灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第五十六話 妖怪達が見た本質

機嫌よく前を歩くルーミア。

手を広げて鼻歌までしちゃって……ここだけ見ると見た目相応の少女のようだ。

 

そんな彼女がくるりと体を反転させてニカッと笑う。

 

「天気がいいなぁ~!それに気分も!どう?こんな日だし人肉でも食べてみる?」

 

「いらん。」

 

なんでもないかのように言ってくるその誘いに、俺もまた、なんでもないかのように断る。

俺とルーミアの間では、もう挨拶のようなものだった。

けれどその日は少し違った。

 

「それはどうして?」

 

続けざまにルーミアは聞いてくる。

 

「人里の守護をしているから?でもこれは外で取ったものだよ?合法合法」

 

「…………。」

 

「それとも他に理由でもあるの?」

 

気付けば、辺りは暗くなっていた。ルーミアの言っていたいい天気なんて微塵もなく、日の光の一切が遮断された暗闇に立っている。

瞼も少し重い。

突然の真っ暗な世界、意外にも俺は落ち着いていた。

 

「……好みの問題だ。」

 

俺が答えると、うんうんと言うようにルーミアは頷き、そしてさらに言葉続ける。

質問の意図はわからない。

 

「そっか、じゃあ白墨の好みはなに?」

 

言われてすぐに、いつも好んで食べているものを思い浮かべる。

魚に、米にお肉に味噌汁………どれも一番好きかと聞かれると悩んでしまう。

 

「違うよ。そうじゃない。あなたは……何を食べて生きてるの?」

 

「…………。」

 

「主食を聞いてるんだよ。私はこれ(人間)。食べないと、少し疲れる。昔はもっと酷かったみたいだけど、もう覚えてないや」

 

相変わらず質問の意味はよく分からない。

だがこういうルーミアは初めてじゃない。前の時は名前がどうとか封印があーだこーだとか言っていたのを思い出す。

 

「…………。」

 

俺の沈黙に、ルーミアは無邪気な声で答える。

 

「暗くて静かでひんやりする。ここは落ち着くでしょー?似た者同士なんだから」

 

ルーミアの言う通り、俺はこの空間がそれほど嫌いじゃなかった。

 

「もうちょっと話そうか」

 

そう言ってルーミアは気持ちよさそうにふわりと浮いた。

その姿は闇に隠れてもうよく見えない。

 

「人里で暴れてみない?妖怪なんだし」

 

冗談っぽくルーミアが言う。

 

「ダメだ。」

 

「うん、そうだね」

 

俺の答えをわかっていたようにそう答える。

本気じゃない、意味のない問答。だから俺も()()()ことをしなかった。

 

「人里で人を襲うのはダメだね。……でも、なんで?」

 

その問いに、暗闇の中で時が止まったような錯覚を覚えた。

さっきからルーミアの質問には意味がない。俺の答えを知っていながら、わざわざ”質問”という体で俺の口から聞き出そうとしている。

いや、もっと別のことを聞かれているような違和感。

 

そして、俺が何かを答えるよりルーミアが先に口を開く。

 

「他の妖怪たちが人里を襲わないのはあなたが怖いから。じゃあ白墨は?八雲紫が怖いから?それとも人を襲いたくない理由でもあるの?」

 

「……仕事だ。」

 

何か難しい事を考えそうになって、その前に自分の役割を思い出す。

 

「そっか、仕事は大事だね。失敗したら八雲紫に怒られちゃう」

 

「……ああ。」

 

俺に合わせるように言葉を進めるルーミアに、俺は同調するように返事をする。

そうだった、そもそも幻想郷に来てからの俺がしたことは、大体が仕事が理由だ。

仕事をすれば報酬が貰える。

それ欲しさに式神にもなった。

だから……

 

「じゃあさ、八雲紫に人里を襲えって言われたらそうするの?」

 

バッと顔を上げて、ルーミアを見る。

闇にまぎれたその顔には悪意も嫌味もなく、ただ純粋にこちらの真意を探るような紅い瞳があった。

俺は誘導尋問でも受けているような錯覚を受けながら、しかし答えを言うことが出来なかった。

 

でもそうだなと、少し俺は考える。現実に置き換えてみようとしても、あまりに現実味がないので難しい。

紫が人里を襲う理由なんてそうそうないだろうから。

けど、仮にそう命じられたとして、俺は動くのだろうか?

……。

動くだろうな。

今まで妖怪達を相手にそうしてきたように。

 

だって対象が妖怪から人に変わるだけだ。あまり変わらない。

ああでも人里の甘味屋や飯屋が無くなるのは辛いな。

そうなったらご飯をどこで食べようか。

 

そこまで考えて目の前にルーミアが居ることを思い出す。

何か返答でもしようとして、もうその必要性がないことに気付く。

 

ルーミアは俺が何かを言う前にもう満足したらしく、にこりと嬉しそうに微笑んだ。

 

「そっか、それが白墨の主食か。やっぱり似てるよ、私達」

 

「…………。」

 

「前に言ったよね、妖怪は精神に依存し、生まれながらに自分を知っている。白墨はもう少し自分がどういう存在なのかを知るべきだよ。……もう気付いてるんでしょ?あなたは私と同じ、暗い生まれだって」

 

「……明るい生まれではないだろうな。」

 

暗にルーミアに同意するように言った。

特段驚くことでもない。

まあ、そもそも恐怖から生まれるのが妖怪なのに、明るい生まれってなんだよという話ではあるが、人からも妖怪からも不吉な存在として見られている俺が、他の妖怪と違って少し異質だというのは薄々勘付いていた。だから何だという話でもある。

 

 

わからないのは、なぜそんなことをルーミアが重要視しているのかというところだ

人の死から生まれる妖怪だっている。それはきっと暗い生まれだろう。

だというのに俺を特別視してくる理由が良くわからなかった。

 

ルーミアが重要視する何かがあるのか、はたまたいつもの気まぐれか。

思考の中で、瞼が重くなる。

うつらうつらと体を揺らす俺の顔を、ルーミアは不思議そうに覗き込んだ。

 

「……?眠いの?」

 

「………。」

 

「……私もよくこうして寝てるから、気持ちはわかるよ。ひんやりしてて、丁度いい暗さで、ふぁぁ……私も眠くなってきたな」

 

「……ああ。」

 

「あんまり時間もないし、もっと話したかったんだけど……まあ、うーん、いいか、いいや。それじゃあ、白墨 おやすみ」

 

ルーミアはそう言って、寄りかかるように背を預けてきた。

そこで俺ももう限界だった。

背中から感じるルーミアの冷たい体温を感じながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

整えられた黒髪、真っ赤な瞳に特徴的な古い天狗装束。

気分屋で、仲も良くないこの天狗に会いに来たのは、他でもない白墨が原因だ。

 

「仲介も頼まず、土足でくるとは……まったく良い度胸だな」

 

「白墨を使ったら怒るのはそっちじゃない」

 

「あほうが、なぜ寄りにもよってあの妖怪なのだ!九尾が居るだろうにめんどくさがりめ……!」

 

天魔は呆れたように咎めてくる。

ここだけの話、最近の藍は小言が多いのでお使いひとつ頼みづらいのだ。

やれ布団が洗えないからはやく起きろだの、暇なら掃除を手伝ってくださいだの……。自分の主人を暇人扱いとはとんだ反抗期だ。

 

「やっぱり、あなたも白墨は妖怪に見えるの?」

 

その問いかけに、天魔はいぶかしげに眉を顰める。

 

「なんだ、紫はあれが人間にでも見えるのか?それとも私の知らぬ間に、ヒトはあんな意味の分からない存在になったのか?」

 

酷い言い方だが、それくらい頓珍漢なことを言っている自覚もある。

だが、天魔はかつて白墨に対しておかしな反応を示したことがある。

隠岐奈が天魔に対して話を通したのも、きっと無関係ではない。

 

「昔、白墨を人間らしいと称した奴がいたのよ。あなたもなにか、心当たりがあるんじゃないかしら?」

 

「……人間らしいとは、また……なんとも」

 

「心当たりが……あるのね?」

 

「アレからは、人の本質的なものが……矛盾に汚れた気持ち悪さが滲み出ている」

 

「人の……本質的なものとは?」

 

これ以上は話す気がないと顔を歪める天魔に対して、それでも催促するように問いただす。

 

「ハッ!どうせ、またコソコソとストーカーまがいのことをしているんだろう?大方目星はついているんだろうに白々しい」

 

「それでも事実のすり合わせは大事よ」

 

天魔は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「人間にはそれぞれ決して否定しきれない欲深き黒い衝動が染みついている。時々、人はそれを悪だ何だと罰して正しくあろう振舞うそぶりをしているが、私からすれば、黒い黒いあのおぞましさこそが人の本質だ。お前の式神からはそれとよくものを感じる」

 

嫌悪感を隠そうともせず天魔は吐き捨てた。

予想通りの答えに白墨の起源についてわずかな確信を持つ。

 

「人を……随分と偏った見方をするじゃない」

 

「ハンッ!わからぬとは言わせぬぞ。お前も知っているだろう?かつては武士と呼ばれる者どもが居た。あんなちっぽけな奴らが一騎打ちを華として我らに向かってくるのだから、あれ程おかしいと思ったこともなかなかになかった……だが、奴らは変わった。裏切り、罠で嵌め、毒を盛って戦うようになった。仲間はその所業に驚き失望を重ねていたが、私は違う!ヒトだから、人間だから変わるのだ!あれこそが人間の本質だ!」

 

激情は留まることを知らず流れ出る。

あまりにいつもと違うその様相に、私は天魔への認識を変えた。

あるいはこっちが本当の天魔なのかもしれない。

 

「……人間は妖怪を……野蛮だと、恐ろしいと口にするが、まったくアホらしくて仕方がない。我らが恐ろしくも野蛮なものならば、鬼はどうして地底に行った……。恐怖を啜り、悪意によって力を付けるのが妖怪ならば、それらを生み出すのは人間だ。そして、それは人の本質がそうであるからに他ならない。それでもまだ、お前は私の考えを否定するか?」

 

「はあ、初めから否定なんてしてないわよ。私もそれなりに人間を見てきたつもりだもの。ただ思った以上にあなたが強く反応するものだから呆気にとられただけ」

 

「ふんっ!大体、権力を理由に親族間で殺し合い、甥をさらし首にするような種族だ。奴らの本質など、何より歴史が示している」

 

まあそれを言われてしまえばそこまでなのだが……。

天魔は余程人間を嫌っているのだろう。

終始軽蔑したような顔だった。鬼でもここまで人を嫌っていないかもしれない。

 

「それが白墨を毛嫌いする理由?」

 

「……ああ。まあだが、今更あれに手を出すつもりはない。ただ私に近づけるな、不快だ」

 

そう言って天魔は顔を背ける。

我が式神ながら散々な言われ様だ。

 

「悪かったわ、知らなかったのよ。あの子からそんな黒々しい物が出てるって言われてもよくわからないし、隠岐奈に言われるまで気付かなかったのよ」

 

「誰よりも気付きそうなやつが何を言う、白々しくてかなわんよ。ほれ帰った帰った、お前と話してると気分が悪くなる」

 

そうは言われても分からなかったのだからしょうがない。

鬼と天狗には特別そういうのに敏感な鼻でも備わっているのだろうか。

 

まあ気になってたことは概ね知れた。

白墨の正体にもいくつか当たりは付く。まあ、正体……なんて大層なものでもないのだが、知らないというのもむずがゆい。

 

天魔に別れを告げて移動する。

白墨について、候補は絞られた、あとは確証を得るだけ。

私は最後のピースを埋めるべく、ある妖怪の元へ行く。

 

現状もっとも黒に近く、異常にも白墨と親しくしている妖怪。

彼女が白墨を他の妖怪と異なる存在として特別視しているのなら、それは、きっと……




ヒトリシズカを聞くと東方にハマったばかりのころを思い出して懐かしさに埋もれてしまう
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