灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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今まで原作入る入る詐欺してきましたが、今回ばかりは”ガチ”です。あと10話ちょいで原作入ります。……多分20話以内には入ります。マジだよ。


第七十三話 変化、または成長と呼ばれるもの

 食事に睡眠、活動時間の制限以外の症状。肉体修復能力の喪失……それがよりにもよって私が見てない時に起こるなんて。

 白墨の監視は続けている。二十四時間ずっと……というわけではないが、あの子の身に何かしらの異変が起きないかと、活動している時間は大抵見張っていた……そう、藍から博麗大結界に異常が起こっていると報告を受けるまでは。

 

 私は結界を確認するために白墨から目を離し、その間にあの子は傷を負った。

 これは私の失態だ。運が悪かったと言ってしまえばそれまでだが、白墨を危険に晒したことには違いない。

 白墨の身体は修復が速い事を除けば、里の一般人とほぼ変わらない。弱小妖怪の平均にすら満たない貧弱な身体だ。

 毒を食らえば血を吐き、血を失えば簡単に意識を失う。今までそうならなかったのは異質で異常な肉体の修復能力があってのこと。どれだけ大量の血を流そうと、瞬きする間に元の身体へと修復される、だから平気だっただけだ。鬼が持つような常軌を逸した生命力とは訳が違う。

 

 今回は片腕を損傷しただけだったから良かったものの、初撃で心臓を貫かれていたらどうなっていた?今回のように時間が経って、後から何事もなかったかのように治るならそれでいい。

 だがそうじゃなかったら?傷が治らない状態で致命傷を受けた時、あの子の意識はどこへいく?今回の右腕のように時間が経てば治ってくれるの?

 ……答えは出ない。深く考えると恐ろしくなった。

 

 今回の事件が幸運の上に成り立つ物だったなら、次はない。幸運がなかったらそれで終わっていたということになるのだから。

 

 ひとまず今は問題ない……。白墨の不調は無くなり、元通り。身体の傷は今まで通り問題なく治るようになっている。

 ここ数週間、白墨を監視して分かったことだが、あの子の身体の不調には波がある。体調が良い日、悪い日を交互に繰り返しており、ずっと不調が続くことはない。今回のように一時的に肉体の修復能力が無くなったとしても、時間が経てば昔のように元に戻る。

 

 だがそれもいつまでかはわからない。じわりと不安が背中を走る。私が考えているよりも、残された時間はずっと短いのかもしれない。

 

 何かあった時の為に、白墨には私の妖力を込めたペンダントを渡しておいてあるが、不安は残る。白墨の身に危険が迫った時、私と私の式神……つまりは藍に信号が届くように術式を込めている。私以外にも連絡が届くようにしているのは保険の保険だ。

 少なくとも、私と藍の二人が動けない時じゃない限りは反応できる。

 これで一先ずは今回のような事態はおこらないだろう……だから今気にするべきなのは……。

 

「……またか」

 

 チリリとした不快な感覚。また()()()()()()()()()()()

 白墨から目を離さざるを得なくなった原因。厄介なことに、丁度白墨が倒れた時期から結界に異常が起き始めている。

 博麗大結界の規模と効力はこれまでのそれと一線を画す大規模な物、安定したとはいえどんな問題が起こるかは予想できない。

 故に、初めは何かしらのエラーだと思っていたが……連日のこの異常は()()()()()()()()()。何者かが意図的に博麗大結界を探っている。外の世界から何かが入ってきたわけじゃない、外の世界から何者かが探っている。

 

 幸い、今のところは問題は起こっていない。何しろソイツは結界に触れるだけで、それ以上のことは”まだ”何もしていない。異常を検知して調べに行っても、結界には何者かがの接触した痕跡だけが残っており、それ以上のことは何もない。

 

 慎重なのか、手をこまねいているだけか……何より目的が読めない。外の世界から幻想郷(こっち)に来ること自体はそう難しくない。博麗大結界は元より内と外を分け、弱体化した外の世界の妖怪をこちらへ呼ぶ門の役割、術式に理解がある者なら、その条件を無視してこちらへ来ることもできるはず。

 

 だからこそわからない。誰が、何の目的で?

 仮に結界の破壊等といった攻撃的なものだったとしても、あの大結界を破るのはほぼ不可能だ。あれは当時の巫女と幻想郷の賢者たちの力を介して作られたもの。一時的に通り穴を開ける程度ならまだしも、そう簡単に壊せるものではない。

 壊さずに結界を通って来るならそれこそ真っ先に気付くはずだ。幻想郷に不都合な技術品が流れないようにと、結界の通過に関しては目を光らせている。

 

 だから危険があったとしても、現実的なものじゃない。

 ……しかし万が一というのもある。

 せめて目的だけでも調べられればいいのだが……。

 思わず舌打ちが零れそうになる。なんでよりにもよってこのタイミングなのだ。白墨がこんな時に……。

 

 結界について、問題は幻想郷内部ではなく外の世界にある。しかし現状それらしき影は確認できなかった。相手は中々に慎重だ。なにせこの数週間、残されていたのは僅かな痕跡のみ……原因を探るとなれば、恐らく私は幻想郷内で起こることに手が回らなくなるだろう。

 

 ……まだ白墨のことも解決できていないのに、だ。

 それは白墨のことを諦めるということになる。

 正直言って、白墨の身体についても現状を打破するような方法は思いついていない……もう何度目か、隠岐奈の言葉が脳裏をよぎる。幻想郷のことを想えば、僅かとはいえ結界の異常は看過できない。白墨について……諦めることを選択肢に入れるには十分すぎるだろう。

 

 元よりこの地は犠牲の上に成り立っている。今の均衡を作るために見せしめをつくり、この地の安定のために博麗の巫女を使()()()

 そうしてここまで漕ぎ着けたのだ、万が一なんてあってはならない。

 それはこれからだって変わらない、だから――。

 

「――でも、私が許容した犠牲はそこまでだッ……!」

 

 あれが、最後だったから……先代(あの子)を最後として幻想郷は楽園へと至った。それを今更まだ増やせと、まだ捨てろと?

 ふざけるな。

 その先を許した覚えはない。すべてはあの日、あの場所で終わったのだ。

 

 結界に異常があったとして、白墨を切るにはまだ早すぎる。博麗大結界を壊すのは不可能に近い、結界を超えてくるならその時、直接会えばいい。

 白墨のことも、いざとなったら周りの記憶を消して外の世界へ隔離すれば()()は免れる。

 

「……」

 

 スキマの奥では、目が覚めた霊夢が白墨に何やら問い詰めるように話しかけているのが見えた。大方、昨日の事故についてだろう。相変わらずあの子は少しズレていて、心配している霊夢に対してもぶっきらぼうで……それが酷く、眩しく見えた。

 

 『むしろ、外からあれこれと手を加えることの方が、あいつの真意に背いた行動なんじゃないのか?』

 

 ”いざとなったら”……それは苦肉の策だ、でも終わりじゃない。

 

 方針は決めた、決意は変わらない。

 

 スキマを一つ隔てた先の、なんでもない日常。手を伸ばせば届いてしまいそうなほど鮮明に映し出されていて、でもそこには見た目以上の距離が、空間の隔たりがあるのを知っている。

 私はまるで自らに言い訳をするように、その光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 バタバタ、ドンドンと早朝らしくない慌ただしい音と共に寝間着の霊夢がすっ飛んでくる。

 

「白墨ッ……!はぁっ……良かった、居た……」

 

「なんだ。朝から。」

 

 ぴょんと飛び出た寝癖と共に、霊夢は肩で息をしながら俺を指さす。

 

「なんだって、あんたねぇ……こっちがどんだけ……って、その右腕……も、もう大丈夫なの?」

 

 何か言いかけては、もにょもにょと言葉を濁す。かと思えばハッとした顔で、今度は俺の右腕をまじまじと観察してはツンツンと触ったり押して確かめたりと、好き放題である。

 

「……やめろ。」

 

「……そぎ落とされた肉も、引き剥がされた皮も戻ってる。ね、ねえこれ痛くないの?今も結構触っちゃったけど……」

 

「ああ。鬱陶しい。」

 

 文句は無視され、引き続きぺたぺた腕を触られる……下手に剥がせば怒るだろうし、俺はされるがままだ。

 しばらくしてようやく満足したのか、ぺたぺたと腕を触るのを止めて俺を見る。

 

「大丈夫……そうね?はぁー、あんた……紛らわしいのよ。あんなに血流して、神社に着くなり目瞑ってうんともすんとも言わなくなっちゃうから、私はてっきり……」

 

「なんだ。」

 

「なんだじゃない!だぁーもう……」

 

「腕の一本がなんだ。大体、昔の巫女にはもっと……」

 

 もっと酷い目に遭わされている、と言おうとして……ふと既視感のようなものを覚える。

 前にもこんなことを言った気がする……ああ、そうだ思い出した。先代と初めて妖怪退治を行ったときだ。

 

 まだ幼かったあいつも、俺のみぞおちに槍が刺さったことをえらく気にしていた。あの頃は、槍が刺さった程度で大げさな奴だと思っていたが、今になって思えば俺が死ぬと思ったのかもしれない……当然か、人間だったら無事じゃ済まない。

 槍が刺さった程度でも……それこそ昨日の腕のことだってそうか。

 一日眠れば全てが治る……なんてことなく、きっと、人はあっさりと死ぬのだろう。

 

「……なによ?」

 

 続く言葉のない俺を、霊夢が怪訝そうにのぞき込んだ。

 

「いや……何でも、ない。」

 

 何か答えようとして、何も思い浮かばなくて……仕方なくそう言った。

 何も思い浮かばないのだったら、いつも通り無視すれば良かったのに、なぜか、そうはしなかった。

 歯切れの悪い俺の言葉に、霊夢が何か追及することは無く、ただ、朝食の準備をすると言い残し、台所へと消えていった。

 

 そうしてまた、俺は一人そこに取り残され、いつもと変わらない一日に戻る。

 俺はその日のうちに毎日の修行をやめると伝え、あいつはそれに頷いた。

 突然のことにも関わらず、深く追求してくることは無く……霊夢はやはり、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 変化が嫌いだった。自分一人が取り残されるように回る世界は、まだ境界の妖怪でなかった頃を思い出す。誰とも同じ視点を持てず、何かを共有することも出来ず、自分一人が違う世界で生きている。そんな昔を思い出して……嫌だった。

 

 変わらないものはない。流れる清流も、静止してしまっては淀んでいくだけだ。変化をどれだけ遠ざけたところで、それは変わらない世界の真実に他ならない。

 でも、だからこそ……そんな世界で変わらないものを探してしまうのを、止めることはできなかった。

 そして私は重ねて見てしまったのだろう……自らの幻想を、あの子に。

 まるで、世界に指標を立てるように、私はあの子に”変わらない”という安心を求めた。

 

 誰に対しても変わらず不愛想で、誰かに固執することもなく、誰の死に対しても頓着しない。あの子のそんな一面を見る度、自分の心に、ほっとするような安心感が湧いて来る。

 先々代の巫女が死んだときも、先代が死んだときも、あの子は”そうか”と返すだけで……私はそれが、とてもありがたかった。

 

 

「最近は、よく来るな……。」

 

「少しね、暇なのよ」

 

「……そうか。」

 

 曇り空の中、いつもは霊夢を連れて妖怪退治をしている時間。白墨は神社で本を片手にそう言った。

 私の言った通り、もう修行は終わりにしたみたいだ。霊夢は空いた時間で人里へ買出しに行ったばかり。

 いつもと違い、私から伝えることは何も無い。しばらく、二人してお茶を啜る音だけが響く。白墨とこうした時間を取るのは久々だった。

 

「……なあ、紫。」

 

 会話のない時間が少し過ぎ、白墨がぽつり呟いた。白墨から目的を持って声をかけてくるのが珍しくて、私は耳を傾けた。

 

 

「博麗の巫女は、霊夢じゃなきゃダメなのか。」

 

 枯れたような、いつもの低い声。らしくない、変な事を聞くものだ。

 

「……?なぁに、あの子じゃ不満?」

 

「……いや。」

 

 いつもと違い、歯切れの悪い白墨に興味が湧いて、私は少々ふざけるような態度を取った。

 

「それともまさか、情でも移った?……ふふっあなたに限ってそんなこと――」

 

「――ああ。霊夢には、死んでほしくない。」

 

「……え?」

 

 背筋が凍る。聞き間違い?ありえない。

 理解を拒むように頭が真っ白になる。自分の根底に確かに存在した何かが音を立てて崩れていく。

 だって、そんな白墨が、そんなこと言うはずが……。

 

「人間は簡単に死ぬ。巫女は特に短命だ。」

 

 畳みかけるような白墨の言葉に、ぐらりと視界が歪む。意識しないと思わず倒れてしまいそうになって……。

 ああでも、返さなきゃ、なにか、言葉を。

 ……なんて、何を言う?何が言える?

 震える唇で何とか言葉を探して、ひねり出すように声を出す。

 

「そ……れは、無理よ、だって……!だって、もう決まったことだしっ、な、何より後から博麗の巫女の替えを探すなんて……ええ、無理。無理よ。霊夢以上の適任者はいないし……それに、それに……」

 

 支離滅裂で、整理されていない感情任せの言葉が漏れる。

 必死に、必死に、出来ない理由を探している。そんなこと探すまでもないというのに、喉が渇いて仕方がなかった。

 出てきた言葉はまるで言い訳でも探す子供のように滑稽で、動揺する私とは対照に、白墨はいつものままだった。

 

「そうか。」

 

「……っ」

 

 ”そうか”いつも通りのその返答に、息が詰まる。それはどういう意味の返答か。ドクンと心臓は跳ね上がり、身体の震えが一層強くなった。

 

「……それは、残念だ。」

 

 白墨は、それだけだった。それだけ言い残すと、おもむろに背を向けて歩き出す。

 

「……どこへ行くの?」

 

「少し、地底へ。」

 

 胸のざわめきは少し落ち着き、引いていた音が戻ってくる。

 小さくつぶやくような声も、私の答えを聞いた後のあの無表情も……何も変わらないままで、でもその言動は全く違っていた。

 いつの間に、私の知らないあの子になっていて……なんで、何がって言葉が浮かんで……。

 

 

 ――いいや、違う。私は()()()()()()()()()()()

 

 

 そうだ、知っていた。ずっと知ってた。白墨があの男の墓へと訪れていたことも、昔に比べてよく喋る様になったことも、私はずっと前から気付いていた。目を逸らしていただけだ。見えないふりを続けて、変わってないって自分に言い聞かせていただけで……。

 

「ああ、でも……そう、あなたも変わったの。誰かを思いやれるようになったのね。それは……それは、とてもいいことだと思うわ」

 

 身体をふらふらと揺らしながら、倒れ込むようにスキマへ戻る。

 人は都合が良いだけの存在じゃない。わかっている。

 でも、こうもまざまざと見せつけられると、少しだけ寂しくなった。

 ……ああ、そうか。私は寂しいのか。

 自分の知っている相手が、変わっていく(成長していく)ことが。

 

『あら、初めまして。お客さんかしら?』

 

 また、思い出す。何度も。何度も。

 

「……っ」

 

 変わらないで欲しいという願望は毒だ、あの頃のように……なんて幼稚な感情は人の歩みを止めてしまう。

 

 もうあんな思いは、したくないのだ。

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