第五十三話 赤ちゃん霊夢
いつものように人里で昼食を済ませて神社に帰ると、普段と違う顔つきの巫女が待っていた。
腕には赤子を抱き、こちらへ近づいてくる。
俺が何事かと考えるより先に、巫女が口を開く。
「この子を……次代の巫女として育てる」
のちに霊夢と名付けられるこの赤子は、どうやら紫が外の世界から拾ってきた捨て子らしい。
なんでこんな赤子が……とも一瞬思ったが……なるほど、一目見てわかる。膨大な霊力、溢れんばかりの才能をその身に宿した小さな赤子。
こいつは強くなる。
じっくりと赤子を見たのち、俺は巫女に”そうか”とだけ告げた。
これほどの人間なら博麗も安泰だ。俺の仕事も何倍も楽になるだろう。
だが、何か思うことがあってもそれだけだ。
俺がこの赤子に何かすることもないし、何もできない。何故ならそれは博麗の巫女の仕事だからだ。
俺は、早く大きく成長して俺の仕事を減らしてくれるといいなーとか考え、いつも通りの日常を過ごそうとした。
だが、俺は失念していた。
博麗の巫女が後継者を育てる場所は勿論この神社。
そして俺はその神社の居候。
ここまで言えば……もうわかるだろう。
俺はこの日ほど神社に居候していることを恨んだことはない。
そう、なぜなら……
「おっおい霊夢!どうしたんだ急に泣き出したりして!?あ、あれ?紫がくれたミルク全然飲まないじゃないか!?おむつか!?」
これである……。
これじゃうるさくて敵わない。本どころが新聞だって読めるものか。
ぎゃあぎゃあと甲高い声で泣き叫ぶ霊夢に、どうしようどうしよう、と情けなく動き回る巫女。
何日もこんな光景を見せられれば嫌になる。
「どどどどうしよう白墨!?霊夢が泣き止まない!」
「……知らん。」
俺が知るわけないだろうに。
初めての妖怪退治の時と同じくらい……いやそれ以上に情けない顔で助けを求めてくる巫女にため息をつく。面倒くさい。
「し、知らんと言わずに……ってお、おい!?」
俺はやかましい巫女から逃げるように、久方ぶりの灰逃げを発動させる。
身体はチリチリと灰へと変わり、宙へと消える。
絶望したようにこちらを見る巫女を無視して、そのまま俺は転移するのだった。
ゆらりゆらり
白みがかった視界が少しずつ晴れる。
むくりと灰の山から体を起こす。人里のいたるところへと瞬時に移動できるのは結構便利だ。
さてさて、あいつは頼まれてくれるかね。どちらでも良いが、出来れば神社を静かにしてもらいたい。
少し歩いてたどり着いたのは少し大きな一軒家。
外出してないのは知っている。俺は迷いなく玄関の戸をノックした。
「はいはい、一体どちらさ……ま……」
数秒経って戸を開けた、青い髪が特徴的な女……上白沢慧音は俺の顔を見るなり顔を引きつった顔で固まった。
そんなの気にせず、俺はちゃっちゃと要件を言う。
「神社が大変。だから、頼んだ。」
「はっ!?えっちょっと!ど、どういう……!」
これで良し。
伝えることは伝えたし、三日間くらいさとりの家で匿ってもらおう。
三日もすれば神社も静かになるだろうし。
再び身体はチリチリと灰へと変化する。
慌てた慧音がこちらへ向かってくるが、それより先に俺の身体は灰となって消えるのだった。
◆
「な、なんだったんだ……」
最近は見かけることが減っていた白墨に、突然の来訪……終いには何があったのか聞くより先に消えてしまった。
あまりの唐突な出来事に、私は空へと散ってく灰を呆然と眺めていた。
神社……頼む……。
白墨の思惑はわからない……だが、零すようにつぶやいた言葉はどれも穏やかとは言い難い。
「しかたない……確かめに行くか……」
何が起こっているかはわからない。ただ白墨が言った場所は博麗神社だ。
白墨が居ながら、博麗の巫女が居ながら……それでも私を頼ってきたのだ、並大抵のことではないはずだ。
私は急いで準備をし、気を引き締めて外へ出る……のだったが、私が息を切らしてたどり着き、そうして目にしたものは、私が想像していたような深刻なものは一切ない……赤子の泣き声に母の焦る様な声。それは呆れるほどに平和な光景だった。
「薄情者の白墨め……私だって子育てなんてしたことないのに……!」
あれは今代の巫女だろうか。返り血で染まった彼女しか知らないので、どうにも想像している巫女と一致しない。
私はさっきまで深刻に考えていたのが途端にアホらしくなり、諦めて巫女に近付くのだった。
今になってようやく白墨の伝えたいことがわかった。
「そう不安そうな顔をするな。親がそうだと不安が子供にも移る。小さいようにみえて周りの雰囲気に敏感なんだ」
「え?お、お前は確か人里の……」
「慧音だ」
それどころではなかったのだろう、目の下に隈を作った巫女は声をかけられてようやく私に気付いた。
「失礼するぞ」
「あ、ああ…」
未だ状況が掴めていない巫女から赤子を受け取り、ゆっくりあやしていく。
やがて泣き叫ぶような声はだんだんと小さくなっていく。
「この子、名前は?」
「霊夢……幽霊の霊にゆめと書いて霊夢だ」
「そうか、良い子だな。ほら、すぐ泣き止んだ」
そう言って、霊夢を巫女の腕の中へと返す。
「あ、ああ…ありがとう。助かった……それよりなんでここに」
霊夢が泣き止み自分も落ち着いたのか、巫女は不思議そうに首を傾げた。
「なんでも何も、あなたが私を呼ぶよう白墨に言ったんじゃないのか?」
私がそう聞くと、巫女はキョトンと目を丸くする。
「白墨が……?慧音に?」
「なんだ、あなたが頼んだわけじゃないのか」
目を白黒させる巫女を見るに、どうやらほんとに巫女は何も知らないみたいだ。
「ああ、白墨は霊夢が泣くなりすぐに逃げてしまったから、てっきり……でもそうか、来てくれて助かったよ」
「まあ呼んでくれるのは構わないが、次からはもう少し要件を詳しく話してくれ。何事かと思ったぞ」
「あ、あはは……すまない。だが、白墨も悪気があるわけじゃあ……いや………まあちょっと口下手な奴なんだ」
後半少し自信なさげに声が小さくなっていったのが気になるが……まあこの巫女も苦労しているのだろう。
「それで、もしかしてその子が次の博麗の……」
「ああ、そのつもりだ」
時期的にもしやと思っていたが、まさかこうも幼いとは思わなく、私は口を紡ぐ。
だがそれは目の前の巫女もきっと同じことだったのだろう。
今代の巫女も、物心がつく頃に博麗の巫女となったと聞く、先代という手本もおらず、その道程がどれほど厳しいものだったのかは考えるまでもない。
「……あなたの苦労も少しはわかっているつもりだ。子供のことで何か困ったことがあったら私を頼ってほしい」
意を決してそう言うと、巫女は意外そうに目を丸くさせ、そしてすぐに目を下げた。
「ああ、言い忘れていたが場所は人里の……」
「寺子屋……だろう?あまり会わないとはいえ、少しは知っている。……霊夢のことは正直ありがたい。情けない話だが、私一人では満足に育ててやれる自信がない……親として失格だと思うが、今後も手を貸してほしい」
「なんだ、知っていたのか。なら説明は必要ないな。その子のことは頼られればできる限りのことをしよう。なに、初めから完璧にできることなどない、これから覚えていけば良い」
「すまない……ありがとう」
巫女は申し訳なさそうに、だがそれ以上に安心したようにそう言うと、霊夢の頬を優しく撫でた。
血はつながっていないと聞いていたが、巫女にとってはそんなこと関係ないのだろう。
もうすっかり母の顔だ。
「この子は、きっと私なんかすぐに越してしまうだろうなぁ……」
それはもう嬉しそうにでへでへと顔を緩ませる巫女に私は思わず笑ってしまう。
「赤子の時点で親馬鹿か……これは先が心配だな」
「ふふっ親馬鹿か……そうかもな。でも、やっぱりこの子は強くなるよ。だからなおさら私も頑張らなければな!」
「あまり張り切りすぎないようにな」
「そうも言ってられないさ。人の強さは受け継ぎ、継承することだ。こればっかりは長きを生きる妖怪にはない、弱い人間の特権だからな。いずれ越されると分かっていても、博麗の巫女の先輩として、できるだけ多くのことを残してやりたい」
そういわれると、もはや私から言えることはない。
そのあと、私は赤ちゃんを育てる上での注意すべき点なんかをいくつか残し、神社を出た。
◆
神社からの帰り道、私はふと思い出したように友人の家へと押し掛けた。
夕飯までは時間があるし、家に帰ってもやることがない。なら丁度いい、きっとあいつのことだから今日一日何も食べいないだろし、何か作ってやるのもいいかもしれない。
「……とか考えてきたんでしょ」
「実際何も食べず、こうして寝転がってるじゃないか。来て正解だった」
「だーかーらー私は別に何も食べなくても平気だって」
余計なお世話だと言うように、だらしない友人がだらしなく間延びした声で抗議してくる。
「平気なわけないだろう……ああもう、またこんなに散らかして……」
「あんたは私のお母さんか」
「あいにく自分より年上の子を産んだ覚えはない」
ちょうど似たような話をしてきたばかりだったので何とも言えない気持ちになる。
しかし妹紅が不摂生なのはいつものことなので、これも仕方ない。私にできるのは無理矢理押し掛け、無理矢理飯を作ってやるくらいだ。
「それで、どうして急に?こんな微妙な時間に来るなんて珍しい」
「さっきまで博麗神社に居て、その帰りのついで……というにはいささか遠いが、最近会っていなかったしちょうど良いだろうと思ってな」
私がそう言うと、妹紅がいぶかしげに眉を顰める。
「博麗神社に?それこそ珍しいな、まさか参拝しに行ったわけじゃないだろう?」
「神社に行ってそう言われるのはどうかと思うが……まあ良いか。別に特別なことをしていたわけではないよ。まだ赤子だが、次代の巫女となる子が出来たんだ。私は子供の世話をちょっと手伝いに行っただけだ」
「次代の巫女……早いな、もうそんなにか」
「今の巫女が生まれてから20年は経っているからな」
「……時の流れも感じられなくなって、これじゃあほんとに妖怪だな」
なんでもないように妹紅が言う。
もう何度か自分の中で問答したことなのかもしれない。
昔のような自虐した言い方ではなかったことが、かえって私を不安にさせた。
「一年中景色の変わらない竹林にいるからだ。たまには人里にも顔を出せ」
「あー……」
ぼーっと天井を眺めながら妹紅は相槌を打つ。
「これはいよいよ駄目かもしれないな」
「んぇ?」
まるで人間として扱かってほしくないかのような妹紅の態度を……私は無性に否定してやりたくなった。
「……なぁ妹紅、私が思うに、人間らしさというのは死を悼む心にあると思うんだ。死んでほしくなかった、死ぬ前に何か話しておけばよかった……そういう後悔でもいい。死を思う心があるならそれで十分。それが人間性というものだろう?」
「それは……現し世に触れられない故人に心を乱されるなんて皮肉な話だよ」
「だから尊いじゃないか。無駄が人を作るのさ」
「……」
妹紅はあくまで逃げるように目を逸らす。
だがその態度が答えを言っているようなものだった。
私たちは妖怪ではないから、無駄だと思いたい過去に引きずられるようにして心を作っている。
無駄なんだ、と……妖怪がバッサリと捨てられるようなものにも、みっともなくしがみついてしまう。
人は誰かに肯定されなきゃ生きてはいけない。みじめな自分の言葉には説得性はないから、他者に認めてもらって自分を作ろうとしている。
だから私は妹紅のそんな考えをすべて否定してやる。そうやって私に妖怪だと思われたがってる時点で、そんな矛盾を孕んだ考え方をしている時点で……人なのだと、他でもない妹紅が証明してしまっているのだから。
「よし、予定は変更だ。妹紅にツケを払ってもらってなかったことを思い出した」
「えっはあ?つ、ツケ?」
妹紅は突然のことに素っ頓狂な声を上げ、目を丸くさせた。
「ああ、いつも部屋の掃除やご飯を作ってやってるだろう?その分のお金を貰っていないからな」
「ええ!?はっいやだって、頼んでないし……!そもそもお金取るの!?」
「ああ取るぞ。もちろん取る。タダじゃないしな。というわけで、まず私の手伝いでもしてもらおうか。ほら、行くぞ」
そう強引に話を進めて、妹紅の首根っ子を掴む。
「えええ!?い、いまからぁ!?ちょ、ちょっと!ま、待って……!」
「待たない待たない。どうせやることもないだろうし丁度良いだろう」
否が応でも私の決意が揺るがないと知ると、妹紅は途方に暮れたように引きずられた。
そうそうまずはゆっくり社会経験から。
極端に人と会わないと心が曇ってしまう。
一人で生きていける妖怪をまねしたって、人間ならばそこは誤魔化せない。
ああそうだ、所詮は私の我儘だ。意味があるかどうかなんてこの際どうでもいい。
たとえ無駄な事だったとしても、その無駄が私たちを作るのだから。
妖怪ならば誰に認められるわけでもなく自ら妖怪を自称するよねって話。迷ってる時点でお前の心は人間側じゃい!
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