灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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最近評価コメが多くて嬉しいです。
感想と違って返信はできませんが、毎度ニヤニヤしながら読ませてもらっています!


第五十五話 連休を満喫する灰

外の世界に合わせてか、甘味屋の新メニューが増えてきた頃。

地霊殿に遊びに行ったり、山でも登ってみたり……そんな暇つぶしがいつでも出来るくらいには俺の仕事が減っていた。

 

もう人里で暴れてやろうなんて考えを持ったバカもいなくなり、ここ10年は外食以外で人里に行くこともない。

巫女も俺が手助けしていたあの頃と違い、今では問題なく一人で妖怪退治が出来るようになった。

霊夢の子守りも諸事情あって今は必要ない。

 

そう、俺は紫から任された仕事のほとんどが実質なくなったのだ。

唯一あるとすれば、里の変化について藍に報告書をまとめる程度、たったそれだけだ。

 

楽……あの多忙な日々が嘘だったように楽な毎日。

ああ、なんて素晴らしいのだろうか。

紫の式神になってから一番楽だと言っても過言ではない。

それでも小遣いは変わらず入ってくる。

 

最高だ。これがうわさに聞く年金生活と言うやつかもしれない。

 

せっかくの暇なので、厄神さまやら秋姉妹の二人に挨拶にも行ったりした。

さとりなんかは俺を見るなり珈琲を吹き出して笑っていたか。

霊夢の子守りをしている時の記憶でも見たらしく、ゲラゲラとさとりにしては珍しく下品に笑っていたのが記憶に残っている。

曰く、こんな狂人に世話される赤子が可哀想らしい。まったく失礼な奴だ。

地底ナンバー1の嫌われ者にだけは言われたくない。

 

というわけで、そんな風に外で遊ぶのもやり尽くして暇なので、最近は神社でぼーっとしている。

そう言うと退屈なように聞こえるが、天気の良い青空の下で、ただぼーっとお茶を飲むだけのこの時間を俺はそれなりに気に入っている。

たまに本でも読んだり、新聞を読んだり、ぼーっと外を眺めたり。

仕事があるより余程楽しい。充実した毎日である。

 

そして暇なのは俺だけではなく、どうやら巫女も同じらしい。

というのも今の幻想郷では妖怪が人を襲うという事例が極端に減ってしまったからだ。

人里には手出しできないし、巫女を殺そうものなら幻想郷が崩壊する。

 

昔と違い、人里に手を出そうとする妖怪も、幻想郷などくだらないと言って巫女を襲う妖怪も今は居ないのだ。

幻想郷でなければ妖怪は生きられず、人が居なくなっても妖怪は生きてはいけない。

今の妖怪たちはそれをもう理解してしまった。

 

意気揚々と巫女を襲ってもうっかり殺してしまって大問題。うまく巫女に負けるように巫女を襲う……それってなんの茶番?って感じなんだそう。

 

そんな現状だから今の妖怪達には人間を襲うという気がなくなっている。

力の強い妖怪達や、食事を必要としない妖怪達は今も気ままに暮らしているが、力の弱い野良妖怪なんかは人里で働き始める始末だ。

服装なんかを気にしなければもう人と変わらないんじゃなかろうか。

 

この現状に紫はどうしたものかと頭を悩ませたりもしている。

それに対して妖怪の山勢力は、自分たちの山が侵されることなく変わらないならどうでもいいというスタンスを崩していないし、ここ数年ズルズルとこの現状が長引いている。

 

まあだからといってこの現状が悪いのかというと、俺はそうでもないと思っている。

弱小妖怪達はなんだかもう人と変わらない生活をして、人と変わらない食事をとって、それで生活できてるし、強い妖怪達には特にこれといった影響もない。

 

時代の移り変わりとかそういうものとして流されちゃっても良いんじゃないかと思ってしまう。

平和ボケしてくれてるほうが俺も楽だし。

 

まあそんなわけで今は俺も巫女も暇なのだ。

そんな毎日暇してる巫女が今何してるのかというと……。

 

「おお、良くできてるじゃないか!上手い上手い。いいか?文字や言葉には人の想いや力が宿る。今作っているお札もそうだ。何枚も作るからといって面倒くさがって手を抜くと、いざという時に痛い目を見ることになる。今後もこの言葉を忘れず、丁寧に作るんだよ」

 

「はい……」

 

そう言って照れたように頷くと、トテトテと奥の部屋へと帰っていくちっちゃなもう一人の巫女。

そう、暇を持て余した巫女は霊夢に付きっきりで博麗の巫女修行をしている。

 

「ん?何だ珍しい。見てたのか」

 

霊夢が居なくなったのを確認してから、遅れて俺に気付いた巫女が意外そうな声を上げる。

 

「……調子は?」

 

せっかくなのでそう聞くと、巫女は嬉しそうににじり寄ってくる。

あー、失敗した。わざわざ聞かない方が良かった。

 

「いやあ、あれは俗にいう天才児ってやつだよ。だってほら、見てよこれあの子が作ったんだよ」

 

そう言って先ほど霊夢が持ってきた御札を押し付けるように見せてくる。

 

ああ、うざったい。そんなもの見せられたところで違いなんてわかるわけもない。

 

「よくできてるだろう?教える手前、今後も丁寧に~なんて言ったけど、霊夢は本当に天才なんだ。たぶんこれも適当に作った内の一枚でしかないし、あの子にはきっと練習なんかも必要ない。それなのに毎度毎度めんどくさそうに作っては私に見せに来るんだよ。なぁなんでだと思う?なんでだと思う?」

 

「…………。」

 

「あの顔を見たらわかるだろう?私に褒められたいからなんだよ!あー可愛いなぁ霊夢は」

 

「…………。」

 

一言も返してないのによく喋る。

帰ろうかな。

帰りたいな。

…………。

今更ここ以外に行く当てもない……。

 

「………性急だな。」

 

話題を変える為、無理矢理言葉を発する。

苦渋の決断だ。

だが適当な話題というわけでもない。

巫女の時と違って、こんな平和な時代にまだ幼い霊夢を鍛えるというのも変な話だ。

なにも急ぐ必要はないように思える。

 

「性急、か……。でも責任や身の丈に合わない立場なんてものはある日突然やってくる。助けてくれる者もいないかもしれない。だから、残しておかなければならない。受け継ぎ、継承してきた想いこそ、長きを生きる妖怪にはない人の強さだ」

 

そこまで言うと、巫女は陰陽玉を優しく撫でて、フッと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「私はね、霊夢に今までの業やら後悔まで受け継がせるつもりはないよ。私はそのための巫女だから。だが、それ以外となれば話は別だ」

 

「……実体験から来る教訓か。」

 

言葉を返すと、巫女は途端に目を丸くさせて振り向いた。

 

「……なんだ、どうでもよさそうな顔して案外聞いてるんだな」

 

無視してまた長ったらしく霊夢の自慢話を聞かされてもたまらないからな。

というか、こいつは今まで壁に向かって話しているつもりだったのだろうか?

 

「にしても不思議だよ、お前と話していると昔を思い出す。あの頃は教師というものに憧れていた。子供の前に立ち、チョークを持って物を教えるというのが夢だったんだ。……ああ、勘違いしないでくれよ?今に不満があるわけじゃないんだ。霊夢が居て、人里の人々にも感謝され……これほど幸せなこともない。ただ昔はそうだったと言うだけの話」

 

懐かしむように、目を細めて語る巫女からは後悔の感情を感じることはない。けれど、顔に差した影からは、やるせない歯がゆさのようなものがにじみ出ていた。

 

「……そうは見えん。」

 

意味のある言葉ではない。何となくそう呟いた。

ただ思ったことがそのまま口から零れ出るというのは久しぶりだった。

 

「……幸せだよ、何と言おうとも。でも、悔しいんだよ……私じゃダメだ……私じゃあ……ダメなんだ……私は、人にしかこの力を使えない。だから……ああ、くやしいな……私達は、未だあの人に……」

 

絞り出すように出た、要領を得ない巫女の言葉の意味はわからない。

話す巫女の顔は、段々と悲しさと悔しさが混ざったように苦しげになった。

 

「おかーさん……?」

 

突然混じる幼い声に、巫女はハッとしたように振り向く。

 

遅れて後ろを見ると、コテンと不思議そうに頭を傾けた霊夢と目が合った。

 

「あ、ああ……どうしたんだ霊夢」

 

我に返ったように立ち上がった巫女は、さっきまでの表情を隠すように笑顔を貼り付けると、霊夢へと近付く。

 

その間も霊夢はじーっと俺を観察するように見ていた。

どうやら母と一緒になって話をしていた俺が気になるらしかった。

だが、それも巫女が来ると興味をなくしたのか、今度は甘えるように何かを言う。

 

何を言っているのかとわざわざ耳を澄ませて聞こうとするほどの興味は沸かない。

俺はいつものようにぼうっと外を見る。

 

ただどうしてか……さっきの巫女の顔と、あの日の春水の顔が重なっては消えなかった。

寂しく、諦めたように過去を語るあの顔が離れない。

 

俺は胸の中に残る違和感を無視するように神社を離れた。

神社を出た先には、久しぶりに見るルーミアの姿があって、その顔には獲物を前にした時のような不気味な笑みが貼り付けられていた。

 

 

 

 

 

 

相も変わらず白墨に変化はない。

そもそも変化の対極にいるような男だ。ただ観察しているだけで何かわかったりするようなこともないだろうとは予想していた。

 

だがいくらなんでも変わらなすぎだろうに、と呆れずにはいられない。

ある時は仏像のように全く動かず座り続け、またある時は川を何時間も眺めるだけで終わりだ。

 

これでは人里で八雲の人形なんて呼ばれていたのも納得がいく。

この調子じゃあ視覚的な情報から得られるものなんて大してないだろう。

 

これはまた骨が折れる。

よくよく考えてみれば、白墨という男はその出生からことごとくが謎に包まれている。

 

特定の種族を持たない一人一種族の妖怪。

本人すらも何を力として存在しているかもわからず、わかっているのは灰に関連するという程度。

他に分かっていることと言えば……。

 

「人間、らしい……?あれ……?」

 

いつだったか、そんなおかしなことを聞いた気がする。

当時は何をふざけたことをと呆れ、無視した言葉だ。

あれは……確か……。

 

「勇儀……そうだわ、確かにあの日、勇儀がそんなことを言っていた」

 

人間らしい……?あれが?

人でも妖怪でもありえないような奇想天外なことをしでかすあの白墨が?

いや勇儀はあれでいて、物事の真理を突くようなことを言う。

ならば見るのは、行動から得られるものよりその性質。

 

「……あら?」

 

そこまで考えて、先ほどまで観察していた白墨が外へ出ていることに気が付いた。

また、川にでも行くのだろうかとチラリと覗き見て、隣に誰かいることに気付く。

 

「あれは……宵闇の……いや、しかし何故?」

 

やけに親しげに白墨へと絡むその妖怪に、違和感を感じずにはいられなかった。

 

危険性などとっくに消えた古い妖怪。

あれが弱小妖怪たちといくらかの交流を持っているのは知っていた。

だが、大した関係でもない。元が()()()()妖怪だったのだから、他者に仲間意識を持つようなこともないだろうと踏んでいた。

だが、それが今……ああも親しげに白墨の隣を歩いている。

 

滲み出る、ほの暗いもの。

それは、ずっと前……いや初めて白墨を見た時からうっすらと感じていた瘴気。

かつて月の民が酷く嫌い、蔑んで呼んだ”穢れ”というものによく似た気配。

 

生命にあふれた地上にいる以上、穢れを纏うことは避けられない。

だから白墨からそれと似たものを感じても、大して気にすることはなかった。

そう、本来は気にする必要もない……だが”それ”が今、白墨の隣を歩く宵闇の妖怪とまったくの無関係であるとは思えなかった。

 

「……聞かなきゃいけないことが、また増えたわね」

 

人間らしい、黒い存在……。

 

私は今更ながらに、こんな好奇心にも似た感情で彼の起源を調べてもいいものかと考え、しかしすぐにその考えを振り払った。

 

どうせ、知っていようが知らなかろうが同じことだ。

もともとプライバシーがどうとか気にするわけでもない。

ならば知っておくべきだろう。

 

彼は、私の式神なのだから。




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