流石に遅れすぎたので次話は来週投稿します。た、多分…
テーブルを埋め尽くさんとするほどの多くのご飯。
桃髪の少女はそれらをえっさほいさと口に入れ、そしてその度に喜色満面の笑みを浮かべる。
みるみるうちに空になっていくお皿…それを隣で見ていた紫は呆れた様子で苦笑いした。
紫が驚いたりしないのは、これがこの少女の食事時においては特別おかしなことではないと知っているからである。
「紫は食べなくていいの?妖夢の手料理は絶品よ?」
やや引き気味に見ていた紫に気付き、桃髪の少女は楽しそうに聞いた。
「その速さで空になっていくお皿を見たら食欲もなくなるわ…見てるこっちのお腹が苦しい」
「あら、羨ましい」
その能天気な物言いに、紫はまた一つ、ため息をついた。
ふと外の庭へと目をやる、庭に植えられた桜の木は、ただ一つを除いて見事な桜の花を咲かせており、季節外れな桜の花びらが、ゆらゆらと静かに通り過ぎた。
冷たく、ひんやりとした空気に心地の良い静けさ。半端に開いたふすまから吹き抜ける風が肌を滑る。
暗い空とそれを感じさせないほどの明るい光。夜の太陽が爛々と辺りを照らしていた。
深く、沈んでしまいそうな…そんなごく普通の夜の魅力。
それがこの少し異質なはずの空間を自然と馴染ませていた。
「…何度見ても変わらず綺麗ね」
「そうねぇ…でも、確かに変わっているのよ。だって今の庭師は妖夢だもの」
その返しに紫は諦めたように薄い笑みを浮かべた。
「変化だってそう悪いものじゃないわ。どう変わったって、案外楽しいもの」
「今のあなたみたいに?」
桃髪頭に付いた三角巾を見て紫は言う。
「う~ん、楽しむためにはもう少し必要ねぇ…具体的に言えばデザートとか」
桃髪頭の少女は冗談めかしにそう言うと、くるりと向き直り、閉じているふすまへと体を向ける。
それと同時に、銀色の髪に黒いリボンを纏った少女がふすまを開けた。
「な、何ですか幽々子様?」
部屋に入るなり期待のこもった目で見つめられ、銀髪の少女、妖夢は委縮したように尋ねる。
しかし、そんな従者の表情を無視して、幽々子の視線は妖夢の手元へと滑っていく。
そして、お茶の一つが乗っただけのお盆を見て、小さくため息をつくのだった。
その仕草に、妖夢は怪訝そうに首を傾げた。
「…?ってうわっ!?八雲紫!?い、いつのまに!」
主のため息の理由も知らず、妖夢は遅れて八雲紫の存在に気が付く。
「あーあー、なんだか喉が渇いたわ~。お茶の一つでも欲しいわねぇ~」
未だに状況が分からず、右往左往している妖夢を紫はクスクスと笑い、そして芝居がかったように声を変えた。
「ッハ!?お茶!?いやっそれよりなんで…」
なぜか部屋にいる八雲紫に平然としている自分の主…混乱しきった妖夢に幽々子は落胆したように首を振った。
「もう、妖夢ったら気が利かない…それじゃあまだまだ半人前よ。ごめんなさいね、紫さん。恥ずかしいところを見せちゃって」
「っえ!?」
「いえいえそんな、可愛らしい庭師さんですこと。おしゃべりでもして気長に待ちましょう?」
「ええ!?」
「ほら妖夢、紫さんもこう言ってくれてるのだからお願いね。あっあと私のお饅頭もわすれずに」
「え!?っあ!?わ、わかりました!饅頭と、ゆ、紫さんのお茶も今すぐに!」
そう言うと、妖夢は慌てた様子で姿勢を正しては、台所へと駆け出した。…お茶の乗ったお盆を持った状態で。
ドタドタと音を鳴らして走る妖夢の背に目を向け、そしてその姿が完全に見えなくなってから、二人は吹き出すように笑い始めた。
「うふふ…ふふっ…聞いた?妖夢ったら…ふふっ紫さん…紫さんですって…んふふふ」
耐えきれないといった様子で幽々子が言う。
「いいじゃない、ふふふ…いじりがいがって、可愛らしくて…いやぁ初々しいわねぇ」
「私としてはもう少し柔軟になってくれたら安心なんだけどねぇ…」
「いやいや、あれくらい可愛い方が丁度いいのよ。藍なんて、昔はゆかり様、ゆかり様って来てくれたのに、今じゃ、布団干したいので早く起きて下さい。ってめんどくさそうに言ってくるのよ」
「そうかしらねぇ…でも、初々しいと言えばあなたのところにも新しい子が来たんでしょう?」
変わらず、間延びしたような声で尋ねると、紫は苦いものでも噛んだかのように表情を歪ませた。
「あれは最悪よ。図々しいと失礼の具現化みたいなものだもの。一つの問題を解決するたびに二つの問題を持ってくる。それを悪いと思っていなさそうなのもたちが悪い」
その紫の物言いに、おかしなものでも見たかのように口元を緩ませる。
「ふふっそれは大変ね、でもそれって良い事?それとも悪い事かしら?」
「…幻想郷にとって良い事で、私としては悪い事よ」
思いがけない問いに、紫は少し間をおいてからそう答えた。紫自身、白墨の普段の行動を考えてみて、ぴったりな答えだと思った。
しかし、そんな紫の答えをわかっていたかのように幽々子はうなずく。
「なら良い事ね。幻想郷にとっての良い事は、紫にとっての良い事でしょう?」
それは八雲紫にとっての絶対であり、だからこそなんだかんだと愚痴を吐いても白墨を手元に置いているのだということを幽々子は知っていた。
それをなんとも複雑そうな顔で聞いている紫に、幽々子は満足気に顔を緩ませて言葉を続ける。
「紫の選択は大抵紫を苦しめるけど、それが悪い事だったことはそうそうないわ」
「納得しないわ…!それじゃあ私が頑張れば頑張るほど苦労が増えていくじゃない…!」
紫の中で、それはいつかの勇儀が話した自分の将来と重なって聞こえた。
「まあまあ、気楽に生きましょう?先の苦労より楽しい今。そろそろお饅頭も来る頃だろうし」
「じょ、冗談じゃないわ…!私は先の苦労を今清算するのよ!」
勇儀に幽々子、勘のいい二人に同じような未来を宣告された紫は顔をぶるりと青くさせ、そしてその勢いのままスキマを作ってはその中へと消えていった。
突然出て行ってしまった紫に驚いたりしないのは、それがこの友人との交流においては特別おかしなことではないと知っているからである。
しかし、それでも別れの挨拶くらいしていけばいいのにと幽々子はため息をつく。
幽々子からしてみれば、紫は何に対しても急ぎ過ぎだった。
少し広くなった部屋に、また一層冷たい冷気がふすまを縫ってくる。
外に目をやれば、あの桜の木があった。
紫がここを訪れると、必ず見ていたあの桜の木。何か後ろめたい事でもあるかのようにちらりと見ては、とても寂しそうな顔をして目を背け、そして何事もなかったようにそれを戻す。
幽々子には、あの花を付けない桜の木が何なのかわからなかった。紫のあの顔の意味も、何も分からない。
しかし、そんな友人の表情が、ずっと頭から離れなかった。不意に見せるあの寂しそうな顔を…しかしそれを隠そうとしている紫に聞こうとは思えなかったのだ。
「た、ただいま持ってきました…ってあれ…?」
緊張した声と共にふすまが開かれる。
妖夢はさっきまでそこにいたはずの紫を探すように二度三度、首を回し、そして普段とは違った面持ちで外を眺めている幽々子に気付いた。
「ゆ、幽々子様…?」
「…寂しい桜ね」
消え入りそうな声に妖夢は身を固くする。
「一際大きいのに、ただの一つの花も付けないなんて。どんなに大きな幹を持とうとも、この子の美しさは誰も知らない。この子自身にだって、きっとわからない。でも世界にとってはそんな今が正常なのね」
「…?」
幽々子はそっと目を閉じて、そして瞼の奥で花を咲かせぬその桜に友人を重ねて視るのだった。
とんでもなく遅れてしまいすいません。