師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
昼の猛暑が収まりかけた頃。私はようやく十一番隊にたどり着いた。
「……どうしてこんなことに」
見上げる門は、八番隊とは大違い。一体どうしたらそんなところに……と聞きたいくらいに全体的に荒々しく傷ついていた。
門の両端に立つ門番は、片手に酒を持っていて腰を下ろしている。人を見た目で判断してはいけないと分かっていながらも、どうやっても治安が良さそうには見えない風体の人ばかりだ。
意を決して門を潜ったその瞬間だった。
「っ……!」
理解をするよりも早くに、私は反射で身体を前倒しにする。
私の動きについてこれず、宙にわずかに浮かんだ麦わら帽子が、風を切る音と共に消えた。
バキッ……!!
遅れて聞こえたのは、鈍い音。
その音がした後方を振り返って、ようやく事態の全貌を掴むことが出来た。
「やんのかてめぇ!!」
「んだとゴラァアア!!」
前方からはドスの効いた声がする。私の後方には、半分に折れた木刀が隊壁に突き刺さっていた。
つまるところ、前方の二人が喧嘩をした結果、折れた木刀が丁度私に目掛けて飛んできたのだ。
ついでに、壁と木刀の間には私が浮竹隊長から授かった麦わら帽子が見るも無惨な姿で磔にされている。
「嘘……」
初めて見る大人の喧嘩である。二人は私の姿など見えていないかのように殴り合いの喧嘩を続けている。
その二人を刺激しないよう、私はそっと気配を殺して通過した。
「はあ……。っ……!!」
無事通り過ぎた。そう思った時にまた嫌な予感がした。
飛び跳ねるかのように真横に飛べば、今度は足元に人が転がってきた。
「なんなの……ここは……」
思わず本音が出る。
あちらこちらで研鑽し合っているのか喧嘩なのか分からないほどの取っ組み合いと、怒鳴り声。
早く帰りたいと思わず心の中で思った時、背後から声が聞こえた。
「ほう。今のも避けるか。一回目は偶然かと思ったが、どうやら偶然ではないようだな」
振り返ると、私の後ろに立っていたのは黒髪短髪の男性だった。
「何故此処に? 此処は子供の来るべき所ではない」
「あっ……じゅ、十三番隊隊士如月姫乃と申します。海燕副隊長の遣いで書類を……」
私の言葉を聞いて、男性は眉をぴくりと動かした。
「……ああ。貴様が浦原の娘か」
その言葉に顔を伏せる。何も返せずにいると、男性は私を追い越して歩き始めた。
「あ……あのっ……書類を!」
「海燕副隊長からの書類を私が受け取れるわけがないだろう。隊首室はこっちだ」
着いてこいという意味だ。私はその背中を慌てて追いかけ始めた。
周囲の喧騒とは違って、落ち着いた雰囲気のある人だと思う。
書類には渡す順番があるのだと予め教えて欲しかったものだ。
「お名前を……」
「一ノ瀬真樹。覚えなくていい」
元々口数が多い人ではないのか、私達はそれ以上会話が続くことなく黙々と隊舎の中を歩き続けた。
十一番隊は護廷十三隊の中でも最凶の名を誇る部隊だと学んでいた。ただ、内部がここまで荒んでいるとは思わなかった。
浮竹隊長が心配に心配を重ねる理由が、少しだけわかった気がする。
そう思考を回していると、目的の場所に到着したのか一ノ瀬さんの歩みが止まった。
コンコン。
「鬼厳城隊長。一ノ瀬です。入室してもよろしいでしょうか」
一ノ瀬さんがそう扉に向かって声を上げると、一拍遅れて返事が返ってくる。
「おう」
そう一言だけ返ってきて、一ノ瀬さんは扉を開けた。
開けると同時に深々とお辞儀をする一ノ瀬さんに習って私も頭を下げる。
「どうした」
「十三番隊から遣いです」
「浮竹からか?」
「いえ、海燕副隊長からです」
「……どうせまた討伐依頼だろ。あそこの隊はあいつ以外、まともな戦士はいねぇのか」
多分、私が出会った中で一番低い声だ。重苦しい圧力と気だるそうな声色に、緊張が高まる。
一ノ瀬さんが顔を上げる雰囲気を感じて、私も同時に上げる。目の前の椅子に座っていたのは、その声色に似合った縦横に体の幅のある人だった。
射抜くかのようなその鋭い目線と私の視線が交わる。
「……ガキがどうした」
「コイツが海燕副隊長の遣いだと申しています」
「はっ。人手不足にヤケが来て遂にガキにまで手出し始めたのか」
「浦原喜助の娘です」
わざわざ言わなくていいのに、一ノ瀬さんは私の人物像をありのままに報告する。
知らないなら知らないままでいいのに。そんな希望は通らないのだろう。
「……ああ。最後に隊首会に出たのは何年前だ? そん時に藍染の奴が報告に上げてた奴か」
「間違いはないかと」
「親の名前で副隊長の補佐か。立派なこった」
明らかに皮肉だ。父の名前が良い方に転がったことはないし、そんな事実はない。
それでも、私は何も言うことは出来なかった。
「出入口の乱闘を無傷で通り抜けて来ましたので、拾った次第であります」
一ノ瀬さんのその言葉に、鬼厳城隊長は目を細めた。
そして、私を頭の先からつま先まで何度か往復して見る。
そして、鬼厳城隊長の目線が一ノ瀬さんに向いた瞬間、私は殺気を感じた。
「……っ!?」
私の前に立っていた一ノ瀬さんから、回し蹴りが飛んできた。
当然近距離。瞬歩が使えれば避けられただろうが、生憎私にその手段はない。
咄嗟に手をクロスさせて防御の体勢を取り、自身の霊力で蹴りの威力を殺した。
「……ケホッ」
数センチは後方に下げられる結果となってしまったが、巻き起こった埃にむせた事以外は問題がない。
「今のを……止めたのか。その霊圧……貴様……」
やったのは一ノ瀬さんだというのに、驚いたような声をだす。
鬼厳城隊長はその光景を見て、薄ら笑いを浮かべた。
「面白ぇ。親の七光り……ってわけじゃなさそうだな」
どうしてこんな目に。私はただ書類を届けに来ただけなのに。
本題から大きくズレが生じてしまっているが、一度持たれた興味を引き剥がす事も出来ない。
「ガキ。剣は持てるか」
「……はい」
「一ノ瀬。テメェが相手しろ」
「かしこまりました」
まさか試合をしろと? 海燕さんの忠告を思い出して、私は慌てて会話の間に入った。
「せ、せっかくのお話ですが……あのっ……今日は……」
間髪入れずに、一ノ瀬さんからの鋭い目線が飛んでくる。
「鬼厳城隊長からの指示を断ると?」
「っ……こちらは十三番隊からの指示を承っておりますので……」
負けじと言い返す。
もし事が大きくなってしまっても、責任の所在と論点がズレないようにしなければ。
私はあくまで書類を配達に来るだけの命令を承っており、戦闘許可は貰っていないのだという趣旨を通した。
「……っち。鼠みてぇな小癪な手段。見事に親子だな」
鬼厳城隊長の目線が私から外れた。興醒めしたのだろう。
私は心の中で安堵の息を付いた。
「書類は」
「あ……これです」
籠から書類を取り出して鬼厳城隊長に渡す。私の頭を捻り潰せるんじゃないかと思うほどの大きな手に受け渡すと、鬼厳城隊長はそれをジッと眺めた。
「……めんどくせぇ。一ノ瀬。適当に処理しとけ」
「はい」
鬼厳城隊長は、そのまま書類を投げ捨てる。
一ノ瀬さんは、床に落ちた書類を嫌な顔一つすることなく拾い上げた。
「おい、浦原のガキ」
そう呼ばれて顔をあげれば、鬼厳城隊長はまた薄ら笑いを浮かべている。
「テメェに十三番隊は似合わねぇ。ウチに来るか?」
想像もしていなかった一言に、私は固まる。
「さっきの一撃で分かった。テメェ、相当なチカラ隠しこんでやがんな。そうして何が楽しい」
「楽しくてしているわけでは……」
「大方、浦原の名前を背負った過去で目立ちたくねぇとかしょうもねぇ事だろ」
若干違う。私がそういう手段を選んだのは、父の存在を知るよりも前だ。
しかし、現状でその要素がないというわけでもない。
完全なる否定が出来ない状態で、返す言葉を見失う。
「はっ。アイツはもっと軽口野郎だったが、テメェはまだガキだな」
「……申し訳ありません」
「隊には隊色っつーのがある。思想も意気も違ぇ俺ら護廷十三隊が、何でまとまってるか知ってるか?」
明確な答えは、私の知識の中にあった。
普段は出さない理論のない知識だったが、度重なる混乱が思わず正解を導き出す。
「総隊長が……強いからです」
「そうだ。十一番は力が信念。力こそが正義だ。どこの隊よりも総隊長の意志を反映している隊だと思わねぇか?」
「……はい」
「人殺し、盗人、詐欺師、知恵遅れ。十一番隊は、世に放てばマトモに生きてられねぇ奴の集まりだ。けどここじゃ、自分の背景も過去も何も関係ねぇ。力がありゃそれが正義。どうだ、テメェが生きやすい世界だぜ」
鬼厳城隊長は言いたいことは全て言い終わったのだろう。空間に無言が流れる。
もし十一番隊で私の背景を叩く者がいるとすれば、力でねじ伏せる。
そうして勝てば、私が正義になる。
言葉の意味を何度も頭の中で解釈して、私は小さな声で返事をした。
「……有難いお言葉ではありますが……お断りさせて頂きます。私は既に……十三番隊で難題を頂いておりますので」
「はっ!! ここで学ぶことはねぇってか」
「そ、そういうわけでは……」
「まあいい。ただまあ、一ノ瀬を止めたとなりゃ、今後十一番隊に顔出す度に四方八方から木刀が飛んでくる事は覚悟しとけよ」
そう言って鬼厳城隊長は立ち上がると、隊首室を出ていった。
残された私と一ノ瀬さん。ただ、会話がある訳でもない。
やるべき事は終わった。帰ろうと思って、私は頭を下げて隊首室を出る。
庭先の喧騒をまた縫うようにして十一番隊から無事に抜け出せた。
「……どう報告しよう……」
海燕さんの補佐だというのに、十一番隊に今後顔が出せないに近い状態に一瞬で陥ってしまった。
ただ、どうすれば回避出来たのか……。過去を悔やんでも仕方がない。
十一番隊を出た時には既に太陽が夕日へと移ろい始めており、私は十三番隊への帰宅を急ぐ。
小走りで走っていると、正面から羽ばたいてきたのは地獄蝶だった。
『迷子になっていないか? 如月』
浮竹隊長からの伝令だ。
「大丈夫です。あと半刻で戻ります」
そう返すと、地獄蝶は空高くにまた羽ばたいていく。
そうして走り続けること半刻。
日が落ちかける寸前で、ようやく十三番隊の門が見えてきた。
「如月ー!」
門の近くに、浮竹隊長と海燕さんの姿が見えた。大きく私に向かって手を振ってくれている。
「遅くなってすみません」
「いやあ、よかったよかった。無事帰って来れたな!」
ニコッと笑う浮竹隊長。しかし、すぐに私の帽子が無いことに気がついたようだ。
「あ……すみません。その……十一番隊で木っ端微塵に……」
「ははっ! 身体が無事なら何も心配することはないさ!」
「まさかお前……喧嘩してきたんじゃねぇだろな?」
「してません!」
私がそう海燕さんに返すと、海燕さんはヤレヤレと言いたげにため息をつく。
そして、腰を下げたかと思うと大きな手が私の両脇を掴んだ。
「うわぁっ!」
出かける時と同じく、私の身体が高く持ち上がる。
「おかえり!」
「おかえり。如月」
同じ言葉を私向かって投げかける二人。その屈託のない笑顔に、私は少し気恥ずかしく思いながら返事をした。
「……ただいま帰りました」
「かてぇ!」
「た、ただいま!」
「そうだ!」
私を抱えたまま海燕さんは、十三番隊隊舎の中に足を進める。
昼間の太陽とはまた違った温かさに包まれて、私は思わず瞼が重くなった。
「あ! 寝るのか!」
「いいじゃないか。相当疲れただろう」
そんな言葉が意識の遠くで聞こえる。
……初めてだった。母と藍染さん以外の腕の中で眠りに落ちてしまうのは。
それほど今日は疲れた一日だった。
□
次の日起きて、十一番隊での出来事をありのままに海燕さんに伝えた。
「はー、なるほどなぁ……」
海燕さんは頭を抱えつつも、思ったほど深刻そうな顔はしない。
「まあ、あそこは剣術しか使わねぇし……。剣術磨くっつー心持ちで行きゃいいだろ。一ノ瀬防げたなら、死にゃしねぇよ」
「わ、分かりました……」
「それよりも、ウチを選んでくれてありがとうな」
嬉しそうに笑う海燕さんにつられて、私も笑う。
……作り笑顔ばかりだった毎日の中で、海燕さんの笑顔につられて笑う時だけは、自然に笑えている気がした。
キャラクター解説。
一ノ瀬真樹→アニブリバウンド篇にて鬼厳城剣八の部下として登場。鬼厳城の事を心底慕っており、更木剣八に代替わりしたと同時に更木の事を認められず瀞霊廷を去った。一人称は「私」