今回から章変わりします。あまり変わりませんが一応原作前最後の章です。
多分2、3話読んでも読まなくても良い閑話を書いてから原作入ります。
第六十七話 誰かがいる生活
「……朝」
静かな起床。いつもと変わらない、何の変哲もない一日の始まり。重い体を無理矢理起こして布団を畳む。
そのまま顔を洗いに行こうとして、ふらりと縁側に続く戸を開けた。
「……おはよ」
「ああ……。」
予想通りのその場所で男は新聞をめくる手を止めて、少しだけ首を傾けて言った。
たかが朝の挨拶だけれど、私にとっては随分と久しぶりな事だった。
「朝なんだから、おはようって返しなさいよ」
小さく残した愚痴は風に流されて聞かれることもなく、私は足早にそこを離れた。
あいつに理解しろというのはまだ無理な話だろう。
あの夜からあいつが劇的に変わったということはない。いつも通り無表情で、言葉は少ない。相変わらず何を考えているかわからないし、ぼーっと新聞を読んだり、本を読んでいたり……こっちから話しかけなければ会話は起こらないし、置物のようにそこにいるだけの日もある。
修行も変わらずあるし、私の生活に変化という変化はほとんどないと言っていい。
……しいて言うならば、朝起きた時におはようと言う相手が居て、寝る前にお休みという相手が居る……ただそれだけの変化だ。
でも、小さな変化ならもう少しある。
例えば、洗う食器が……少し増えたこと。
◆
「食事、作れたのか。」
「そりゃあそうでしょ。今までどうやって過ごしてると思ってたのよ」
「いや……そうか。」
虚空を見つめながら答える白墨に若干の呆れを覚えながら、ちゃぶ台に二人分の朝食を置く。
まだ少し慣れないけれど、白墨は神社にいる時間が増えた。増えた……というか基本ずっといる。たまにいない時もあるけれど、それでもやっぱり一日の大半は神社のどこかに居た。夜中にトイレで眼が覚めた時なんて、ふらふらと徘徊する白墨を見つけて悲鳴をあげそうになったくらいだ。
加えて神社から人里まではそこそこ距離がある。朝、晩とこの距離を往復するのは面倒で、自然と私が白墨の分の食事を用意することになった。
二人分の食事を乗せたちゃぶ台は少し狭くて、対面に誰かが居るというのはお母さん以外だと初めてだった。
お母さんの時よりも静かな食事だけど、少し新鮮で……
「霊夢、箸で皿を寄せるな。」
……。
「肘をつくな、行儀が悪い。」
「だああああ!もう!うっさいわね!いいでしょ別に!私が作ったんだからっ!」
「霊夢、肘を――」
「大体あんたも何も言わないで……!作って配膳までしてやってるのに感謝の一つもないわけ!?」
遅れてやってくる羞恥心を怒りで上書きして白墨を指さす。
「必要なことも言わない聞かないのあんたなんかにマナーがどうこうでっ……」
「霊夢。」
「うっ……」
「霊夢、箸で皿を寄せるな。肘をつくな。」
「わ、わかったわよ……」
こういう時の白墨は、思わず目を逸らしたくなるような詰め方で私を見てくる。やっぱり表情は変わらないけれど、ムズムズするような居心地の悪さは間違いなくあの目で睨まれているからに違いない。
「……そういえば、あんたせっかく布団敷いてやってるんだから使いなさいよ」
最初はずいぶんと早起きなのかと思っていたが、使った形跡がまるでない。どこで寝ているのか知らないが、布団くらい使えばいいのにと話を変えるついでに私は聞いた。
「……寝ない。」
「はぁ?」
「俺に睡眠は必要ない。だから寝ない。」
「……?そんなわけないでしょ、嘘つくんじゃないわよ」
「嘘じゃない。極論、俺は睡眠も食事も必要ない。寝ずとも食わずとも、問題ない。」
「……でも、寝たい時とかあるでしょ」
「ない。布団もいらん。」
「~~ッ!あっそ!!!じゃあ食事も用意しなくていいわね!はー!食費が浮いて助かるわ!!」
どうでもよさそうな無神経な声に腹が立つ……いつもと変わらない声のはずなのに。
わざと意地悪な言い方をしてみれば、ピタリと動きが止まって目に見えて狼狽えているのがわかり少しだけスカッとした。
「待て、待て霊夢。食事は必要だから食べるのではなく食べたいからで……」
「あーはいはい!聞きたくない聞きたくない、イライラするから聞きたくない!それ以上あんたから話しかけてきたらもう二度と作らないから!いい?作ってやってるのは私で家主も私!あんたはただの居候!決定権は私にあるのよ!」
「………………………。」
何か言いたいことがあるのだろうけど良いザマだ。
結局白墨は固まったまま、信じられないものを見るような目で口をパクパクと開閉させるだけだった。
◆◇◆◇
『哀れだね、八雲紫。不便な目を持って、自分の式神のことも見えず、けれども知っていることを求められる。今更私に接触してきて聞くのが白墨のこと?』
『そうね……多分、貴方が一番白墨に近い。あの子について知る……その最後のピースになるとしたら、それはあなただと思ってる。だから聞きに来たのよ』
『……いいよ。断ったら怖いからね。今じゃ
『知りたいことのほとんどはもうわかった。あなたからはただこれから話す内容の確証を得たいだけ』
『……』
『……きっと、歴史上で最も多く同族を殺してきたのは人間でしょうね。そして、その屍に最も強い感情を抱くのもまた、人間でしょう。他者を恨み、欲に溺れ、その欲さえも妬みとして消化する。黒く暗いそのおぞましさこそがあの子の起源。でもそれじゃあ――』
『それじゃあ、ただの妖怪止まりだって?……何を驚いた顔してるのさ、ここからが本題でしょう?例えば。西瓜といえば、あの甘い味を思い浮かべるでしょう?綺麗に切り分けられた最初の一口目、甘く熟した中心部分……味の薄い皮の近くではないね。もし西瓜の中心部分の甘い所だけを切り取って集めたものがあったとして……それはみんなが西瓜と言われて最初に思い浮かべる甘みしかないものだけど、味の薄い皮の部分がない西瓜なんて本当に西瓜と言えるのかな?』
『何を……』
『白墨も同じだよ。あーあ、きっと食べたら美味しいだろうなぁ……。なにせ白墨は、人間よりもヒトらしい。余分なところの一切をそぎ落として人間の本質のみで構成された
『……いいえ、まだ一番重要なことが残ってる』
『……』
『貴女が白墨に執着する理由は何?』
『……………………………………………………』
◆◇◆◇
妙なかゆみを覚えて、ボリボリ、ガリガリと肘を掻く。
にしてもとんでもない暴論を吐く巫女だ。酷い目にあった。大体あの神社稼ぎもないのにどうやって食いつないでるんだ。いや考えるまでもない、紫だ。絶対紫だ。ずるい、働かずして飯が食えるなんて……俺だって最近になってようやくの年金生活だっていうのに。
「珍しく難しい顔してるなぁ……くだらないことでも考えてる?あっ魚焼けたよ、貰うね」
「……。」
そう言いながらひょいひょいとルーミアが俺の釣った魚を奪っていく。
もう見慣れた光景だ。思わずため息をつきそうになりながらも自分の魚を取った。
……そう魚。ごく一般的な川魚。あのあと、結局霊夢は昼食を作ってくれそうな雰囲気じゃなかったので仕方なく釣り道具を取り出した。
嫌いじゃないけど、正直飽きてきた川魚。
それに頑張って釣った魚も半分以上はルーミアに食べられる、厄日だ。
どこに住んでるのかも知らないけど、いつも俺がこうしていると、どこからともなくやってくる。今回も予想通りだった。
「水臭いなぁ……そんな食べる物にも困るくらいなら言ってくれればいいのに。私だってとっておきの人肉を……」
「いらん。」
「うーん、まだダメか。にしてもなんで今更魚?私は嫌いじゃないけど、ご飯なら人里で食べて来ればいいじゃん。お金ないの?八雲紫って案外ケチ?」
「金はある。でも……最近、見てないから。」
「見てないって……うん?」
呆けた顔で自分を指すルーミアに小さく頷く。他に誰もいないだろうに、やっぱりこいつはちょっとお馬鹿なのかもしれない。可哀想に。
「お……」
「……?」
「お……お、おおおお!!うわっ!うわうわっ!うわぁー!」
「やかましい。」
「痛い!照れ隠しだなぁッ!……全ッ然照れてる顔してない!?で、でも悪くない!悪くないぞ!い、いや良くない変化だけど!良くない変化なんだけど……!う、うわぁ……!」
ほんとうになんなんだ一体、今日は一段と鬱陶しい。
あと興奮気味にツンツンと指でつついて来るのをやめて欲しい。さっきまで魚を鷲掴みにしていた手で触られたくない。
「ねえ、身体は健康?ご飯は満足に食べれてる?」
俺に向けて言う言葉としてはあまりにも似合わない。釣られるようにルーミアを見ると腹も十分満たされたのか、満足そうにお腹をさすって昼寝の準備に入っていた。
「昔、お前は自分と俺が似た者同士だと言ったが……今なら少し、わかるよ。」
気持ちよさそうに風を浴びていたルーミアが片目を閉じて俺を見る。遊び疲れた子供のように無邪気な顔だった。
「人を食べたくなったら教えてよ。初めてはやっぱり良い物を口にして欲しいからね。ああ、それと……かさぶたはあんまり掻かない方が良いよ」
『』は過去の話。
博麗神社のお財布事情:知らない間に二人で朝食を取っていることに気付き、急いで二人分の食費を用意し始めるゆかりん。給料あげてるのに白墨の分まで用意する必要あるのか、と頭を悩ませるするゆかりん and なぜか知らんけどうちの金減らないなーと思ってる霊夢。
ゆかりんポンコツ扱いされ気味だけど雇用主としては灰くんにゲロ甘だったりする。