灰の旅路   作:ぎんしゃけ

77 / 78
第七十七話 吸血鬼異変 中編その2

 竹林から森へ向かって数時間、少しの揺れと共に次第に大きくなっていく爆発音。

 あちこちに転がる岩や木々の残骸、緑が広がっていたはずの大地は掘り返されたように無秩序で、湿った土の匂いが辺り一帯に広がっている。

 感じたことのない大きな戦闘の余波に、私はこの空の異変との関係を半ば確信する。

 

 最初は傍迷惑な奴にひとこと言ってやろう、と思ってきたが、どうやら事態が変わったらしい。ここまでくるとただ事ではない。

 

「……近いな、どこだ?」

 

 ひりついた空気、永い時を生きてきたからこその直感がそれを知らせる。

 周囲の警戒を一層強めて、先へ進もうとした――その時だった。

 

 ここまでで、一際大きな爆発にキーンと耳鳴りが起こる。

 

「……っ!?あっちか!」

 

 遠くからでも分かるほどの眩い白光。爆風に巻き上げられたであろう土がパラパラと降り注いでくる。

 片手で眼を守りながら、私は光の方へと走り出した。

 

 これほどの戦闘だ、随分と長引いてるみたいだし、恐らくそろそろ()()()()()()()()()()……。

 

 耳鳴りが収まり、瞬きを繰り返して、目のしびれを振り払う。

 そして予想通りにそこにはいた。時折感じていた弱々しい方の妖力。先の爆発に巻き込まれたのか、”そいつは”気を失ったかのように動かない。

 私はすぐさま駆け寄った。

 

「おい!おいあんた、大丈夫か!?まだ息はっ……!」

 

 近付いて、その身体を見て……思わず絶句する。

 土と血に汚れた髪は、所々煤が混じったかのような灰色が見える。肩幅から察するに、恐らく背の高い男だったのだろうが、もう見る影もない。

 不揃いに切断された両足と火傷の跡、腕も片側は肘から先がなく、同じ側の目は潰されている。

 いくら肉体的な損傷に強い妖怪とはいえ、もうすぐにでも事切れてしまうだろう。

 

 既に死んでいると言われた方が納得できる。だが、それでも薄く開いた片目は微かに動いており……私は静かに固唾を呑んだ。

 この傷はただ殺すためのものじゃない。愉しむための悪趣味な殺し方だ。

 そう思った瞬間、胸の奥から顔も知らない誰かへの嫌悪と怒りが湧いてきた。

 

 ピクリと、僅かに動いた男の手を握る。

 

「まだ話せるか?誰にやられた?この空の異変と関係ある奴か?――安心しろ、お前が誰かは知らないが、その無念は私が……」

 

「……なつか、しいな。」

 

「……え?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉と、血の混じった咳き込む音。

 同情する。きっとこいつはもう死んでしまうだろう。人並みの感性だが可哀想に思う。

 ……でも、赤の他人である私が思うのはそこまでだ。なのに……どうしてこんなにも胸のざわめきが止まらないのだろうか。

 私は何に焦っている。

 じっとりと喉に張り付く気持ちの悪さは消えてくれない。手を汚していく真っ赤な血に動悸が激しくなる。

 

 もどかしい、気持ち悪い。脳にチリチリとした霧が掛かっている。

 

 思考がまとまらない、答えが出ない……何にこれほど乱される?

 久々の大事件、きっとこれは今までの小競り合いなどとは規模が違う大きな異変だ。私も少々興奮してしまったのかもしれない。だから、きっとこの動揺ももうじき収まる。

 そうだ人里にも影響が出ているんだ、しっかりしろ。年配者がこんなザマじゃあ頼りにならない。

 

 震えを抑えろ、今は何よりも状況の把握をしなければいけない。

 

「大丈夫か……?私の声は聞こえるか??」

 

 男の目は確かに開かれ私へと向くが、意思を感じられるものではない。

 どこか呆けたように遠くを見る目に不安を覚える。医学に明るくはないが、こんな状態だ。意識の混濁を起こしているのかもしれない。

 

 来るのが少し遅かったか……そう諦めを付けようとした時、ピクリと男の目に光が戻った。

 

 

「――妹紅、探し人は……もう、いいのか。」

 

 

 この場に合っていない、脈絡のない言葉。この男はきっと混乱している、だからこの言葉にも意味なんて、ない。

 なのに、なのになんで――

 

「……ありえない、なんで、名前……嘘だ」

 

 ”男”はそれっきり瞼を落とし、何も喋らない。

 血と土に汚れた灰色の髪、高かったであろうその背丈、不愛想な固い声……。

 この場でなければ喜べたであろう、その”懐かしさ”が、私の心に真っ黒なノイズを走らせる。

 

「……なんだ、これ。……なんなんだよ」

 

 心臓が脈を強く打つ。息がしづらい。

 むせ返るような血の匂い。吐き気がこみ上げてくる。

 

「はく、ぼく……なのか?」

 

 ”そんなはずがない”、言葉が二重に反芻する。頭が痛い、既視感の一つ一つが結びついていく。

 今すぐにも思考を放棄してしまいたい。背を焼く焦燥感はもうすぐそこまで来ている。逃げ続けてきた私をあざ笑うような焦燥感が、もう、今にも――。

 

「……っ!」

 

 頭の痛みが酷くなっていく。自分が今どうやって立っているのかもわからない。

 思わず横の木に手を突こうとして、”ぬるり”と手は滑り、尻餅を付いた。

 

 気持ちの悪い、不快な感触……手を付こうとしていた木に目を向ければ、真っ赤な跡が線を引いている。

 

 血だ、真っ赤な血だ。でもなんで木に?ああいや、私が手を付いたからか……というか手を付けられず転んだのだが……。

 どうやら本格的に頭が馬鹿になっている。

 右手に目をやれば、血と汗がべったりと混ざり合って、中々に気持ちの悪い感触を生み出していた。

 

 汗が酷い。竹林からここまで全力疾走してたのだから仕方ないのだが……それに血だって……血?

 

 血……真っ赤な、血だ。私のものじゃない。そりゃあそうだ。私はどこも怪我などしていない。

 これは、この血は、

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ああああぁぁぁぁぁッ――!!!」

 

 押しとどめていた感情が慟哭となって響き渡る。

 見えないふりをし続けた。そんなはずがないと言い聞かせてきた。

 信じられるわけが、受け入れられるわけがない。こんな無残な……尊厳を奪われた状態で見つかるなんて。

 

「嫌だ……嫌だ!嫌だ!いやだ!いやだぁ!」

 

 喉が張り裂けるほどに叫んでも、白墨は目を覚まさない。

 とっくに死んでいる。

 

 戦闘の余波を辿っていきながら、すり減っていく妖力を見て……いつ死んでもおかしくないと気付いていた。横たわる男を見つけた時、私は最初に諦めた()()()()()()()()()()()と。

 そして今、その通りに死体が増えた……何の役にも立たない愚図を残して。

 

 何が起こったのかは分からない。でも、何かが……とっても、とっても酷い何かがここで起こったのだ。だって、じゃなきゃこんな最期、説明がつかない。

 どうして?何があった?何故ここにいるんだ。千年以上も、どうしていた。

 なんでだ、なんで私は役に立たない。呪われた永遠を持ちながら、ただ後悔を募らせるだけで。

 

 なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで――。

 

「なんでッ!!」

 

 声を荒げる。誰にも届かない、ただ感情を発散させるためだけの無意味な叫び。

 しかし、誰にも届かないはずのその叫びが、一瞬にして掻き消される。

 

「……ぇ?」

 

 それは理解を拒むように零れた音だった。

 肌を焼く深紅の炎……真っ赤な槍が白墨の骸に突き刺さっている。

 意識できたのは、その一瞬だけだった。

 

 死者を、これ以上辱しめるのか……そんな怒りが沸く前に、白墨ごと炎に飲み込まれていく。

 肺が一瞬で焼き尽くされ、爆風が辺りを消し飛ばす。周囲の木々も血の跡も……焼き尽くされて消えていく。

 

 ひび割れた瞳に映るのは無数の槍。有無を言わせぬ圧倒的な暴力が迫っていた。

 高温に晒された身体は身じろぐことも許されず、筋肉の収縮から手足は曲がり……意識は途絶える。

 

 

 ――再生、死に絶えた身体は再び人型を象り、そして同じように炎の牢獄で焼かれて死ぬ。意識が戻ると同時に喉が焼け落ち、声も出せずに燃え尽きる。

 投げ込まれる槍に終わりはない。森を焼き尽くしてもなお収まることはなく、猛火の中で無限の生と死が繰り返される。

 

 合間に生まれる意識の中、考えるのはかつての自分と後悔の怨嗟。心より先に肉体が塵と化していた。……もはや正気は苦痛を引き延ばすノイズでしかない。

 この身体は終わりを許さない。こんな生温い地獄では死に浸れない。

 罪と後悔で縛られた自分に、最期が訪れることは”ない”。

 

 リザレクションによる復活もとても追いつかず、身体が元の姿へと戻るよりも先に焼き焦がされ……やがて、ほんの少しの安息が訪れた。

 

◆◇◆◇

 

「さて、我らの役目も終わったことだ。一度戻るとしよう」

 

 火と煙が立ち上る森の上、吸血鬼の男は埃を払うように肩をはたく。

 なんの感慨も苦労もなく、ただ淡々と行われた蹂躙に区切りを付けた。

 もう少し遊んでみても良かったが、これ以上何か策がある様にも思えなかった。

 

 なんてことはない。ほんの暇つぶしである。

 他の者たちもとっくに飽きていたようで、異論はなかった。同じ役目でも、どうせなら九尾の狐の方が楽しめたかもしれないと、ため息をつく。

 

「しかし、なぜこうもまどろっこしく……さっさと八雲紫とやらを殺せば済むものだろうに。山の妖怪には手を出すなというのも理解ができん」

 

 不満を零すように、若い吸血鬼が声を上げる。周辺の雑魚狩りに加え、こんなゴミの掃除。せっかくの戦争だというのに味気がない、と。

 

「やめておけ、気に食わんとはいえ、()()はスカーレット卿から此度の作戦指揮を任されている」

 

「……」

 

 スカーレット卿直々の勅命……それに異を唱えれば、この作戦指揮を執っている臆病者だけではなく、スカーレット卿をも非難することになる。

 若い吸血鬼もそれ以上、不満を口にすることはなかった。

 

「にしても運のない人間だ」

 

 クックッ……と、何がおかしいのか目を細めて一人が言う。

 

「……何の話だ?」

 

「気付かなかったか?一人、近くにいた女が巻き添えで死んだ」

 

「一食減ったか……まあいい。まだたんまりと残っている。どうせこの次は人里だ。さっさと戻るぞ」

 

 わざわざこんな日に人間が?

 一瞬男の頭に浮かんだ疑問を忘れ、羽を広げる。一人の巻き添えなんてどうでもいい。八雲紫の式神は驚くほど簡単に死んだ。少々拍子抜けにも感じる役目は終わり……計画は第二フェーズへと移る。

 本格的な八雲紫への詰みの一手……火の粉の飛ぶ凄惨な森を後にし、吸血鬼達は自らの本拠地……紅魔館へと戻った。

 

 目にもとまらぬ速さでその場を後にする吸血鬼達によって疾風が生まれ、煙が不自然に揺らめいていく。

 少しの煙と、辺りを舞う赤い火の粉。幹の太かったであろう真っ黒な燃えかすは、風に削られ流れていく。

 一瞬の焦熱は、それ以上火を周囲にまき散らすことは無く、鬱蒼とした静寂が残っていた。

 

 未だ熱のこもったこの森には、もはや数日前の面影など、どこにもない。ただ風のなびく音だけが聞こえる寂しい空間……その一点に小さな炎が再び生まれた。

 

 静かに光を灯すその炎は、やがて人の形へと変わっていき……そして一人が生まれた。()()()()()()()()

 後には何も続かず、黒く焼け落ちた残骸が転がっているだけ。

 

「――う、ぁ」

 

 思考を紛らわせてくれていた痛みが消え、本当の”苦しみ”が妹紅を襲う。

 考えないようにと頭を振っても、これまで何度も”彼”の最期が脳裏をよぎった。きっと当の昔に手遅れになったであろう、不安が生み出してきたどうしようもない末路の数々。

 これ以上傷付きたくないと竹林に閉じこもり、最期など知りたくないと捜す()()だけして妹紅は自分を守ってきた。

 

 けれど、そんな妹紅を”現実”は逃がしてくれない。

 ちっぽけな妄想を打ち砕くように、事実が押し寄せてくる。

 あり得たかもしれない未来がちらついて、もしも――、もしも――。と無意味な問答が繰り返される。

 

「――あ、あぁ……ああぁぁ!」

 

 遅れて……ようやく理解する。この千年間の無意味な逃避を。自業自得で怠惰な自分を。

 

 火が、再び妹紅を包む。

 それは皮膚を焼き、神経を蝕みなお止まらない。涙は瞬時に干上がり、肉体は再び限界を迎える。

 それでよかった。痛みが思考を覆ってくれなければ狂ってしまう。

 思考の放棄だとしても、繰り返される逃避であろうとも……もう関係ない。突き動かされるように身体を動かす。

 

 炎は絶えず、身体は朽ちず、生と死の境などもはやない。

 妹紅は歩く。自らの感情を偽り、その場しのぎの使命感に従い……吸血鬼達の去って行った方角へ。

 

 

 肉体を薪とし、感情を燃料に、炎が歩く。




良ければ感想評価お願いします。
次回は二日後の同じ時間に投稿されます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。