師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
あれから時は幾ばくか流れる。何度も季節が回り続けたある年の春。
桜吹雪が舞い散る瀞霊廷の一角。
自然と溜まり場になっている所に私……いや、私達は座り込んでいた。
「お饅頭だよ」
「甘いものは好かぬ。見よ、朽木家特製辛子煎餅だ!」
「……辛いってのは味覚じゃなくて痛覚。脳細胞が死んで莫迦に……あ、もう莫迦だからいいか」
「な……なんだと!? 貴様誰に向かって!」
「まあまあ、ええやないの。姫乃ちゃんもそんな挑発せんでええやん」
「ホント、あんた達って仲良いんだか悪いんだかって感じよねぇ」
今日は昼休憩も兼ねて、皆でお花見だ。
それぞれが持ち寄った菓子を集めて、交換して食べる約束をしていた。
「乱菊さん、はいどーぞ」
「ありがとう」
私の隣に座っているのは、十番隊隊士、松本乱菊。
「ギンも。はいどーぞ」
「おおきに」
乱菊さんは、市丸さん……ギンの同期。
前は市丸さんと呼んでいたが、藍染さんがギンと呼び続けているのに影響されて、いつの日からかそう私も呼んでいる。
私以外の三人はほぼ年齢が変わらないらしく、私だけが三人を見上げるような形。
しかし、一つにくくれば子供という部類には間違いがなく、大人ばかりのこの世界で四人が身を寄せ合うのは自然な流れだった。
「姫乃が花見がしたいって駄々こねなきゃ、アタシ達が集まることもなかったわね」
「いつもそうやん。ボクらは振り回されとんの」
「騒々しくて適わぬな」
「でも、姫乃がいなきゃアタシ達が話す機会なんてなかったわ」
ギンの言う通り、もしかしたら私の我儘に付き合わせているだけかもしれない。
それでも、一人で遊んでいた遊びが、いつのまにかこうして人が増えたこと。素直に嬉しかった。
「ねぇ、午後から何するの?」
「アタシは流魂街遠征で虚探索」
「ボクも」
「私もだ」
幼さに見合わず、みんなこうして虚と戦う日々。並大抵の大人になんか負けやしない。
「ねぇ、桜の木の上に行きましょうよ」
乱菊さんのそんな一言。すると、正面にいたはずの白哉の姿が一瞬で消えた。
「ふはは! 鈍いな、貴様らは!」
瞬歩で移動したんだ。
「ええ、今のは不意打ちちゃいます?」
次に上に行ったのはギン。
「ちょっと! 菓子くず片付けてから行きなさいよ!」
そして、乱菊さんも大きな木の枝の上に移動してしまった。地上に残される私。
……瞬歩が使えないから、上には行けない。
「……私、片付けするね」
目線を地面に落として、ゴミを拾い上げる。
すると、地面に二人分の足が見えた。それに気がついて顔を上げた。
「なに寂しいこと言ってんのよ。行くわよ!」
「なんでボクまで……」
正面にいたのは、上に行ったはずのギンと乱菊さんだった。二人から差し出されている手。
……その手をそっと掴んだ。
「落ちたらアカンよ」
そして、一瞬で景色が変わった。
「……わぁ……綺麗……」
「ふん。未だに瞬歩の一つも出来ぬとは情けない」
白哉の嫌味が後ろから聞こえるが、今はどうだって良かった。
高いところから見下ろす桜並木が美しくて……。
「……楽しいね!!」
思ったことをそのまま、三人に伝える。特段返事はなかったが、それは否定と同義ではない。
言葉にしてもしなくても、今ここにいる事。それが答えだから。
「ねぇ、この桜を年中見れるように出来ない?」
「そら無理やろ、乱菊」
「ええー。姫乃、アンタ頭いいんだから考えなさいよ」
「うーん。人工物で良ければ。けど、残念ながら材料が手元に一つも」
「技術開発局に行けば出来るのかしら?」
「多分。ずっと桜が見れたらずっと楽しいね」
「アンタ、技術開発局に異動したら?」
「嫌だ」
自然物が良ければ、数本の桜を並べてそれぞれの環境設定を変えてやれば、いつの時期もどれかの桜の木が咲いているようにしてやる事は可能だ。
そんな事を考えていると、瀞霊廷の人の動きが流れ出した。
昼休みももう終わりの合図。
「そろそろ帰らなきゃね」
乱菊さんのそんな一言。
また乱菊さんとギンの手に引かれて木から降りようとした時、後ろの枝の上に居たはずの白哉が動いていないことに気がついた。
「……どうしたの?」
そう聞いても返事がない。白哉は何故か目を閉じたまま。
意識があるようなないような。そんな状態だ。
「お腹痛い?」
「何か機嫌損ねることあったかしら?」
「そら……四代貴族様がここに呼ばれた事が不機嫌足り得るやろ」
三人でそんな会話をしても、やっぱり反応がない。
しばらく見つめていると、白哉が突然腰の刀を抜いた。
「ちょ……なんでいつもそうやって戦おうとするの」
また私にか。
そう思って身構えたが、返ってきた言葉は違った。
「……散れ 千本桜」
小さく呟いたその声。その言葉と共に、白哉が持つ刀の形状が大きく変化した。
フワリと崩れた刀身。
それは細かい桃色の刃に変わって……まるでいまこの周囲に舞っている桜と同じに見えた。
「……始解……」
私の一声だけが響いて、静寂が訪れる。
その刃の美しさに、誰もが紡ぐ言葉を見失ったんだ。やっと白哉が私達を見た。
「呆けているようだな。どうだ如月! この千本桜と共に次こそは負けぬ!」
ビシッと私の方を指さす白哉。
それは……違う意味で私達に焦りを与えた。
「ちょっ!!」
「あ……」
白哉の手の動きに合わせて……私達の方に刃の束が降り掛かってきたのだ。
彼も手に入れたばかりの始解が如何なるものかわかっていなかったのだろう。流石に不味いという表情の白哉。
「逃げるで!」
ギンの声が聞こえて、また景色が変わった。
地上に降りたと同時に、私達三人の背後に響く地響き音。千本桜で斬られた桜の木が落ちてきたんだ。
「……さ、最低」
美しかった木が、白哉の不注意で木っ端微塵。
なんという威力だ。
「始解に浮かれていきなり刃を振り回す奴がいるか!」
「こうやってどういうものであるか確かめたに過ぎぬ!」
「それ、開き直りだからね! 莫迦!!」
ギャーギャー口喧嘩を始めた私達を、呆れたような顔で見る乱菊さんとギン。
「さて、アタシ帰ろうかな」
「ボクも。強大な始解やないの。ええもん見せてもろたわ」
二人はそれぞれ自分達が帰るべき場所に帰っていく。
人の始解の瞬間に立ち会ったのは初めてで、貴重な体験をしたと思う。
それに、ギンの言う通り……ひと目でわかるほど恐ろしく強い始解だ。
刀を元に戻した白哉と向かい合い、視線が交わった。
勝ち誇ったようなそんな表情。
「ふん。瞬歩に始解。貴様が出来ぬ事を怠けている間に、私は更に強くなるぞ!」
「え? 私も始解……出来るけど? ちなみに、ギンも乱菊さんもだよ。お前が一番ビリね」
そう返すと、白哉は目を大きく見開いた。
「な……」
「じゃあ、私も帰るね。バイバイ」
「待て!! 今ここで見せよ!」
「嫌だ!」
「私の瞬歩から逃げられると思うな!」
「私の隠密を見つけられると思うな」
そう返して、私は自分の姿を消した。
瞬歩が遣えなくても、隠密は死ぬほど得意だ。案の定、白哉は明後日の方を見て吠えている。
十三番隊への道を歩きつつ、私は物思いに耽った。
「……瞬歩……一生出来ないのかな」
元々物心ついた頃から恐ろしいほどの霊力を持っていた私。
少ない霊力を使用する瞬歩は、その加減が分からず……云わば、暴発に近い状態に陥るのだ。
「……藍染さんが諦めたんだから……無理だろうなぁ……」
そこでふと思った。私は、藍染さんから無理だと言われたらそこで諦めてしまうのか?
「……絶対見返してやる」
白哉の勝ち誇ったような顔。私の負けず嫌いに火がついた瞬間だった。
そうと決まれば、即行動。私は足に霊力を込めた。
__ズドンッ。
鈍い音と、舞い上がる砂埃。そして衝撃波で砕ける道。
私が瞬歩を使おうとすると、こうして道に大きなクレーターが出来てしまうのだ。
「姫乃ゴラァアアア!! てめぇは十一番隊になんか文句でもあんのかぁあああ!! 正々堂々来やがれ!!!」
「ご、ご、ごめんなさい!!」
たまたまやったのが、十一番隊の管轄区域内。
鬼厳城隊長の怒鳴り声を聞きながら、空高くに舞い上がる自分の体。
途中の方向転換は効かない為、予め飛ぶ方向を予測しておく必要があるが……有難い事に予測は得意だ。
私の目論見通り、地面に迫ってくるのは雨乾堂の敷地内。
__ダアアアアアン!!
まるで隕石が落下したかのような地鳴りをあげて、私は目的地に到着した。
「な、何事だ!?」
音に驚いたのか、中から浮竹隊長が出てくる。
「いててて……」
「おー、今日も騒がしいなぁ。本来はじゃじゃ馬っつー藍染隊長の言葉は嘘じゃなかったみたいだ」
続けて中から出てきたのは海燕さん。浮竹隊長の手を借りて起き上がると、私は早速本題に入った。
「あの……瞬歩がやりたいです!!」
「しゅ、瞬歩かあ?」
驚いた顔で瞬きを繰り返す浮竹隊長。
私が空から降ってきた事、庭に大穴があいている事、瞬歩をやりたいという進言。いったい何から処理すればいいのか浮竹隊長も混乱しているようだった。
「えっと……そうだな。まずは片付けをしてからだな!」
その言葉で、三人で庭先の整備。
それがひと段落した後、改めて雨乾堂の中でことの事情を説明する。
「はー、なるほどなるほど。いやしかし……藍染で駄目だったとなるとなぁ……」
全ての事情を聞き終えた浮竹隊長は、顎に手を置いてうーんっと考え出した。
「……まあ、いつまでもこんな大砲みたいな飛び方されちゃ困るっちゃ困るけどなぁ……」
海燕さんも同じように考え込んでしまった。
「俺は生憎、若い子の瞬歩の鍛錬を出来るほど体力がなぁ……」
「瞬歩なんて、トンっとしてビュッとするだけっすよ」
「ご覧の通り、海燕は感覚型だからな」
「……存じ上げております」
一旦行き詰まってしまったので、私達の会話はいつの間にか雑談に切り替わっていく。
「そう言えば、さっき白哉が始解したんです」
「うお、マジか!!」
「本当です」
「はー。お前ら四人、末恐ろしい世代だぜ」
「そうかそうか! 今度白哉にお祝いしなきゃなあ!」
先程見た光景や事の顛末を私が話すと、二人は嬉しそうに聞いてくれた。
「最後はまた如月の逃げ勝ちだろ?」
「逃げなくても勝てます! でも隠密は得意なんです!」
私がそう返すと、浮竹隊長の動きが止まった。
あれ、何か不味い事でも言ってしまっただろうか。
そして、数秒の間が会ったあと、浮竹隊長はとびきりの笑顔で手を叩いた。
「そうか! その手があったか!!」
「……へ?」
「如月! 瞬歩出来るようになるぞ!!」
浮竹隊長は一度腰を上げて自分の机の方に移動すると、何か手紙を書き始めた。
「いやあ、灯台もと暗しとはこの事だなぁ」
自分の中で自己完結しているのか、浮竹隊長は説明もないままに一人でニコニコしている。
海燕さんの方を見れば、浮竹隊長が何をしようとしているのか分かったのか困惑……というよりもドン引き……という表情だ。
「……本気っすか?」
「何も心配することないだろう? アイツは優しくて良い奴だぞ!」
「……そう思ってるの、浮竹隊長だけっすよ」
二人の会話が終わると同時に、浮竹隊長の筆を動かす手が止まった。そして、手紙を丁寧に包むと私の正面へと戻ってくる。
「紹介状を書いたからこれを渡すといい」
そう言って渡された手紙。
「さあ、明日にでも行ってきなさい」
「え、あの、どこに」
「ああ、すまんすまん。伝え忘れていたな!」
私はどこへいけと言われているのか。
浮竹隊長の口から出てきた目的地に、私は固まった。
「二番隊の砕蜂の所だ! 瞬歩の達人だぞ!」
それはある意味で死刑宣告に近かった。
海燕さんの補佐として動いている以上、私は隊長格に顔を合わせることが多い。そんな中でも、一度も会話を交わしたことのない人がいる。
それが、砕蜂隊長だ。一度だけ顔を合わせた時、今すぐに死ねと言わんばかしの殺気を纏って睨まれた。
それともう一人。十二番隊隊長兼技術開発局二代目局長_涅マユリ。
彼に至っては会ったことも無ければ、私は技術開発局と十二番隊に踏み入った事すらない。
配送物は門番に渡しており、『如月姫乃の立ち入りを禁ずる』と貼り紙までされている始末だ。
私が偶然発した言葉と浮竹隊長の思いつき。それによって猛獣のいる檻の扉が開けられたような感覚を覚える。
押し流されるようにして私の二番隊訪問が決まり、午後からの任務はほとんど記憶にないほど私の頭は不安と恐怖で埋め尽くされた。