師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第二話 僕が君の師匠だ

 私が目覚めた時、母が初めて泣いた。

 

「私がもっとちゃんと見てあげていたら……。怖い思いをさせてごめんね、姫乃」

「ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん」

 

 お互い怖い思いをしたのだということは同じで、私が今こうして生きていられるのはあの死神の人のおかげだ。

 あの人はどこに行ってしまったのだろう? そういえば、仕事……って言っていた気がする。

 私の視線が誰かを探していることに気が付いた母は、その答えをくれた。

 

「死神のお方は、お昼過ぎにもう一度顔を見に来ると言ってたわ」

 

 そっか。と返事をして、私はいままで聞けなかったことを母に聞いた。

 

「お母さん……私のお父さんはどこに行っちゃったの? 虚なの?」

 

 虚なんかじゃないと否定しつつも、不安だった。母の口から父について語られたことはない。私も、なんとなく聞いてはいけない気がしていた。

 母は家事をしていた手を止めると、囲炉裏の近くにいた私の方にやってきて腰を下ろした。

 

「貴女のお父さんは、虚なんかじゃないわ。とても優しくて、頭がよくて、強くてかっこいい人よ」

「じゃあなんでいないの!」

「それは……」

 

 母はそれ以上話すのをやめてしまった。その姿を見て、余計にいままで抱えていた想いが口からあふれ出た。

 

「みんなに父無しっていじめられる! お父さんがいてくれたら、虚じゃないよって言えるのに! お父さんなんか嫌い!! 大嫌い!!」

「姫乃!!」

 

 会ったことも見たこともない父の姿。だけど、私がこんな目に合うのは父のせいだ。父がいないからだ。

 だから嫌いなんだといった言葉に対して、母は怒ったように私の名前を強く呼んだ。

 

「そんな言葉を使ってはダメ」

「だって、だって……お父さんがいないのは本当だもん!」

「姫乃は、お父さんがいないから嫌いなの? 本当に大嫌いでいいのね?」

 

 母の叱りの言葉に、私は目を伏せた。そして、母の膝の上に顔を伏せて黙り込む。

 分かっている。嫌いなんてのは……私の八つ当たりでしかなくて。自分の親の存在に否定的な言葉を吐くのは心が痛んだ。

 

「……お父さんに会いたいよぅ」

 

 これが本当の気持ち。母がいるから寂しくはない。けれど、村の子供たちが大人の男性と一緒に遊びまわっている姿は羨ましかった。

 私だって、肩車をしてほしいし……一緒に遊びまわってみたい。

 それを叶えることが出来ない現実と、だから父が嫌いだということはイコールにはならないんだということは分かる。

 

「姫乃は賢いから、もうなんで嫌いだっていったらダメかなんてわかるでしょう?」

「……うん。わかる」

「いい子ね。いつかお父さんに会ったら、大好きよって伝えてあげてね」

 

 その言葉に、私は顔を上げた。

 

「生きてるの!?」

「……わからないわ」

 

 母の雰囲気で、これ以上聞いてほしくないことは察した。だから私もこれ以上は話を振らない。

 

 少しだけ微妙な空気になってしまったが、ちょうどそのタイミングで家の戸が叩かれた。

 

「やあ。気分はどうだい?」

 

 顔を覗かせたのは、昨日会った死神の人だった。お昼まではまだ時間があるというのに、ずいぶん早い訪問だ。

 

「気になってしまってね。迷惑だったかな?」

「いえいえ。私たちの時間は自由ですから。昨日は姫乃をありがとうございました」

 

 母はそういって頭を下げる。その背中に身を隠しながらも改めて死神の人を見上げれば、私の背丈では首が痛くなってしまうほど背が高い人だった。

 

「流魂街の人たちを守ることが僕たちの仕事ですから。気にしないでください」

「ほら、姫乃。ちゃんとご挨拶しなさい」

 

 背中に隠れていたというのに、母から押し出されるようにして死神の人の前に出された。

 死神の人は、すぐに私と視線を合わせようと腰を下ろしてくれる。

 

「改めて。僕は藍染惣右介。死神として瀞霊廷で働いているんだ」

「き、きさらぎ……ひめの……です。昨日は、ありがとうございました……」

 

 初めてまともに会話する大人の男性だ。緊張で私が逃げ腰になっていることに気が付いたのか、死神の人……藍染さんは懐から何かを取り出した。

 

「ほら、金平糖だよ。知っているかな?」

 

 私が小さく頷くと、また笑って私の掌の上に二粒ほど乗せてくれた。

 

「食べてごらん。気に入るといいのだけれども」

「……知らない人から貰ったものは食べちゃだめなんだよ」

「あはは。僕と君はもう知らない者同士じゃないだろう?」

 

 ……確かに。名前をお互いに知っていたら、知らない人ではないのかもしれない。

 私は自分の手の上に乗った金平糖をジッと見つめてパクリと口に入れた。甘い味が一気に口の中に広がり、思わず頬が緩む。

 

「よかった、気に入ったみたいだね」

「ほら、姫乃。お礼は?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 藍染さんは微笑んで立ち上がると、母と会話を始めた。

 

「お母さん。昨日話した通りなんですが……」

「……わかっています。いずれはと覚悟はしておりました」

 

 いったい何の話をしているのだろうか。私が二人を見上げていると、また藍染さんと目が合った。

 

「僕と少し散歩に行こうか」

 

 おいで。と手を伸ばされたが、私は母の方を見上げる。

 

「お母さんも一緒がいい!」

「行ってきなさい。姫乃。大丈夫よ」

 

 昨日は切羽詰まっていたこともあったが、出会ったばかりの人と一緒に二人きりで行動するのは緊張するし、母の目が届かない所にいくのも怖い。

 いやだと駄々をこねる私を母は抱き上げて、藍染さんに手渡した。

 

「やだああ!」

「おっと、元気な子だね」

「大丈夫よ、姫乃。今度はちゃんと帰ってこれるし、怖いこともないわ。お母さんが信用できない?」

 

 藍染さんの腕の中でバタつく私の鼻をチョンっと母が触って笑う。その笑顔だけで、この人とのお散歩を頑張れる気がした。

 おとなしくなった私を確認したかのように、藍染さんは家を出る。

 

 いってらっしゃいと手を振る母の顔が見えなくなった時、私はようやく藍染さんの顔を見上げた。

 

「……どこに行くの?」

「景色の良い所に連れて行ってあげるよ」

 

 藍染さんがそう言った時……浮遊感に包まれた。藍染さんが飛んだんだ。

 急に起きた出来事に驚いて目を閉じる。藍染さんの服をぎゅっと握って吹き付ける風に耐えていれば、また優しい声が聞こえた。

 

「さあ、目をあけてごらん」

 

 そういわれて、そっと目を開けると……

 

「うわああ……」

 

 壮大な景色が目の前に広がる。この辺りで一番高い木の上に藍染さんは飛び乗ったんだ。

 私が景色に見とれていると、藍染さんはある方向を指さした。

 

「ほら。あそこにみえるのが瀞霊廷だよ。僕たちが普段住んでいるところだ」

「瀞霊廷……。死神の人が働く場所?」

「そう。この尸魂界(ソウル・ソサエティ)だけでなく、現世に住む人間達を虚から守っている。そうして、三界の魂魄バランスを保っているんだ」

「……わかんない」

「少し難しかったね。大丈夫、すぐにわかるようになるよ」

 

 どうしてこう難しい話をするのだろうかと不思議に思っていれば、藍染さんは少し間をおいてから言葉を続けた。

 

「死神にはどんな子がなれるか知っているかい?」

「霊力がある子! 私もあるよ!」

 

 知っていることは得意げに返す。藍染さんの表情を見れば、やはり間違いではないらしい。

 

「そうだね。そして、その力が強い子は力の使い方を覚えなければならない」

「強い子……?」

「そうだ。君は五歳という年齢にして強い霊力を持っている。早く力の使い方を学ばなければ、やがては家にまで虚がたどり着いてしまうだろうね」

 

 あの虚がお母さんと住む家まで襲ってくる? それを聞いて一気に怖くなった私は目を伏せた。

 

「大丈夫。僕が力の使い方を教えよう」

「藍染さんが?」

「実は、死神になる子供たちが行く学校はあるんだけれど、君は……まだ少し幼すぎる。だから、流石に毎日とはいかなくても可能な限り僕が個別で教えるよ」

「私の師匠ってこと?」

「難しい言葉をよく知っているね。まあ、そういうことだ」

 

 虚から身を守るためには、力をつけなければいけない。そのためには学校に行く必要があるけれど、私の年齢では早すぎる。だから藍染さんが代わりに……。

 状況の理解は出来たが、わかったというには少し足りない気がした。

 

「……私は死神にならなきゃいけないの?」

「無理にとは言わないさ。僕から力の制御方法だけ習って、ずっと村で暮らす選択肢だってとれる」

「……お母さんと一緒がいい」

 

 死神になってあの街で暮らすということは、お母さんと離れてしまう。それは嫌だった。

 私の迷いを、藍染さんは否定しなかった。

 

「時間はたくさんあるから、ゆっくり考えるといいさ」

「藍染さん……あのね……」

「どうしたんだい?」

「……お父さんに会いたい」

 

 死神になれば……この村を出ていけば、父を探すことは可能だろうか。

 私の疑問に、藍染さんは少し考えるような素振りを見せた。

 

「姫乃はお父さんのことを何もしらないのかい?」

「知らない……。なんでいなくなっちゃったのか……聞きたい」

「そうだな……。少し現実は酷かもしれないけれど、死神になればその答えにはいずれたどり着くだろうね」

 

 死神になれば父の痕跡を辿ることが出来る。その言葉は、私の頭の中にずっと残り続けるんじゃないかと、直感的に思う。

 いまは死神になるかならないかなんて決められない。ただ、虚の危険から母を私が守れるのなら……そうしたい。

 

「藍染さん……私、強くなりたい」

「任せてくれていいよ。こうみえて、真央霊術院で教鞭をとっている身なんだ」

「お願いします」

「こちらこそ。そうだね、まずは……読み書きから教えようか」

 

 □

 

 家に帰った時、母はまた藍染さんに頭を下げた。姫乃をよろしくお願いしますと。

 母にはわかっていたのかもしれない。私が霊力を持って生まれたということは、いずれ死神と関わり合う道を歩いていくことになるのだと。

 

 母の表情は、嬉しそうにも悲しそうにも寂しそうにも見えた。虚と戦うための力を得るということは、つまりは戦いに背を向けるのではなく立ち向かっていくということ。それはきっと……逃げるより危険なことなのだろう。

 

 私が森から帰ってきたことを知った村の人たちは、もう嫌がらせをしてくることはなくなった。その代わり、恐れるかのような目を向けられて逃げられる。

 母は気にしなくていいと言ったが、結果的に私たちは前よりもまたさらに人里から離れた場所に住まうことになったのだ。

 

 約束通り、藍染さんは頻繁に私のところにきて勉強と霊力の使い方を教えてくれた。潤林安は瀞霊廷に最も近い所だから、時間さえあれば来ることは難しくないようで。私も藍染さんに人見知りをしていたのは、ほんの数回だけだった。

 

 

 ——月日は緩やかに流れる。

 

 

「よし、これでほとんど読み書きは大丈夫そうだね」

「ねえ藍染さん! また本が読みたい!」

「本当に賢いね、君は。その年でこんなに難しい本を読む子なんていないよ」

 

 藍染さんはいつも本を持ってきてくれる。文字を読めるようになってからは、本を読むのが毎日の楽しみだった。

 意味が分からない単語は、全部書き出せばちゃんと教えてくれる。特に、学術論文や科学・数学にまつわる本は私の興味をことさら引き立てた。

 

 藍染さんは、いつだって私の話を根気強く聞いてくれる。嬉しくて堪らなかった。

 

「君の頭の良さには本当に驚かされるよ」

「藍染さんが教えてくれたからだよ。ね、肩車して!!」

「はいはい」

 

 それと、勉強や訓練とは別に沢山遊んでくれた。ずっと憧れだった肩車も、鬼ごっこも……川遊びも虫取りも。

 なんにだって嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。お父さん……ってこんな感じかな? 私の本当のお父さんも、こう優しい人がいいな。

 

 読み書きが出来るようになったら、藍染さんは鬼道というものを教えてくれた。

 少しずつ、少しずつ何かが毎日出来るようになっていくのは楽しかった。

 

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