闘争を忘れ、安寧と退屈に慣れ切った幻想郷に警告を鳴らすように”ソイツら”はやってきた。
空を埋め尽くすのは日の光を遮る深紅の霧。
ただ数人の妖怪が幻想入りしてきたわけではない。
あの紅い洋館と共に
あまりに異質な光景に、館の周辺にばらまいた灰の目へと意識を集中する。
到着から数分と経たずに十人程度の集団が館から飛び出し、どこかへと飛び去って行く。
突然やってきたというのに、まるで
相手は
「……!?」
初めに館から飛び出した集団とは別に、遅れて”二つ”の集団が飛び出してくる。
――速い!
今度は七人ほど、全員が山の天狗達と見紛うほどの速度で飛来する。
目的地は……
しくじった!ただ迷い込んだ訳でも、紫が連れて来たわけでもない!
――これは侵略だ!それも前もって綿密に計画された完全なる奇襲!
こちらに向かってくる集団が一つ、同じく飛び立った集団が行った先は、藍の作業場……俺の送った報告書等を纏めるのに使っている小さな小屋だ。
一つがここで、もう一つの集団が藍のところ……ならば初めに飛び立っていった集団は紫の所に違いない。
明確に俺たちを狙い撃ちにしている配置……場所が相手に割れている。
最悪だ、紫は気付かなかったんじゃない、恐らく既に
俺は土足のまま神社に上がり込み、先代の巫女の部屋へと押し入る。
部屋の隅にポツンと置いてあったタンスを乱暴に開け、いくつかの御札を抜き取った。
死人の道具を勝手に使うのもあれだが、四の五の言ってられない。簡素な札だ、霊夢に先代の指南書を渡したとき存在に気が付いた。
その札には既に先代の霊力が込められており、霊力を持たない者でも使用できるようになっている。あいつが生前人里で配っていた護身用の札と似ているが、そこに込められている霊力の質は全く違う。
わざわざ霊力を必要としない札を霊夢の為に残しておくとは考えづらい。悪いが俺宛だと思って勝手に使わせてもらう。
「――白墨!」
札を持って外へ飛び出た瞬間、霊夢に呼び止められる。
構っている時間はない。相手の数を考えるに今出てきたのは先遣隊、本陣はまだ館にいる。となれば事態は最悪のその先だ。一人一人が天狗ほどの戦力を持っていると考えて、山の妖怪達が丸々敵に回ったようなもの。今は一分一秒が惜しい。
霊夢を無視して神社の四方に先代お手製の御札を貼る。
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!白墨、あんた帰ってたの……!」
「今、忙しい。」
「……異変が起きたから?」
遠くの空を見つめて霊夢がつぶやく。紅い霧は、もう人里の方まで広がっていた。
「……なら私の出番ね」
袖をまくる様な動作をして見せ、霊夢がお祓い棒を取り出す。勝気な笑みをして、自信は満々とでも言いたげだった。
「お前は……神社に居ろ。」
そんな霊夢に対し、俺はそれだけ言って背を向ける。
「はぁ……?」
神社に貼った御札を確認し、館の方へと意識を向けた。
「神社に居ろって、何よ」
今度は集団じゃない……何人もの妖怪がまばらに飛び出していく。なるほど、周辺の
「どうせあんたは動くんでしょ?なら私も行く」
どうやら敵は本当に幻想郷そのものに喧嘩を吹っ掛けるらしい。恐らくこちらの勢力分布もある程度知っているのだろう。
「ちょっと、聞きなさいよ!」
俺相手に七人も寄こすのは何故だ?紫と藍はわかる。敵からしたら十分に警戒すべき相手だろう。だが俺を相手にするなら過剰戦力にもほどがある。
それこそ俺を殺すだけなら三人もいらないはず。
もし、相手にとって俺以外の目的があるのだとすれば、それはきっと――
「だーもう!異変なんでしょ!だったら私の出番じゃない!」
「……。」
……人里か巫女、どちらか一つでも失えばこちらの敗北は確定する。
「相手の戦力が想定より大きい。巫女とはいえまだ未熟……お前はここで待っていろ」
「未熟……?へぇ?それで?未熟な私より弱いあんたが行ってどうするの?」
「……。」
「いいから行くわよ。なんなら守ってあげましょうか?」
「……ダメだ。ここに居ろ。」
有無を言わせぬ声色でピシャリと言い切った。
直前まで調子付いていた霊夢の雰囲気が、露骨に不機嫌なものへと変わっていく。
「別に、あんたをぶちのめしてから異変解決に行く……でも良いのよ」
背中に突き刺さる視線が、明確な敵意を帯びていた。
だが、それでも意見を変えるつもりはない。
「なによ、黙りこくって……こういう時の、異変解決のための巫女でしょう!?」
無言を貫く俺に、霊夢がしびれを切らしたように吠えてかかる。
怒鳴り声。深くなる霧。
――時間がない。
焦りと霊夢の声が、じわじわと神経を焼く。
「それを……今更何もするなですって?そんなの――きゃあっ!?」
小さな悲鳴、遅れて霊夢は両手をついた。
気が付けば、俺は霊夢の方を向いていて……手の甲が少し熱かった。
咄嗟に何か言おうとして口を噤む。自分でもわかるほど今の俺には余裕がなかった。
「……顔を殴るなんて、やっぱり最低ね」
頬を押さえた霊夢がゆっくりと立ち上がる。睨みつけるようなその目には、諦めの色は全くない。きっと、ここで何を言っても変わらないのだろう。
俺は諦めてため息をつく。
「……わかった。ただ、これを持っておけ。」
突然の変わり身に、霊夢は一瞬怪訝そうに俺を見る。そして、差し出した白い御札をサッと奪い取るように受け取った。
「顔を殴った事、許してないからね」
「……ああ、悪かった。」
「ふんっ……さっさと異変の首謀者をぶっとばし、に……ぃ?」
言葉が不自然に途切れ、霊夢の身体がぐらりと揺れた。
――落ちる。
反射的に、その身体を支える。
先代の残した御札の効果は……どうやら確からしい。
熱を出した頃と比べ、また少し大きくなっていて、腕にかかる重さもまた、少し増えた。
……それでもまだまだ子供の身体で、俺にとっては軽すぎる。
寝室のふすまを開け、霊夢を布団に下ろそうと身を屈める。
その時だった。俺の首元から微かに擦れる音がして、着物の内に隠れていた何かがするりと滑り出る。
紐に引かれたそれは、視界のすぐ前に垂れ下がり――
『肌身離さず付けておきなさい。……まあ、お守りみたいなものよ。あなたの身に何かあったら、私に知らせが来るようになっているわ』
それは、いつかに紫から渡された木彫りのペンダント。
「……。」
眠る霊夢の頭を少し浮かし、首の後ろへと紐を通す。
最後の不安もこれで”解決”した。
敵が近い。
神社の四方へ撒いた御札を起点に結界を張り、俺はすぐさま神社を飛び出した。
真っ赤な空の下では、異変に気付いた妖怪達が不思議そうに空を指差している。そんな平和ボケした自分らを狙う魔の手が、もうすぐそこまで来ていることにも気づかずに。
まずはその平和ボケを俺が砕く。
走る。走る。
高台を滑り落ち、全速力で幻想郷を駆け抜ける。
今も正に対処に追われているであろう紫は勿論、灰の目がある俺は真っ先にこの侵略行為に気が付いた。
だが、それ以外の者には現状の緊迫感は正しく伝わっていない。
きっと大きな混乱が起こる。今までの幻想郷では考えられないような大混乱が。
だからこそ、事が起きる前に”俺の手で混乱を起こす”。
足は止めずに、人里へと手を向ける。
派手であればあるほど、目を引けば引くほど良い。だから全員気付け。
大量の妖力と焔を加え、人里へと解き放つ。
紅霧によって光の遮られた幻想郷に、まるで太陽でも落ちたかのようなまばゆい光と爆音が響き渡る。
それは人里の真上で起こった大爆発。威力は伴わず、ただ派手さにのみ特化させた俺の一手。
なんのダメージもない、ただ派手なだけの爆発。いうなれば、人里上空で打ち上げられた巨大な花火……しかし、こと幻想郷においてはそれは大混乱の元となる。
◆◇◆◇
人里上空で起きた大爆発。それは大げさな爆風と共に、辺りに濃密な妖怪の力――妖力をまき散らした。風に乗って、音に乗って、そんな妖力の残滓が幻想郷中に届く。
それは幻想郷に住む妖怪達にとっては悪夢の知らせに等しかった。
「クソッ!?やった!?やりやがった!?どこの馬鹿だ!?
――幻想郷に住む弱小妖怪達にとって、それは総毛立つような出来事だった。
幻想郷が今日に至るまでの歴史の中で、数多の妖怪達が死肉となれ果てた。
なんの確実性のない一つの
妖怪達は白墨の行う殺しの基準を知らない。
故に恐れている、その手が自らに向けられることを。
人里上空の大爆発、それは過去類を見ない程の大規模な攻撃であり、何が原因で自分が標的にされるかは誰も予想できない。
――今この瞬間にもあの白い槍が飛んでくるかもしれない。そんな恐怖が野良妖怪達の中で蔓延する。
その警戒心が、結果的に吸血鬼達の奇襲による被害を僅かながらに緩める事となる。
それが
本当の目的は、ただ一人へ向けた救難信号。
八雲紫が動けず、白墨には状況を覆すほどの力はない。だからこそ白墨は頼ったのだ。
平和の日々に慣れてなお、その力に対して絶大な信頼を置いている自らの上司――八雲藍を。
◆◇◆◇
同時刻、
「――爆発!?なんだ!?人里の方かッ!」
耳をつんざくような激しい轟音。遠く離れているにも関わらず、部屋の障子がガタガタと悲鳴を上げる。
(油断していたッ!白墨の目を掻い潜って誰かが人里をッ……いや、これは白墨の妖力?あいつがやったのか?……なんだ、何が起きている……!?)
持っていた書類を放り捨て、藍は飛び跳ねるように走り出す。
そして、そのまま強引に障子を開け放って――。
――瞬間、障子ごと藍の山小屋は消し飛んだ。
空気を焦がすほどの圧倒的な”熱”。絶えず降り注ぐ炎の槍が、隙間なくあらゆる物を焼き尽くす。
折り重なった爆発は縦へと伸びていき、やがて炎の檻のように渦を作った。
着弾と同時に爆発を引き起こす炎の槍……それが幾十にも投げ込まれる。鼻の奥に刺さるような煙の臭いにも慣れた頃、ようやく攻撃の手は止められた。
「どうだ、殺したか?」
細身な身体に真っ黒な上着、特徴的な紅い瞳と鋭い八重歯の吸血鬼。男たちは今まさに自分たちで行った爆撃の跡を見てつぶやいた。
「いや、初撃を防いだな。すんでの所で勘付いたか……それともさっきの派手な爆発が原因か?相手に目立ちたがりがいるらしい」
黒煙が晴れ、小屋も周囲の草木もが燃え尽きたクレーターの中心に、藍はいた。
おびただしい血と共に膝を突き、全身に火傷を負いながらも、その鋭い眼光を空へと向ける。
「ぅ、グァ、ァ……キ、貴様ら……ァ!何者だ……!」
「しぶといな。だが、焼け焦げたその喉では、息をするのも辛そうに見える」
呼吸は浅く、掠れるようにヒュー、と細い音が漏れる。酸素を求めて深く息を吸おうとしても、空気が肺まで届かない。
初撃を防ぐのに使った右腕は、真っ黒に炭化しており、感覚はとうになかった。
そんな満身創痍の藍を、上空から吸血鬼達が取り囲む。その数七名。
吸血鬼達に油断はなく、ただ観察する様に藍を見下ろした。
「こんな、ことして……!タダで済むと思うなよッ……!」
血だまりの中でなお、牙をむき出しに九尾が吠える。
「侵略者ども……!この報いは必ず……」
ボロボロの右腕を天へとかざし、その殺意をただ一点に向けて――。
「そうか、精々頑張ってみろ」
あざ笑うような男の声がそれを遮る。両手には炎の槍を。
男に続くようにして、取り囲んでいた吸血鬼達の手にも同様に。
火が、灯る。一や二ではない。
――火が、灯る。――火がともる。――火が。――火が。――火が。――火が。――火が。――火が。―火が。―火が。―火が。―火が。火が。火が。火が。火が。火が。火が。火が。火が。火が。火が。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火――。
「……ぁ」
瞳に反射するのは無数の光。焼け爛れた喉からか細い音が漏れる。
最後に藍が見たものは、空を焦がし、視界を埋め尽くすほどの炎の雨だった。
幻想郷に、再び炎の柱が立ち昇る。
この戦闘を皮切りに、幻想郷中で吸血鬼による襲撃――もとい蹂躙が始まった。
次回は二日後の同じ時間に投稿されます。