灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第六十三話 孤独を知るのは。

「買い物、行かなきゃ」

 

 空は快晴、気分も上場、なぜか中身の減らない財布を持って神社を出る。

 服はいつもの巫女服ではなく、元から神社にあった地味目の和服だ。

 というのも、もはや霊夢の日課となってしまっている白墨との修行が、今日もないのだ。なんでも、自分がいつも着ている巫女服がボロボロだからということで、今日の修行はナシにして巫女服の修繕を頼んでくるとのこと。

 

 これまでも月に数回、突然修行がない日はあったが、巫女服の修繕という名目で休みになるのは初めてだった。ただ、言われてみれば確かにあれは既に服としての体をなしてなかったな、と霊夢は納得する。度重なる戦闘であちこち破れたり擦り切れたりしてみすぼらしい。

 

 そういうわけで、外へ出る為着馴れない和服に身を包んだ霊夢は、少しソワソワしながら神社を出た。

 とはいえ、ソワソワしながら歩いて迷子と間違えられるのも癪なので、霊夢は人里に入ってからは何でもないかのように違和感を隠した。

 馴染みの八百屋で野菜を買って、調味料と、あとは魚でも買おうかしら、なんて頭で献立を考えながらお店の前に立って、ようやく()()()()()()に気が付く。

 

 ――いつもより周りの声がたくさん聞こえる。特別に人の出入りが多いわけでもないのに。

 

 どうでも良い事だけど、なぜだか気になる。ふと周りを見れば、やはり()()()()()()()()

 一度気になると、なかなか頭から離れなく、探るように周りを見渡す。

 始め、霊夢は自分の不慣れな和服の挙動不審さがその違和感の原因だと思った。ああ、失敗したな、隠せていると思っていたぎこちなさは、しっかりと周りに露呈していたのか、と。そのせいで周りから注目を浴びてしまっているのだと。

 

 しかし、実際はまったくの逆だった。

 霊夢が特別注目を浴びているのではない。むしろその逆、()()()()()()()()()()()()……それこそが違和感の正体だった。

 

 紅白の巫女服というのは、この幻想郷において大きな意味を持つ。

 幻想郷唯一の神社、その巫女の象徴でもある脇の空いた巫女装束は、人里に住む者にとっては絶対者の証。人里の退治屋とは訳が違う。

 いわばそれは最後の砦であり、妖怪達への最大の抑止力。

 

 そんな博麗の巫女が亡くなり、代替わりとして出てきたのが霊夢だった。

 先代の頃と同様、前の巫女よりずっと若い、少女とさえ言えない幼子。人里の人間達にとって、霊夢のことを気にするなという方が無理な話であった。

 

 単純に物珍しさから好奇の目で見る者、その幼さから同情の目を向ける者、前の巫女と比べ、懐疑の目を向ける者。

 

 霊夢に向けられる視線は様々だった。

 さらに言えば、博麗の巫女というだけで注目を集めるのに十分な理由になる。

 そのことを、霊夢は巫女服(博麗の象徴)を脱いで初めて知った。

 

 道理でいつもは静かなわけだ、と理解する。みんな世間話に花を咲かせるよりも興味を引くものがあったのだ。

 しかしいつもの巫女服を脱いでしまえばこの通り。途端、周りの目は自分をすり抜け、別の何かへと向けられる。

 

 普段見ていた人里の姿は当たり前ではなく、今見ている光景こそがここの日常なのだ。

 そう考えた瞬間、いつもはどうでも良いと流してきた周りの声が、風景が、突然意味のある物のように感じ、霊夢の中に一つの興味が湧いて出た。

 

 ――少し聞いてみよう。

 

 こっそり耳をそばたて、里を歩く。

 内容はどれもどうでもいいことばかり。値上げに閉店、向かいの新婚がどうたら……息子が寺子屋をサボる云々……。

 

 まあこんなものか、と。何かを期待したわけではないが、少々肩透かしを食らった気分になりながら、道を引き返す。

 そんな時だった。

 

「いやぁ、毎度毎度ありがとうございます妹紅さん」

 

「あ、あー、いいよそれくらい。今更あそこで迷うこともないし、あっでも安易に竹林には近寄るなよ」

 

「へぇ、へぇ、それはもちろん。仲間たちにもよく言い聞かせておきます」

 

 サスペンダー付きの赤いもんぺに長い白髪。

 その少女を見て、思わず霊夢は身を隠す。一瞬妖怪かと身構えるも、それにしてはやけに人里の人間と親しげだ。

 

「まあ、どうしても必要があれば私を呼べ、護衛くらいならしてやる」

 

「ええ、そのときはまた。人里の外は怖いですからねぇ」

 

 男の言葉を聞き、妹紅と呼ばれた少女は、小さくため息をついた。

 

「はぁ、これだから最近の若いのは。いいか、良く聞けよ」

 

 若い?と男が白の混じったひげを触る。

 

「お、おほん。いいか、お前たちはどうしてか人里内であれば安全だと勘違いしているが、妖怪を甘く見すぎだ。間違っても里の中だからと妖怪相手に得意になるなよ。どこまで行っても畏れは捨てちゃならん」

 

 腰に手を当て、まるで説教臭い老人のように言う。

 

「は、はあ……まぁ八雲の操り人形みたいな例もありますからね、肝に銘じておきます」

 

「八雲の操り人形?」

 

 聞いたことのない名前に思わず霊夢も妹紅と同じく首をかしげる。

 もっとも、人里の事情にまるで無頓着な霊夢にとっては、聞く単語のほとんどが初めて聞くものばかりだが。

 

「知りませんか?ほら人形みたいに動かない表情と灰色頭の妖怪ですよ」

 

「……知らないな。有名なのか?」

 

 ()()()()()()()()()()それを聞いて、帰ろうかと動かしかけていた霊夢の足が、ぴたりと止まる。

 半ば確信めいたものを持ちながら、霊夢は前のめりになって話を聞いた。

 

「よく人里に現れては何をするでもなく、不気味に徘徊してた妖怪ですよ。嘘か実か、どうにもあの八雲紫の使いらしく、そう呼ばれています。噂じゃあ人里を守ってるなんて言われてますが、私にはどうにもあんなのが我らのことを考えてるようには思えんのです」

 

(……ッ!白墨のことだ)

 

 どこかピンと来ていない妹紅とは反対に、霊夢はその妖怪が白墨であることを確信する。

 

「うーん、妖怪が人を助ける、か。聞いたこともないな。その八雲の……なんちゃらってのはもういないのか?」

 

「そうですねぇ……ほんの数年前まではたまに見かけていたのですが、今じゃあめっきり見ることもありません。ああ、でもここ最近になってからまた、夜になると飯屋で見かけるらしいですよ。あの仏頂面が閉店ぎりぎりに急ぎ足で飯屋に入る、なんてにわかにも信じがたいですがね」

 

 ピクリと自身の身体が小さく震えるのを感じる。

 

「妖怪が人里の飯屋にねぇ……」

 

「すいませんこれくらいしか……。私らの上の代なら何か知ってたかもしれませんが、大体はもう土の中ですからね」

 

 最後に”おっと自分もそろそろですが”とおどけたように付け加える。

 

「ああ、いいよいいよ。ちょっとした興味本位だからな」

 

 話はそれで終わりらしく、男と妹紅は一言、二言、話して離れていく。

 だというのに、霊夢は未だ動けないまま、その場に立ち尽くしていた。思いがけずに知ったその情報が長年の疑問が氷解させる。点と点がつながるようにして、霊夢の中で一つの納得が生まれた。

 

 ああそうか、そういうことか。――だから嫌われていたのか。

 

 普段感情を見せない白墨が、食事のことになると小さな執着を見せるということは、短くない付き合いの中で、霊夢もうっすらと気付いていた。

 男の話から、白墨が人里で姿を現さなくなった時期が、先代の巫女の死と関連していることはすぐにわかる。

 

 先代巫女の死から極端に昼間に姿を見せなくなった白墨。ではその時間帯、白墨が何をしているのか。それを霊夢は誰よりも知っていた……自らの苦い記憶をもってして。

 

 白墨はいつも修行の終わる時間を厳守する。一度その日の修行が終わり、立ち去ろうとする白墨に殴りかかったことがあるが、その時も白墨は飯屋が閉まると言い、霊夢を払いのけ、足早に立ち去っていったことがあった。

 

 その日の経験が霊夢の中の納得をさらに加速させる。

 長い間重いしこりとなって残っていた疑問が、喉につっかえた魚の骨が取れたように解消する。わかってみれば、単純な事であった。自らがあの時間を嫌うように、白墨もまたあの時間が嫌いだったのだ。

 

 理由も分からず嫌われているというのも気持ち悪い、思わぬところで疑問を解消できた。

 ああ、すっきりしたと霊夢は自分に言い聞かせる。

 

 買い物袋を揺らして歩を進める。秋の季節も終わりに近付き、冷たい風が髪をなびかせ、霊夢は思わず目を細めた。不意に前を走る少女にぶつかりかけて、横にずれる。

 ちらりと後ろを振り向けば、あともう少しで衝突しそうになったというのに、少女は気にした様子もなく、走り抜けていく。

 

 そしてその先には――

 

「……ああ、母親か」

 

 少女が笑顔で駆け寄っていく女性を、ごく普通にそう判断する。

 少女が母親に何を話しているのかは聞こえないが、その表情からは朗らかなものを感じた。

 どうしてか、霊夢はしばらくその親子を眺めて足を止める。

 

 特段、今更自分の母が亡くなった事実を受け入れられなくなったのではない。むしろその逆で、あの夜からたった数ヶ月しか経っていないというのに、あんなに悲しんだことは霊夢にとってすっかり過去のことになってしまった。あるいは悲しみを引きずる暇もなく、自分を取り巻く環境が変化していったからかもしれない。

 

 しかし、どちらにせよ霊夢にとって事実は変わらず、 現実に従うように母の死を受け入れた。

 だからあの親子を見て、懐かしさを覚えることはあっても、あの夜のような悲しさに襲われることはない。

 

 けれど……ふと、あの親子のように自分を愛してくれていた母は死んでしまったのだと、そう心の中で口にした時、――ああ、もうこの世界には自分を愛してくれる人が誰もいないのだ。と、そんな今更過ぎる事実が、どこか胸にストンと落ちた。

 それを理解して、これまで見ないようにしてきた酷い孤独感が霊夢を襲った。

 

「……ッ!」

 

 辺りの喧騒が突然離れがたい物へと変わって、咄嗟に霊夢は走り出す。

 ここにいると狂ってしまう、と……あの静かな神社(独りぼっちのおうち)に帰れなくなってしまうと、震える自分に言い聞かせて人里から逃げ出す。

 

 一人で出ると危ないぞ!……なんていつもなら聞くことはないであろう、見張りの男の警告を無視してけもの道を駆け抜ける。

 いつもなら飛んで帰るのを……今日だけは無理矢理手足を動かした。

 切れる息が、しびれる手足が、胸の中の不安を麻痺させてくれる気がした。

 

 幼少期の思い出

 小さい巫女服とお母さん、そしてあの神社が霊夢を形成する全てだった。




ご飯が好き(真)

修行つけるの面倒くさい(真)

霊夢が嫌い(偽)

好きでも嫌いでもない、どうでもいい。博麗の巫女だから興味はある(真)

これが勘違いモノってやつですか
……あれっなんかちげ
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