師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
遣いに行けと言われた今日。初夏を存分に感じる暑い日だ。
「おや? 出かけるのか、如月」
書類を持ってくると言ったきり、なかなか戻ってこない海燕さんを門の前で待っていると、浮竹隊長から声をかけられた。
「はい。配達に」
「そうかそうか、偉いなぁ。お菓子をやろう」
「えっと……」
「はは! 遠慮しなくていいんだぞ!」
半ば無理やり押し付けられたお菓子。
浮竹隊長の掌の上にあったときは小さく見えたお菓子も、私が抱えればそれだけで両手が塞がってしまった。
「あの……これでは書類が……」
「ああ、すまんすまん。そうだなぁ……」
浮竹隊長は何かを考える事素振りを見せる。そして、思いついたと言わんばかりにポンっと手を叩いた。
「ちょっと待っててくれるかい」
「はい」
どこかへ駆ける浮竹隊長。ちょっとという言葉通り、直ぐに私の元へと戻って来た。
「さ、この中に入れるといい」
渡されたのは、竹でできた小さな籠。
言われた通りにその中にお菓子を入れた。
「そして……これをこうして……」
なにか細工を加える様子を見守る。
「よし、出来た!」
満足そうな顔をして、浮竹隊長は籠を私の背中に付ける。そしてされるがまま、籠についた輪に腕を通す。
「……背負い籠」
「重くないかい?」
「大丈夫です」
「日差しも強いからな。帽子も被って行きなさい」
これもまた、返事を待つ前に私の頭に麦わら帽子が被せられた。
大きすぎる麦わら帽子は、私の顔を半分ほど隠してしまう。
「……あの」
そこまでお気遣いなさらなくても。
そう言おうとした時、海燕さんが走って戻ってきた。
「おー、待たせたな……って、何やってるんすか、浮竹隊長」
「いやあ、ついな。そうだ、海燕。如月が迷子にならないよう俺達で後ろを着いていくのはどうだろうか?」
「それじゃあ遣いの意味ないでしょ。ほら、書類と地図」
背中の籠に書類。そして手には地図を渡された。
「見方分かるか?」
「大丈夫です」
正規の地図ではなく、海燕さんが描いたざっくりとした地図だった。
これを描いていて遅くなったのだろう。
「いやあ……しかし……心配だなぁ」
「心配しすぎですって。八番隊はここから真っ直ぐ。十一番隊は、八番隊正門を背にして丑の刻方向に真っ直ぐ歩けば着く」
「十一番隊から行った方が近いだろう」
「午前はあそこまともに取り合ってくれないっすからね。仕方ないです」
話を聞いている限りでは迷うことはなさそうだ。
私はもう一度地図を見て道順を覚える。そして浮竹隊長と海燕さんの顔を見上げた。
「えっと……では、失礼します」
そう言って頭を下げて歩き出そうとした私。
そんな私の肩を二人のうちどちらかが掴んだ。驚いて振り返る。掴んだのは、浮竹隊長だったようだ。
「気をつけてな、行ってらっしゃい。如月」
「迷子になったらデケー声で泣けよ!」
「えっと……わかりました」
どう返事をしていいか分からずに、とりあえずそう返す。
すると、海燕さんが私を高く持ち上げた。
「わあっ! 離してください!」
「行ってらっしゃい!!」
見上げていたはずの顔が、眼下に映る。
浮竹隊長の方を見れば、彼もまた笑っていた。
「……えっと……行ってきます」
「そうだ!」
返す言葉の正解はこれだったのか。
昨日と同じだ。向けられる笑顔とかけられる言葉。それに温かさを感じる気がした。
二人に見送られて隊舎を出る。
□
「……広い」
初めて一人で歩く瀞霊廷の道。
行き交う人々と慣れない道に緊張を覚えて、ギュッと手を握りしめた。
足元を縫うように歩く私に、時折人の視線を感じる。浮竹隊長がくれた帽子のおかげで、上から見る彼らに私の素顔は伝わらない。
なるべく道の端を、息を殺して歩く。
誰も私の事など気に止めていないはずなのに、指を刺されているような気がした。──大罪人の娘だと。
どれだけ急いでも私の歩みは大人には敵わない。
八番隊隊舎がようやく見え始めた時には時刻は昼になっていた。
「疲れた……。根本の体力が足りてないなぁ……」
どれだけ霊圧が高くとも、どれだけ戦闘技術が長けていようとも、年齢と内臓機能未成熟故の体力不足は否めない。
「……早く大人になりたい」
そう一言呟いて残りの道を歩く。
大きな朱色の門が見え始めた時、そこに立って待っている人物を見つけた。
「京楽隊長!」
「迷わずに来れたみたいだね」
「わざわざお待ち頂かなくても……」
「浮竹からもう四回地獄蝶が飛んで来たんだ。それにボクも、女の子の出迎えは大好きだからね」
「すみません……」
「なあに、気にしなくていいよ」
京楽隊長の周りには地獄蝶が四匹ヒラヒラと羽ばたいている。
言葉通り、浮竹隊長からの伝令なのだろう。
「さ、君達は無事お姫様のご到着だって浮竹に伝えてきてくれるかい」
京楽隊長がそう地獄蝶に一言言うと、地獄蝶は空に向かって一斉に羽ばたいていく。
「浮竹の性分さ。君の事が心配で堪らないんだよ」
隊舎の中に向かって歩き出した京楽隊長の背中を追いかける。
「……これ以上ご負担をかけないよう精進します」
私がそう返すと、京楽隊長は歩みをとめないまま私の方をちらりと見た。
「優しさを受け取ることは苦手かい?」
「あ……いえ。その、良く分からないです……」
私の返事に、京楽隊長は何も返さない。ただ、目を細めて微笑むだけ。
そうして隊舎の中を歩いていれば、一つの建物の前に着いた。
「あの……ここは?」
「八番隊の鍛錬場の一つだよ」
京楽隊長が片手で大きな扉を開ける。私一人では到底動きそうにもないほど立派な扉だった。
中に入ると、綺麗に整備された鍛錬場が視界いっぱいに広がる。真央霊術院で過ごした場所よりも大きい。
「凄い……」
「さて、七緒ちゃーん。居るかい?」
京楽隊長が少し大きめの声を上げた。すると、物陰から小さな足音がした。走ってきたのは、私よりは少し背の高い眼鏡をかけた女の子だった。
「お待たせ、七緒ちゃん」
「いえ。大丈夫です。あの……そちらの方は?」
目が合って、私は慌てて帽子を取る。そして頭を下げて挨拶をした。
「あのっ……十三番隊隊士、如月姫乃です!」
「如月さんですね。伊勢七緒です」
私は顔を上げて目をパチパチと瞬きする。私の名前を聞いても、至って普通の反応だ。
京楽隊長の方を見ると、目が合った。その視線で理解する。伊勢さんは、私の背景を知らないのだ。
その事実に、少しだけ肩が軽くなった気がした。
「小さい子が並ぶと可愛いねぇ」
京楽隊長は、私と伊勢さんをくっつけるように立たせて満足そうに微笑む。
「七緒ちゃん。姫乃ちゃんも鬼道が好きなんだって」
初対面でまだ会話の術がない私達を補助するかのように、京楽隊長が話題を出してくれた。
「本当ですか!」
その一言に、伊勢さんは目を輝かせると、私の手を握る。
「破道と縛道、それぞれ何番台まで今出来ますか!? それと、結界術の習得はされているのでしょうか!」
「あの……えっと……」
「あはは! いきなりそんな沢山聞いても困っちゃうでしょ。ボクがなんの為に鍛錬場開けたと思う?」
返事に困っていると、京楽隊長の助け舟が来た。
「ありがとうございます! たまには役に立ちますね!!」
仮にも隊長である京楽隊長に、伊勢さんの発言はやや無礼に思える。
だが、京楽隊長は対して気にしていない様子だった。
「一緒に練習しませんか!?」
「あ……」
私の返事を待たずに、伊勢さんは私の手を引く。鍛錬場の中心に着いて、私達は横並びで並ぶ。
伊勢さんは本当に鬼道が好きなのだろう。期待を込めた目で私を見つめている。
「破道からやりましょう!」
やろうと言っても、伊勢さんから動く気配はない。
多分、私の鬼道を先に見たいんだと思う。私は少し迷って片手を正面にかざした。
「……破道の三十三 蒼火墜」
掌の中心に熱が集まり、そのまま真っ直ぐに青い炎の塊が飛んでいく。
元々鍛錬場に用意されていたいくつかの的を吹き飛ばして、私の蒼火墜が消えた。
「……凄い。三十番台詠唱破棄……」
「え……伊勢さんも出来るんじゃ……」
「どうして分かったんですか!?」
「あ……えっと……勘です。鬼道が好きな方なら……と思いまして……」
「正解です! でも威力は如月さんの方が少し高いんですね……私も負けないですよ!」
そうやって二人で自分の出来る鬼道をやり続けた。
伊勢さんは結界術も好きみたいで、本当に楽しそうだ。
そんな私達を、京楽隊長は黙って見つめている。
「はあっ……はぁっ……疲れた……」
「私も少し」
半刻ほど経っただろうか。額の汗を拭きながら、伊勢さんは息を整える。
それに合わせて、私も鬼道を打つ手を止めた。
「如月さん! これからも二人で一緒に鬼道をやりましょ!」
「……こちらこそよろしくお願いします。伊勢さん」
「七緒でいいですよ!」
「あ……えっと……七緒さん」
「さんと呼ぶくらいなら、ちゃんで!」
「七緒、ちゃん」
「友達になりましょう!」
「……はい」
困ったような戸惑っているような。そんな私の笑顔にも屈託のない笑顔で返してくる伊勢さん……いや、七緒ちゃん。
……友達。それは何を基準にそう言っているのだろうか。きっと、力の技量が同じだからだろうか。
七緒ちゃんはふと時計をみて、慌てたような表情をした。
「もう戻らなきゃ」
そういって、七緒ちゃんは鍛錬場を出ていった。
背中を見送って、私はため息とは違う小さな息を付く。
「うちの七緒ちゃん。可愛いでしょ」
「本当に鬼道が好きなんですね。あれほどの熱量の方は、初めてお会いしました」
私もとことん鬼道が好きな方だ。だが、近い熱量で好きな人と会うのは初めてだった。
「……彼女より出来る事が怖いかい?」
京楽隊長から投げかけられた言葉に、私は目線を下に向けた。
「七緒ちゃんの技量に合わせたんだろう?」
沈黙は肯定だと分かっていて返せない。七緒ちゃんが私の手を引いた時、彼女は興奮からか、すでに力を閉じることを辞めていた。
だから、そこから辿って彼女がおおよそ達しているであろう熟練度を計算したのだ。
私の見立ては間違っていなかった。
彼女の技量を超えすぎず、時にはそれよりも下げて。傍から見れば、ほぼ同じ技量の子供が勝ったり負けたりしているように見えただろう。
「……破道の五十四 廃炎」
私がそう唱えると、完成度はほぼ最上級の廃炎が地面を燃やした。
先程は一度も見せなかった破道だ。
二人の間に少しの沈黙が流れる。
「七緒ちゃんはそんな事で君を色眼鏡でみるような子じゃないよ」
「……すみません」
そう言われても、私は怖いのだ。出来るということが怖くて堪らない。
彼女は確かに鬼道が好きだ。だけれど、技量は私に敵わない。
同じ子を見つけたと嬉しそうな彼女の期待に答える選択を私はした。
私はまた、同じ子は見つけられなかった。
「ボクは今の君よりは鬼道が上手だよ……なんて言っても、君は嬉しくないんだろうね」
「私が一番だなんて一度も思ったことはありません。隊長方の方がずっと高等鬼道を遣えます」
「ボクが君くらいの年齢の時は、一桁台の鬼道で悪戦苦闘してたよ。……同じ速度で同じ技量で。なかなか難しい条件だね。だからといって、隠す必要なんて無いさ」
その言葉にも私は返事が出来ない。
「演じる事に慣れすぎて、本当の自分を見失っちゃダメだよ」
「本当の自分……ですか?」
私が京楽隊長の顔を見上げる。
京楽隊長は、先程までの目尻の下がったような笑顔ではなく、意地悪げな笑みを浮かべていた。
「だって姫乃ちゃん、負けず嫌いだろう?」
そういって、京楽隊長は右手を水平に構えた。
「縛道の七十九 九曜縛」
私達が立つ位置から二十メートルほど離れた所にあったカカシ。
そのカカシを中心に縦方向に八つ、胸に一つの黒い鬼道の玉が現れた。
目線を京楽隊長に戻すと、してやったり顔をしている。
「七十番台……詠唱破棄」
「ほら、悔しそうな顔してる。そして楽しそうだよ」
私にまだ出来ない事だ。今の私は、六十番台を詠唱込みで……成功率が三割。六十番以降の難易度は圧倒的に高く、中々思うようには行かない。
藍染さんは、必要霊力は充分に足りているのだから後は鍛錬あるのみだと私に言っていた。
自分がどんな表情をしているのか分からないが、私も早く出来るようになりたいと思ったことは間違いなかった。
「……力を付けていくことは楽しくて……私の力が誰かの役に立つ喜びを知っています」
「それが君の本音だね」
「力が生涯誰かと均一であると言うことは有り得ない……。もし私が京楽隊長に追いつけたその先で……」
誰も追いかける人がいなくなってしまったらどうしよう。そう考えた私は、自分の考えを否定した。
藍染さんは、私よりも強く在り続けると誓ってくれた。
だから、そんな未来は来ない。
「姫乃ちゃんの世界は、力で出来ちゃったんだね」
「死神の世界はそうです」
「だからこそ、ボクも姫乃ちゃんが十三番隊に居ることは奇跡で、必然だと思うよ」
「……どういうことでしょうか?」
「いずれ見つかるさ。だから今は、甘えていいんだよ」
どれだけ否定しても私は強くなる。現に、真央霊術院で過ごした一年で私はまた強くなった。
今だって出来ないことはあるが、それはただの時間の問題なんだ。
嬉しさと苦しさの矛盾。どうして私はこんなに矛盾だらけなのだろうか。
分からない。
その矛盾を埋めるナニかを私は知らない。
私が黙り込んでいると、京楽隊長がポンっと手を叩いた。
「さ、しんみりした話はこれで終わり。お昼でも食べに行くかい?」
「はい!」
「あはは! いい笑顔だね。ボクのお気に入りの定食屋に行こうか。嫌いな食べ物あるかい?」
「豆腐です」
「あれま。豆腐が嫌いだと、育つところ育たないよ」
「……?」
「……浮竹がいたら、ボクいま殴られてたかも」
クスクスと笑いながら歩き出した京楽隊長の背中を駆け足で追う。
初めての他隊訪問は、少しの後ろめたさと謎かけのような難題が見つかった結果だった。
昼食を終えて、京楽隊長と別れる。
浮竹隊長から貰った飴を舐めながら、私は十一番隊に向かうことにした。向かう途中で、海燕さんから貰った地図を再度開く。
「……えっと……十一番隊では……どれだけ挑発されても乗るな? ……どういうこと?」
地図の端に書かれた一文。その意味を、私はすぐに知ることとなる。