師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
私が悪戯を初めてはや一ヶ月。
今日もまた、十三番隊に悲鳴が響き渡る。
「か、海燕副隊長!! 今度は如月が屋根を壊しました!」
「今日はまた派手な事で。雨漏りしてたから丁度いいな。みんなで修理すっか!」
「は、はあ……」
私が粉々に壊した屋根の近くに海燕さんを初めとして多くの人が集まってきた。
今日こそ怒られる。
そう思って身構えたが、海燕さんはいつものように影ひとつない笑顔だ。
「お前なあ、どうせなら雨漏りしてる所全部壊してこい!」
「え……」
「ほら、行ってこい!」
むしろさらにやってこいと送り出されてしまった。
そうして、午前中は十三番隊総出で屋根の修理。
「……なんで」
書類を隠したら、皆で探し物大会だと言われる。廊下を水浸しにしたら皆で拭けばいいと言われる。
「如月。この釘、あっちの集団に渡してきてくれ」
「い、嫌です!」
物で攻めて駄目なら、反抗的な態度を。
そう思って言ってみるが……
「おー、そうかそうか。んなら、一緒に行くか!」
何一つダメージを与えられてる気配がない。
海燕さんに背中を押されながら、私は屋根修繕作業をしている軍団に近づいた。
「み、都さん……」
小さな声でそう声をかけると、都三席が笑顔で振り返る。
「あの……釘……」
「ありがとう! 丁度無くなったところだったの」
「あっ……えっと……」
「どういたしまして。それでいいんだ!」
「どういたしまして……」
「ふふっ。沢山甘えていいんだよ」
そういう都三席。悪いことをしたのは私なのに、誰も私を責めない。
みんな自分の作業に没頭している様子だ。
「さ、次はこれをアイツらに」
「……」
「またついて行くか?」
私は首を横に振って、一人でまた別の集団に近づく。
「……あの……釘……です……」
都三席に話しかけた時よりも小さくか細く消えそうな声。
周りの修理音の方が大きく、かき消されてしまったのではないかと思った。
けれど、ちゃんと私の方を振り返ってくれる。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
釘を受け取って、また作業に戻る隊士。
小走りで海燕さんのそばに戻れば、頭を撫でてもらった。
「偉いな!」
こうしてしまったのは私の所為なのに、どうしてそんなに笑っていられるのだろうか。
モヤモヤとした心のまま、私は屋根の上から飛び降りた。
__ガシャン!!
悪い事をしたバチが当たったんだ。
飛び降りた先にあったのは、バケツ。そしてその中にはペンキが入っていた。
「……京楽隊長の……馬鹿……」
私はとんでもない当てつけを小さく言葉にする。
目線を前に向ければ、突然上から落ちてきた挙句、ペンキ入りのバケツに飛び込んだ私に目を丸くする女性隊士達がいた。
恥ずかしくて、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待って。すぐに洗った方が……」
私のあまりの悲惨さに思わず声をかけたのかそうでないのか。
そんなことより、話しかけられた。その事実に全身が緊張で固まってしまった。
「と、とりあえず着替える?」
その問いに、答える声も出なければ頷くことも否定することも出来ない。
石のように固まった私をみて、女性隊士達は少し困惑していたがそのまま私に近づいてきた。
「丁度お風呂の湯を流す前だったの。行きましょう」
「歩けるかしら?」
そんな言葉をかけられて、背中を押される。
すると、屋根上から海燕さんも降りてきた。
「うお! これまた派手なこった……」
困り果ててどうすればよいか分からず、海燕さんの方を見る。
目が合って、海燕さんは少し考えるうな顔をした。
「……そうだ。屋根板に、皆で転がろうぜ! ペンキまみれでよ!」
「ええー! 海燕副隊長、本気ですか!?」
「自由参加、自由見学だ! ほら、行くぞ!!」
ペンキで汚れている私の手をそのまま海燕さんは引く。
そのまま、新しい板を貼り合わせていた集団と合流した。
「おーい、今から皆で全身ペンキまみれのお絵描き大会やるぞ!!」
そんな海燕さんの一言で、ワラワラと人が集まってきた。
人生で最も人に囲まれた瞬間。私はもう、緊張で吐く寸前。
「よーし、一番最初は如月だ! 行け!」
「うわあああっ!」
私は海燕さんによって、板の上をゴロゴロと転がされた。グルグル回る視界。
それが止まったかと思うと、今度は抱っこされた。
「ほら! いい具合だ!」
そうして指を刺された先を見れば、私の服や体についていたペンキの跡が屋根に描かれている。
「よっしゃ、次の奴来い!」
「俺達が行きまーす!!」
そう聞こえて、何人かが頭からバケツを被って全身を汚すと、ゴロゴロと転がったり大の字で張り付いたり。
「…………なんで……怒らないんですか……」
そう聞くと、海燕さんは逆になんでだ? と言いたげな顔をした。
「皆で楽しめそうな事を考えた方が楽しいだろ?」
「でも……他にも……」
「水で濡れた廊下は、拭けば拭く前より綺麗になる。無くした書類を書き直せば、もしかしたら前の書類のミスが無くなるかもしれない。な? なんだっていい事に変えられる」
私が何も答えられずにいると、海燕さんは私を屋根の上にまた下ろした。
「よし、次また如月が行くぞ!」
「えっ……わああっ!」
転がされて、転がってる人を見て。
そうしているうちに太陽が高く高く登っていく。気がつけば、屋根の一部の色塗りが終わっていた。
様々な色が混ざりあって、計画性の一つもないはずなのに……まるで一つの絵画のようだ。
「おー、結構いい感じじゃねぇか」
「……凄い」
「皆で作り上げたんだぜ。もちろん、その中にお前もいる」
ペンキで汚れた顔で笑う海燕さん。そうして、私が壊した屋根の修繕作業が終わった。
「お風呂、沸かしてますよー」
作業に参加していなかった人達は、風呂を沸かしたり、着替えを用意したり、軽食を作ってくれたり。
皆、手を余すことなく自分たちが出来る作業をしている。
着替えて頭の先からつま先まで綺麗になった私は、また庭先へと戻る。
「お、来たな。んじゃあ、みんなありがとな!」
海燕さんが解散の合図を出そうとしていた。
……先程風呂の中で何度も何度も考えた。勇気を出そうと決めてきた。
私は一歩足を踏み出して、海燕さんの袖を掴む。
「どうした?」
「……皆に……言わなきゃ……」
俯きながらそう言う私の言葉に、腰を落として目線を合わせてくれる海燕さん。
「……一人で言うか?」
「……はい」
緊張で震える手。まともに正面なんか見れやしない。
それでも、私の返事に海燕さんはそっと背中を押してくれた。
……みんな私のことを見ている。怖い。怖い。怖い。
「……今日……屋根を……壊して……ごめんなさい。修繕を……手伝ってくださり……ありがとう……ございましたっ……」
絞り出した一声。届いたかどうかは分からない。
しばらく間があいて、誰の声かも分からない返事が返ってきた。
「久々に皆で作業出来て楽しかったな!」
「あの屋根は十三番隊名物にするか!」
思ってもいなかった声に、私は顔を上げる。
すると、一番近い場所で向かい合っていた一人が私の目線に合わせて腰を落とした。
「……悪かった。辛い思いをさせた俺達が悪かった」
「……え?」
「如月がこうして毎日問題を起こすことで、初めて如月の名前を口に出した奴も沢山いる。お前はここにいたはずなのに、見ないようにしていた俺達がいた」
「……悪いことを……していたのは……私です……」
「やり方はどうあれ、私を見てくれ……って、精一杯の声が聞こえた。独りにさせて……ごめんな」
その言葉に、私は海燕さんの方を振り返った。
いつの間に来ていたのか、その後ろには浮竹隊長もいる。
「一年弱。俺らが何もしてないわけねぇだろ。最初に会った時に言ったろ? ちゃんと如月姫乃っつー人物がどんな奴か説明するって。けど最後は、自分から向かなきゃ何も進まねぇ」
海燕さんに続くように、浮竹隊長も言葉を紡いだ。
「どれだけ難しく、遠いことも必ず向かい合える日が来る。よく頑張ったな、如月も。皆も」
冬だというのに……暖かさに包まれた気がした。
日陰が好きで、誰からも見られないようにして生きてきた。
この一ヶ月の所業を通して、いつの間にか私は……自分が見られる存在になっていた事に気が付かなかった。
やり方は間違っていたかもしれない。
けど、それでもこうして踏み出した一歩の先にあったのは……拒絶ではなかった。
「……皆を……拒絶してたのは……私の方でしたっ……」
「ったく、やーっと俺達の前で泣いたな」
「えっ……」
「嬉しくて楽しくて。そうやって流した涙は、かけがえの無い宝物だ! 一人じゃ絶対に見つけられない心だ! 忘れんじゃねぇぞ!」
私の体が高く持ち上げられて、そのまま空高くに投げ飛ばされる。
驚いて固まっていると、また海燕さんの腕の中に戻ってきた。
「そんで、その後は思いっきり笑え!!」
私が返事をするよりも前に、また高く飛ばされる。それを繰り返しているうちに、私はいつの間にか声を上げて笑っていた。
いつものつられて笑う小さな笑い声じゃなくて、心の底から精一杯。
「海燕さんっ……浮竹隊長っ……私、十三番隊が大好きです!!」
「俺らも、お前のことが大好きだ!! 大切な仲間だ!!」
この暖かさを……なんという言葉にしよう。
どの文献を漁れば、適した回答があるだろうか。そんなものは……きっとない。
逃げて逃げて逃げて。拒絶して拒絶して拒絶して。
そうして見ないようにしてきたものは、決して全てが悪いものではなかったと。
……それを感じられた時の気持ちを表す言葉など、きっと学問の中では見つけられない。
「如月。お前は迷子にならねぇ。いつだってどこに居たって、此処に帰って来れる! だから、帰ってきた時はなんていうんだ!」
「ただいまっ……」
「そうだ! だから、帰ってきたい。そう思える場所を守る為に心を持て!」
「はいっ……!」
海燕さんは、私を片手で高く持ち上げて皆の方に向けた。
「よっしゃあ!! 戦闘隊員確保ぉお!!」
海燕さんがそう叫ぶと、その場に一斉に歓喜の声が舞い上がった。
「よっしゃあああ!! 脱・護廷十三隊最弱の名!!」
「四番隊の次にな!!」
「十一番隊から嫌味言われることなくなるんじゃねぇか!?」
嬉しいのに、楽しいのに涙が出るなんて知らなかった。
暗くて怖いと見ないようにしていた道が、たった一つの勇気と言葉で明るく光るだなんて知らなかった。
形式的に言っていた言葉が、温もりによって重みが違ってくるなんて知らなかった。
「如月」
浮竹隊長が近づいてきて、優しく微笑む。
「……人との距離は、力で比べるんじゃない。相手を信じること。歩み寄る勇気を持つこと。そうやって心と心でぶつかって、認めあって。そうして俺達は生きていく。……忘れちゃダメだよ」
「私はっ……此処にいてもいいですかっ……」
「居て欲しいと。そう願っているよ」
一年前の私は今の私を嘲笑うだろうか。何処だっていいと思っていた。
それなのに今は……此処がいいと願う私を。
「腹減ったな! 飯にするか!」
そう言った海燕さんの背中を、皆がワイワイと話しながらついて行く。
私は、グッと拳を握りしめて精一杯の大声を上げた。
「あのっ……あのっ……私も……皆さんと一緒に食事を取っても良いでしょうか!」
私の声に振り返る一同。
「こちらこそ。これから互いの話をし合いませんか? ……食事を一緒に取りながら」
決して自分からは歩み寄らなかった距離。
今度は……私からみんなに向かって駆け出した。
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次の日、私は朝一番に八番隊に駆け込む。
「京楽隊長! お久しぶりです! あのっ……悪い事をする事がなんでか上手くいって……」
扉を開けながらそう言う私。目が合った京楽隊長は、何故か苦笑いをしていた。
「……やあ。姫乃ちゃん。それは何より……」
何故か歯切れの悪い京楽隊長。その原因が、私の目にも映る。
「……おはよう、姫乃。今の話、詳しく聞かせてくれるかい?」
「……京楽隊長がそうしていいって言ったもん」
「そうか。京楽隊長。まだ少しお時間よろしいですか? なにせ僕は、彼女に悪い事だと自分で自覚している事を、意気揚々とやれなどと教えていないものでして。どのような教育方針で、どのような利点があるのかを是非お聞かせ願いたい」
とんでもなく運が悪い事に、八番隊には藍染さんがいた。
隊長同士で何か用事があったのだろう。
一拍の間があった後、京楽隊長の姿が消える。それと同時に私の体がフワリと浮かんだ。
「さあて、逃げようか。姫乃ちゃん」
「わあっ!」
「バレちゃ駄目な人にバレた時は、さっさと逃げる。逃げたもん勝ちさ」
朝から騒々しいと思われそうだが、そんな今日すらも嬉しくて。私は京楽隊長に抱えられながらクスクスと笑った。