灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第四十七話 頭痛が痛い紫様

巫女の代替わりから一年が経った。

幸い未だ幻想郷内で特筆するような問題は起こっていない。白墨の存在が抑止力となっているおかげで今は安定している。

しかし巫女の方はというと、そう上手くいかなかった。

 

当初見た通り、今代の巫女は基礎能力と成長速度が歴代に比べても著しく低い。

凡人と言っても良いただの幼子が博麗の巫女の神器でもある陰陽玉を扱えるのは奇跡と言ってもよかった。いや、贅沢は言うまい。博麗の巫女になりうる存在がいただけでも幸運だったのだ。

 

長年巫女が不在だった幻想郷にとって、今この子を失えばそれこそこの楽園の基盤が崩れる。これまで以上にこの巫女は大事に扱わなければならないのだ。

そのためにも一刻も早く一人前の巫女としての力を身につけさせる必要がある…のだが、そう考えるとやはりこの凡庸性には歯がゆさを感じずにはいられない。

 

前の代の子に、博麗の技のノウハウでも教えてもらえば良かったかもしれない。

まあ会えたとしても恨み言を言われるだけだろうが…

 

博麗大結果が張られるまでは結界の整備に追われ、その後は巫女の成長を急ぎ…。時間に余裕を作るために式神を手に入れたというのに、なぜ私はこうも時間に追われる日々を過ごしているのか甚だ疑問に思う。

 

「…はぁ、私も気分転換に美味しいものでも食べてゆっくりしたいわ…」

 

そんなボヤキをこっそり吐いて、ふすまの方へと意識を向ける。

ふすま越しに小さな影がひょっこり表れ、そしておずおずといった様子でふすまが開かれた。

 

「あ、あの…言われていた御札、作り終わりました」

 

幼い巫女はそう言い、やや怯えた表情で御札を渡してくる。

 

「見させてもらうわ」

 

協力的とはいえ仮にも私は大妖怪。人の…それも幼い身からしたらそれはそれは恐ろしく映るだろう。

実際私も深く温かみを持って接することはしない。

 

人間が妖怪を恐れることこそ正常であり、その心が妖怪側に傾くなどあってはならない。

しかし彼女は博麗の巫女だ。妖怪を畏れ、しかし妖怪に恐れるな…というのはまだ難しいようだ。

 

「あら、良くできているわね、字も達筆だわ。元来、文字や言葉には人の想いや力が宿る。今作っているお札もそう。何枚も作るからと手を抜くと、いざという時に痛い目を見るものよ。今後もこのまま丁寧に作りなさい」

 

実際渡された御札の出来は見事なもので、妖力の込め方さえ直せば実践でも十分使えるものだった。

この年齢にしては十分すぎるほどの達筆。今のところ最も才能のあることかもしれない。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「御札作りは得意?」

 

「どうでしょう…ただ筆を使ってものを書くというのは…楽しいです」

 

「そう悲観することはないわよ。好きこそ物の上手なれ、それは伸ばすべき長所よ。その調子で頑張りなさい」

 

そう言うと、幼い巫女はやや照れ臭そうに小さく頷いた。

他のことも御札作りと同じくらい上達してくれたら安心なのだが…まあそう上手くいくものでもないだろう。焦らず急いで進めなければ。

 

そう考えていると、どこからともかく ぐぅ~と気の抜けるような音が鳴った。

 

「きょ、今日はありがとうございました!夕食の準備をしてきます!」

 

思わず目を丸くして見ると、幼い巫女は顔を赤く染め、すぐさま逃げるように台所へと消えていった。

そんな後ろ姿を見て小さく笑う。空はもう夕暮れ時である。

私もお暇するとしよう。そろそろ藍が夕食の支度を始める頃合いだ。

 

静かにスキマを開き、体を入れようとした途端、あっ!?という幼い叫び声が木霊した。

スキマを使い、こっそり台所の様子を窺ってみる。

 

そこには空っぽの戸棚を見て、ため息を吐く幼い巫女の姿があった。どうやら晩御飯用の食材を切らしていたらしい。

人里の店なんかはもう閉まっている頃だろう。

 

こういうドジなところはなんともこの子らしいが、米すらないというのは問題だ。これで明日の修行に影響が出ても困る。

 

仕方あるまい。やれやれと首を振り、私はおもむろにスキマに手を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座布団の上にちょこんと座り、やや下手くそに箸を動かす。

幼い巫女はちゃぶ台に載る色とりどりのおかずに夢中だった。

そんな様子を横目でちらちらと見ていた私は安心したようにほっと息をついては味噌汁に手を付ける。

 

(塩味…よし!久々に作ったけど変わらず美味しい…流石私!結界の成立後はずっと藍に作ってもらってたから不安だったけど良かったわ…)

 

にしても…と再び横を見る。

(この子の食事姿を見るのは初めてだけど…これはテーブルマナーも教える必要がありそうね。博麗の巫女が箸も使えないようじゃ笑われるわ)

 

(でも…)

 

「こ、こんないろんなのは初めてです…!」

 

「そう」

 

せわしなく箸を動かし、口元を汚す、そんな姿を見るとその気もそげてくる。

もう夕食には遅い時間、準備するのが遅かったので仕方ないが、外はもう真っ暗だ。

だというのに珍しい人影がまっすぐ博麗神社に向かって来ている。

 

時間で言えば、ちょうど”仕事”を終わらせてきたところだろうが。

だがそれにしても彼が博麗神社に来ることなど滅多にない。最後に来た時なんて私が呼んだ時くらいだろうか?

そんな考え事をしているうちにその人影が入ってくる。

 

「全く珍しい事もあるのね…こんな夜更けにいったい何の用かしら?」

 

幼い巫女は私が声をかけた方を向き、驚いたように箸を落とす。

そんなことは気にせず、彼…白墨はいつも通りの顔で、しかし珍しく口を開いた。

 

「報告。変わったから。」

 

相変わらず色々と欠けた言葉のチョイスに頭を悩ませる。

報告?変わった?

報告は恐らく今現在白墨に対処を任せている妖怪たちのことについての報告…という意味だろう。

変わった…というのはなんだ?対処を任せている妖怪達の何かが変わったということか。それとももっと別の意味?

 

そもそも報告は大抵藍にしているでしょうに今日に限ってなぜわざわざ私に…?

緊急性の高い異変が起きているなら藍が先に気付くだろうし…

 

ため息を吐いては頭を振る。改めて白墨の顔を見てみるも、やはりいつもと一ミリたりとも変わらぬ無表情。

 

だめだわさっぱりわからない。長いこと一緒にいるがこういう時何を考えているのか分った試しがない。

けどこれでもまだ喋っただけいつもよりはマシな方だ。大抵は無言で首を軽く振る程度。それに比べれば幾分もマシ。マシなはずだ…。

 

「…ふう。それで?変わったっていったい何のこと?」

 

無意味な思考を止めて、素直に聞く。意外なことに白墨はまた喋った。

 

「日に日に相手をする数が増えている」

 

数が増えてきた…まあそんなに不思議なことではない。藍なんかと違って白墨は程よく毎度瀕死になっているので、次なら殺せる…とでも思われているんじゃないだろうか。大した問題でもないしいったい何が…いやまた言葉足らずな白墨のことだから真意が分かりにくいだけかもしれない。

 

「ふぅん…数が増えている…それで?」

 

「…?」

 

今度の問いかけに対して、白墨は首をコテンと傾けた。

なんだかむずむずとした会話のかみ合わなさを感じる。いやかみ合ったことなどないが。

 

しばらく双方無言の時間が続き、そして思い出したように白墨が口を開いた。

 

「…紫、箸が一膳、足りないが…」

 

「…うん?んん?」

 

ちゃぶ台の上を見渡して、おかしな奴がおかしなことを言いだした。

 

「箸の数…合っているわよ」

 

「合っているのか…?」

 

「ええ、合っているわ」

食い気味で答えた。

 

棒立ちの白墨が、人差し指でゆっくりと自分を指す。

 

「もとから二人分の食事しか作ってないわよ?」

 

「なんだと…!?」

 

「ヒッ!」

 

ほんの少し目を開き、心底驚いたといった様子で白墨が言う。

巫女は白墨が怖いのか怯えた様子で縮こまった。

 

「ないのか…。」

 

「いや、無いでしょ」

 

白墨はのっそりとした動作でちゃぶ台の上を見渡し、そして諦めたように二度、三度と首を振った。

 

「ひっあっ…た、食べないでください…」

 

「ちょ、ちょっと」

 

何を勘違いしたのか、幼い巫女は四つん這いになりながら私の後ろへと身を隠す。

白墨はパッと見ても分かるほどしょんぼりと肩を落としている。

私はそんな光景に頭が痛くなってきた。

 

「ああ…情けない。巫女が妖怪を恐れて妖怪に縋りつくなんて…。ああもう貴方もそんなところに隠れてないで出てきなさい。幼いとはいえ博麗の巫女よ」

 

巫女の両脇に手を入れてすくっと持ち上げる。

まだまだ手足の短い幼い巫女は、ばたばた、ぷらぷらと抵抗するが、地に足もつかない体では無抵抗のようなものだった。

 

「うっ…。や、やめてください。こわいです、怖いです紫様。た、食べられてしまいます…!」

 

「食べない、食べないわよ。はぁ…ねぇ食べないでしょう?」

 

過剰に怖がる様子に少々呆れつつ白墨に問いかける。

 

「……人は、食わん。」

 

こっちはこっちでまたずいぶんとテンションが低い。

 

「ほら、食べないって」

 

「い、いま人はって言いました。ひ、人以外は食べるに違いありません。怖いです、怖いです紫様」

 

「あーもう落ち着きなさい、落ち着きなさいって。あなたも今さっき人以外のものを食べたばっかでしょうに。ああ本当に、頭が痛い」

 

「こ、怖いものは怖いです。怖いのです」

 

顔を真っ青にした幼い巫女は声を震わせてそんなことを言う。

 

いくらなんでも怖がり過ぎだ…とため息をつく。

確かに白墨の顔は無機質で冷たいが、外見だけで言えばほとんど人間、そうグロテスクな見た目ではない。

 

「はぁ…あなたこの子に何かしたの?」

 

「……。」

 

質問には答えない。もう関係ないと言わんばかりに明後日の方を眺めて無視だ。

いつも通り…少し違うと言えばその肩がいつもより少しだけ下がっているということだけ。

 

…落ち込んでいるのか?いや、まさか…と思うが感情表現に乏しい白墨にしては珍しい。

もしかしてこの子に嫌われたから…?いやいや、それこそまさか…。いやでも村の子供達から泥を投げつけられても特に怒るそぶりも見せていなかったし、実は子供好きなの…?

 

「いやいや流石に…!流石に…あら?」

 

ふと周りを見て、広くなった空間に気付く。

 

「白墨は…?あ、あの子帰ったの!?ええ!?結局何しに来たのよ!?報告はどうしたのよ!?き、嫌われたのがそんなにショックだったの…?何なのよ一体…これじゃあ夕食確認しに来ただけじゃない…!」

 

目を離すとすぐ消えているところは変わらないが、いくらなんでも突然すぎる。

 

そうやってさっきまで白墨がいた空間を眺め、そして手元の違和感に気付く。

 

「うっ…うぅぅ…」

 

さっきまで青い顔をしていた幼い巫女は目じりに涙を溜め、唇をわずかに震わせていた。

 

「えっ!?な、泣くほどのなの!?ちょっ漏らしたりはしてないわよね!?」

 

持ち上げた状態の巫女を下ろすわけにもいかずに、シトシトと流れる涙が手にかかる。

私はもはやどうすることもできず、ただ顔を引きつらせて天を仰ぐのだった。

巫女の成長までの道のりは長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい…今晩の夕食の食材がない…たしかにお昼に買ったはずなのに…」

 

主と自分の二人分の食材がまるっきり全て無くなっている。

八雲藍は空っぽの戸棚を見て目を細める。

 

「紫様は…いやあの人が自分で料理するわけないか…。となると…」

 

頭の中に一人の男を思い浮かべ、そして舌打ちをする。

 

「白墨め…小遣いを要求するだけに留まらずとうとう盗みまでやり始めたか…ふっふふふ…少し甘く見てやったらこれか」

 

藍は空っぽの戸棚を前に、こぶしを強く握りしめた。怒りを胸に…いつかぶん殴ってやろうと決意を込めて。




巫女ちゃんにとって紫が恐ろしい人なら、白墨はトラウマ。

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