灰の旅路   作:ぎんしゃけ

54 / 79
第五十四話 子守り

霊夢が来てから一年が経ったころ、初めわんわんと泣き叫んでいたのが嘘のように霊夢は静かな子供になった。

なった……とはいってもまだ一年。時折一人で歩く姿も見られるが、基本は床に座り込むことしかできないような赤子だ。

初めてお母さんと呼んでくれたと、巫女がしつこいくらいに報告してきたのは記憶に新しい。

 

そうそう、霊夢の世話については人里の慧音もいろいろと手伝っているようで、今では巫女一人でも問題ないくらいになっていた。

もっとも、巫女一人でも問題ない理由の半分くらいは、霊夢がぐずりだしたりすることのない静かな赤子になったからというのが大きいだろうが。

今では一日の大半を巫女の膝の上で過ごす霊夢が見れる。

 

俺としては夜中に突然高い音を聞くことがなくってありがたい。

ぜひともこのまま手のかからない子供として順調に博麗の巫女になって欲しい。

 

だが、家では霊夢につきっきりの巫女もずっとそうしているわけにはいかない。

妖怪退治の時ばかりは巫女も霊夢を神社に留守番させている。

 

赤子が一人でお留守番……なんてできるわけない。

そう、俺が子守り役だ。ふざけてると、今も泣きじゃくる霊夢を抱えながら強く思う。

 

こいつ、俺が抱っこした時までは静かだったのに、巫女が居なくなってしばらくしたらこのありさまだ。

ああ、頭に響く。どうして赤子の泣き声というのはこうも甲高く響くのだろうか。

 

無、俺は無だ。樹木のように体を固め、何も考えずにただ時間が過ぎるのを待つ。

そうすれば、この五月蠅い声も遠くに聞こえ……。

 

気が付けば、湿った左手。何が起こったかは想像に難くない。

……五月蠅いだけじゃないというのが、子守りの面倒なところだということを今日知った。

 

巫女の帰りにはまだまだ時間が掛かる。

今度紫の前で舌打ちの一つでもしてやろうか、なんて考えながら俺は濡れた布で霊夢を洗う。

洗ってやっても赤子は泣いた。もう、なにがあって泣いているのかなんてよくわからん。

やはり子供は嫌いだ。

 

そういえば、巫女が子供のころはどうだったか。

あいつは霊夢と違って、ここに来た時にはすでに物の分別が分かるくらいの子供だったから比較はできないか。

ああでもよく泣いていたのは覚えてる。

 

だがやはり霊夢のそれとは似ても似つかない泣き方だった。

あいつは物置部屋とか布団の中とかで隠れて静かに泣くタイプだったから、霊夢みたいにギャーギャーと泣くのとは真反対だ。

そっから数年たった頃も隠れて泣いていたが、隠れる場所が紫の背に変わっていたのを覚えている。

こうして考えると、俺を見て泣き出すのは親譲りか……。

 

俺はどうでもいい事ばかりを考えて気を紛らわそうとした。

しかし、その後も霊夢の甲高い泣き声が収まることはなく、結局巫女が帰ってくるまで、壊れた録音機のように同じ音を繰り返す霊夢を数時間ほど抱き続けるハメになるのだった。

 

 

 

 

 

 

まったくあり得ない状況を混ぜたらどうなるか。

そんなはるか昔に卒業したはずの子供のような好奇心。

最近では結界も巫女も安定しており、心配事がなく暇だったというのもあって、私は久々に白墨の様子をこっそりとスキマから観察していた。

いや、正確には白墨と、その腕に抱かれている霊夢を……だが。

 

近頃は霊夢にべったりだったあの子だが、さすがに職務を放棄するわけにもいかず、今は妖怪退治に出向いている。

もちろんその間霊夢の面倒を看る者が必要で、丁度神社で暇そうにしていた白墨がその役割になったという訳だ。

 

まあ隠岐奈に白墨のことをよく見ておけと言われたからというのもあるし、白墨がなにかやらかして赤子の霊夢に被害があってはたまらないからという理由もある。

……だが一番は、やはり好奇心。

あの白墨が子供を……それもまだ自分一人では何もできないような赤子の世話を任されたのだ。

 

き、気になる……!

白墨と霊夢……一緒にするとどんな化学反応が起こるか気にならないわけがない。

というかそもそも白墨が霊夢ほどの年齢の子供の世話など知っているのか。そのまま布団にポイして放置なんてことをしても驚かない。

 

ああいったいどうするのだろうか。

相手は霊夢だ。いつもみたいに無視して放置するのか……いやしかし、赤子とはいえ博麗の巫女、死なせてはまずいと甲斐甲斐しく世話をする白墨が見れるかもしれない。

……まあそもそも白墨が人間の赤子がどれほど弱く脆いかを理解していない可能性もある。そうだとしたら、本人にその気はなくても霊夢がポックリ死んでしまうかもしれない。

まあそうなりそうになったら巫女が帰ってくるまで私が霊夢の面倒を看てやればいい。

 

つまるところ、他人に興味を示さない白墨が、他人に助けてもらわないと生きていけない赤子を相手にどう接するのかが気になるのだ。

 

あ、案外誰も見てないところで赤ちゃん言葉で霊夢に話しかけたりするかもしれない……!

もしそんなことになったら爆笑ものだわ。

 

自分でもわかるほどに顔をニヤニヤと歪ませ顔を近づける。

神社ではすでに大きな泣き声が響いていた。

珍しい、最近の霊夢は滅多なことでは泣きださないからと、巫女が心配していたほど静かな子だったはずだが……これが白墨だとそうもいかないらしい。これも母の力ということなのか。

 

「で、でもこれは面白い!ぐずる赤子、あやす白墨……!さあ最初の試練だわ!」

 

相手は周りの迷惑や、空気を読むなんてもちろん知らない一歳児。

いくら白墨が人里で恐れられていようと、一歳児の赤子にそんな事情は関係ない!

そう、何故なら霊夢は赤ちゃんなのだから!!

 

さあこの状況をどうする白墨!さあ…!さあ……!

…………。

 

「む、無視っ!?」

 

し、しかしどっちだ!?どっちだこれは!

 

泣きじゃくる霊夢を腕に、白墨取った行動はまさかの無視。

予想していなかったわけではない、だが想定とは状況が少し違う。

想定していたのは大きく分けて2パターン。

霊夢のことなんてさっさと無視してベビーベッドに放置、もしくは一応白墨なりに霊夢の世話をするかの二択だ。

 

一見前者のパターンかのように思われるが、未だ霊夢は白墨の腕の中。

つまり白墨には霊夢の世話をする意思があるということ……!

…………。

……だと思う!!

 

だがどうだろう?

白墨は霊夢が泣き続けるのも気にせず、背中を丸め、霊夢を抱いたまま畳の上であぐらをかいている。

……それも、微動だにせず。

 

あやすように身体を揺れ動かすこともなければ、泣き止まない霊夢を一度たりとも見ようともせず、瞳はただ何もない壁を見つめている。心ここに在らずといった様子だ。

まるで霊夢が泣いていることにさえ気づいていないかのようだ。

いやまさか、耳が聞こえないわけでもあるまいし……しかしこれは迷う。

 

白墨的には放置しているのか、それとも世話してるつもりなのか……!む、難しい……ッ!

白墨の感情を表情から読み解こうとするのは不可能だ、故にその感情を推し量るには白墨の行動から推察するのが基本……だが今回のケースはどちらとも捉えられる……!

 

「……何しているんだあの人」

 

スキマの前に正座し、ぐぬぬと真剣に頭を悩ませる主人を見て、藍は困惑する。

 

そんな時、変化が起きた。

 

紫はその状況に驚き、一瞬固まった。

 

「こ、これは……!お漏らし!?」

 

「えっええ!?おっおもっ……紫様!?」

 

お漏らし……それはこの状況に置いて何も悪いことではない。むしろ赤ちゃんにとってはそんなの当たり前のことだ。

そう……一歳の赤子がそうなってしまうのは当たり前で、そんなの常識だ。

……だが、常識が通用するのは同じく常識の世界で生きてる者だけ。

 

非常識で構成されているようなこの男、白墨に必ずしも常識が適用されるとは限らない!

 

そして今、白墨が己の手を確認し、初めて霊夢を見た。

き、きた!?恐らく白墨も何が起こったかを理解したはず!!

もはや白墨がどう行動を起こすかなんて微塵も想像出来ない。

紫はゴクリと固唾をのみ込んだ。

 

”普通なら”なんて言葉この男の前では無意味に等しい……。

怒るかもしれない、そのまま帰ってしまうかもしれない……少なくとも、普段では絶対に見れないような白墨が見れるはず……!

 

「あの……さっきから何してるんですか紫様?」

 

「いま良いところだから話しかけないで!」

 

「いッ良いとこっ……!?いや!?だってお漏らっ……!い、いや!しッ失礼しました!」

 

藍は逃げた。何も考えないように……主人の言葉の意味など理解したくないと言わんばかりに逃げ出した。

 

そしてそんなことは全く知らず、紫は食い入るようにスキマを見た。念のため、何かあった時の為にすぐ止めれるようにと準備もしながら。

 

そして白墨は霊夢を見たのち、相も変わらず表情を変えないままむくりと立ち上がり、そのまま片手で霊夢を抱えては、何事もなかったかのようにぬるま湯につけた布で霊夢の身体を拭き始めた。

その光景に思わず紫の目は点になる。

 

「じょ、じょ……常識的!?うえぇ!?なんで?あれ?えっなんで!?あの子そういうまともな対応するの!?というかできるの!?……いや普通!普通なんだけど……!ええ……い、意外だわ……」

 

しかしこれは一体どういう感情なのか。

霊夢はずっと泣いてるし、白墨もやっぱり表情を変えずに機械的に動いている。

 

「や、やっぱり意外と子供好きなのかしら……?いやでも、う~ん……」

 

見方を変えれば仕方なく嫌々やっているようにも見えるし……。

いやそれよりも白墨におねしょした子の身体を清潔にするという考えがあったことの方が驚きだ。

本人がお風呂に入ってるのとか見たことないし……。

 

でもそうか……おねしょした赤子の世話をする白墨か。

ああどうしよう、字面にすると想像以上に面白い。

意外といえば意外な一面、当初の白墨のことを知ろうという思惑は叶わなかったが、代わりに良いものが見れた。

 

 

その後も紫はスキマから白墨の様子をちらちらと観察するのだった。

なお、藍の勘違いを解くのに二日掛かった。




紫様も暇なんだから面白がってないで赤子の面倒くらい見てあげればいいのに、と思ってる藍しゃま。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。