灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第六十一話 八雲紫の苦悩

冷たい風と恐ろしいほど美しい桜吹雪。

新たな命の息吹を感じさせるそれとは対照的に、目の前の樹には花の一つもついておらず、寂しさと薄い死の香りを漂わせていた。

 

桜の樹の下に屍体(したい)が埋まっている

 

古くから、桜と名のつく場所は葬送地……つまりは死体の捨て置き場だった。

その死体を、零れ落ち、枯れ果てた命のしずくを吸い上げて、桜は()を咲かせ散る。

ならば誰よりも美しく、妖しい命を吸い上げたこの桜は、なぜ咲かないのだろうか。

 

自分の中で生まれたその問いに、冷笑を返す。

――どの口が。

 

少女の小さな願いを踏みにじり、その魂を辱め、そして厚かましくもこの場に縋る愚かな一人。

あんな最後が幸せなわけがないと、傲慢に自分の理想を押し付け、あの子の静かな眠りを妨げた。

でも、じゃあ今が幸せなのかと考えると、答えは出ない。

 

ただ、それでもと、私は変化を求めてしまった。私が最も怯え、恐れた変化を。

変化がもたらす結果は良いものでもあり、悪いものでもある。

そのどちらに転がるのかは、結果が出るまで分からない。

良い道へと繋がるように動いたつもりでも、得られる結果は望んだものとは全く違う。

予測のできない暗闇を選ぶ勇気、()()()()()()()()()()()ことなんて、もう――。

 

恐れた変化は、しかし確実にやってくる。

変わらぬものなどないと、変わらず朽ち果てる私達(妖怪)とは違うと、あなた(人間)はそれを突き付けるように――。

 

「あら、初めまして。お客さんかしら?」

 

目の前に現れた少女の姿に、一瞬呼吸が止まる。

よく整えられた白砂利の上、ふんわりとした柔らかい雰囲気を纏った桃髪の少女が、不思議そうに私を見ていた。

 

かつてのあの子とは似ても似つかないその笑顔が、穢れを知らない、純粋無垢なその姿が、私のちっぽけな覚悟を容易く砕く。

可笑しな話だ。自らの我儘で生んだこの光景に、どうして心を蝕まれようか。

 

ああ……わかっていたとも、無意味なことを、それでも選択したのだ。

変化は恐ろしい。どんな恐怖よりも冷たく心を震わせる。

変わり果て、馴染みのないその場所で、置いてけぼりにされた子供のように、誰か、誰かと孤独を叫ぶ。

 

変化という名の不安と恐怖に包まれた暗闇。

一歩を踏み出せば、転んでしまうかもしれない。不安定な足場を、知らず踏み抜くかもしれない。

深い深い暗闇が次の一歩を惑わせる。

それでも……それでも変化を望んだのは、不安と恐怖に包まれた暗闇の先に、確かな明日を切望したから。

転び、傷付くのを恐れていたら、何処へも行けない。

覚束ない足取りで、壁に手をつき、小さな一歩を、それでも確かに踏み進める。

 

震える声を、揺らぐ姿勢を、必死に正す。

 

「……()()()()()幽々子。私は、私はあなたの――」

 

世界が揺らいだ。桜吹雪が一瞬にして凍りついたかのように、全てが色を失う。

そうして気付く。

ああ、そうか……夢が、覚めるのか。

 

 

 

 

ぱちりと瞼を開き、身体を起こす。

時計の方へと目をやると、正午を指していた。

 

「……私が夢を見るなんて、それだけ暇になったということかしら」

 

そんな独り言に、いつもはぶつくさと小言を言ってくる藍がいないことに気付く。

ああ、そういえば、今日は朝から居ないと言っていたか。

新しい式神だとかなんとか言っていた気がするが、あまり覚えていない。

 

だが、なるほど、道理で昼までぐっすり眠るのが許されたわけだ。

帰ってくる前にさっさと布団を片付けてしまおう。

こんなだらしのない所を見られては何と言われるか。

威厳という意味ではもう手遅れかもしれないが、これ以上小言の量を増やされてはたまらない。

 

グイっと朝の……昼の眠気を飛ばすように背伸びをして布団を片す。

ちゃちゃっと顔を洗い、さあお昼のご飯でも食べようかと考え、ハッとする。

正午と言えば、もう始まっているかもしれない。

 

急いでスキマを開き、その光景を覗き見る。

場所は博麗神社、この時間と言えば、白墨と霊夢が修行を始める時間だ。

私が自ら積極的に博麗の巫女に接することはもうないが、それでも幻想郷の管理者として、霊夢の成長具合を確かめなければならない。

 

……とそれらしい理由を付けているが、実際霊夢の方は心配してない。

あの子の時と違って、才覚溢れた霊夢はなるべくして巫女になる。

だから、これは半分くらい白墨の行動を確認するためのものだ。

いや、もっというと()()()()()()()()()()()()()()()監視するためだ。

 

見れば、もう最初の鬼ごっこは終わったようで、一方的な”修行”が始まっていた。

 

「どうしてああも苛烈にやるのかしらねえ……」

 

修行という名のそれは、あまりに殺伐としている。

組み手……いや、殺し合いと言った方が合っているかもしれない。

 

白墨の顔も相まって、傍から見れば無情な妖怪を相手に、必死に抗う幼女の構図だ。というか実際そうだ。

投げられ、転がされ、蹴りを入れられ殴られる。

血が出るのは当たり前、体中の傷は、もはや、あの巫女服では隠せないほどだ。

そんな容赦のない白墨を相手に、霊夢は泥臭くも懸命に抗っていた。

 

だがそれでも、少しずつ被弾が増えていく。

避けきれなかった攻撃に体勢を崩されて、その小さな体躯に、白墨の足がねじ込むように突き刺さった。

 

みぞおちに入ったか、霊夢は悶えるように身体を丸め、そして堪えるように口を押さえた。そうでもしなければ汚してしまうと言わんばかりに、ゆっくりと息を吐いて立ち上がる。

目尻に涙を溜めた霊夢は、しかしすぐさま白墨の追撃から逃れるように走り始める。

 

なんてことはない、これもこの修行の中で、もう何度も繰り返されたことだった。

だからこそ強く思う。

なぜあの子はこれほど本気でやっているのかと。

もちろん白墨だって手加減はしている。いや、あれを手加減と言っていいかは迷うが、それでも確かに手加減はしている。

 

白墨自身がどう思っているのかはわからない。

もしかしたら霊夢が必死に動けるギリギリで動いているつもりなのかもしれないが、どう見積もったって過剰に傷めつけすぎだ。

あんな歳の子に教えるのだから、手加減に手加減を重ねてもまだ足りない。

 

あの暴行に晒されながらも、まだ致命的な怪我をしていないのは、霊夢の天性の勘の良さと運のお陰に他ならない。

大人だって戦いに慣れていない者は厳しいだろうに、霊夢はまだ幼いのだ。

打ち所が悪ければ小さな衝撃で簡単に死んでしまう。

 

そのため、初めの頃は白墨が霊夢を殺してしまうのではないかとヒヤヒヤしたものだ。

万が一が起きないようにいつでも止められるようにしながら見ていたが、幸いなことに私が必要となる場面は来なかった。

だが、さっきも言った通り、霊夢が無事なのは奇跡のようなもの。

白墨の修行はギリギリ霊夢が耐えられる、ではなくギリギリ死ぬくらいで行われていたのだ。

 

確かに相手をしろとは言ったが、いつもの白墨の様子からして、やる気なく戦うか、どうでも良いと無視を決め込んでしまうものと思っていた。

それが実際はここまで本気で、それも毎日だなんて、一体何があったというのか。

先代の頃、あの子の妖怪退治を手伝ってあげてと言ったときだって、自分からやる気を出して動くことはなかった。

 

仕事と言って頼んだのが間違いだったのだろうか?

白墨は時々よくわからないところでやる気を出すことがある。

あの子に書かせている幻想郷の定期報告書なんかがそうだ。

知らぬ間に幻想郷内で、何か異変が起きてないかを調べるためにやらせているのだが、その報告量がとにかくおかしい。

○○の家の畑が不作だとか、今年の酒屋の質は悪いと噂されているなどの情報は人里内の食糧状況把握するという意味でありがたいのだが、やれあそこの息子が失恋しただとか、あそこの店が経営不振だとか、新商品を出したとか……。

どうでも良い噂話、小さな恋バナ、巷で噂の下着泥棒の犯人、堅物気取った男が家では鏡の前でポーズを決めてる話など……。

 

多い!多い上に八割がどうでも良い情報ばかり!

私は藍が必要な情報だけを抽出したものを読んでいるが、添削係の藍はいつもどっしりと分厚い紙束を前にため息をついている。

二、三ヶ月に一度書かせているのだが、文章量で言えば数年分はあるだろう。

 

いや、二、三ヶ月の間に起こった変化をそこまで事細かく書くのはある意味で凄いのだが、なぜそうも良くわからないところで頑張ってしまうのか、疑問は尽きない。

 

やはり、今回も変なところでやる気が入ってしまったのだろうか?

あのやり方をやめろとは言わないが、もう少し何とかならないものか。

そもそも何か意図があるのか。

 

……こればかりは考えてもわからない。

ならば、もう聞くしかないだろう。

 

修行が終わり、霊夢が神社の中へと姿を消すのを確認してからスキマを開き、上半身だけで身を乗り出す。

 

「もうちょっと、優しくしてあげても良いんじゃない?」

 

音もなく背後に現れたというのに、白墨は驚いた様子もなく、ゆっくりと振り返った。

 

「……紫か。」

 

「あなたに霊夢を任せてから、もう何日か経ったけど、調子はどう?」

 

「…………。」

 

返事はなく、早く本題を言えと言わんばかりに目を向けてくる。

 

「ねぇ、どうしてあんなやり方をしているの?」

 

尋ねるように見ると、白墨はこてんと小首を傾げた。

どうやらわかっていないらしい。

 

「……霊夢のことよ」

 

ため息をついて答えると、ようやく合点がいったらしく口を開く。

 

「……あれは博麗の巫女になるのだろう?」

 

「ええ、そうよ」

 

「……。」

 

え?まさか終わり?

白墨の問いかけに返事を返し、続く言葉を待つ。

しかし、待てども待てどもこれ以上白墨の口から言葉が発せられることはない。

……どうやら白墨的には今のが答えになると思ったらしい。脳内でどんな解釈をしたのか気になるが、今は後。

仕方がないので、再び私の方から声をかける。

白墨との会話はいつだって根気強く行うことが大事なのだ。

 

「……それで?霊夢が巫女であることと、あのやり方に何の関係があるの?あなただってここ数代の巫女のことは知っているでしょう?」

 

巫女であることが理由になるのはおかしい。

だって彼はこの幻想郷に来てから、既に何人かの博麗の巫女と会っているのだから。

どの巫女もあんな厳しく苦しいだけの修行なんてしてはいない。

それを承知の上で、なぜ霊夢にだけ厳しく当たっているのか。

 

「あのやり方じゃ意味はないのか?」

 

「……普通なら悪影響しかないわよ。あれで効果が出てるのは霊夢だから。あの子以外にやったら悲惨なことになるわね」

 

「ああ、なにせ、あれは博麗の巫女になるのだろう。」

 

言葉の足らない彼の真意を解きほぐすには、こちらから踏み込むしかない。

なのだが……。

 

「初めの言葉に、戻った……」

 

「……?」

 

「いい?聞きなさいよ?私はあのやり方に意味があるのかないのかを聞いてるんじゃなくてね?どうしてそうしようと思ったのかを……あーもう人の話は最後まで聞きなさいってば!」

 

案の定、何も言わずそのままスタスタと歩き去っていく白墨を呼び止める。

ああ、疲れる。あれはもういっぱい喋ったし帰っても良いだろうという時の顔か……まあ、白墨の表情変化なんてわからないが、何となくだ。

 

「……なんだ。」

 

「なんだじゃないわよ、まったく……」

 

やや不機嫌そうに振り返る白墨に、呆れてため息をつく。

 

「お腹が空いた。早くしないと飯屋が閉まる。」

 

「はぁ……わかったわよ。でも、あまりやりすぎは……いや、何でもないわ」

 

「……。」

 

神社の方へと目を向け、僅かに抱いた同情心を押し殺す。

最早私が巫女に関わることはない。

もう、そういう時代ではないのだ。

 

幸か不幸か、白墨のあの修行には、教えも学びもないというのに、霊夢の実力は目まぐるしく上がっていっている。

痛ましい傷こそあれど、もう命が危なくなるほどのことは起きないだろう。

 

私も、もう帰ろう。

起きた時間が悪いのだけれど、結局起きてから何も食べていない

白墨じゃないがお腹が空いた。

藍もこの時間なら帰っているだろうし、なんならもう夕食を作ってくれているかもしれない。

 

今日のご飯は何かしらなんて考えながらスキマを通ろうとして、ふと後ろを振り返る。

白墨の姿はとっくになく、沈む夕日が空を赤く染めていた。

 

”お腹が空いた。”

 

「……ものの例えかしら」

 

私は深く考えることをせず、そのままスキマを通った。




幻想郷の定期報告書
紫が白墨に幻想郷内でなにか異変がないか変わったところがあれば報告する様にと命じて作らせているもの。
なお、当の灰くんはその言葉を素直に受け取り、前の報告から変わったところを”文字通り全て”書いている。灰の目によって幻想郷中を監視できる灰くんだからできることであり、添削係の藍がげんなりしながらもしっかり全てに目を通している。
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