灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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かなり短いです。


第五十九話 深まる溝

日が昇り、そして正午を過ぎた頃。

霊夢は頭の先まで布団を被っていた。

起こしてくれていた誰かはいない。

眠気などとうになく、目は冴え切っていた。

それでも身体を起こす気になれないのは、心を曇らせる昨夜の事があったからだ。

 

もはや何もやる気がおきず、ただ何もかもが面倒臭い。

自堕落だが、咎めるものもいない。

何かをするべきなのだろうが、何をしたらいいのかも分からない。

そんな停滞した思考の中で、霊夢は布団にくるまって時間を消費していた。

 

そんな時、閉め切っていた部屋の障子戸が開けられる。

 

「おい。」

 

体がビクリと震える。

布団の端を強く握りしめて無視を決め込んだ。

嫌いな声だ。今一番会いたくない相手だった。

 

「起きろ。」

 

再び声をかけられる。

何をしに来た、私はお前なんて呼んでない。

 

「帰って。何もしたくない」

 

「……そうか。」

 

その返事を聞き、少しの苛立ちと安心から掌に込めた力を緩める。

これで今日はもう、誰とも会わなくて済むと考え……その瞬間、勢いよく布団がはがされる。

 

「――っ!なにを!ぅっ……あっ!」

 

突然の強行に驚き、バッと顔を上げるも、状況を理解する前に襟口から持ち上げられる。

服の締め付けから一瞬悶え、そしてすぐにその苦しさから解放される。

僅かな浮遊感に上下する視界。

 

(――投げ飛ばされたっ!?)

 

「……がぁッ!……ぅ、あぁ」

 

鈍い音と共に伝わるじわりとした痛み。

咄嗟に体を丸めたのが功を奏したのか、想像よりも痛みは少ない。

だが、それでも固い地面との衝突は幼い体にはダメージが大きく、霊夢は両手をついてふらふらと立ち上がった。

 

揺れる頭を何とか戻して、正面を……今しがた自分を投げ飛ばした男を睨みつける。

 

「急に……なに、すんのよ……!!」

 

「昨夜言った。この時間に修行を始める。」

 

「修行……?」

 

言われてみればそんなことを言っていた気がする。

あまり覚えていないのは、霊夢にとってそんなことよりも大事なことがあったから。

また少し心が重くなる。

昨日何度も感じた泣き叫びたくなるような怒りが霊夢の心を搔き毟る。

 

「……なんで!よりにもよってあんたなんかが――っ!?」

 

この理不尽に怒りをぶつけようとして、すぐさまそれは中断させられた。

まるでこちらの言葉など興味がないかのように……いや、実際に興味などないのだろう。

話しているなんて関係なしに迫ってきた白墨を前に、霊夢は思わず目をつぶる。

そして再び感じる浮遊感。

 

(しまった、またっ――!?)

 

もはや霊夢に拒否権なんて存在しなかった。

気付いた時にはもう遅く、霊夢は声にならない悲鳴を上げて横薙ぎに投げられる。

放り捨てるように投げられた一度目と違い、今度は地面を擦るように何度か転がって止まる。

身体のいたるところに出来た擦り傷からは赤い血が滲んでいた。

 

「いっ……!」

 

痛みに悶えるようにくぐもった声が漏れる。

 

「――――っ!?!?」

 

ゾクリとした寒気、霊夢は直感に従って体を引いた。

引いてすぐ、さっきまで自分の身体があった場所に白墨の足が振り下ろされる。

霊夢はなんとか肩で息をしながらゆっくりと、そのつま先の向く方へと目をやった。

 

白墨の足の先……鳥居を挟んだその向こう……そこにあるのは長い長い博麗神社への石階段。

 

(もしあの蹴りに当たっていたら、この階段から転げ落ちていて……落ちる?この高さから?)

 

「…………」

 

手足の先がやけに冷たく感じる。

さっきまで強く感じていた痛みが麻痺していく。

 

そしてまた、目が……合った。

あの夜と同じ、冷たい瞳。

 

「……っ!」

 

今までよりも大きく距離を取る。

 

(ころ、される……!)

 

修行、これが?

まさか、そんなわけがない。

霊夢にとっての大切な記憶、母との修行。

あれはもっと温かかった。間違いがあればそれを教えてくれて、教わったことができれば頭をなでて褒めてくれて……。

 

これは、こんなものは、修行じゃない。

ただわけもわからず、殴られる……こんなものが修行なわけがない……!

 

 

白墨がまた一歩、近付いてくる。

修行は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

よく避けるな。

小さな体で転がるようにして逃げる霊夢を見て思う。

動きも遅い、手足も短い、そんな幼い体でも流石は博麗の巫女。ただの子供じゃない。

 

ズキンとする鋭い痛み。

額からタラリと流れた血を拭う。

石でも投げられたのか、しかし石を投げた動作はおろか、いつ拾ったのかもわからない。

 

いくら霊夢が才気ある巫女とはいえ、まだまだ子供。

鬼じゃあるまいし、音より速く石を投げるなんて芸当できるはずない。

そもそもそんな速度で投げられてたら骨が折れてる。

 

だというのに……この石いつ投げたんだ?

さすがに目の前に石が飛んでくれば気付くと思うのだが……。

痛みが走って、血が流れて、それでようやく石を投げられたことに気付いたぞ。

意識を外したわずかな時間に投げたとかそういうのだろうか?

ダメだな、才能がない俺にはとんと分からん。

……だが、それでもやはりまだ子供。

 

「なっ……!」

 

考えてるうちに額に灰が集まりきれいさっぱり傷が消える。

その光景に驚き、動きを止めた霊夢を蹴り上げる。

蹴り上げたことで身体が少し浮き、また霊夢と距離が空く。

 

霊夢はゲホ、ゴホと必死に息を吸いながらも足を止めることなく立ち上がった。

動きを止めると追撃が来ると学んだのか、油断なくこちらを睨みつけていた。

 

やっぱり順応が早い。

しかし……と、俺は思わず考える。

確かに才能はあるのだが、果たして本当に”あの巫女”のようになるのだろうか?

かつて俺を地底に落とした博麗の巫女……あの巫女ならたとえ子供の頃だろうと俺くらい殴り飛ばせそうだが……。

 

うーん、あの巫女ほど強くするとなればもっと厳しくした方が良いのだろうか?

俺なんて勇儀に内臓飛ばされたり、体をバラバラにされたりしていたんだ、それに比べたら優しすぎるだろうか。

いやいや、まだ幼いのだし、これくらいが丁度いいのではなかろうか……うん、そうだなやはり当分は今日のように優しめでいくとしよう。

それにいくら巫女とはいえ人間だ。俺のようにすぐ回復するわけでもない。

せいぜい骨が折れる程度にしておかなければ。

 

「う、ぁぁああ!」

 

……ん?霊夢が突っ込んでくる?

逃げるだけで手一杯かと思っていたが、どうやら攻めることに切り替えたらしい。

 

そのまま正面から突っ込んでくる霊夢を蹴り返そうとして――避けられる。

蹴る瞬間、霊夢は地を這うように姿勢を低くして避け、その勢いのまま俺の身体に飛びつくように突撃し……そして片足を上げたままの俺は相当の体重差があるにも関わらず後ろに倒される。

よく考えるなぁ……と感心する間もなく、そのまま霊夢は馬乗りになって拳を振り上げる。

 

「この……ッ!」

 

振り下ろされた拳は的確に俺の顔面を捉えた。

鈍い音と共に痛みが走った。

 

「うっ……あ!?」

 

すかさず二発目を構えた霊夢の身体を片手で跳ねのけ起き上がる。

あー痛い。鼻血出てるし、霊力を込めたのか顔全体が火傷したみたいにヒリヒリする。

 

躊躇いなく殴ってくるし、動きも速いけど……でもやっぱり軽いな。

馬乗りで殴られても、軽いし、リーチも短いから手で軽く押しただけでどかせられる。

先代の巫女みたくお祓い棒とか使えばいいのに……いや、俺が無理矢理外に出したから持ってきてないのか?

 

…………。

問答が面倒で投げ飛ばしたのは失敗だったかな。

 

空を見ればもう夕暮れ時だ。

丁度いいだろう。

 

跳ねのけられ、尻もちをついている霊夢に目をやる。

 

「終わり。」

 

「……は?お、わり……?」

 

反撃が来ると思っていたのか、拍子抜けしたように霊夢が言う。

ああそうだ、次は忘れないように釘を刺しておこう。

 

「明日も同じ時間に始める。準備をしておけ。」

 

「あし、た……?」

 

掠れるような声を背に神社を離れる。

今度はしっかり聞いたから忘れないだろう。

 

にしても、楽な仕事だと思っていたが、これを毎日と考えると以外と面倒かもしれない。

身体動かすし、時間取られるし……こうして夕食のたびにいちいち人里と神社を行き来するのも面倒だ……何か考えておいた方が言いもしれない。

 

 

 

 

 

 

翌日。

俺は霊夢に言った通り、昨日と同じ時間に博麗神社を訪れた。

着いてすぐ、違和感に気付く。

 

……なんというか、静かだな。

 

いつも霊夢が寝てる部屋を見る。

……昨日と違ってしっかり布団は片されてるが肝心の霊夢が居ない。

 

というか、これ……。

 

一応、一通り神社の中を探す。

……いない。

そして遅れて気付く……霊夢の靴が無くなっていることに。

 

…………。

 

うん。これは……確定だな。

 

霊夢のやつ……逃げやがった。




修行(虐待)
灰くん的にはとっても真面目。参考元は勇儀と聖。
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