師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
__現世 鳴木市
出撃の手筈を整えて現世に着いた頃には、既に夕暮れ時だった。
沈みゆく赤い太陽を背に、私はそっと目を閉じる。
「……反応がない」
今しがた行ったのは、広範囲に及ぶ霊圧知覚。向かった隊士の霊圧は覚えている。
だから、現世に降り立てば直ぐに見つかると思っていたが……見当たらない。
「原因は三つ。一つ目は、死亡。二つ目が義骸に入っている事。三つ目は……擬似結界装置の常時使用」
自分で可能性を唱えつつも、厄介なことに頭を抱えた。
三つ目の場合が最も厄介だ。あの装置に組み込まれているのは、私の霊力と私が編み出した結界術。
自分の力がここに来て壁になろうとは考えてもみなかった。
「……気合い入れて造り過ぎた」
はあっと小さな溜息をついて、一通り町を飛び回る。しかし、中々目的の人物を目視では確認できない。
適当な建物の上に降り立った時、浮竹隊長から通信が入った。
『聞こえるか? 如月』
「問題ありません」
『こっちの調査報告だ。目標の主な行動は、魂葬と虚討伐』
「普通ですね」
『ああ、だがしかし……ここ数日の記録を洗ってみると、任務遂行後に必ず霊圧を消しているようなんだ』
「……消している?」
『義骸にすぐ入っているということだな』
人間に紛れて生活を行っているということだろう。
現世駐在の死神には支給品として義骸が与えられるが、それの多用は望ましくない。
人間に違和感を持たれた時に面倒だからだ。
「支給品に伝霊神機を持たせてるはずです」
『ああ、応答がない』
そこまで来ると、いよいよおかしい。私達に後ろめたい事をしているという一つの証拠になり得る。
「……あまりやりたくは無いですが、おびき寄せますか?」
『……他の方法はないだろうか』
浮竹隊長は嫌そうな声色。仲間を疑って罠にかけるような事をこの人は好まない。
私も好んではしたくない。二人で黙り込んでいると、藍染さんの声が聞こえた。
『姫乃の霊圧知覚で見つけられないのかい?』
「試したよ。……装置を使われているかも。そうでなくても、厄介なものを造ってしまったことに気がついたから、以後破棄する」
『その方が良さそうだね。君の実力を疑ってはいない。せめて痕跡がないか探して』
「はーい」
そのまま空を駆け回り、ひたすら気配を捜した。探しても探しても霊圧残滓すら見つからない。
……私の探索から逃げられるほどの実力はなかったはず。いや、隠していた?
疑いたくないと思いつつも、私の頭の中には悪いことばかりが浮かんでいく。
「映像庁の記録は出せませんか?」
『……あそこと関わるのはオススメしないねぇ。ボク個人の意見だけど』
何気なく私が言った提案は、京楽隊長の意図が分からない一言で却下されてしまった。
それに対して、藍染さんも浮竹隊長も何も言わない。言わないということは、その方がいいと二人とも肯定しているのと同じだ。
そして、ついに決意を固めたのか浮竹隊長が作戦を伝えてきた。
『……誤報を流そう』
記録を見る限りだと、目標の人物は任務指示を的確にこなしている。
座軸を予め決めた場所に誤報を流せば、やってくる可能性が高いのだ。
『姫乃ちゃんは隠れて待機。出来るかい?』
「はい、問題ありません」
『……如月。なにがあっても、まずは対話だ』
「それも分かってます」
暫くして、私が今いる位置に誤報が流れる。それと同時に、私は姿も霊圧も消した。
そして、目的の人物が来るのをじっと待つ。
報告では、五分以内に仕事が終わっていると聞いていた。ただ、人生の中でこんなにも数分が長いと感じたのは初めてだろう。
「……きた」
闇夜に紛れて私の待つ場所に一直線に向かってくる存在。
「……誰?」
『目視できたか?』
「まだです。だけど……知らない霊圧です」
戦闘が始まってもないというのに、霊圧は垂れ流し。そんな雑な人、十三番隊にいない。
『……一度通信を切ろう。こうやって盗み聞きするのは良くない』
私を通して盗聴に近いことをするというのは、端から相手を疑っているのと同義。
浮竹隊長は、苦しそうにそう言って通信を無理やり切った。
駐在の者に向けたはずの伝令に、違う者が答えた。
それは、明らかにその隊士との繋がりがある事を意味する。……拘束はしない。
「……なんだ? 何もいねぇじゃねーか。ついに壊れたか? これ?」
ついに正面まで来た時、その人物の声が私の耳まで届いた。
見上げるほどの大男。人相自体は物腰柔らかげに見える。
手に持っているのは、間違いなく十三番隊から支給された通信機だ。それを訝しげな顔をして上下に振っている。
「はー、帰るか」
その言葉を聞いて、私は意を決して正面に姿を表した。
「うおおおお!?!?」
突然現れた私に、腰を抜かすほど驚く男性。
「な、な、な、どこから……」
「……すみません。ずっと正面にいました」
「お、おう……そうか……。ってことは、虚は嬢ちゃんが倒してくれたのか?」
「……誤報です」
そう伝えると、男性は少し固まったが直ぐに笑顔になる。
「いやあ、そっかそっか! やっと……やっと来てくれたか!」
こちらの重い空気を吹き飛ばすかのような軽い口調。
この事態を分かっていないのか、重く受け止めていないのか。そもそもこの人物は誰なのか。
年齢的には、二十代前半の人間と変わらないようにも見える。
「そうだ、嬢ちゃん回復系の薬ねぇか? 死神って、なんかそういうもんねぇのか?」
「貴方は……死神ではないのですか?」
「ん? 俺は人間だぜ」
その言葉に、目を見開く。最悪の事態だった。
人間が死神の力を得ているということ。それは、死神による人間への力の譲渡が行われたという紛れもない事実。
そして、その事の重要性に彼は一つも気がついていない。
「……嬢ちゃん?」
「……初めにいた死神は何処に……」
そう聞くと、彼は少し困ったように笑った。
「着いてきてくれや」
その言葉と共に、彼は移動を始める。黙って着いていくと、やがて閑散とした工場跡地に着いた。
跡地の一角にある小屋の中へと彼は入っていく。
「……此処は?」
「俺の秘密基地だ。まあ、ちっと汚ぇが我慢してくれ」
段ボールの積み重なった埃の多い場所。その一番奥へと彼は足を進める。
そして、私も一番奥の光景を目の当たりにした。その光景に目を見開いた。
「……!!」
「……ここまでが俺じゃ限界だった。楽にしてやるって何度も言ったんだけどな……」
視線の先の床。そこに寝ていたのは、紛れもなく駐在任務を受けていた隊士だった。
周囲に溢れかえるのは、血だらけの布。生きているのが不思議なほどの大怪我だ。
「何故っ……何故!!」
手を伸ばそうとして、気がつく。私の擬似結界装置が発動している。
「この結界で……霊力の飛散を防いでいたんですか?」
「結界っつーのか。霊力の飛散? 知らねぇけど、そいつがそうしてくれって言ったからよ」
触れられずとも、会話は出来る。
私にだってわかる。この結界を解いた直後、彼は死ぬのだろうと。
「……き、さ、ら……ぎ……四席……。もう、しわけ……ありません……」
「なにが!! 一体何が!! 何で装置を使わなかったの!!」
私が原因を聞こうとした時、彼が私の肩を叩いた。
「そいつはなんも悪くねぇ。俺のせいだ」
持ってこられた椅子に腰掛けて、彼が事情を話してくれた。
「……元々偶然だった。俺は昔から霊がよく見える。そいつを見つけたのも偶然だ。興味本位であとを追いかけた。……したら、いきなりワケわかんねぇバケモンに襲われたんだ」
「虚……ですね」
「そうらしいな。コイツが戦ってたんだけどよ。虚に俺の存在が気が付かれた。……そいつは、俺を庇って怪我した」
「力は……死神の力は何故!」
「それも偶然だ。こいつが庇ったと同時に、その刀が俺に刺さった。したら、その瞬間この有様だ」
彼が指さした先には、隊士の斬魄刀が落ちていた。既に半分折れ、無惨な姿になっている。
「初めは訳分からなかったさ。けど、まだこいつが話せた時、色々教えて貰った」
彼の口から語られたのは、魂葬のやり方や虚の倒し方。
少ない情報の中で、才能とも言える直感力で今までを凌いできたのだ。
死神としての掟が分からない以上、魂魄を探し回って片っ端から魂葬していたのだろう。
魂葬過多の原因はそれだった。
私は再度隊士の前に膝を着いて、顔を見る。
「……浮竹隊長に報告をあげます」
そういうと、小さく頷く彼。そして、私は通信を繋げた。
『……聞くよ』
「……私は……この件を悪だと思いません……」
そう前置きをして、男性から語られた全ての事情を説明した。
『……そうか。有難う、如月。後は此方で話をしてくる』
「……彼を……もう解放してもいいですか……」
『ああ、俺が責任を持とう。彼らの話は嘘ではないと』
重要参考人である死神。本来であれば瀕死だろうとなんだろうと連れて帰って、言葉の出せる限り査問にかけるべきだ。
それでも、そんな事……私達には出来ない。
どれだけ長い時間苦しんだだろうか。救援も呼べず、体も動かず。痛みと苦しみに耐え抜く日々をどれほど過ごさせてしまったのだろうか。
通信を切って、私は顔を伏せた。
「……こいつ、待ってたんだ。仲間が来るのをずっと。呼び方がわからねぇ俺じゃ、どうにも出来なかった。力不足ですまねぇ!!」
悔しげに頭を下げる男性。
……悪い人じゃない。真剣に自分に出来ることの全てと向かい合ってきた結果だ。
私は、浅く呼吸をする隊士と目を合わせる。
「……待たせてごめんなさい。死神須らく、友と人間を護るべし。……貴方は……誇り高い死神です。十三番隊隊長浮竹十四郎の名を代弁して、私が見送りをします」
私がそういうと、彼は一筋の涙を流した。
そして、そっと目を閉じる。それと同時に、私は装置を止めた。
崩れる結界。彼の霊力が大気中に飛散する。
「あり、がとう……ございま……」
そのまま、彼は息を引き取った。
「……涙一つくらい流してやってもいいんじゃねぇのか」
「……彼は戦士です。誇りを胸に死にゆきました。涙を流して見送る事は、侮辱です」
「……息苦しい生き方してんのな。死神って奴は。そんなんじゃいつか潰れるぜ」
亡骸の顔に、近くにあった布をかけてそっとその場を離れる。
そして、部屋の隅に私は腰を下ろした。
「貴方の名前は?」
「ああ、名乗るのが遅れて悪かったな。銀城空吾だ。嬢ちゃんは?」
「如月姫乃です」
「いい名前じゃねぇか」
彼の表情は、辛そうにも見えたしスッキリしているようにも見えた。
ずっとどうしていいのか分からない中で一つの終わりが訪れたことが、彼の肩から重りを一つ外したのだろう。
「……あいつのこと、送ってくれて有難うな」
「はい。貴方の処分は隊長達が決めると思います。明日の朝、迎えが来るまで私がここに居てもいいですか?」
「ダメつってもいるんだろ? 監視しなくても逃げも隠れもしねぇよ」
生活用品の溢れた部屋の中。先程起きたことをグルグルと考えて、何も出来なかった事を悔やむ。
そうして夜がふけていく中で、銀城さんが私の前に何かを差し出した。
「最近外国から入ってきた飲み物だ。ココアっつーんだ。飲めるか? あ、霊体じゃ無理か」
「大丈夫ですよ。有難うございます」
受け取って口に運べば、暖かくて甘い味が口いっぱいに広がった。
不思議な味だ。ホッと肩の力が抜けるような……そんな味。
「気に入ったようで何より」
改めて部屋を見渡していると、私は近くに落ちていた本のようなものを見つけた。
本は好き。だから、自然と手が伸びる。
「ん? ああ、好きに読めよ」
現世の本は初めて手に取る。
「漫画っつーんだ。俺も好きでさ」
パラりと本を開いた時、私は目を見開いた。
内容に驚いたんじゃない。この描き方を……私は知っている。
「これ……なんですか?」
「だから、漫画だって。そっちにはねぇのか?」
「……絵と文字の……組み合わせ……」
「日本一有名な作者だぜ。覚えといて損はねぇな」
夢中でめくっていく。内容なんて一つも頭に入ってきちゃいない。
でも……これだ。夢で見たものは、これだ!
私は震える声で、銀城さんに質問を投げかける。
「ぶ、ぶりーちって漫画はありますか?」
「ん?なんだそりゃ」
「B、L、E、A、C、H……です」
「漫画には相当目を通してきたタチだが、知らねぇな。外国のもんかもな」
私の夢は、漫画に描かれた世界。理解の出来ない事象に、嫌な汗が止まらない。
「こ、この漫画というともは……現実で起きることを描いてあるんですか?」
「んなわきゃねぇだろ。まあ、中には過去に起きた事件を描いたガチなやつもあるけどよ。大抵は御伽噺。だから面白いんだろ」
「御伽噺……未来の現実を描いたものは?」
「そんなものねぇよ。こうだったらいいな、ああだったらいいなって世界を描いてんだ。一種の夢だな。ほら、嬢ちゃんが手に取ってるやつは例えば、火の鳥が実在したらって世界観でよ……」
銀城さんの言葉は、私の耳にはそれ以上届かない。
夢の世界を描いているもの?
現実ではないもの。では、私の記憶にある漫画の夢は、尚のこと夢か現実か。
そこで私は、ようやく思い出した。銀城空吾。
……初代死神代行。
もう随分とあやふやになってしまった記憶だが、名前は一致する。
「……い、おい!」
私があまりに呆然としていたのだろう。
肩を揺すられて、ようやく意識が現実に戻ってきた。
「疲れてんだろ。ちなみに、漫画っつーのは、あんなことあったときに読むもんでもねぇよ」
そういって銀城さんは、私の手から漫画を取って適当に棚に並べた。
「ま、漫画の世界が現実で起きていたら……銀城さんはどうしますか……」
私の質問に、銀城さんは少し考え込んだ。そして、ニコリと笑って答える。
「そりゃ最強だろ! 英雄になれるし、楽しそうだ!」
「ど、どうやってその世界が、本当に現世で起こりえてると判断しますか?」
「小難しい質問してくるなぁ……そうだなぁ……確信が持てる事件が起きるまで、ひたすら待つしかねぇだろ。その前に変に騒いで、漫画の世界が変わっても嫌だしな」
「待つ……」
「そ、待つ。どれだけ走り出したくても、自分の知らない未来が来て迷子にならねぇように待つ」
銀城さんは、立ち上がって死神の亡骸の前に腰を下ろした。
「……でもまあ、どんな未来が来ても絶対に変えたいことがありゃ、俺は動くぜ。たとえその世界の主人公を蹴飛ばしてもな」
そう言って銀城さんは、亡骸に手を合わせる。手を合わせ終わった後、近くに置いてあった灯りを消した。
深い沈黙。
それ以降私達は何も話さないまま、長い長い夜を過ごした。