師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
今までだってそうだったから、今更って話でもないが……来るべき日は突然来るものだ。
「く、朽木……ルキアと……申します……。よろしく……お願いします……」
消えそうなほど小さな声で、深く顔を下げる少女。朽木ルキア。
緊張故か、表情は硬く目線が合うこともない。
突然白哉から、"預かれ"とだけ書簡が届いたかと思うと、次の日にはこの子は十三番隊の門を叩いた。
「初めまして! 俺は十三番隊で隊長を務めている浮竹十四郎だ。んで、こっちが……」
「志波海燕。十三番隊副隊長。よろしくな!」
「俺は身体が弱くてな……寝込むことが多いから、普段の取り仕切りは海燕に任せていることが多い。そして、こっちが……」
「如月姫乃です。十三番隊の役職は四席。兼任として鬼道衆副鬼道長も務めています」
そう言って笑ったが、ルキアが顔を上げることは無い。
「本当は都も紹介したかったが……生憎あと三日は帰ってこないしなぁ……」
そんな浮竹隊長の言葉にも反応することない。大方、頭の中は真っ白ってところだろう。
彼女との二言目をどう導こうかと考えた末、私は海燕さんの方をチラリとみた。
私と目が合った海燕さんは任せてろと言わんばかりの笑顔を見せる。そして、ズンズンとルキアに近寄ると、そのまま首根っこを掴んだ。
「おいこら、なにか言うことは!」
いきなり担ぎあげられたことに驚いたのか、ルキアは目を丸くしている。
「は、はぁ……」
「はあ。だあ!? よ・ろ・し・く・お・願・い・し・ま・す。だ!!」
「よ、よろしくお願いします……」
促されるままに言葉を反復したルキアをみて、海燕さんはニカッと笑った。
「上出来だ!! よろしくな!」
……その光景が……なんだか懐かしく感じた私は小さくクスクスと笑う。
「んだ、如月?」
「いえ……少し昔のことを思い出しただけです」
そういうと海燕さんは、んー? っと首を傾げて、思い出したかのような表情をする。
「あははは! そういやあ、お前もこんなクソガキだったなあ!」
「もう五十年近くになるのか。いやあ、時の流れは早いな」
浮竹隊長もうんうんと深く頷く。海燕さんは思い立ったかのように、突然私にルキアを投げた。
「ひぃ!!」
「うわっ!」
慌てて受け止めて、二人同時に海燕さんを睨む。
「「な、何するんですか!!」」
「お前がいる時は、朽木の世話役はお前だ! 二人でビシバシしごくぞ!」
「ええ……早速私、明日から一月は戻ってきませんよ……」
「んなもん、二・三日くらいズラせるだろ」
「……勒玄の雷を食らってきます」
まあいいかとルキアを畳の上に下ろして立ち上がる。
そして、地獄蝶を呼んで勒玄へと伝令を飛ばした。通話で言えばいいのだが、小言が長そうなのでやめておこう。
「あの……私の所為でご予定の変更など……そんな……」
「いいの! 私もルキアと一緒にいたい。それだけで充分だよ!」
「は、はぁ……」
まだ戸惑いを見せるルキアに、私達三人は目を合わせあって再びルキアに笑いかけた。
「「「ようこそ、十三番隊へ!!!」」」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼女の手を引いて、私は隊士達が集まる場所へと連れていった。
隊士達の中でも、五大貴族の養女が来るとあって様々な噂話が飛び交う事が多い。
決して失礼だけはないようにと、彼らもまた距離感を測りかねてる。
「しゅーごー!!」
私がそう叫ぶと、中庭に人が徐々に集まりだした。
「清音、仙太郎! 奥の人たちも呼んできて!」
「はい! お任せ下さい!」
「コイツより多くの人を呼んできますぜ!」
「なによ! 負けないったらね!」
そうしてしばらく待つこと三十分程度だろうか。
既に仕事で外に出ている人達や手を離せない人たちを除いて、多くの隊士が集合してくれた。
いきなり大勢の目の前に晒されたからか、ルキアは完全に固まってしまっている。
……怖いかな。怖くないよって……私が教えてあげられるかな。
そんなことを内心に思いながら、私は皆の方を向く。
「自己紹介出来る? 私が代わりにする?」
そう聞くと、ルキアは戸惑いながらも自分の言葉で挨拶をした。
「く、朽木ルキアと申します……。何卒よろしくお願いします……」
「白哉の義妹! 私がいるから、朽木家なんて名前に今更圧倒される事ないよね?」
「そ、それは如月四席だからですよ! 我々にとっては天上人です!」
「でも、ルキアはルキアだよ」
私がそういうと、皆は戸惑いながら互いの顔を見合わせる。
コソコソと話が続く中、人だかりの奥から一人の人が前に出てきた。
五十年前と比べると人は随分入れ替わりを見せたが、それでも私が十三番隊に来た時にいた人は少なからずまだいる。
彼はその内の一人だった。……忘れもしない。
私が初めて人との境界線を崩す時に、目線を合わせてくれた人。
彼は、あの時と同じように腰を落としてルキアと目線を合わせる。
「……よろしく。分からないことがあれば、何でも聞いてくれ」
それをキッカケに、一人……また一人とルキアと握手を交わしていく。
徐々にルキアを中心として人だかりが出来て、私はそっと数歩後ろへと下がった。
「……やっぱお前に任せてて正解だな」
私の後ろから海燕さんがそう小さい声で言った。
「皆なら……きっとこうしてくれると信じてましたから」
「如月がそうさせたんだ。胸張っていいんだぜ」
「どんな背景も肩書きも関係ない。……その子はその子。……海燕さんから私が与えてもらったことですよ」
人だかりが徐々に解けていき、埋もれていたルキアが再び見えた。
そんなルキアと目が合って、笑いかけると……少し硬い、けれど精一杯の僅かな微笑みが帰ってきた。
「……え」
その笑顔を見た時……ドクンと心臓が大きく跳ねる。
「……如月?」
「っ……」
私は数歩また後ろに下がって、自分の頭を抑えた。
明らかに先程の私とは違う雰囲気を察した海燕さんが体を支えてくれる。
「おい! しっかりしろ!!」
ルキアの笑顔。その笑顔の横に海燕さんの笑顔が並んで見えた気がした。
それだけなら、ただ微笑ましい光景のはずだった。
いつの日にか与えてもらった海燕さんの笑顔と、今しがた私がルキアに与えた笑顔が重なって見えただけ。
「はっ……はあっ……」
なのに全身に襲いかかるのは恐怖。
その笑顔がドロドロに溶けて消えていく幻影。
頭の中にフラッシュバックの様に浮かんでは消えていくのは、忘れ去っていた漫画の欠片。
幼い時に見ていたという曖昧な記憶に加えて、五十年という歳月が忘れさせてしまっていた欠片。
……ルキアが……海燕さんを……殺す?
その一枚の光景がドンッと脳の中に張り付き、私はその場に尻餅をついてしまった。
「如月四席!?」
「大丈夫だ! お前らは仕事に戻れ!」
異常に気がついた何名かの隊士が、私に駆け寄ろうとしてきたが海燕さんが制す。
「き、如月殿……」
「大丈夫……少し……疲れてるだけ」
戸惑うルキアにそう言葉を返す。
グラグラと揺れる視界の中、私は抵抗も虚しく意識を失ってしまった。
***********
「起きたか」
ハッと目が覚めると、十三番隊の仮眠室に私は寝ていた。隣には海燕さん。
「心配おかけしてすみません。もう大丈夫ですから」
「いい、寝とけ」
起き上がろうとしたことを止められて、私は再び布団に背中を倒す。
倒れる前に感じていた動悸や息切れはもうない。
ただ、どんな敵の前ですら起きたことの無い、僅かな指の震え。……恐怖している。
今まで、見えていたことに怯えていた私が……今度は見えないものに怯えている。グッと拳を握りしめて、深い深い息を吐いた。
「お前、いつから休み取ってない」
「んー……最後の非番は確か……四年くらい前ですね」
「働きすぎだ。疲れてんだろ」
「そうかもしれません」
私は部屋の出入口の方に目を向けると、口角を少しあげる。
「入ってきていいよ、ルキア」
そう言葉を投げると、そっと襖が開く。
「初日からかっこ悪い所見せてごめんね」
「あ……いえ……」
「お前の記憶じゃ初日だろうが、もう丸一日経ってるぜ」
その言葉に驚いて、流石に体を起こした。今までだって瀕死の重症を負ってきたことはある。それでも、丸一日眠り続けたことなどなかったからだ。
「肉体の負傷とは違ぇ。精神的なもんだ。……どうした、如月」
「大丈夫です。疲れていただけだと思います」
「今更俺を誤魔化せると思ったか」
そういって私の目をじっと見つめる海燕さん。……この目からは逃げられないと感じた。
「……わからないんです。本当に……わからない。分からないことが、恐ろしいです」
私の記憶は、限りなく現実的。それはもう流石に理解出来る。
しかし、理解することと受け入れることはまるで違う。
「ルキアは海燕さんのお陰で十三番隊に馴染めて……それで……」
実に断片的であるが、ルキアの視点からみた景色は、悲劇へと繋がっている。
それを……受け入れることが恐ろしくてたまらない。
それ以上言葉に詰まった私。すると、右手に温かさを感じた。
目線を向けると、ルキアが私の手を握っている。
「……如月殿のお陰です。私がああして、皆さんと挨拶を交わす事が出来たのは、紛れもなく如月殿のご尽力のお陰です」
「私の……?」
「温かさを与えていただきました。押しつぶされるかのような不安を塗り替えていく温もりを」
繋がれた手から感じるルキアの温もり。
……ルキアの記憶を……私が塗り替えた?
ほんの僅かではある。それが何に繋がっていくのかはわからない。
だけど、ほんの僅かに世界線を変えたのだとしたら……。
私はそっとルキアの腕を引いて、抱きしめる。
「……守るから。私が絶対、守るからね」
「……はい。ありがとうございます」
結局、ルキアといる為にズラした筈の仕事の予定は、私が倒れていたせいでプラスマイナスゼロ。
海燕さんと交代になる前に、私は沢山の話をルキアとした。
「に、兄様と同期だったんですか!」
「うん。白哉から何も聞いてないの?」
「……兄様とは、殆ど会話をしたことはありませぬ。目もあったことすらありません」
初めて持つ妹という存在に戸惑っているのか、それとも接し方が分からないのか。
きっと両方。
白哉からは、ルキアに絶対何も話すなと言われている。だから、私に二人の関係性に関してしてあげられることは少ないし、私が介入すると白哉は更にルキアを突き放してしまうだろう。
「じゃあ、機嫌のいい時と悪い時だけの見分け方だけ教えて上げる」
「是非!!」
「機嫌いいときはね、瞬きが多いよ。悪い時は、鬼みたいな顔してる」
「……違いがわかりませぬ」
「そのうち分かるよ」
一生懸命にメモをとるルキアが可愛くて、本当はもっと沢山の事を教えてあげたい。
けど、ズルして埋めた関係性が必ずしも上手くいくとは限らないから難しいところだ。
「おー、女子会してねぇでこっち手伝え!」
「この女子会は最重要案件です!」
「んだとこらぁ……」
「よし、この鬼から逃げるよ!ルキア!!」
「ひぃいい!!」
まだ瞬歩が使えないルキアを抱えて私は屋根の上に飛び乗った。
眉間に血管を浮かべて追いかけてくる海燕さんから逃げ惑っているうちに、腕の中のルキアがクスクスと笑い声を上げた。
その笑顔を見て、私は暖かさに胸が包み込まれた。
「……嬉しいかも」
「へ?」
「ううん。海燕さんもこんな気持ちだったのかなって」
足を止めた先の屋根は、いつの日にかみんなで作った屋根。
所々色が落ちてしまっており、流れた年月に相応しい状態といえるだろう。
「はー、はー……如月ぃ……まだまだ俺から逃げられると……」
汗を垂らして息を切らせながら私の後ろに立った海燕さんだったが、目線の先にあった屋根を見つけて言葉を止める。
「おー、なかなか屋根の上って来ないから久々に見たな」
「これは?」
「昔、皆で造ったんだ。なかなかいいセンスだろ?」
他の隊にはない珍しい色合いに、ルキアは物珍しげにジッ見つめる。
その横顔を見て、私はふと思い立った。
「色が禿げてしまっているところも多いですし、そろそろ造り直しましょうか」
「お前が次、隊舎寄る時にするか」
「……いえ、今度はルキアとしてあげてください。任せましたよ」
私が皆との一歩を踏み出すきっかけになったこの屋根。
この思い出を、今度はルキアを中心にしてあげてほしい。そんな私の思いを察した海燕さんが、任せろと言いたげにピースサインを作った。
「よ、よろしいのですか? 現状維持の処置でも……」
せっかくの屋根をまた変化させてしまうことに戸惑った様子のルキア。
そんな彼女の頭を私はそっと撫でる。
「違うよ。壊れたらまた何度でも造り直せばいいの。そうして出来たものは、決して悪いものじゃない。壊れないように必死に取り繕うことも出来るけど、思い出は一つより二つの方がいいでしょ?」
私の思い出が消えるとか、そんな悲しい話じゃない。
皆で造り上げた思い出と、それと共に流れた月日。そして、今度はその思い出を味わって欲しいと思える子が現れたこと。その子と過ごす未来。
ほら、思い出がどんどんこうして増えていく。
ルキアは言葉の全ての意味は分からなかったようだったが、コクリと頷いた。
「ちなみに、人の受け売りね」
「どなたのですか?」
「言葉をくれたのは浮竹隊長だけど、きっかけをくれたのは白哉だよ」
「ええ! 兄様が!?」
「そ。その思い出をルキアにも分けてあげる」
「ありがとうございます!!」
そうして、一時の穏やかな時間を過ごして、私はまた激務の続く毎日へと戻って行った。
原作参考年表
1962年 朽木緋真死亡
1963年 ルキア朽木家に拾われる
1965年 朽木白哉・市丸ギン隊長就任
1967年 ルキア十三番隊入隊