師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~   作:如月姫乃

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第二十二話 探し物は何処

 

 

 あの事件から数ヶ月。私は瀞霊廷中央図書館を訪れていた。

 

「……ここにもないか」

 

 別にこれが初めてじゃない。もう何度も何度も探した。

 私が探しているのは、父に関連する記録簿。

 まるで初めからいない存在かのように、この瀞霊廷図書のどこを探しても見つからなかった。

 

「姫乃さん!」

 

 どこからか私を呼ぶ声がして振り返る。

 

「七緒ちゃん!」

 

 私の姿を見つけて駆け寄ってきたのは、七緒ちゃん。

 彼女とは図書館で会うことが多い。

 

「本探してるんですか?」

「んー……見つからなかった」

 

 そう困ったように笑うと、七緒ちゃんは手に持った本のうち一冊を私に渡してきた。

 

「これ、面白かったですよ」

 

 少し古いその本。

 

「探し物は……何処?」

 

 本の名前は、探し物は何処?という題名。

 一見すると御伽噺関連の本にも見えるが、中を開くと書いてある単語の難易度から大人向けの本だと分かった。

 

「謎解き小説です。主人公も本が好きなんですが、自分が手に取った本を元に一つの事件を解決する……という小説です」

「へぇ……」

 

 私はその本をペラペラとめくり、数ページ読み進めていく。

 そんな私を七緒ちゃんはニコニコしながらジッと見つめた。

 

 一度読み始めると集中してしまうもので……暫く読んで私はようやくまた顔を上げる。

 

「なるほど。主人公の過去に手に取った本の題名が一つに繋がるんだ。犯人は一番最初に出てきた老人だね」

「ええ! もうわかっちゃったんですか!」

「ご、ごめん……」

「姫乃さんに推理小説渡したら、最後までいつも読んでくれないですね」

「だって……」

「本当に凄い!」

 

 七緒ちゃんは私から本を受け取ると、満足そうに笑って棚にしまった。

 

「でも、今まで読んだ中で一番面白かった」

「当たり前です! 私も先日、藍染隊長に教えてもらった本ですから。京楽隊長はいつも御伽噺の本しか進めてこないですからね」

 

 そう文句を言いながら本を返していく七緒ちゃん。

 

「そうだ。藍染隊長にお礼を言ったら、姫乃さんに今日渡してくれって言われてたんですよ」

 

 その言葉を聞いて、少し考える。……この本は、初めから私の手に渡るということだったのだろう。今日でなくてはならない理由を考えて、ひとつの答えに行き着く。そして私はこの広大な図書館を歩き始めた。

 

「あ! 姫乃さん!」

 

 突然移動を始めた私に、慌てて七緒ちゃんが付いてくる。中央図書館の在庫本は膨大だ。

 私の背丈では届かない物も多い。それでも、今日この本が私の手に渡ってきたことには必ず意味がある。

 私は自分の目線の高さだけに集中して、この一年で藍染さんから渡された記憶のある本をひたすら探した。

 

「だ、台を持ってきます!」

「ありがとう」

 

 両手に抱えきれないほどの本を持つ私。それに気がついた七緒ちゃんが本を乗せるための荷台を持ってきてくれた。

 それに次々と本を重ねていく。全てを積み終えた時、積み上げた本の高さは丁度私と同じ背丈だった。

 

「七緒ちゃん、謎解きしよ」

 

 次は机に移動して、その本を全て並べる。

 発行年毎に並べて終えて、私たちは机いっぱいに広がった本をじっと眺めた。

 

「……発行年だけじゃまだ分からないですね」

「ね。こじつけでどんな言葉にも出来そうだね」

 

 次のヒントが無いかと記憶を巡らせ、私はふと思いつく。

 

「背丈が同じ本だけを残そう」

 

 積み上げた本は、私と同じ高さだった。

 その高さがヒントだと思って、一つ目の本と高さが同じ本だけを残した。

 

「あ! 凄い!」

 

 そこまでくると七緒ちゃんも気がついたのだろう。並べた本とそこから浮かび上がった言葉に、歓喜の声を上げる。

 

「お、た、ん、じょ、う、び……お、め、で、と、う……。お誕生日おめでとう。君はまだ泣き虫だろうか……」

 

 二十文字の文を読み上げて、私は近くにあったカレンダーに目を向けた。

 すっかり忘れていたが、今日は八月七日。確かに私の誕生日だ。

 

「凄い凄い! これ、去年から用意してたって事ですよね!」

「ね。子供の背の高さの成長速度なんて分からないって言ってたのに」

 

 何とも回りくどいお祝い。だけど、こういう仕掛けは私が一番喜ぶし楽しむって知っててこうしたんだと思う。

 そして、最後に並んでいた本の一番最後のページを開いた。するとそこに、一枚の封筒。

 

「なんだろ?」

 

 手に取って中身を確認する。すると、中から手紙ではなく髪紐が出てきた。

 

「わあ……綺麗……」

 

 キラキラと光る赤い髪紐。……もうリボンを付ける年じゃないよってことかな?

 そう考えて笑っていると、七緒ちゃんが私の肩をポンっと叩いた。

 

「結ってあげます!」

「ありがとう」

 

 椅子に座って、私はされるがままに頭を預ける。

 そうして目の前の本に残されたお祝いの文に目を通していると、私はもう一つの事に気がついた。

 

 

 それは、七緒ちゃんには言わなかった。

 

 私達は上から頭文字を取って読んだ。

 でも、下から尻の文字を取って読むと……もう一つ文があったんだ。

 

「姫乃さん?」

「……なんでもない」

 

 ……お父さんは生きている。現世で君を待っている。

 

 

 そう書かれた同じ二十文字の文書。

 

 

 ………父は私が存在していることを知らない。

 だから、待っているなんて事は有り得ないのに……。昔から、藍染さんは父が生きているかどうかは分からないと言った。

 それは京楽隊長や浮竹隊長も同じことを言っている。けれど、みんな死んだなんて思っていないと。

 ……この言葉は希望的観測なのか、それとも藍染さんの確信から紡がれた言葉なのか。直感的に、後者だと分かった。

 

「……会えないし見たことも無い子供を親が待つなんて事……あるのかな」

 

 私は七緒ちゃんに気が付かれる前に、手元近くの本を重ねて読めないようにした。

 

「当たり前です。どれだけ離れていても、互いに存在を知らなくても……親子ですから。姫乃さんは、きっとお父さんに会えますよ」

 

 私は七緒ちゃんの方を振り返って見上げる。そして、ジッと目を見つめた。

 

「……大罪人の子供でも?」

 

 どうして今更こんな言葉を言ったのかは分からない。七緒ちゃんが私の過去を知らないことをいい事に、私は今まで踏み入ったことは無かった。

 彼女は、少し驚いたような顔をしたが直ぐに小さく微笑んだ。

 

「姫乃さんが、浦原喜助の子供だってことですか?」

「……知ってたの?」

「むしろ、今まで知らないと思い込んでいた方が不思議です」

「……そっか」

 

 事件から随分と時が経ったからか、今更この事件に関して話題にあげる人は少ない。

 人の入れ替わりが多いこの瀞霊廷で、私が生まれた時より前に生きていた人が徐々に減っているのも原因の一つだ。

 あと百年もしないうちに、父達の事件を知る者は限りなく少なくなるだろう。

 

「……全部知ってますよ。姫乃さんの過去も、未だに私と鬼道の熟練度を合わせてくれていることも」

「……ごめん」

 

 既に多くの事に気が付かれている。その後ろめたさから、私は胸が苦しくなって謝りの言葉しか言うことが出来なかった。

 頭を伏せる私の横に、髪を結び終わった七緒ちゃんが座る。

 そして、七緒ちゃんは小さく言葉を紡ぎ出した。

 

「……叫んでるって思ったんです」

「え?」

「自分を隠して隠して、そうやってでも……私を独りにしないで……って」

 

 私が顔をあげて七緒ちゃんを見ると、彼女は変わらない笑顔を浮かべていた。

 

「今日を、私達の本当のお友達記念日にしましょ!」

 

 ずっと隠していた私に、きっと思うことは多くあるはず。それなのに、それでもいいと包み込むのは……

 これは優しさなのだろうか?

 そうしないと私が出てこないと知った上での優しさ?

 

 

 ……多分違う。きっとこれも、私が知らない温かさ。

 

「……うん。七緒ちゃんは……たった一人の私の友達」

 

 友達。その言葉に、私は嬉しいような恥ずかしいようなむず痒いような……なんとも言えない気持ちになった。

 

「姫乃さんは、私の逆なんです」

「逆?」

「私は斬魄刀を持ちません。鬼道も人より得意なだけで、戦いに出たことはありません。だからこうして、見えない世界を本を通して読むしかない。それでもこんな自分に誇りを持てているのは……守ってもらってるからなんです」

「京楽隊長に?」

 

 私がそう聞くと、七緒ちゃんは照れくさそうに笑って頬を指でかいた。

 

「私が私の世界を羽ばたけるように……。きっと私に見えないところで、フラフラと小石を退かしてくれてるんですよ」

「そんなこと京楽隊長に言ったら、えー、告白かい? 嬉しいなぁ。ってニヤニヤしそう」

「だから一生言わないです」

「それはそれで可哀想」

 

 二人でクスクスと笑い合って話し終えた時、図書館にお昼を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

「え、あ、もう昼か!」

 

 藍染さんからの謎解きをやっていて、想定以上に時間を押してしまっていた。

 

「これからどちらに?」

「鬼道衆の席次試験!」

「い、異動されるんですか!?」

 

 驚きの声を上げる七緒ちゃんに、私は首を横に振る。

 

「兼任……というか道場破り」

「えええ!?」

 

 更に驚く七緒ちゃんの姿が面白くて、私はクスクスと笑った。

 

「言葉の綾だよ。冗談を練習してるんだけど、どう?」

「……心臓に悪いですよ」

 

 数ヶ月前の戦いで、私はより強く思ったことがある。護廷十三隊とはまた別なる部隊である鬼道衆。

 この二つの関係性をより深める必要があると。縦に並んでいる二つの組織を横に繋ぎ止める糸に私がなりたいと思った。

 それに、普段から謎に包まれている鬼道衆という存在。

 今まで依頼は受けてきたが、内部でも指示系統がごたついているのは、どうやっても気になってしまう。

 数年前から話は出ていた兼任の話への受け身姿勢を辞めて、私は直接向かうことにした。

 

「またね!」

「はい、また鬼道の練習一緒にやりましょう!」

「うん!」

 

 七緒ちゃんに手を振って、私は中央図書館を出る。

 

 

 

 私が小走りで道を走っていると、空から地獄蝶が飛んできた。

 

 

『如月。四十六室の審査が終わったぞ』

 

 地獄蝶から聞こえてくる声は、浮竹隊長だ。

 人の斬魄刀を模倣出来る斬魄刀。その力の脅威性を重く見た四十六室から私は暫く刀を取り上げられており、審査にかけられていたのだ。

 

『一つ、王族特務の斬魄刀模倣を禁ずる。一つ、流刃若火の模倣を禁ずる。一つ、罪人の斬魄刀模倣を禁ずる。一つ、上記三項目に違反した際は、斬魄刀の即時返納と破棄処分とす』

 

 伝えられた審査結果を頭の中で反復しながら、私は地獄蝶に向かって返事を返した。

 

「問題ないです。名無之権兵衛からも、自分よりも強い斬魄刀の模倣は出来ないと伝えられています」

 

 契約とは翻せば呪い。もし自分の力よりも強い斬魄刀を遣おうとすれば、その過ぎた力は身を滅ぼす。

 それに、本体は名無之権兵衛だ。知らない力を得ることは出来ないし伝えられることも無い。

 

 ……分かりやすくいえば、名前だけ知っていて技名や扱い方を知らなければ、それはただ「その形をした斬魄刀」に過ぎないということ。

 

 例えばの話だが、黒崎一護の斬月を模倣しても、月牙天衝という技を知らなければ、私がどれほど斬月で鍛錬しても刀から月牙天衝という技名を伝えられることは無い。

 それ以上はない。結論、ただ身の丈に合わない大剣を振り回しているに過ぎないということ。

 

 だから名無之権兵衛は、自分がより深く理解している斬魄刀を選べと言ったんだ。

 

「……いずれは卍解も遣えるという前提の話にしか聞こえないんだけどなぁ……」

 

 名無之権兵衛にそう伝えたが、バーカとしか返ってこなかった。

 変なところが私に似ている気がする。

 何はともあれ、無事刀が返却されてよかった。同じ斬魄刀が二振り存在してはいけないという掟の見事な穴を抜け道としたような、いやらしい斬魄刀だ。

 ……そんなところも私に似ている気がする。

 

 

 

 ようやく私は鬼道衆の隊舎にたどり着いて、門番に声をかけた。

 

 

「……連絡していた十三番隊隊士、如月姫乃です」

 

 そう声をかけると、私に目線を落とす門番。そして、ギョッとした顔をした。

 

「だ、誰の委任状を……」

「浮竹隊長と京楽隊長の連名文書です。通行には不十分ですか?」

 

 認めないとは言わせない名前の圧力。私が書類を渡すと、それを食い入るように見つめる門番。

 流石に鬼道衆。浮竹隊長と京楽隊長の霊圧を込めた印を見抜けないわけはなく、それは同時に本物であるということ。

 

「……通行を認めます」

「ありがとうございます」

 

 お礼をいって隊舎内に入る。少し緊張するが、これが私の選ぶ道。

 七緒ちゃんに言った言葉は大方嘘では無いかもしれない。

 

 ……傍から見れば、確かにこれは道場破りだなぁ。冗談の練習をもう少ししなきゃな。

 なんて考えながら、私はさらなる目的の場所へ向けて足を進めた。

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