあって、一つの場所に留まらない生活を続けていたからね。一度話した人達でも百年経てば、もう誰も残っていない。死んでしまう前に会っておけば良かった…話しておけば良かった……そんな後悔は何度もしてきた」

 

目を細めて話す妹紅の顔には、言葉の通り後悔があった。

しかし、それでも今と昔をきっぱりと分ける妹紅の達観したような、割り切ってしまったような言い方に疑問を覚える

 

「妹紅はその後悔に納得出来たのか…?」

 

この心にもやもやと積もった言い表せない感情を、どうやって…?

 

妹紅は少し悩んで困ったように笑った

 

「私は…納得なんて出来てないよ。ましてや慣れてなんて。ただ、時間と共に風化していくだけ…だから、私も途中なんだ。長く生きて、折り合いをつけているように見せてるだけでさ…」

 

確かな矛盾。

今度は妹紅が気まずそうに髪を触った。

 

そうやって言えるようになるまで一体どれほど時間がかかったのか…

分かっているつもりではあったが、不老不死である妹紅の言葉は重い。

 

「何度も、か……」

 

「まあ…ほら!もう幻想郷に来てからも長いしね」

 

まるで既に終わった失敗談を語るように妹紅は笑う。

 

人との別れに見切りをつけ、そしてその事を引き摺ってすらいないかのような振る舞い。諦めたようにろうそくに灯った火を見つめる妹紅の背中には、人でありながら、他者との時間を共有する事の出来ない形容し難い孤独があった。

 

そんな空元気とも取れる態度の妹紅に、私は何かを言おうとして…口を噤んだ。

半獣で、人より長く生きる私でさえも、妹紅にとっては時間を共有する事の出来ない他者に他ならない。

 

「あっでも、もう居ないとは言っても、全員ってわけじゃないんだ」

 

そんな中、妹紅はふと思い出したかのように、声を明るくさせた

 

「そうなのか…?」

 

妹紅が幻想郷に来てから既に七十年以上は経っており、私以外の人間とはほとんど顔を合わさないようにしていたので、疑問に思って顔をあげる。

 

「そいつは妖怪で、昔私が蓬莱人になったばかりの頃、よく一緒に旅をしていたんだ。変なやつでさ、人の意見は聞かないし、突然蹴ってくるし、かと思えば蹴った理由も話そうとはしてくれないし…。今思い出しても理不尽な奴だったけど、それでもどうしてか…私と一緒に飯を食べてくれたんだよ…。その理由も結局話してくれなかっだけどさ」

 

昔を語る時、いつもどこか辛そうにしていた妹紅だったが、今日は珍しく、楽しかった過去を振り返るように声を弾ませていた。

 

「ふふっ…そんなに嬉しそうに話すということは、よほど仲が良かったのか?」

 

「いやぁ…どうだろ。常に何考えてるのかよく分からない奴だったからなぁ。案外、ただ一緒にご飯を食べる奴を、探していただけなのかもしれない」

 

「なんだそれは」

 

困惑して聞くと、また嬉しそうに妹紅は笑う。

 

「まあ普通はそう思うよな。変なやつだったんだよ、色々と。今じゃあ顔も声もほとんど覚えちゃいないけど…でも楽しかったな…」

 

そう言って懐かしむ妹紅の横顔は、ほんのりと寂しげだった。

 

「もう会っていないのか…?」

 

「ああ…最後に会ったのが、もう1000年以上前だからね…。あっでも、覚えてないってのはまた別の話でさ、というのも全然話そうとしなかったんだよ。ずっと無言で、話しかけても殆ど無視で…。とにかく話すのを面倒くさがる無口で迷惑な奴だった。そんなんだから声なんて殆ど聞けなかったんだよ」

 

「…?変わった妖怪だったんだな」

 

そういえば、ちょうどさっきまで話して白墨も、口数の少ない奴だったなと思い出す。

妖怪だとそういうのも珍しくないのかもしれない

 

「加えてピクリとも表情を動かさない奴で、笑った顔なんて一度も見たことが無いんだ。無口で無表情で…でも行動だけは一際目立つ、そんな奴だった」

 

「……うん?」

 

とても既視感がある妖怪

自分の頭の中に無口で無愛想な灰色の妖怪が浮かんでくる

もしかして…妹紅の言う妖怪は……

 

「……っ」

 

「…どうしたの?」

 

その妖怪の事を知っていると伝えようとして、すんでのところで押しとどめる。

不思議に思ったのか、妹紅がひょこっと私の顔を覗き込んできた。

 

「あ…ああっいや、なんでもない」

 

思わず否定する。1000年以上も昔に会った妖怪が、そんな都合良く現れるだろうか。共通する特徴は無口で無表情と言うだけだ。

その妖怪が幻想郷に居ると言って、もしそれがただの人違いだったとしたら…

…さっきの妹紅の顔を見た手前、ぬか喜びはさせたくない。

 

いや、そもそも冷静に考えて無口で無表情な妖怪なんて他にもいるだろう。

人里でも、白墨の事はよく話題になっていた。

1年、2年ではない。白墨が人里に来てから数十年は経っている。

幻想郷縁起には載っていないが、人里で最も有名な妖怪の一人だ。

普段は竹林から出てくることの無い妹紅と言えど、知らないという事はないはず…。

 

やはり妹紅の言う妖怪とは別人…か。

 

「慧音…?」

 

「…会えるといいな、その妖怪」

 

「…え?あ、ああ…うん」

 

「さあ、もう寝よう。布団を出そうか」

 

未だ不思議そうに私を見てくる妹紅をよそに、私はろうそくの火を消した。

 

 

 

 

 

 

布団で寝るという久々の体験。

横からは規則的に息を吸う音が聞こえてくる。

いつも座って寝ているからか、横になって寝るというのはどうにも身体に合わない。

 

ろうそくの火すらない部屋は全くの暗闇で、目を凝らしても何かが見えることはなかった。

…そうだった、今夜は新月だ。

 

隣で寝ている慧音も、この規則的な呼吸音がなければ気付かないかもしれない。

 

「…後悔、か」

 

ふと、さっきまでの会話を思い出す。

顔に涙の跡を残した慧音が、珍しく思いつめた顔で聞いてきた話だ。

 

私は後悔があると言った。

 

死んでしまう前に会っておけば良かった…話しておけば良かった……そんな後悔は何度もしてきた…と、確かにそう言った。

 

その言葉に嘘は無い。

確実に歳を取り、老いていく者と、何年経っても変わらない私の姿。

私はその違いが怖かった。恐れていた。

何かと理由をつけて、会わないように、これ以上傷つかなくてもいいように…そう思って……そして時間だけが過ぎた。

 

しかし、時間が過ぎて、安心するのは一瞬だけだった。

やがてじわじわと後悔が生まれてくる。私の人生はいつもその繰り返しだ。

 

だから、慧音に言った言葉に嘘は無い。

…嘘は無い。だけどもう一つ、もう一つだけ…隠していた後悔があった。

 

初めに話したものでは無い。もっと…根本的な後悔。

ずっと思っていたこと。

 

――初めから会うことさえなければ。

 

話さなければ、会わなければ、興味なんて…持たなければ。

一人でいると、気が楽だった。

誰かと関わりを持つ度、その後の事を考えて息ができなかった。

…何十年も誰とも話さない生活を続けていると、気が狂いそうになった。

誰かと話すことに意味はなかった。関わりを持てば持つほど、時間が経てば経つほど、次に会うのが怖くなった。この異形の身体を知られるのが恐ろしくなった。…そして逃げるようにそこを離れて、後には何も残らない。

 

ならば、初めから誰とも会わなければ。

孤独でいる恐怖を無視して、唯一人で生き続けるだけの絶望を肯定出来れば。

 

……それでも…そう思っても…思い出す。思い出してしまう。

人の温かさを、誰かと一緒にいるだけで得られる安心感を。

だって、だってあの日、確かに救われたと感じてしまったから。

…消えてくれない。もう顔も、声すらも思い出せないというのに。

あの日の幸福感と、あの魚の味が……ずっと、ずっと離れてくれない。

 

いつからだ?人と会う度、残りの時間を考えるようになったのは。

慧音の命も有限だ。人より長いとは言え、それでも半獣。

あとどれくらい?100年か?200年は…無理そうか?

ドキリと心臓がはねて、嫌な汗が身体を伝う。

 

…またこの感覚だ。

誰とも会わないと決意したというのに、50年も経てばこの有様だ。

私は…後悔している、”今”もその途中だ。

 

なあ、白墨。お前は今、どこに居るんだ?

お前はあの日、またいつかって…確かにそう言った。

でも…最近じゃあ、それも都合の良い夢だったんじゃないかと思うんだ。だって言った証拠なんてどこにもない。そこに居たのは千年以上も昔の私と、お前だけだ。

千年だ…千年も経った。

…声も、思い出せないんだよ…本当に。

 

一人で旅をするようになってからも、お前の噂は度々聞いていた。

相手をバカにするように少しの甘味を盗んでいく…そんな変な妖怪として当時は有名だった。

そこから少し時間が経って、段々と話を聞くことも少なくなって…

 

そして、知ろうとしなくても入ってきた、灰色の妖怪の話は、知ろうとしなければ聞かなくなった。

 

それでもまだ、聞くことはあった。

 

そんな些細なことに私は密かに安心した。

遠いから噂が途切れたのかもしれない。前とは違って、少し自制するようになって、噂が減ったのかもしれない。実際はどうか分からない。ただ、そう考えていた。

 

そんなある日、突然灰色の妖怪の噂は聞かなくなった。

初めは特に気にしなかった。来年頃になれば、また変な噂を聞くだろう…と。

毎日のように特定の噂を聞くなんて事は無い。人から人へ、数ヶ月と時間をかけて噂は回る。一年前の話が、さも昨日のことのように語られるのだって珍しくない。

 

だから私は呑気に待った。

一年経って、新しい話は聞かなくなった。

三年経って、もう神社に盗みを働くようなことはしなくなったのかと、私は笑った

五年経って、退治屋連中も話題に挙げなくなった。

七年経って、妖怪達すら忘れていって。

十年経って、灰色の妖怪を目の敵にしていた神様でさえも忘れていた。

 

五十年経って、私は悟った。白墨はもう居ない。

 

どこで?誰に?どうやって死んだ?

退治したという話は聞く事がなかった。

いや、もしかしたら、昔のような素っ頓狂な生き方はやめて、ひっそり人目に付かない所で呑気に生きてるかもしれない。

 

……本当に?

 

あいつのあんな性格で?

毎度毎度、ご飯の為なんて言うくだらない理由で、命をかける様な奴だ。

そんな奴が、今更考え方を改めるのか?

 

…決して強者と言われる部類の妖怪では無かった。

だと言うのに、神やら大妖怪の縄張りなんかに散歩感覚で入っていっては、何かしらの甘味やらを奪って逃げてくる。

ありえない事だ。中級妖怪程度の妖力で…普通はとっくに死んでいる。

現に私は何度も死ぬ羽目になった。

でも…それでも……。

 

あいつは…いつ死んでもおかしくない様な生き方ばかりを好んでしていたのだ。

 

いつ居なくなったのかも、最後にどこに居たのかも…正確な情報は何も知らない。

 

だが、あれから千年経った。千年が、経ったのだ。

 

恐らくは…もう………………………

 

ああ…本当に……本当に…

 

「――寒いなぁ…」




前話よりも少し前のお話。
もこたんを書きたいがためのお話で、どうしてここまで長くなった…。

ちょっと長くなりましたが、ここまで読んでくれてありがとうございました!
感想評価貰えたら嬉しいです
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