師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
今日は非番だ。虚討伐任務をあっさりと断られたあの日、理由を何度聞いても海燕さんは明確な理由を教えてはくれなかった。
外に出すにはお前には決定的に足りないものがある。
ただそれだけを伝えられた。考えても答えは見つからず、分からないと素直に進言した。
それでも……
「考えるものじゃなくて感じるものだ……か。なんだろう」
お前がどれだけ考えてもどれだけ文献を読み漁っても答えはそこには乗っていないと言われた。
非番を与えられても、やることは自主練だけ。それも他の隊士が鍛錬場を使うとのことで追い出された。
「けーん……けん……ぱっ……」
仕方なく、西門付近で一人で遊ぶ。
「よし、あの的に小石を当てれたら私の勝ち。当てれなかったら……私の負け」
そんな独り言を呟きながら、遊んでいても普段よりずっと時間の経ちが遅い気がして……つまりは暇だ。
そんなことを考えていると、門から午前出撃した隊士達が次々に帰ってきた。
「臆病者! そのような処で小石いじりなど、見るに耐えぬな!」
会いたくもないのに、どうしてこうも都合よく人と出会うのか。
任務帰りで勝ち誇ったような顔で私の後ろに立つのは、朽木白哉だった。
「……五代貴族ともあろう御方が、頭に砂埃をつけておられるとは……滑稽極まりないですね」
「……なんだと?」
明らかに苛立った顔をする朽木から逃げるようにして私はその場を離れた。
彼はそれでも私の後を追いかけようと一歩を踏み出した。
「……あ、そこ落とし穴ありますよ」
私の忠告は時すでに遅し。先程私が一人遊びの中で作っていた落とし穴に、朽木は落ちていった。
「如月……貴様っ……」
朽木はなんとか這い上がってきて私を睨む。
「……ふっ。猪突猛進の貴方にお似合いです」
「なん……だと?」
「失礼します」
言い逃げをしようとした私の背後に迫った気配が迫る。
「あっ……」
「はっ! 私の瞬歩に無様に敗北するが良い!!」
朽木白哉は、私の頭からリボンを奪い取った。
……それは、藍染さんから貰った大切なものだ。気安く触るな。
また、私の中に苛立ちが起きる。
「……返せ。猪白哉……」
「ふっ、そうやって負け惜しみを吐くしか手段がないことに同情するぞ」
私はぐっと唇を噛んで、逃げようとした朽木の背中に向かって小石を投げつけた。
「当たらぬ! どうやら私は如月の実力を見誤っていたようだな!」
「返してよ!!!」
「欲しくば、追いつく。そのような単純なこともわからぬか! 莫迦め!」
彼は笑いながら瀞霊廷の道を走って前を行く。
私の苛立ちが限界を迎えた。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪
動けば風 止まれば空
槍打つ音色が虚城に満ちる
──破道の六十三 雷吼炮!!! 」
私は三割の成功率の中で、文句のない成功を引き当てる。
両手から放たれた雷を帯びた閃光が朽木に向かって真っ直ぐに飛んだ。
「なっ……」
一方彼は、思ってもない鬼道が飛んできたことに目を見開く。
そして朽木を飲み込まんとしていたその瞬間、雷吼炮は空中で飛散して跡形もなく消えた。
驚いた表情だった朽木が、また勝ち誇ったような表情に変わる。
「ふっ! 失敗のようだな!」
彼はまた前へと進もうとしている。もう決着は着いたと確信して、私は目を細めた。
「なあ!!」
前に進もうとした彼が、一瞬で身動きが取れなくなった。縛道の三十七 吊星。
さしずめ、トリモチに引っかかった鼠だ。
「……雷吼炮に意識が向きすぎて、私が次に放った縛道が耳に届かなかったようでなにより」
別に雷吼炮が失敗したわけじゃない。
元々込めている霊力を調節すれば、任意の場所で飛散させることも可能だ。
視界を奪い、意識を奪い、聴覚を奪い。そして、小声で本命を用意する。
「いつか、鬼道の中に鬼道を隠せるようになりたいな……」
理論上は可能。いつか必ずやり遂げる。
そんな事を呟きながら、鼠になった朽木に近づいた。
「……返して」
悔しそうに私を睨む朽木だったが、私は気に止めず彼の手元を見た。
そして、衝撃を受けた。
「……私の……リボンが……」
雷吼炮は確かに朽木に当たらなかった。というより、意図的に当てなかった。
それでも、風になびかれていたリボンは、僅かに当たってしまったのだろう。端が焦げ落ちてしまった。
「私の寸前を狙いすぎたな! 自業自得だ!!」
「……っ……私の……大事な……」
途端に悲しくなって、目にいっぱいの涙が溜まる。
大切なもの。本当に本当に大事なものだった。
「な、な、な、泣くな!! ええい!! この縛道を解け!!」
「うあああああん!!!」
「このような安物、いくらでも買ってやろう!!」
「ああああああ!!!」
安物なんかじゃない。値段なんかじゃない。
私の集中力が飛んだことで、朽木を捉えていた吊星が解除される。
「なんでっ……私につっかかるの!! もう放っておいてよう!!!」
私はワンワン声を上げて泣く。
視界がぼやけて、彼がどんな表情をしているのかは分からない。
「お前の大事なものはなんだ……家族か!? 全部、全部……私が壊してやる!!!」
「なっ!! なんという卑劣な言葉を……!!」
「嫌い嫌い嫌い!!! うあああああん!!」
本心なんかじゃないのに、混乱ゆえに酷い言葉を吐いてしまった。
罪悪感と私は悪くないのにという気持ち。この前もそうだった。
コイツと接すると、嫌な気持ちになる。
自分が醜い言葉を使ってしまう事への罪悪感に押しつぶされそうになる。
じゃあどうすればいいのか。知らない。分からない。
癇癪のままに石を投げる。
それは、彼に当てようと思って投げたわけでもなかったので適当に空に飛んだ。
……それがまた良くなかった。
ガシャン……。
何か……というより、硝子の割れる音が聞こえた。
その音に驚いて、私の涙もヒクッと止まった。
「……如月……貴様……」
朽木は何をしてくれたんだという表情で私を見つめる。
私もまた、彼の目を見つめて止まった。
泣き喚いていたのが嘘かのような、数秒の沈黙が流れる。
「……姫乃と白哉だなぁ!? クソガキ共がコラァァァァ!!! 衝撃波で瓦礫を飛ばしてきた次は硝子割りだァ!? ぶっ殺されてぇか!!!」
耳に響く怒鳴り声。私と朽木は同時に肩をビクっと上げた。
怒鳴り声が聞こえてくるのは、十一番隊の方向だ。そしてこの本能的に怖いと思ってしまう低い獣のような声を出せるのは、ただ一人。
「……鬼厳城隊長だ」
怒り狂った霊圧が私達に近づいている。
これはまずい。本気で殺される。
逃げようと足を踏み出した時、私の手が掴まれた。
「逃げるぞ!!」
朽木は珍しく焦った顔をしている。その手に引かれて、景色がポンポンと移り変わった。瞬歩だ。
私が使えない代わりに、彼が主導で移動している。
「まだ追ってきているか!」
「えっとまだ追いつかれる……縛道の二十六 曲光!!」
私が鬼道で二人分の姿と霊圧を消す。
何度繰り返したのかはわからないが、そうやっているうちに鬼厳城隊長の気配がずっと遠くまで離れた。
「あ……もういない」
「な! それを早く言わぬか!」
朽木は汗びっしょりで息を切らしている。
一人ならまだしも、私を抱えて走ったのだから当たり前か。逃げる足は彼の方が得意で、索敵は私の方が得意だ。楽なのは私の方かもしれない。
どこの路地裏かも分からない場所で私達は同時にその場に腰を下ろした。
「……逃げれた」
「隊長を撒けるほど、私の瞬歩が優秀だったのだ!」
「曲光と私の霊圧知覚がなきゃ無理だった!」
「人の背中に背負われていただけの奴が何を言う!! 大体二つともお前のせいだろう!!」
「お前が私のリボンを盗まなきゃこうはならなかった!!」
私と朽木が睨み合う。
……先に表情を崩したのは、彼の方だった。
「……その、なんだ……すまぬ」
初めて聞く謝罪の言葉に驚いて目を見開けば、彼は目線を上に下に移動させながら小さく口を動かし続けた。
「……泣かせるつもりではなかったのだ。己の鍛錬を嘲笑うように強いお前が……その、羨ましくなどは……ただ……その……すまぬ」
言いたいこととプライドがあるのだろう。その両方で苦悩しながらも謝罪する姿に、私も静かに言葉を返す。
「……大切な人から貰ったもので、同じものはあっても同じじゃないものなの」
「……すまぬ」
「……私も酷い言葉を言ってごめんなさい。壊そうなんて……思ってないよ……」
「分かっておる! 如月に壊される程、私の大切なものは脆くなどない!」
私のリボンも、きっかけは彼だったけど壊したのは自分の責任だった。
無駄に驚かしてやろう、優位だと見せつけてやろう。などという気持ちで中級破道を遣わなければ、いまこの手にあったはずだった。
……大切なものを壊してしまったのは、誰かのせいじゃなくて自分のせいだ。
「っ……」
「な、泣くな!! 良いか、涙は敗北だ!! 己に対する敗北なのだ! 失ったものは返っては来ぬ!」
「でもっ……やっぱりお前のせいだっ……!!」
「だ、だから謝っておるだろう!」
「返してっ……返してよう!!」
自分のせいなのに、どうやっても消化が出来ない。
頭で理解しても、気持ちが全く付いてこない。
なんで。なんで。なんで。
自分のせいだって分かっているのに……どうして。
朽木は、ボカボカと自分の胸を殴るように叩く私と、手の中にあるリボンをじっと見つめた。
「……わかった。必ず元通りにして返す」
「……なるの?」
「一度立てた誓いに嘘は言わぬ! だから泣きやめ!」
「……うん」
そして、朽木は私の顔に布を押し当てた
「ええい、なんと汚い面だ! 拭け!」
「……うん」
なんとも現金な自分だ。直るかもと聞いて、涙が止まった。
「こりゃ!! 白哉!! お主は真っ直ぐ隊に帰ってくることが出来ぬのか!!」
「お爺様っ……如月! 修復後十三番隊に送る! それまで待っておれ!」
私は非番だったが、彼は勤務中だ。
慌てて自分の隊に戻る背中を見送った後、私はトボトボと十三番隊に帰った。
「…………ただいま」
「おかえ……今度は何したんだよ」
「……朽木白哉と喧嘩しました」
「……ふっ……あははははっ!! ひー、腹痛てぇ!!」
海燕さんは、ダンダン床を叩きながらお腹を抱えて笑う。
構わず、事の顛末をまた報告することにした。
「ほーほー、なるほどなぁ。んで、お前は謝れたのか?」
「……はい。感情に流されて……言ってはいけない言葉を言ってしまいました……」
「よし、半分だな」
半分。その言葉の意味が一度では理解できず、顔を上げて海燕さんを見た。
「お前が外に出るための足りないものだ。思ってもねぇ形式だけの謝罪と、自分の心に向き合った上で出した謝罪は重みが違う。相手と真剣に向かい合った証で、自分の心と向かい合った証だ」
そう言って、海燕さんは私の頭をまた豪快に撫でる。
「あと俺たちは、お前を褒めるだけだ! よく謝れたな。偉いな、如月!」
「こ、子供扱いしないでください……」
「気にすんな。白哉も今頃蒼純さんに撫でくり回されてるぞ。悲しかったな、辛かったな。でもきっと、一人じゃ出来ない体験をお前は今日したんだ。喜べ、笑え!」
「なっ……笑えないです!」
今日起きたことは決して楽しい事じゃなかったのに、また海燕さんの豪快な笑顔につられて笑う。
「いい笑顔だ!」
「あの……あのですね。私が白哉と自分を隠したんです! それが隊長相手に通じたんです!」
「そうかそうか! 楽しいなぁ!」
「あんだけ澄ました顔してるのに……白哉が息切らせてて……それで……」
「ああ、なんだって聞いてやる! ただの報告じゃなくて、そんときのお前の気持ちも全部聞かせろ!」
「はい!」
それから数日後。朽木家から遣いがきて、私の手元にリボンが戻ってきた。
「……なんで……緑……」
修復された所は、何故か緑の糸で作られていた。
あいつは阿呆か? それとも、自分なりのアレンジなのか? 赤に緑という組み合わせの理解に苦しむ。
手紙もついていた。
「えっと……『みすぼらしい髪留めであったが、特別に私の美術を取り入れてやった。感謝するがいい』……阿呆だ……」
戻ってきたリボンを眺めていると、浮竹隊長が物珍しそうな顔をしながらそばに来た。
「おー、それが白哉の初めての裁縫か」
「え? あいつが自分で?」
「朽木隊長が空から太陽が落ちると言っていたな。どれ、結んでやろう」
普段自分の髪も結っているからか、浮竹隊長は手際よく私の髪をまとめる。
「藍染さんは、いつも難しい顔してリボン持つんです」
「ははっ! アイツにも苦手なことがあったか」
「お団子にしたいのに……リボンじゃ出来ないって言うんです」
「なんだ、お団子がいいのか。俺がしてやろう」
一体どんな結び方をしているのか分からないが、私の髪は希望通りの髪型に結ばれた。
鏡を見ると、右からは赤い布端。左からは緑の布端。一体いくらする生地を使ったのか……緑の布はキラキラと輝いていた。
「似合うじゃないか」
「……はい。これでいい……これがいいです」
あれだけ悲しかった気持ちも、今は悲しくも辛くもない。
「思い出は、一つより二つの方がいいだろう?」
「……はい」
私に足りないものが何なのかはまだハッキリとはわからないが、こうして手探りでもがいていくしかないのだ。
「白哉は難しい子だが、決して悪い子じゃない。仲良くしてくれて有難う」
「大嫌いです」
「ははは!」
浮竹隊長は楽しそうに笑う。
棘の多いこの世界の中で、海燕さんや都さん。そして浮竹隊長の周りは暖かくて……いつの間にか大好きな場所に変わり始めていた。
夜一さんとやっていた事をしてしまった白哉ですが、やっていい事と悪いこと。そして謝るということを互いに学びましたね。
後書き書く予定は無かったんですが……白哉が酷い子みたいに思われても嫌だったので|ω`)