クソ短いんだな、これが。ごめんよ;;
「目、覚めたわね。名前は言える?」
「……何だ、紫。」
瞳を開けて一番に紫の顔がデカデカと映り込む……なんて多分早々経験しないことだと思う。ちょっと気圧されながら答えると、紫は手元の用紙に何かを書き込み始めた。
「自我はそのまま……はい、じゃあ次は口を大きく開けて。ほら、あーん」
「んが」
否応なしに指を突っ込まれて口を開けさせられる。もがもが口を動かして抗議してみても効果はなく、ただじっと何かを確認する様に観察され、ついでと言わんばかりに瞼をグイっと引っ張られる。しばらくしてそれもようやく解放され、また紫は何かを書き始めた。
紫が変なのは知っているが、何なんだ一体。横暴な奴め、最近はそんな顰蹙を買うようなことはしてないはずだぞ。……さてはすき焼きの時、ちょっとお肉を多めに取った事を根に持ってるのか?いやこっそり取ったからバレないと思ったんだけど……。
「異常は見られない、か。……服脱がすわよ」
「まだ続くのか。」
「終わったらお菓子買ってあげるから我慢なさい。ほら、手伸ばして」
「……ん。」
羽織を脱いで帯を外される。こんな裸を見て一体何がしたいのか。紫が俺の胸に指を立てて、集中する様に目を瞑る。俺には何が何だかさっぱりだった。
「……こっちもないか。予兆は?あなた最近変わったことは?気になることはないの?」
のぞき込むように顔を近付け、いつになく真剣な顔で問いただしてくる。そんなこと言われたところで思い当たる節はない。首を傾げて答えてみるが、反応は著しくなかった。
「なんだ、さっきから。」
「何って、あなた自分がどうなってるか……」
そこまで言いかけてピタリと止まる。
「……?」
「自覚症状が……ない」
◆
やけに長い紫の健診を終えて、ようやく俺は博麗神社に帰ってきた。ただ報告書を渡すだけなのに結構時間が掛かってしまった。夕食には間に合いそうだから良かったものの、抗議だ抗議。
まあ、流れですき焼きを頂けたのは嬉しい誤算だったけど。
石段を上ると、こんな時間だというのに神社の前で仁王立ちする霊夢と目が合った。
俺に気付くと驚愕する様に目を見開き、そして何も言わずにつかつかと大股で向かってくる。
「……どこ行ってたの」
不機嫌なのを隠そうともせず、睨むように霊夢が言う。
そんなに怒らせるようなことをしただろうか?別に外出くらい前もしてたけど……。
黙っていると、ダンッ!と急かすように霊夢が足を鳴らした。まだ喋らないなら殴るぞ、という霊夢の最終警告だ。俺は急いで言葉を探した。
「雇い主、上役……?偉い奴……のところ?」
今さらだが、紫のことは何と伝えるのが正確なのか。はっきりしない俺の言い方に霊夢は一瞬眉をひそめ、そしてすぐにため息をついて神社の方へと身を翻した。
「何で私に聞くのよ……はあ、色々考えてアホらしくなった。で、なにしてたの?」
何が良かったのかわからないが、とりあえず怒る気は無くなったらしい。
「……すき焼き食べた。」
「はぁー。それで三日?何、あんたこの三日間遊び行ってたの?……アンタがどこ行こうが構わないけど、別にいいけどさ……せめて何か言いなさいよ。ご飯だって、せっかく作ってたのにもったいないし……。ああ、そういえば食べてきたんだっけ?今日も食べないの?」
「や、もうお腹も空いた。」
「……あっそ」
ぶっきらぼうに答える霊夢の背は、初めよりもいくらか軽くなっているように見えた。気になることはあるが、やぶをつついて殴られたらたまらない。
なんだか上手くいってるみたいだし、このまま雰囲気に流されるように後をついていく。
「……それでお土産は?」
からかうように霊夢が言った。お土産?ないよそんなもん。
にやにやとこちらを見る霊夢に俺は返す言葉を持っていない。黙って目を逸らしていると、楽しむような霊夢の声が鼓膜を揺らす。
「ケチ」
「……遊びに行っていたわけじゃない」
「ふーん?」
「……。」
「じゃあ、さ……お小遣いちょうだいよ」
こいつ……ちょっと図々しくなってきたな。
別にすき焼き食べてきたのはついでで、本当に仕事についての話をしてたのに……。
まあいいか……お金には余裕があるし。
「……………………無駄使いはするな。」
「やたっ!」
渋々と少々の小銭を巾着袋に入れて渡してやると、霊夢はあからさまに目の色を変えて受け取った。スキップでもし始めそうな勢いで神社の中へと消えていく。
金で喜ぶなんて世俗にまみれた巫女だ。神に仕えるものがこんなんでいいのか……っま、いいか。神なんてろくでもない奴らだし。
あきれ果て、俺も霊夢に続いて神社へ入る。
そのまま日常へと溶け込む一瞬、ふと先の言葉が思い浮ぶ。
「ちょっと、早く来てよ。もうご飯できちゃってるんだから」
(まあ、どうでもいいか……。)
ふっと沸いて出た疑問は、すぐさま夕食の匂いでかき消された。
◆
白墨が目を覚ますのに三日の時間を有した。いや、目を覚ますという表現より、”形を取り戻す”と言った方が正しいかもしれない。
あの日、白墨の肉体は文字通り崩壊した。原型を留めず、僅かな妖力の残滓だけを残してその全てを灰へと変えた。
私は零れ落ちる灰の一粒も残さぬようにと結界を張り、すぐに白墨を保管した。
その灰は白墨の妖力が染みついていることを除けば何の変哲もないただの灰であり、今なお何もわかっていない。
白墨が灰になってから三日ほど時間が経ち、白墨は復活した。崩れた時と同じように、瞬きをする間にその灰は元の白墨の形へと戻ったのだ。そして何事もなかったように白墨は目を覚ました。
目を覚ましてから白墨の身体を軽く調べてみたが、外傷は何一つ見られず、また体調が悪いような気配も感じられなかった。外も内も至って健康だ。
それはある意味当然のことだった。基本妖怪は人間と同じような怪我や病気に罹ることはない。人が恐れる流行り病も感染症も妖怪には無関係。妖怪が目に見える病気に怯えることはなく、故に白墨も人の病が脅威になることはない……だが、精神は違う。
妖怪が病気や感染症に強いのに対し、精神的な損傷にはめっぽう弱い。肉体ではなく精神に依存する妖怪にとって、それは致命的だからだ。
妖怪には”妖怪の病”がある……何かが起こっているのだ……白墨の身体で、精神を大きく損傷するような何かが……。
今までも白墨が意識を失うことは何度かあった。地底に落とされた時や勇儀に殺され続けた時なんかがそうだ。
だがいずれも意識を失っても肉体はそのまま、一日も経てばすぐに目を覚ましていた。身体を保つことさえ出来ずにあそこまで大きく弱体化をして眠りにつくことなんて……一度も無かった。
「良かったのですか?紫様。白墨に何も言わないまま……」
私に気を遣ってか、おずおずと藍が声をかけるてくる。
「……あの子、自分が突然倒れたことも、三日近く目を覚まさなかったことも……何も気づいていなかった。なんの違和感も持たずに、ただ不思議そうに……」
「前駆症状のない失神のようなものでしょうか?突発的に起こったのであれば自覚症状がないのも……」
「いいえ……あれはそれ以上に異質だった」
「異質……?」
私の言葉に藍は首を傾げる。
「自覚がないこと、それ自体はあり得ない話じゃない……でもあまりにも記憶が地続きなのよ。ついさっきすき焼きを食べ終わって、瞬きをしたら私が目の前にいた。あの子はそれを何もおかしなところはないと、本気でそう信じてた。まるで白墨の身体が、本能で
「認知すること自体が危険だと……?」
「……わからない。白墨の身体に起こった異常。その全貌が見えない以上、何とも言えないわ。でも、ただいたずらに伝えるべきではない。藍、こちらのことは頼んだわ。私はしばらく、白墨の様子を見る」
それは一つの仮説だった。白墨にとって前例のない身体の異常。白墨自身がそれを自覚した時、どのような影響が出るのか、私にはわからなかった。
原因も分からずに対処をすることの危うさから、私は一先ず、白墨に何も告げることなく原因を探ることにした。
それからすぐに、藍より一つの報告が上がった。
内容は、博麗大結界に小さな歪みが生じているというものだった。
灰「……遊びに行っていたわけじゃない」(ほくほく顔ですき焼きを食べていながら)