人里から魔法の森へ続く道の途中、閑古鳥が鳴く小さな道具屋。
俺は迷うことなく、その扉を開ける。カランカランと来店を知らせるドア鈴が鳴るが、その音に店主が気付くことは無い。
店内に入り、影を見てようやく気付いたのか、この寂れた道具屋の店主……森近霖之助は顔を上げる。
「ああ君か、いらっしゃい」
俺が来たことを特に気にした様子もなく、落ち着いた雰囲気を保つ相手というのは、俺にとってはなかなか珍しい相手だった。先んじて俺が来ることを知っていたからというのもあるからかもしれない。
先日依頼した巫女服の修繕……今日はそれを受け取りに来た。というのもここ香霖堂は先代の時から巫女服だったりお祓い棒だったりの作製、修繕を請け負っているらしく、今回来たのも紫に紹介されての事だった。
紫曰く、博麗の巫女があんなボロボロの巫女服じゃあ格好が付かないらしい。俺は気にならないのだが、それを言うと、霊夢が周りからどう思われるかと返された。
再三、自分は気にならないぞと伝えれば、今度は無言でお尻を蹴られたので、これ以上追及はしなかった。
というかそんなに気になるのだったら紫なり藍なりが行けばいいのに……と思わなくはなかったが、これ以上お尻の穴を増やされるのも勘弁なので、俺は静かに頷くだけに留めたのだった。
「へぇ〜こんな店に来るなんて変わったやつもいるんだな」
心底意外そうな幼い声。声の方へと目を向けると、木製の長椅子に跨った長い金髪の幼子が、ぴょこんとカウンターから顔を覗かせていた。
「はぁ……魔理沙、邪魔するなら中に入っていてくれ」
「おう、邪魔するぜ」
魔理沙と呼ばれた幼子はそう快活に笑う。迷惑になることを全く意に介した様子もない。あれもいつもの事なのだろう。
それを聞いて、霖之助はうんざりといった風に眼鏡を直した。
「な、な!で、誰なんだ?やっぱり冷やかしか?」
「彼はお客さんだよ。滅多なこと言うんじゃない」
いつもと変わった事が楽しいか、おちゃらけた様子で魔理沙が言う。
まあ俺に興味があると言うよりは霖之助とふざけたいだけのようだが、子供なんてあんなものか。
にしても、と魔理沙をジッと見る。
……。
うーん、やっぱりあんまり似てないな。
「な、なんだよ」
「あんまり失礼な事言うから怒ったんじゃない?ほら、ここ人里の外で、彼妖怪だから」
「え、わっ、うわぁ!?」
なんでもないかのような霖之助の言葉に、魔理沙は肩をピクリと跳ねさせ、そしてそのままバランスを崩してふらりと背から地面に落下した。
生憎、自分から人を襲ったことはまだないのだが、魔理沙には効果が覿面だったらしい。
そんな光景に少し懐かしさを覚える。3、40年前の人里では、よく子供の躾で俺を持ち出す家庭があった。悪さをしてると八雲の操り人形に連れてかれるぞ……みたいな感じで。
今考えても何故なまはげみたいな扱いされていたのかは謎だが、当時はそこそこ多かった。報告書を読んでお茶を吹き出していた紫が記憶に新しい。
そんな懐かしい脅しをしていた霖之助は、ちらりと痛みで悶絶している魔理沙を見ると、小さく頷いて立ち上がった。
「ふぅ、静かになったね」
「か、からかったな!」
すかさず霖之助を睨みつけて言う。
「別に、冗談でもなく妖怪相手ならそれくらいの心持ちの方がいいけどね。ああ、君もどうせ
そう言って霖之助は魔理沙の視線を意にも介さず、そのまま店の奥へと姿を消した。
「……わ、私もいく!」
魔理沙は警戒するように2、3度俺を見ると、怯えるように霖之助の後を追った。
誰もいなくなったのを確認してから、店内の品を見て回って時間を潰していると、意外と早くに霖之助は戻ってきた。
「はいこれ。そろそろ背も伸びてくる頃だろうから、ついでに丈も少し伸ばしておいたよ。あとこっちが替えのやつ。小さくなったらまた持ってきてくれ」
丁寧に折り畳まれた巫女服を受け取り、霖之助の後ろへと目をやる。その背中に隠れるようにじーっと魔理沙がこちらを見ていた。
どうやら完全に警戒されているらしい。
……まあいいか。目的は果たしたしさっさと帰ろう。
特に気にせず、二人に背を向けようとして……俺の前に伸ばされた手に気付いた。
「……?」
「うん?いや、お代」
「金……かかるのか。」
「そりゃあそうさ。滅多に客が来ないとはいえ、ここは僕の”店”だからね。それに最初に魔理沙にも言ってただろう?彼は
「……。」
何を当たり前のことをと眉を下げ、再び催促する様に手を動かした。
……おのれ、ご飯以外でお金を使うことになるとは……。ましてや自分とは関係ない物に……。
仕方なく渋々腰の巾着袋へと手を伸ばすと、霖之助が良い事を思いついたと手を止めた。
「ああそうだ、もし魔理沙を人里まで連れて帰ってくれたら安くするよ」
その発言にぎょっとしたように魔理沙は霖之助を見上げる。
「ちょ、ちょっと!なんでっ!いつもみたいにこーりんが送ってくれればいいじゃん!」
「いや、僕だってやりたいことがあるし、暇じゃな……ああそうか、怖いのかい?そんな不安にならなくても僕なんかと帰るより彼の方が何倍も安全だから安心しなよ。いくら近いからとはいえ、ここは一応人里の外だ。一人で帰したと知られれば君のお父さんになんて言われるか……」
「で、でも……」
不安そうに視線を揺らす魔理沙と目が合うと、顔を真っ青にして固まった。
「ということで頼めるかい?」
「……わかった。」
「!?」
「ああ、助かるよ。魔理沙も家出代わりにここに来るのはいいけど、いい加減仲直りしてくれよ。僕も暇じゃないんだ」
魔理沙もいつもなら客なんて来ないくせによく言うぜと茶化すところだが、今回ばかりは裏切られたような顔で香霖を見つめた。
未だ固まっている魔理沙を無視して、少し安くなったお代を払う。
「うん、確かに。それじゃあ頼んだよ」
そう言うと、満足したように頷いて手元の本へと目を落とした。
「ああ、待ってくれ。一つ、言い忘れていたことがあった」
もう用はないと扉に手をかけたところで、思い出したかのように霖之助が呼び止める。
「妖怪の、それも年上である
目線は本に向けたまま、世間話でもするような抑揚のない声だった。
「……ああ、次はもう少し早くに持ってくる。」
満足のいく返答ではなかったのか、霖之助はため息をつき、諦めたように首を振った。
◆
コツン、コツン。
一人で進んでいく俺の後ろを、魔理沙が石を蹴りながらついて来る。安全を気にするなら少し離れ過ぎだが、そもそもここは妖怪の通りが少ない。一応灰の目で見ているが、近くに妖怪らしい姿も見えないので大丈夫だろう。
「……なあ、お前は魔法とか使えるのか?」
恐る恐ると言った風に魔理沙が口を開く。少し歩いて恐怖も紛れたのか、その言葉からは香霖堂で見せた過剰な恐怖を感じることはなかった。もしくはそれより強い好奇心が魔理沙を動かしたのか。
少し考えてから俺は首を振って答える。ずっと日本にいた俺は西洋の魔法には疎い。もちろん道すがらになんとなく聞いたことはあるが、実際に見たことや、魔法使いという種族を見たことはなかった。
魔理沙は俺の返答に小さく肩を落として項垂れる。
「そうか。ま、そうだよな」
「……道具屋は継がないのか。」
思わず零れてしまった言葉に、魔理沙は一瞬虚を突かれたように目を見開き、そしてすぐに不貞腐れるように顔を歪めた。
「道具屋なんて、どうでもいいよ」
理由は続かなかった。
しばらく無言が続き、気が付けば石を蹴る音ももうしない。
川のせせらぎが近くなる。人里までもう少しだった。
川辺では半身を水に浸からせるように鹿の死骸が横たわり、それを数羽のカラスがつついていた。
それを見て、魔理沙はうっと喉の奥を詰まらせる。
「うへぇ……気持ち悪い」
嫌なものを見たと舌を出し、しっしと手で振り払うフリをする。
「……あの鹿の死骸は、冬を迎えるこの森でカラスやキツネ、他の生き物の貴重な食料になり、その骨はやがて分解され、この森の養分となる。命を回して自然が生きているんだ。」
霖之助に言われたからではないが、何か話しておくべきだと思った。
思ったよりも説教臭い言葉が出たことに関しては自分でも少し驚いた。
魔理沙を見ると、どこか呆気にとられたような顔をして俺を見ていた。この妙な間がどこか好きにはなれない。やはり会話は面倒だ。
「着いた。」
「えっ!?あ、おい!」
人里の入り口にまでたどり着き、これ幸いと会話を切ってその場を離れる。面倒ごとは逃げるに限る。
◆
◆
◆
白墨がいなくなった後、唖然と空をみつめる魔理沙は、一人思い出したかのようにつぶやく。
「私、道具屋の娘って言ったっけ……?」
巫女服修繕の名目で定期的な休みを霊夢に与える紫様。
なお、休まるどころが精神状況が悪化する霊夢。
・八雲の操り人形に連れていかれるぞ
怖いけど、人間は襲わないんじゃね?と人里の人間が灰くんに慣れ始めたころに流行った言葉。もちろん、それでも恐怖は健在なので灰くんの目の前でそんなことを言う家庭はなく、家の中でひっそりと使われていたが、当然灰くんには知られている。