師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第二十一話 僕に名前をつけて

 

 

 藍染さんに促されて駆け出した。海燕さんと虚の戦いは、ついに均衡が崩れる。

 海燕さんに向かって虚が大口を開けたんだ。このままでは……食われる。

 

「海燕さん!!」

「如月!?」

 

 私の接近に気がついた海燕さんが驚きの声を上げた。戦いに集中するあまり、周囲の状況がまだ掴めていなかったのだろう。

 私はまず虚の動きを止めようと走りながら手を構える。異変は、その直後に起きた。

 

 

「きゃああああ!!!」

 

 

 

 

 海燕さんの元に駆け出していた私の足を緩めるには、充分なほどの悲鳴。

 こんな悲鳴を上げるものはこの場にいない。視線をずらしてその悲鳴の方に目を向ける。

 

「……は? 魂魄……?」

 

 それは、不確定要素の中で想像すらしていなかったこと。

 この場は結界が展開されており、結界術師が任意で出さない限りは空間より外に出ることは叶わない。

 それはつまり……出ることは出来ないだけで、入ることは可能。こうして援軍が何事もなく入ってこれているのがその証だ。

 

 その中で、予期していなかった。流魂街の住民である魂魄が、こんな辺境の地で戦闘が繰り広げられている結果内に侵入してくるなど。

 

「外の鬼道衆は何をっ……!!」

 

 文句を言おうとして辞めた。

 こんな虚と死神の霊圧が充満している中で、霊力を持たない魂魄の存在を的確に見つけることなど不可能に近い。

 

 予定外に現れたその女性。そしてその真横まで迫る虚。

 二つが衝突しようとした時、間に入ったのは白哉だった。

 

「っ……」

 

 ほぼ捨て身。自分の身を代わりに、女性への攻撃を阻止した白哉は、半身を大きく切り裂かれてしまった。

 苦痛に歪む顔をして、その場に膝をつく。

 

「だ、だ、大丈夫で……」

「下がっていろ!」

 

 心配の声をあげた女性に対して、久々に聞いた白哉の大声。

 運の悪いことに、千本桜を持つ右腕を大きく損傷している。あれでは……刀が振るえない。

 

「ぐっ……」

 

 そして、海燕さんの戦闘状況も悪かった。苦しそうな声を上げて、虚の攻撃を避ける海燕さん。

 

 

 正面の上司を助けるべきか、右に逸れて白哉達の援護に走るべきか。

 この場に隊長達がいるのであれば、きっと白哉達の援護は間に合うだろう。それに、白哉は全く動けないわけじゃない。

 それよりも、長時間の戦いで気迫だけで立っている海燕さんの援護が優先だ。

 

 

 ……それでいいの? 頭の中で最短の答えが出ている。

 

 

 それが正しい。

 

 

 ……それでも、白哉は私が助けを必要としている時に助けてくれた。

 

 私は今ここで……計算で答えが出たからといって見捨てていいの?

 

 どちらも助けたい。

 私が、助けたい。

 

 

 まだやったことは無いが、二重詠唱で双方に鬼道を。

 

「っ……」

 

 

 その考えを否定したのは、紛れもなく自分の思考だった。

 そして、こんな時に……こんな時だからこそ届く海燕さんの言葉。

 

 __自分の刀を信じろ。

 

 

 理論のない奇跡と呼ばざる得ない可能性に身を委ねるのは苦手。

 自分の力の中で最も信頼を置いているのは鬼道。

 

 それでも、正しさという理論を乗り越えて、私の心を引っ張るのは言葉の力。

 

 

 奇跡に身を委ねるのは嫌い。

 

 

 だけど、仲間の言葉に身を委ねるのは……私の大切な十三番隊隊士としての矜恃。

 

 

 

「……啼き叫べ 名無之権兵衛(ななしのごんべい)

 

 

 

 海燕さんが始解した時のような霊圧の上昇はみられない。形状が変わることも無い。

 傍から見れば、妄言を吐いているようにしかみえないだろう。

 

「浅打……?」

 

 案の定、朽木隊長の疑問の声が聞こえる。

 私だって、これ以上何をしたらいいのかわからない。

 

 

 でも、助けたい。助けたい。助けたい。

 私が、私の力で!!

 

 

 そう強く願った。そして実に直感的だが、背後にいた藍染さんが……微笑んだような気がした。

 それを最後の光景として、世界の動きが止まった。

 

 

「……名無之権兵衛(ななしのごんべい)

 

 周囲から、色が消える。止まった世界は、色鮮やかさを失い全てが真っ白な景色へと変貌。

 この景色を知っている。

 私が始解を手に入れた時も、同じような光景だった。

 

 そして、止まった世界の端から歩いてくるのは、小さな子供。私とそう背丈が変わらないようにも見える。

 

 

「やっと……また僕の名前を呼んだね」

「……ずっと呼んでも答えなかったくせに」

「答えていたさ。君が聞こうとしていなかっただけ」

 

 声色的には男の子だろう。祭司のような服装を纏ってはいるが、顔は見えない。

 真っ黒な布で隠しており素顔が分からない。その布と白い四角形の帽子の隙間から覗く白い短髪。

 

「こう言い換えた方がいい? やっと……僕を頼ってくれたんだねって」

「……ごめん」

「まあ、君とまたこうして精神世界で会えて嬉しいよ」

 

 今私が名無之権兵衛と話している時間は、現実と並行はしていない。

 私と名無之権兵衛だけが歩む、独特な時間。ただ、今彼は一つ気になる言葉を言った。

 

「……これが私の精神世界? だって……」

 

 景色は色が変わってはいるが先程みている情景となんらかわりない。

 他の人の話から聞いた世界観とは全く違うものだ。

 

「当たり前だろう。だって、君はこの世界を観ているんだから(・・・・・・・・)

「どういう……」

「君のお父さんの傲慢だよ。それが不協和音を起こした。……ま、彼は気がついてすらないけどね」

「何を知っているの! 教えて!!」

「嫌だね。僕は君が大切なんだ。宝物だ。だから教えないよ」

 

 そう言って名無之権兵衛は私から顔を背ける。

 そして、今しがた起こっている惨状へと目線を向けた。

 

「助けたいんでしょ」

「……出来るの?」

「戦い方は最初に教えた」

 

 その言葉に、私は記憶を巡らせる。

 名無之権兵衛は、最初に一言だけ言ったんだ。

 

「僕に……名前を……」

「そう。名前をつけてよ」

 

 その言葉の意味がずっとわからなかった。

 技名を自分で付けるのかと色々と試行錯誤したが、名無之権兵衛が答えることはなかった。

 

「分からないなんて嘘つかないで。僕の名前は名無之権兵衛。さあ、もう君は答えに辿り着いている」

「……違う。正解が分からない」

「君が一番深く知っている名前を呼んで。その方がのちのちずっと遣いやすい」

 

 ずっと否定してきた答えの一つ。

 可能性として思い浮かべながらも、行使しなかったのは正解が分からなかったからだ。

 

「三つまで。解約は出来ない」

 

 名無之権兵衛の言葉は、もう充分過ぎるほど伝わっている。

 彼に……斬魄刀の名前を付けろということだ。

 

 だからこそ正解が分からない。どの刀を三つの契約に当てはめた方がいいのか分からないんだ。

 ただ、今は信じるしかない。

 私が最も深く知っている斬魄刀……。

 

 

「さ、やろうか。君が負ける未来なんてないよ。僕が一緒だからね」

 

 その言葉を最後に、名無之権兵衛の姿が消えた。

 そして、真っ白だった世界に徐々に色が戻り始める。ゆっくりと動き出す景色。

 

 私は、グッと唇を噛み締めて刀を握りしめた。

 

 

 

「……散れ 千本桜!!!!」

 

 

 その言葉と共に、初めて……私の斬魄刀の形状が変わった。

 刀身が崩れ落ちるようにして桃色の細かい刃へと変わる。手元に残ったのは、刀の(はばき)より下だけ。

 

 私は駆け出していた足を止めて、そのまま両手を左右に広げた。

 

 

__ザアアアアッ!!!

 

 

 細かい刃が、私の両手の動きに合わせて左右均等に分かれて広がる。

 片方は白哉達に迫っていた虚に向けて。

 もう片方は、海燕さんを今にも食おうとしていた虚へ向けて。

 

「私の仲間にっ……手を出すなあああ!!」

 

 

 始解をした時は変動のなかった霊圧が、爆発的に上昇する。

 そして、私を中心として霊圧の暴風が辺り一体に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 時は過ぎて、既に太陽が完全に昇った頃。私はパチリと目を覚ます。

 

「おはよう」

 

 一番最初に目に入ったのは、藍染さんの顔だった。

 やけに近いなと思って、ようやく自分が腕の中で寝ていたことに気がつく。

 私達がいる場所は、まだ先程居た流魂街だ。

 周囲の人々が慌ただしく駆け巡っている所を見る限り、戦闘後の処理に追われているのだろう。

 

「……! 海燕さんは!」

「無事だよ。先程救護詰所への搬送が終わったところだ」

「……よかった」

 

 自分が千本桜を遣ったという所までしか記憶がなく、無事助けられたのだという事に安堵。

 

「気力体力が限界を迎えていたんだ。戦いが終わったあと、気絶するように寝ていたよ」

「……戦場で寝てごめんなさい」

「言っただろう。終わった後だよ」

 

 私は藍染さんの腕の中から出ると、地面に降り立つ。

 未だにぼーっとしている頭のまま、改めて周囲を見渡した。

 

 その光景の中に、ある人物を見つけて駆け寄る。

 

「白哉!」

 

 木の影で治療を受けていたのは白哉だ。

 私が駆け寄ってきたことには気がついた様だが、特段驚いた様子などの感情は顕にしない。

 

「怪我の状態は……」

「あ……一日あれば回復されますよ」

 

 私の疑問に答えてくれたのは、四番隊の人だった。

 

「あ……山田花太郎と申します! あのっ、えっと……」

「あ……ありがとうございます。白哉はこういうこと言わないから……代わりに言います」

「よ、五大貴族様を呼び捨て……ああ、いや僕は別に! し、仕事ですから!」

 

 オドオドしながら冷や汗を流す彼は、私達に頭を下げてその場から離れていった。

 

「……人のものを勝手に」

 

 顔色は変わらないが、声は明らかに不機嫌。

 私が千本桜を遣ったことを流石に白哉も分かっている。

 

「……ごめん。あれが……私の斬魄刀の能力なの」

 

 暫く無言の時間が続いて、白哉が口を開く。

 

「……中途半端な遣い方をしたら許さぬ」

「え?」

 

 嫌味が来ると思っていたのに、まさかの受け流された。

 

「な、なんか機嫌良くない?」

 

 そう聞いても返事はない。不思議に思っていると、私達に近づいてくる一つの存在。

 

「あのっ……」

 

 か細い声を上げたのは、白哉が守った女性だった。

 綺麗な黒髪で、流魂街の住人にしては不思議な気品がある女性。私は慌てて腰を上げてその女性を見上げた。

 

「怪我がなくてよかったです……というよりなんでこんな所に……」

「さ、探し人をしておりました。そのうちに迷い込んでしまって……本当にごめんなさい」

 

 その女性の顔をみて、私は誰かに似ていると思った。

 記憶にあるよりは若いためか、若干人相違って上手く答えが出ない。

 

「あ……えっと……お名前は」

「緋真と申します」

 

 そういって笑う緋真さん。その名前に、私は思わず白哉の方を見た。

 

「生まれは戌吊ですが、訳あって……その、隣地区に……」

 

 そんな緋真さんの言葉を流し聞きしつつ、白哉をじっと見つめる。

 見つめても見つめても、白哉は私を見ない。いつもなら、そろそろ我慢の限界が来てなんだと言いたげに睨まれるはずなのに。

 

「……白哉? ねぇ、白哉。機嫌いいでしょ?」

「あっ……白哉様と言うお名前なんですね! 私の所為で怪我を……」

 

 悲しげに申し訳なさげに頭を下げる緋真さん。

 その緋真さんを白哉はチラリと見てまた目線を逸らした。

 

「……構わぬ」

 

 私はそこまで白哉の反応を見て、零れる笑みを抑えきれなかった。

 

「あはははっ……」

「へ?」

「緋真さんっ……白哉、照れてるっ……あははっ!」

「如月、貴様!!」

 

 ようやくいつもの口調で毒を吐く白哉だったが、私は見逃さない。

 ほんの僅かに白哉の耳が赤いことを。

 

「朽木隊長! 白哉が照れてます!! 一目惚れらしいです!」

 

 私の大声に、朽木隊長が笑みを零した。

 

「ほほ。てっきり我が家には金白色の毛色が混ざると思っておったが……好みは親子で似るもんじゃの」

「お爺様!! 私はこのようなじゃじゃ馬は好きませぬ!!」

「あはは! 私もお前みたいなトンカチ頭は好きじゃない!」

「なんだと!!」

 

 白哉の蹴りを躱して、私は荒野を駆ける。

 戦いの後だというのに、面白いことも起きるものだ。

 

「姫乃、帰るよー」

 

 藍染さんが私を呼ぶ声が聞こえて、その場から離れる。

 追いかけてこようとした白哉を私は言葉で制した。

 

「あ! ちゃんとその緋真さんを送って行きなさいよ! 守ったなら最後まで!!」

「貴様に言われずともそうする予定だ!!」

「そっか! 良かった!!」

 

 夢の中でも白哉と緋真さんは結婚していた。だけど、この光景に私は安堵する。

 夢の中で彼らがどうやって出会ったかは知らない。だけど今この現実は、紛れもなく私が存在して私の見ている世界と繋がりの中で起こった出来事だ。

 あの夢に私は出てこない。……だから、やはり夢なのだろう。

 

 非常に似た世界を歩みつつも、やはり違う。知識として完全否定するべきものでもない。ただ、その全てに飲み込まれて現実を見られなくなるのはもっと恐ろしい。

 その現実こそが悪夢だと、この時の私はまだ知らなかった。


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