灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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少し短いです


第五十一話 少女ではなくなった。

ぱっぱと手を払い、手の甲を使って顔を拭う。

 

「これではまた”紫”に怒られるな……」

 

そんなことを想像しては小さくため息をついた。

 

もう一人前なのだから、妖怪相手に敬称で呼ぶのはやめなさい、と言われたのはもう3年前だったか。

”白墨”や”紫”と呼び捨てて、対等なもの同士として接するのは少々慣れるのに時間が掛かった。

 

そんな私だが、一人前になったものの、まだ強いとは言い難い。強いて言うならマシになったというべきか……。

 

縫い直したばかりの巫女服は所々が破れかかっており、糸がちょろちょろと跳ね出て格好が悪かった。

私の身体には目立った傷こそないが、小さな生傷がいたるところ出来ていた。

 

「やはり先代の方々のようにはいかないか……」

 

記録に残っている博麗の巫女は誰も彼もが無駄のない動きで華麗に妖怪を打ち払ってきた。

それに比べて、直感で動くのが苦手な私はいつも反応が遅れてギリギリで攻撃をかわすという無様を晒している。

仕事終わりに、人里へ妖怪退治の報告をしに行った時なんて、血だらけの私を見た門番に悲鳴をあげられてしまう始末だ。

博麗の巫女となってもう10年以上も経っているというのに情けない。

 

しかし、できない事は仕方がない。私は地面に突き刺さった針を拾って帰路につく。

 

神社に続く長い階段を飛んで登り、そのまま神社の裏手にある井戸から水を汲み血を落とす。

まだ不格好だがこれでいくらかマシになっただろう。

 

「……ただいま」

 

 

返ってくる声はない。

返事を期待している訳ではないが、一人でもないのに無言で戸を開けるというのは憚られた。

 

靴を脱いでそのまま部屋へ入ると、そこにはやはりいつもと変わらない白墨が居た。

部屋に入ってきた私には目もくれず、銅像のように座っている。

少し銅像と違う点があるとすれば、注視してようやくわかるほど細かな動作で本を捲っていることくらいだろうか。

目が全く動いていないので本当に読んでいるかが不思議なところだ。

 

私が実力不足ながらも一人前の巫女として認められた後も、白墨は博麗の巫女の補佐として妖怪退治に動いてくれている。

前までは私では対処しきれない数の妖怪が攻めてきた時などに、紫を介して白墨に手伝ってもらっていたが、いちいち紫に白墨を探してきてもらうのも手間だということで、今では博麗神社を仮宿として過ごしてもらっている。

 

仮宿……と言っても白墨は睡眠を必要としないらしく、新しい布団を用意することもなかった。

寝ないので夜中だろうが日中だろうが変わらず起きている……夜に無言で神社を徘徊する白墨は少し怖い。

それと、やはりと言っては何だが、前より顔を合わせることが増えたものの言葉を交わすことは相変わらず少ない。

 

今も私など見えていないかのように本だけに意識を向けている。

 

「なぁ、白墨。私はまだ弱いか?」

 

少し、試すような気持ちでそんな分かりきったことを聞く。

 

「弱い。ここ数代の巫女も弱かったが、お前は群を抜いて弱い。」

 

強く、断言されるような言葉。

……否定されることはないだろうと思っていたが、ここまで辛辣に言われるとも思わず、私は肩を落とした。

それにしても意外だ。久々にこんなに喋ってるところを見た。ハッキリとした言い方だったが、視線だけはやっぱり本を向いたままだ。

 

「ふふふ、手厳し……ッむぐ!?」

 

私は苦笑交じりに手を振り、自分の部屋へ行こうとし……突然後ろから頬を掴まれる。

そのまま、柔らかくて細い指が乱雑に私の頬を弄る。

 

「ひたい、ひたいからやめてくれ、紫」

 

「……はあ。貴女はいつになったら私の言うことを聞くのかしら?」

 

紫は呆れたようにそう言って、手を離した。

解放されたほっぺがヒリヒリする。

 

「また服がボロボロじゃない。貴女は弱いのだからもっと丁寧に戦いなさいよ」

 

「いやいや、弱いのだからこそ大胆に動いた方が効率が……むぐぐ」

 

話してる途中で再び頬をぐにぐにと掴まれる。

 

「バカおっしゃい、効率求めて服をぼろぼろにしてたら世話ないでしょうに。良い?弱いのだから強い戦い方をしなさいと言ってるのよ?」

 

「ああ、わはっている、わはっているはら手を離してくへ」

 

「はぁ……。白墨、あなたも何か言ってやりなさいな」

 

紫は咎めるような目で私を見ると、白墨へと言葉を投げた。

しかし……

 

「……。」

 

「……ふん!」

 

「ひ、ひたい!?」

 

白墨は全くもって興味なしといった風に無視をした。

長い付き合い故、なんとなくそんな気はしていた。というか白墨は基本こんな感じだ。返答などある方が珍しい。

 

だから八つ当たりのように頬を揉みしだくのはやめて欲しい……。

 

 

 

 

 

 

そうしてしばらく私の頬をいじめていた紫は、やがて諦めたように手を放して去っていった。

紫のやつも酷い事をする……自分の式だろうに……。

 

ジンジンと痛む頬をさする。

 

「強い戦い方……か。」

 

ボロボロの巫女服を見る。

確かにもっと時間をかけて丁寧に戦えば、無傷で倒すことだってできるだろう。

だが、それでは遅い。あまりに遅いのだ。

 

今でさえ私は時間をかけ過ぎなのだ。それゆえ別の場所で暴れている妖怪に手が回らず、白墨に頼っている。

 

自分の弱さは痛いほどよくわかっているし、今更そのことでウジウジするつもりもない。ないものねだりも、もうやめた。

だが、それに甘えて博麗の巫女の仕事を疎かにするのは、他ならぬ私が許せない。

 

「ははっ器用には生きられないな」

 

だがそんな自分が、なかなかどうして嫌いになれない。

 

私は使い古した裁縫道具を取り出して、穴の空いた巫女服を修復していく。

これも初めてではない、むしろ戦う度にボロボロになるので、裁縫作業の方が得意になってしまった。それに、この時間は嫌いじゃない、昔を思い出せるから。

 

あの日の思い出を脳裏に浮かべ、手を動かす。

 

いとまきまき いとまきまき

ひいてひいて トントントン

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これはどうも。これは……ええ、前回貸してもらっていた本です。はい、良かったです。私も白墨さんに本を読ませ続けた甲斐がありました」

 

初めこそ民話や昔話といった、私の趣味から外れる本を寄こしてきた彼だが、最近では私の好む本を解ってきたようで、心躍るミステリー小説を持ってくるようになった。

新しい本が滅多に手に入らない地底において、それは私の密かな楽しみの一つとなっている。

 

彼が本を持ってくる代わりとして、私も自身の持っている本を貸しているのだが、これが毎回律儀にすべて読んでくるのだ。

 

まあ理由は単なる暇つぶしみたいだが。

心を覗くに、数年前と違って今はずいぶんと暇してるらしい。

地上も少しはマシになっているだろうか?

 

「それで、最近はどうなんですか?巫女の件はどうにかなりましたか?」

 

私は気になって言葉を投げかけた。

すぐに彼の心はその話題について切り替わっていく。

いくつか心を読み、色んな心情が浮かび上がった。

 

何度も話しかけてきてめんどくさいとか、よくもまあ飽きもせず御札を作っているだとか……だが、そんな心情を押しのけて、一際強く白墨さんの思ったことが伝わってくる。

 

曰く、”博麗の巫女とは名ばかりで弱い”というもの。

 

その声から枝分かれするように、これまで白墨さんの見てきた博麗の巫女の情報が流れてくる。

 

それらを一つ一つ吟味しながら珈琲を一口飲んだ。

やはり白墨さんは、どこか博麗の巫女を絶大なものとして見ているところがある。見ると確かに今代の巫女は歴代でもとりわけ劣っているみたいだが、まあギリ許容範囲といったところだろう。

 

せいぜい前の代の巫女よりも劣っている程度だ。

だが、どうにも彼は、自分を地底に叩き落した時の博麗の巫女が普通だと考えている節がある。

それこそまさかだ。というかふざけるな。かの巫女は実際に見たことはないが、噂だけでもその異常さがよくわかる。

 

あんな化け物を博麗の巫女の基準として見れば、そりゃあ後世の巫女は全員才無しだろう。いや、現に彼は幻想郷で会った歴代の巫女達を才能がなかったのだろうと考えている。

彼からしてみればここ数百年の巫女は不作といったところか。

 

そもそも彼の考える博麗の巫女が、勇儀さんを単騎で倒せるレベルというのがおかしい。

 

正直、白墨さんの博麗の巫女に求めるレベルが高すぎてドン引きだが、それをわざわざ本人に伝える必要もないので、そうですか、大変ですね。と当たり障りのない適当な返事を返した。

 

「まあ、ほどほどに頑張ってくださいよ。巫女が死ねば地底だってどんな影響が起こるかわかりませんから」

 

それに対して返ってくるのは”まあ巫女が死んでも紫がどうにかするだろう”というなんとも適当でどうでもよさそう感情だ。

 

……はあ、頭痛がしてくる。

 

これだ、これなのだ。

彼の考えにはどこまでいっても ”どうでもいい” ”なんとかなるだろう” という適当な感情が根底にある。

 

彼は博麗の巫女が幻想郷にとってどれだけ重要な存在かわかっているのだろうか?わかっていないだろうな。

 

ある意味で、その考え方は地底の妖怪に近い。

基本、地底の妖怪は地上の妖怪に比べ、情に厚い。忌み嫌われ、蔑まれてきた妖怪たちの最後の拠り所、それが地底だ。

 

住む場所がなければ空き家を貸し与え、食べるものがなければ、なんだかんだと文句を言えど、餓死しない程度には誰かが面倒を見てくれる……”誰に対しても”だ。

たとえ相手が、最低最悪の悪辣な妖怪だろうが、仲間殺しをしてきたものだろうが関係ない。

もちろん鬼など例外はあるが、ほとんどの妖怪は相手が過去に何をしたのかなんて気にしない。なにせここにいる時点で、”全員が何か”をしてきたのだから。

 

ああ、素晴らしい。地上と比べ、なんと情に厚い事か。

 

地底の妖怪は誰に対しても平等に情に厚い。

だがそれは、決して心の温かさから来るものではない。

ただ、どうでもいいのだ。

相手がどうなろうが興味がない。誰かを殺そうが、誰かに殺されようが。心底興味がない。

どうでもいいから誰に対しても優しくなれる。

そんな無責任で自己中心的な優しさが本質だ。

 

助けを求めれば、手伝ってくれるし、話しかければ気の良い返事を返してくれる。だが、目の前で死んだらそれまでだ。三日もすれば話題にも上がらない。

歪な善意の安売りに、ただの暇つぶし。

 

そんな彼らにも大切な者は居るし、友が死ねば悲しむような一般的な感性がある。だというのにどうでもいい他者に対して優しく接するのだから気味が悪い。心配など、欠片ほどもしてないだろうに。

 

それが地底の妖怪だ。

 

さすがに彼もここまで酷くはないが、他者を前にどうでもいいと考えながらも接し続けるところは少し似ている。全く違う点を挙げるならば、死というものに特別な感情があるということくらいだろうか。それは彼の生まれが起因しているのか、はたまた人と関わる上で身についたものかはわからない。

 

……とはいえ、かくいう私も、自分のペットと妹さえ無事なら、地底や地上がどうなろうが心底どうでもいい。

だからこそ彼には真面目に頑張ってもらいたいのだが……当の本人の頭の中では、すでに巫女のことなど消え失せ、夕食のことでいっぱいになっている。……ほんとうに、大丈夫かしら……?

 

今日はどこで飯を食べようか……なんて考える白墨さんを前に、私はわずかばかりの不安を抱くのだった。




現時点で巫女ちゃん19歳くらい。

本作で登場した巫女ちゃん達の力関係。
最初の巫女>>>>>>>>>>>>>>>>>歴代の巫女ちゃん's>>陰陽玉あり巫女ちゃん>>灰くん>陰陽玉なし巫女ちゃん

なんだかんだ言って皆強い。灰くんを地底に叩き落した巫女ちゃんだけ別格。
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