3年たっても48話?というコメントに目を背けつつ今後も完結目指して頑張ります
自分には力というものがなかった。
空を飛ぶのもままならず、少ない霊力をまともに扱うこともできない。
結界の構築すらまともにできず、相手に攻撃するのも自分が攻撃されることも慣れていない。
自分には巫女としての才能が…いや戦いの才能が大きく欠落していた。
どこまでいっても平凡で、けれど今いる立場は特別だった。
頼れる大人はいない。父と母はいたかどうかもわからない。
いつも自分を見てくれる紫様は怖く、その式神だという灰色の男はもっともっと恐ろしかった。
紫様は私の失敗を咎めることをしなかった。上手にできれば褒めてくれ、失敗すれば改善点を挙げて見てくれる。
ただそれでもなんとなくわかる。言葉で言われなくても、顔に出ていなくても、雰囲気で察してしまう。
上手にできた、と振り返った時、紫様はいつもと変わらない笑みでよくできてるわ、なんて褒めてくれて…でもそれがただのお世辞である事なんか分かりきっていて…誇らしげな感情なんてちっとも沸いてこなくて…焦りだけが胸中に広がる。
どこが悪かったのか、何がいけなかったのかはわからない。わかることはただ一つ、また私は紫様の期待に応えられなかったということだけ。
上手くできたと思ったことですら紫様の期待するものではないのだ…と。
疎外感は増えていく一方で、努力はどれだけしても平凡の域を出ない。
生まれる時代が違ければ…そうすればきっと自分なんかよりも才能のある者がなって…いや、せめて自分に才能さえあれば…
現状を呪い、立場を恨み…でもそれだけだ。自分を見つけ、ここまで連れてきた紫様を恨むことはできなかった。どこまでいっても私は弱いのだ。
この理不尽に対する怒りなど、所詮は恐怖で霞んでしまう。ただ、怖い。あの微笑みの裏で私のことをどう思っているのか…考えたくもなかった。
自分は特別な存在でなければいけなくて、でも私はどこまでいっても平凡で。
毎日泣きそうだった。
きっと私はあの人にため息をつかれただけでも壊れてしまう。それは命が危ないからだとか…そういう恐怖ではなく、私が常日頃感じている孤独感による恐怖のせいだ。
一人で住むにはあまりに広い神社の一室、そこで布団に包まる私はひどく惨めだっただろう。
そんな私も三年が経つ頃には現状や立場にグチグチいうのも飽きて来て、その矛先を新たに陰陽玉へと変えた。そうだ、元を辿せば陰陽玉だ、と。
未だに私は平凡で、紫様も怖くて、でもそれを仕方ないとも思うようになってきたころだ。
あんな玉っころが私を使用者なんかに決めたのだ。それが悪い。それさえなければここまで自分のことを嫌いになることすらなかったのに。
一度そう考えると、ふつふつとした怒りが沸いてきて私は布団を剝いで走り出した。
陰陽玉は初めて紫様と会ったときに一度だけ見てそれっきりだったが、なんとなくどこに置いてあるのか知っていた。
一度も入ったことのなかった先代の巫女様の部屋。そのふすまに手をかけて…。
そこで私は一度を手を止め、深く息を吸ってからふすまをそ-っと動かした。
何十年も人がいなかった部屋にしては小綺麗で纏まっており、その奥には質素な台座の上に置かれた陰陽玉が月明かりに照らされていた。
そこで私の胸の中にあったふつふつとした感情は萎えていき、緊迫した空気が辺りに広がった。
怒られるかもしれない。冷静になった頭でそう考えた。
それでも足を一歩前に踏み出したのは、いつもよりも意固地になっていたからだ。
ゆっくりゆっくりと…同じ神社の一室なのにどこか神秘的なようにも感じる。
陰陽玉の前で止まり、そして恐る恐ると手を伸ばした。
触れようとした瞬間、わずかに陰陽玉が震え、手が止まる。その震えはさっきまで忌々しく感じていた博麗の巫女としての確かなつながり…。
唾を飲み、私は意を決して…触れた。
予想に反してわずかに暖かく、心地良い。
そして直後に湧き上がる全能感。
その瞬間、なぜ自分が博麗の巫女に選ばれたのかをようやく理解した。ちゃんと望まれて博麗の巫女になったのだと、理解したのだ。
その夜から、私は紫様が怖くなくなった。
◆
「よ、妖怪退治ですか?」
「ええ、あなたもここに来てずいぶんと経つし、そろそろ博麗の巫女として本格的に動いてもらうわ」
そう告げると、彼女は緊張したように姿勢を正した。
巫女としていつかはやらなければいけないとは思っていたのだろう。しかし、それでも自信がないのか、声は小さかった。
「あなたもいい加減博麗の巫女として経験しておく必要があるわ」
「で、ですが、紫様との修行でも私はボロボロでした…」
「そりゃあボロボロになるようにやってるもの。相手が鬼じゃあるまいし、今のあなたなら木っ端妖怪程度、十分倒せるわよ。安心しなさい」
自信のなさは元からで、そして彼女の決して少なくないここでの経験がそれを裏付けてしまっている。
そして、だからこその実践投入だ。まずは経験を…そうして少しずつ慣らしていく。
「でもまあ、不安なのも分かるわ、あなたも初めてだしね。だから…助っ人を呼んだわよ」
「…助っ人?」
「ええ、もう何十年もこの仕事を続けている子よ。あなたも何度か顔を合わせたことがあるはず…ほら、来て頂戴――」
◆
月の光が良く映える夜、俺と巫女はその時を待っていた。
「ひっあ、よっよろしくお願いします…」
「……。」
目を左右に揺らし、怯えたような声が絞り出される。
それを聞いて思わずため息を付きたくなった。
足手纏いだ、どう見ても。
紫に頼まれて…というより半強制的にやっているが、もう嫌な予感しかしない。
最初に紫からこの話を持ってこられた時に厄介ごとだと思ったが、どうやら想像以上らしい。
もちろん全力で嫌がったし、俺が適任ではない理由なんかも必死に伝えたが意味はない。
『…足手纏い。仕事が増える。』
『酷い言い草ねぇ…将来のあなたの仕事を減らすためでもあるのよ?』
『…紫の方が適任。』
『私がやるんじゃ緊張感が出ないでしょう?安全が確約された戦いじゃ意味ないわ』
『……。』
もう口論でどうにかしようとするのは諦めた。
俺が嫌がってもどうにかなる話じゃないらしい。めんどくさいがやるしかないんだろう。
まあ、嫌がっているのは俺だけじゃない。
最初に紫に呼ばれて顔を出した時の絶望したような巫女の顔は、最近じゃあそうそう見れないものだろう。
俺の顔を見ただけであんな顔をするなんて100年近く前の人里の人間達くらいだ。
本当にどうしたものか…。
もう何度目かになるため息をつき、巫女から目を離して森の方を向く。もとより俺から教えられることなんかないし、話すだけ無駄だ。
紫の方も俺が何か教えたりというのには期待していないようだった。ただ経験を積ませるというのが目的らしい。
互いに無言の時間がしばらく続いたのち、始まった。
ざわめく森にいくつもの足音、経験のない巫女もそれが分かったらしく、顔を強張らせて森を見る。
森の奥から姿を現すのは何十もの妖怪達。すべてが雑兵、数だけ合わせた弱小妖怪の寄せ集め。
俺からしたら見慣れた光景で、向こうも俺がいることを予想していたかのように進んでくる。
それはもはや俺と向こうの妖怪たちにとって当たり前のこと。違いがあるとすれば俺の横にいる紅白姿の巫女だけだ。
「相も変わらずそちら側に立つか、腰抜けめ。今日こそ再生もできないほどに壊してやるぞ」
「………」
ある程度進んだところで足を止め、そんなことを言ってくる。
もちろん俺は何も答えず、妖怪達もそれを気にした様子もない。もう何度も繰り返してきたこと。
どちらも慣れた様子で、しかし巫女だけは少し気圧されたように後ずさりした。
弱いとはいえさすがにこんなに多くの数だとは思わなかったのだろう。
そんな緊張しなくても雑魚の寄せ集めなんだけどな。
ほら今だって槍やらなんやらの武器なんか持ち出して、いかにも弱小妖怪だ。
「あ、あのど、どうすれば……」
救いを求めるような顔で聞いてくる。
……仕方ない、本位じゃないとはいえ俺が先輩でこの巫女は新人だ。
俺はまっすぐと妖怪たちの大群を指さす。
「……あれ、全部倒す」
言葉と同時に大群目掛けて走り出す、待ってました言わんばかりに妖怪側も駆け出してくる。俺を殺したくて仕方ないって感じだ。
「えっ…えっ?」
慌てて巫女が後を追いかける。
先制攻撃はこちらから。俺は走りながらそれぞれ両手に結界弾、妖力弾を生み出し適当に投げ飛ばす。
あの数だ、わざわざ狙わなくても誰かに当たるだろう。
最前線にいた妖怪たちのうち何体かが沈み、後ろの妖怪たちはそれを踏み越え前へ出る。
妖力弾を投げては誰かが倒れ、それを気にせず向かってくる。後ろでは巫女が俺と同じように霊力のこもった光の玉を打ち込んでいた。
距離が縮まるまでは何度か同じことを繰り返し、いくらか数の減った妖怪たちは武器を掲げて突撃してくる。
「囲んで殺せ!」
これでさっきと同じように安全に攻撃はできない。誰かに攻撃をすれば他の妖怪から反撃をもらう。
もう目前にまで迫った妖怪達を相手に攻撃が当たるか当たらないかのギリギリを維持して動き回る。
しかしそれでも何度か槍が掠り、赤い血を飛ばした。
弱小とは馬鹿にしたものの、武器を持ち、リーチを得た妖怪たちの相手は少し厄介だ。
「あ、あのっ!これ後ろに引きながら攻撃した方が良かったんじゃ…!」
後ろで巫女が焦ったように声を上げる。
ちらりと見て見ると、顔を右へ左へとせわしなく動かし、ふわふわと動きながらなんとか攻撃を避ける巫女の姿があった。
言っていることは理解できるが、その戦法だと妖怪たちが逃げた時に面倒だし何より時間もかかる。どうせこいつら以外にもいっぱいいるんだ、今日出てきた奴らは逃がさない。全員殺す。
俺は巫女を無視して森の中を駆け回る。
まあ巫女の戦い方には危うさがあるが見ている感じ案外平気そうだし、大丈夫だろう。
走り回って、走り回って…そして、全員の妖怪の近くを通り過ぎたのを確認してからくるりと踵を返して巫女の近くまで退こうとする。
巫女も俺の存在に気付いたのか、余裕のない表情の巫女と目が合う。
そして余裕のなかった巫女の顔が、俺を見つけて気が抜けたように脱力する。
その瞬間、俺は足に妖力を込めて全速力で巫女に近付き……そしてそのまま巫女を蹴り飛ばした。
突然の出来事に巫女は驚く間もなく吹き飛ばされる。
それと同時に俺の身体がガクンと重くなった。
「…!?は、白墨さんっ!?お、おなっお腹が…!」
起き上がった巫女が顔を真っ青にして口をパクパクとさせる。
下を見て見れば、自分の腹から生える一本の槍が目に映った。
最悪だ、本当に。だから嫌だったのに。
遅れて口から咳き込むようにして真っ赤な血の塊が出る。
それを見て、さらに慌てた巫女は自分の周りにいた妖怪を遠ざけて膝をつく俺に駆け寄ってくる。
「すっすいません…わた、私のせいで…!血が…ど、どうすれば…!」
「抜いて。」
泣きそうな顔になっている巫女の言葉を遮って言う。
「………え?」
俺の言葉に巫女が固まった。
内臓系の損傷は治ったけど、肝心の槍が突き刺さったままだ。
妖力で身体強化して槍を引っ張るが、みぞおちを貫通されている状況では力が入らず上手く抜けない。
「早く。」
戸惑う巫女に苛立ちながらも、急かすように言う。
覚悟を決めたように巫女は震える手で血で汚れた槍を掴もうとして……。
「………遅い。」
俺は再び巫女を突き飛ばす。
当然…というべきか、巫女を突き飛ばすと同時に俺は横から来た妖力弾に被弾し、ゴロゴロと飛ばされては木に衝突した。直前、巫女の叫ぶような声が聞こえた気もしたが知らん。
ちくしょう二回目だぞ。いってぇ…。
敵に囲まれている状況でよくそんなにちんたらしていられるものだ。
特に今は片方が深手を負っているんだ。相手からすれば絶好の機会。時間をかければ攻撃されるなんて当たり前だ。
遠目には焦りながらも巫女がなんとか妖怪たちを相手取っていた。
…まあ突き飛ばされた後に固まらず、動けてるだけいいか。
俺は巫女の戦いを見ながら両手で槍を握る。
そのまま能力を使ってパラパラと槍を崩していく。時間はかかるが、自力で抜けない以上こうするしかない。
その間巫女は一人で戦うことになるが…まあ頑張ってもらうか。
当たりそうで当たらない…フラフラと飛んではなんとか避けて…。
その戦い方からはやはり才能というものは感じられない。歴代の巫女達から感じた力強さはない。
だが…なるほどやはり博麗の巫女か。
当初紫の話を聞いたときには、俺はもっと巫女が成長してからするべきだと紫に言った。すべてが平凡なあの巫女に初陣からこんな妖怪の大群と戦わせるなんて無謀が過ぎる…と。単純に力不足だと感じたからだ。
それに対して紫は大丈夫だと言い切った。陰陽玉を用いて戦う巫女を見て、その意味が今になってようやくわかった。
歴代の博麗の巫女には向き不向きこそあれど、それぞれ特筆した得意分野がある。
近接戦闘においては無類の強さを誇り、大妖怪すら退けた巫女。
その逆に、圧倒的な弾幕で中距離の戦闘に秀でていた巫女。
人の脆さを補うように治癒に重きを置いた巫女。
誰よりも巧みに結界を操り、博麗大結界の成立にも大きく関わった巫女。
それぞれ個々の強さに差はあるが、他の巫女にない特筆した力を持っていた。
そしてその巫女達の道具として必ず用いられてきたのが陰陽玉。使用者によって大きさも能力も変化する博麗の巫女の神器。
それを扱えるものはその時代にただ一人、博麗の巫女を除いて他にいない。陰陽玉を使えることこそが博麗の巫女である最大の証明だ。
歴代の巫女の陰陽玉は使用者の特筆した力をさらに押し上げるように補助として力を変えてきた。
なら今代の巫女は?
飛行も下手で近接戦闘などてんで駄目、霊力弾だって狙いも甘ければ力も不安定、結界を張るのも手際が悪い。神降なんて一切できない。
考えれば考えるほどなぜ巫女に選ばれたのか不思議でならないようなありさまだ。
だが、それでも――才能はあった。少し得意なんて言うちんけなものではない。それは歴代のどの巫女も持っていなかった特筆した力。
俺は目を細めてその光景を見る。必死に飛び回り、周りに浮かべた“4つの陰陽玉”を操って戦う巫女の姿を。
まだ危うい巫女の足りない部分を補うように陰陽玉は妖怪達を粉砕していく。
飛行も下手で近接戦闘などてんで駄目、霊力弾だって狙いも甘ければ力も不安定、結界を張るのも手際が悪い。神降なんて一切できない。
だが、それでも…今代の巫女は歴代のどの巫女よりも陰陽玉を使うのが上手かった。
そう、この巫女にはだれよりも上手く陰陽玉が使える才能があったのだ。
気付けば東の空から差し込む朝日が巫女を照らしていた。
辺りに動いている妖怪はもういない。結局、あの妖怪の大群を彼女は一人で倒してしまった。
身体やその巫女服のいたるところに返り血をべったりと付け、そしてそのことを気にかける余裕もないといった様子で激しく肩で息をして…。
俺はそれを見てゆっくりと立ち上がり、巫女に近付く。
突き刺さっていた槍はとっくに消えていた。だがあえて、そうあえて巫女の成長の為に静観していたのだ。
「はぁっ…!はぁっ…!……ッ!?白墨さん!?いっゲホッゴホ!生きて…きっ傷は!?
お腹の傷は……あれっ」
よほど驚いたのか、せき込みながらも不思議そうに傷一つない俺の身体を見る。
「……あの程度、日常茶飯事だ。」
「に、にちじょっ…え?…え?」
地面に落ちてる妖怪達と俺を見比べては目を白黒させる。
「……昔の巫女にはもっと酷い事をされている。」
「え゛!?」
衝撃を受けたように固まる巫女を無視して歩き始める。
「帰るぞ。」
「あっは、はい!」
しばらく固まっていた巫女はビクリと反応してついてくる。
久々に痛い目にあった…巫女は思いのほか使えたが、今回のようなことはもうごめんだ。紫にはしっかり文句を言って団子でも買ってもらう。
そんなことを考えてとぼとぼ歩く。
後ろでは巫女が何か言いたげにしていたが、結局最後まで何か言ってくることはなかった。
博麗神社に付くと、それはそれは満足そうな顔をした紫が手をひらひらとさせて出迎えていた。
うん。団子と饅頭も付けてもらおう。
そんなこんなで紫に巫女を引き渡して俺の長い一日は終わったのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
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