灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第六十八話 風に吹かれるように

「今日はとっておきを見せてあげるわ」

 

 ある日の修行、自信満々の霊夢と共にそれは起こった。

 発端は俺が霊夢に渡した先代巫女の指南書、その最後のページに書かれた博麗の巫女の奥義。霊夢は俺の想定よりも遥かに才能があった。

 

 いつもの修行の始まりと違い、逃げることをせず、したり顔で俺を待ち構えていた霊夢が一言口を開く。

 

「……夢想天生」

 

 古くから継承され、けれども実際に使えた博麗の巫女はずっと少ない、最強の技。

 その日、俺は絶えず身体が崩壊する苦しみを久方ぶりに味わった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「またずいぶんと派手に壊したのね」

 

「紫……なんだ、あれは。勝てる気がしなかった。」

 

 破壊の跡が目立つ神社の前で、仰向けに天を仰ぐ俺をのぞき込むように紫が顔を出す。

 

「あれは出された時点で負けだもの。よく善戦した方だわ……お疲れ様」

 

「……………………そうか。」

 

 夢想天生……確か霊夢はそう言った。言葉と共に生み出された八つの陰陽玉とそこから放たれる無数の弾幕。反撃を許さず、反撃をする隙を与えず、ただ一方的な暴力(弾幕)にて封殺する。なるほど強者の戦い方だ、敵わない。

 足を止めた途端、決壊したダムのように流れ込む弾幕に押しつぶされる。常に走り回り、それでも避け切ることは叶わず、一度被弾すればもつれる様に捕まる。

 あれはどうすればよかったのだろうか……いや、正解などないか、解決策もクソもないから強者と呼ばれるのだ。勝てるはずもない。

 

「立てる?」

 

「傷はもうない」

 

「それは良かった」

 

 紫はにっこりと笑い、まだ横になっていたいと願う俺を無視して無理矢理起こす。ぱっぱと服の汚れを払うように紫が叩く。俺はされるがままだった。

 

「……攻撃が、通らなかった。」

 

「ええ、そういう技ですから」

 

 ちょんちょんと跳ねた髪を直してくれる紫に不貞腐れたように言う。

 酷い戦いだった、戦いとすら言えなかった。幾十の死と共にやっとの思いで近付いたというのに、こちらの攻撃は全く効かない。防がれたわけでもない、ただ実体のない幻影のようにすり抜けて効果がなかった。

 

「対策は。」

 

「ないわね。少なくとも、あなたにできる範囲では。」

 

「……。」

 

「デタラメでしょう?」

 

「……だが、不完全だ。」

 

「そうね、あれではまだ未完成」

 

 ため息をつく。あの技の中で霊夢に意識はなかった。宙に浮きあがり、虚ろな瞳のままに無差別な弾幕攻撃。早々に白旗を上げたというのに無反応、おかげでこのざまだ。

 本人の意図した行動をしない技を完璧とは言えない。……だからと言って俺にできることなんてないけれど。

 

 今回は紫が止めてくれたから何とかなったものの……あれを人里でやられた場合打つ手なしだぞ。危険すぎる。

 完全無敵からの視界を埋め尽くすような無制限弾幕……あーもう反則だ、反則。これだから埒外の化け物は嫌なんだ。

 それされたら無理じゃんってことを当たり前のようにやってくる。こちとらせっせと走り回ってやってるってのに、やれスキマだの、霧状化だのふざけたインチキ技で破壊しやがって。

 

「ほら不貞腐れてないでシャキッとなさい。ほら、これあなたの」

 

 そう言って紫が渡してきたのは小さなハンマーと釘。

 嫌な予感がしてきた。

 

「……これは。」

 

「金槌よ」

 

 そんなの見ればわかる。わかりたくないのはこの後の展開だ。

 

「私は境内の穴ぼこを均してくるから、あなたは神社の方をよろしくね」

 

「……動きたくない。」

 

「ああもう、半分やったら私がなんとかするから頑張りなさい。霊夢が起きる前に終わらせなきゃ、ほら座り込まないで」

 

 厄日……なんてもんじゃない。半ば無理矢理握らされた金槌を、俺は心を無にして振り下ろす。

 穴の空いた床に板をあて……チクリとした痛みに顔をしかめる。木片が指に赤い線を作り、溢れるように血が漏れ出した。

 別に強くなんてなくても良いが、こんなので怪我していると先が思いやられる。

 俺はため息をつき、血を舐め取って作業に戻った。

 

 遠くでは、紫が参道の石畳を不思議な力で直しているのが見える。全くもって、便利で羨ましいことだ。

 

 

 

 

「ん……ぁあ?」

 

 ぱちりと目が覚めて身体を起こす。外を見れば、既に月が顔を出していた。

 はて、いつの間に寝てしまったのだろうか?思い出すように頭を捻ろうとして、見知った顔が目に入った。

 

「あれ、白墨……ああ、失敗したのね」

 

「……。」

 

 流石に見たばかりの知識では使えなかったらしい。なんか奥義とか書いてあったし。

 無様に失敗してそのまま倒れたのだろう。思えば、修行が始まってからの記憶が全くない。

 

「霊夢。」

 

「……?なによ?」

 

 名前を呼ぶ白墨の声は、いつもよりも疲れているようだった。

 

「あれはもう使うな。」

 

「はぁ?使えるものは何でも使えって言ったのはあんたじゃない。今回は失敗だったかもしれないけど次は……」

 

「使うな。」

 

 有無を言わさぬ強い言葉。白墨と会話をしていると、何度かこういう強引な切り方をされる。

 大抵何かしらのこだわりがあってのことだろうけど、その言葉の真意を話すことは基本的にない……けれども今回は少し違ったようで、白墨は緩慢な動きで外を指さした。

 

「あれはもう、うんざりだ。」

 

 急遽埋め立てたような不自然な地面の色、雑に継ぎ接ぐように塞がれた縁側の破損跡。

 混乱する私に畳みかけるように白墨が口を開く。

 

「……疲れたから、少し休む。明日は休みだ。」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 あくびを嚙み殺し、そのまま部屋を出て行こうとする白墨を呼び止める。

 

「外のは何!?なにがあったらあんなんになるのよ!」

 

「見ての通りだ。」

 

「それを聞いてるんでしょうが。一から十までキリキリ喋りなさい」

 

「……今日はもう疲れた。また今度。」

 

「はぁぁぁ~~?」

 

 一回叩いてやろうかと考えて惜し留まる。見ればどうやら本当に疲れているようで、顔も生気がない……のはいつものことだが、身体もどことなく覇気がない。なんというかふらふらというかへろへろというか……何があったのかは気になるが、流石に無理矢理聞くのは憚られた。

 

「あーもうわかったから。ほら、こっち来て」

 

「……なんだ。」

 

「いいから」

 

 面倒くさそうに付いてくる白墨を座らせて、箪笥を漁る。

 そして慣れた手つきで目的のものを取り出した。こうしてすっかり慣れてしまったのも目の前のこいつのせいだが、きっとそんな皮肉は通じないだろう。

 

「ほら、手出して。小さな切り傷だけど、消毒くらいしておきなさい。誰かさんのせいでもう慣れたものだから……って、どうしたの?」

 

 

 


 

本報告書には著述時期による重大な記載漏れがあることを留意せよ。

 

 霊夢は順調に強くなっている。

 最近じゃあ灰逃げを利用したヒットアンドアウェイ戦法で誤魔化しているが、正直近付かれたら瞬殺されるし、時々やってくる瞬間移動じみた動きには着いていけそうにない。

 

 それと霊夢は俺を地面に叩き付けるのが好きなようで、投げ飛ばした後は毎度スッキリした顔で機嫌が良くなる。幼いうちから酷い破壊衝動だ。多分ろくな巫女にならない。

 まぁまだ負けっぱなしという程差ができている訳では無いが、それも時間の問題だろう。俺が霊夢を相手に手も足も出なくなる日はそう遠くない。

 

 という訳で、最近は定期的に村人からの依頼を霊夢に受けさせている。ちょっとした妖怪退治から里の外を歩くための護符の作製。

 妖怪退治の方に関してはもう問題ないように見える。霊夢の戦闘相手のほとんどが俺だったからどうなるかと思ったが、まるで何度も戦った経験があるかのように的確な動きで終わらせていた。

 危なげなく終わらせるどころが、良い運動になると鼻歌交じりだ。

 初陣でビビり散らかしていたあいつとは違う。やはりこれに関しては先代とは別格の才覚があるらしい。

 逆に護符や御札の作製は面倒なのか、机に顔をだらりと垂らしてふらふらと筆を動かしていた。

 これも先代とは真反対だった。

 

 

 というわけで以下より現時点での霊夢の評価を記す。

 まず戦闘面に関しては問題なく、ある程度の妖怪集団なら危なげなく制圧できる。空中機動も勘の鋭さも良い。陰陽玉だけでなく針から御札、お祓い棒まで完璧に扱え、苦手とするものは特にない。霊力の使い方については知らないが悪くはないと思われる……結界術に関しては完全に抜かれてしまっていて、もはや何をしているのか俺ではわからない。

 まあこのように戦闘面に関しては、ここ数代の巫女と比べてもほぼ完璧である。不満を挙げるならまだ勇儀には勝てそうにないことだろう。さっさとあの迷惑な鬼を退治してほしいものだ。

 

 博麗の巫女と言えば人里との関係についてだが、こちらは歴代と比べてもあまりよろしくない。

 まだ年端もいかない少女であることから前評判も芳しくなかったのに加えて、霊夢自身の依頼への不誠実さが原因で信頼の低下が見られる。先代と比べ、依頼を積極的に取らず、すぐため込む。その上、達成報告もしないため博麗の巫女の活動自体が不透明なものとなっている。

 今は現状を憂いた寺子屋の半獣が仲介役をしているので大丈夫だろう。

 ……まあ他の退治屋と比べても博麗の巫女は別格ゆえ競争相手が居ないので殿様商売ができる。気にすることではないだろう。

 

 あとご飯が美味しい。昨日の夕食に出たサバの味噌煮は良かった。ただここでもサボり癖が出るのか、二日連続で同じものを出したりと怠惰な一面が見れる。文句を言うとすぐに飯抜きを盾に脅してくる、暴君だ。

 

 

 追伸、最近例の小鬼が近くにいる気がする。とても気分が悪くなるので何とかしてほしい。早急に何とかしてくれなきゃお前の主が嫌がりそうなことをして抗議する。

 


 

「ふむ、今回もご苦労。にしても随分と博麗の巫女に関することが多いな」

 

「……要求したのは、そっちだ。」

 

「ああ、文句じゃないよ。主観交じりの物が多くて意外だっただけだ。にしてもお前……最後のはなんだ。な、なにをする気か知らんが絶対やめろよ……私の方から紫様に言っておくから」

 

「……。」

 

 顔をヒクつかせる藍から目を逸らす。

 こればっかりはどうにかしてくれなきゃ困る。……多分、というか絶対いる。わざわざ俺が気付くぐらいの”濃度”で観察しては霊夢が近づくと離れていく……何が目的か知らんが性格が悪いことこの上ない。

 

「著述時期による重大な記載……というのは例の?」

 

「ああ。俺では勝てない。」

 

「……っま、いらん心配だと思うが気に病むな。修正は必要ない、概要は紫様から聞いている」

 

 修正はいらないか、それは助かる。せっかく長々書連ねたのにあのふざけた技のせいで全て没になるところだった。

 

「そういえば、今回は書いてないんだな」

 

 意外そうに藍がつぶやく。

 書いてない……?何のことだろう?仕事してる感を出すために精一杯文字数稼いでるから、漏れなんてないはずなんだけど……。日付でも書き忘れたか?

 小首をかしげるようにすると、藍はクスリと笑った。

 

「お前のことだよ。本でも出すのかって文章量で各店の特徴とか味の評価とか……よく分からないお前の一言感想みたいなやつとか……今回はそういうのがないなって。平坦な文章の中にツギハギされたみたいに突然書かれたお前の話。最近じゃあ、ちょっと面白く思えてな、目を休める時間として使ってたから気になってたんだが……」

 

「……最近、人里で食べないからな。」

 

「ああ、そうか。今は神社の居候……だもんな」

 

「……?」

 

 藍も昔と比べてずいぶんとまあ、無駄話を好むようになったものだ。よくわからないが、昔の方がやりやすかった。

 これ以上付き合わされるのも面倒だし、さっさと退散させて……。

 

「ああそうそう、これからお昼なんだがどうだ、食べてくか?」

「頂こう。」

 

「敬語」

 

「……………いただきます。」

 

「ふふっ……よし、私は紫様を起こしてくるから。手洗ってこい……せっかくだ、豪勢にすき焼きでも作ろうか」

 

 

 

 

「うっ……美味しいけど寝起きにすき焼きは重いわね……」

 

「お昼に寝起きなのが悪いんですよ。いらないなら貰いますね」

 

「ちょっと、重いとは言ったけど食べないとは言ってないわよ、手をどけなさい」

 

「……すき焼き。……和牛。いいのか、昼からこんな……許されるのか八雲藍……こんな、こんなことが。」

 

 すき焼きを3人で囲んで食す。一人はやや苦しそうに、一人は呆れた顔で、そして最後の男は感極まった動きで箸を動かした。

 

「うぅ、やっぱり重い……。らんー卵ちょーだーい」

 

「卵……?たまご……!藍、卵。」

 

「はいはい私は卵じゃありませんよっと……白墨、白身は?」

 

「欲しい。」

 

 良い様に使われてるなぁ……と肩をすくめながら、藍は卵を取り出した。主人の分は白身を抜いて、白墨の分はそのままに。

 カシャカシャと音を立てて卵を溶かせば、連動するように白墨が揺れ動く。なんかの儀式みたいだと笑いを堪えて小鉢を渡した。

 

 渡した後は期待通りというか、予想通りというか……それはもう美味しそうにお肉を口へ運ぶのだ。

 品があるとまでは言わないが、どことなく白墨の丁寧さが垣間見える。傍から見ても分かるくらいには美味しそうに食べるけど、落ち着きのある静かな食べ方だった。

 

「普段の仏頂面からは想像付かないでしょ?」

 

「……紫様は知ってたんですか?」 

 

「昔からああなのよ。全く笑っちゃうわよね」

 

「……ええ、本当に」

 

 にへっと気の抜けるような顔でしらたきを頬張る主に釣られ、藍もまた頬を緩ませた。当の白墨本人は食べるのに集中してか、こちらに気付いた様子もない。

 それがなんだがおかしく思えて、誤魔化すように箸を動かした。

 

 そうしてぎっしり具材の詰まった鍋も空になり、藍は空いた食器を洗いに部屋を出た。

 

「美味しかった。ご馳走さま。」

 

「はい、お粗末様……なによーその目。良い白墨?式神の手柄は主人の手柄よ。私が作ったと言っても過言じゃないんだから」

 

「……そうか。」

 

 納得したようなしてないような、曖昧な返事をする白墨に背を向けて身体を伸ばす。

 本人がいないので紫も言いたい放題である。

 

 目も覚め、腹も膨めて紫はふと考える。思えば3人で食卓を囲むのは初めてだったか。結界のゴタゴタや、それに度重なる博麗の巫女の代替わり……それもひと段落着いた。こういうのも時には悪くないだろう。

 最近じゃあ、霊夢との仲も良好に見える。そういう話を聞くのも良い。報告書を通した話ではない、白墨の最近の話……何の意味もないただの世間話を聞いてみよう。そういう余裕もできたから。

 

「ん……少し眠いな。」

 

「全く、お腹いっぱいになって眠くなるなんてまるで……」

 

――あれ?

 

 それは違和感だった。少し()()()感じた小さな違和感。

 ()()……()()何だったか。確か……ああそうだ、まだ白墨に霊夢を任せたばかりの時、”お腹が空いた”って白墨は言って……それに違和感を覚えて……。

 

「ねえ白墨、あなた確か食事や睡眠は必要じゃないって昔――」

 

 

 さらさらと音が聞こえる。聞こえるはずのない音が、主張をするように木霊する。

 

 紫が振り返ったとき、白墨の姿はもうなかった。

 ただ、腰ほどの高さにまで積もった灰がひと山、零れるように落ちている。

 

 さらさら、さらさらと崩れ落ち、風に吹かれて削れるように。

 

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