師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
——西流魂街第一地区 潤林安 郊外
藍染さんと出会ってから五年が経った。
綺麗な湖の近く。ここが私と藍染さんの修行場所。時間の進みは、ゆっくりなようであっという間だ。
小さく蹴られれば死にそうな体だった私は、多少身長が伸びたと思う。
だけど藍染さんは相変わらず、見上げた時は逆光で顔が上手く見えないほど背が高い。
そんなことを考えていると、目の前を木刀が横切った。
「試合の最中に考え事はよくないな」
「……ごめんなさい」
間一髪避けることには成功したが、ちっとも反撃には移れない。打ち込み練習の時と違って、試合形式の時は避けることで手一杯だった。
主な授業内容は三つ。鬼道と剣術、そして学問。
鬼道はもともとセンスがいいのか、藍染さんの教え方がいいのか分からないが天井知らずに上達した。
私自身、鬼道が一番得意だ。
「また腰が引けているよ」
「こ、怖い……」
「怖くない」
普段は優しい藍染さんは、訓練では別人のように厳しかった。一度始めたら、もう嫌だと投げ出すことは許されないし、なかなか合格点をくれない。
私が剣術を苦手としているのは、振り下ろされる木刀が怖いからという理由もあるけれど……剣術を習う時に課せられる条件が厳しすぎる。
藍染さんとしか戦ったり教えてもらったことはないけれど、変だってのはなんとなくわかる。
「見えたらもっと怖くなくなるのに……」
「戦闘で姫乃が目だと思っているものはなんの役にも立たないよ。心の目……所謂、霊圧知覚能力で相手の動きを読むんだ」
まず一つ目に、剣の試合で目を開けてはいけない。いつも目隠しをした状態で試合は始まる。
はじめは歩くことも出来なくて、藍染さんがどこにいるのかもわからなかった。振り下ろされる木刀に何度も飛ばされては泣いての繰り返し。
そして二つ目に、藍染さんが放つ殺気と霊圧が恐ろしくてたまらない。
「戦いは常に殺気と多くの霊圧の衝突が起こる場所だ。殺気や霊圧に気圧されていてはどうしようもないだろう」
この霊圧に何度吐いただろう。この殺気に何度大泣きしただろうか。今だって怖いし、手が震える。
それでも、打ち込まなければこの試合は終わらない。
「っ……やああああ!!!」
必死に藍染さんがどこにいるのかを探り当てて、思いっきり木刀を振った。私の背丈で振り下ろしたとことで、藍染さんの腰くらいにしか届かないけれど、攻撃の姿勢を取ることが大切だといつも言われている。
バシィ……と鈍い音がして、私の手から木刀が消えた。その直後、額に鈍痛が走る。
藍染さんが私の木刀を吹き飛ばして、返しに頭に一撃食らわせたんだ。
「……痛い」
ジワッと目に涙が浮かんだところで、私の目隠しが取られた。今日の剣術はここまでらしい。
「怪我は……なさそうだね」
「……どうして私は傷が出来ないの?」
村の子供達から石を投げられても、痛みは感じるが血が出たことはなかった。コケても大怪我をしたことは今まで一度もない。
「霊圧だよ。死神が持つ霊圧は、そのまま本人の防御能力に比例する。つまりは……霊圧が低い存在から攻撃を加えられようとも、姫乃自身が持つ霊圧が段違いに高ければ傷にはならない」
「……? あんまりよくわからない」
「つまり、姫乃が今本物の刀を持ってきて僕を刺そうとしても、刃は皮膚一枚裂くことは出来ないってことだよ」
ということは、藍染さんは私が怪我をしないように霊圧を調節してくれているのだろう。本当はもっともっと強いってことだ。
村の子供達と私では、私の霊圧が高すぎて傷を負わせることが出来ない。
「え、じゃあ、どれだけ訓練しても、うんとうんと霊圧の高い敵だったら負けちゃうの?」
「そうだ。死神の世界の戦いは、霊圧の戦いだよ」
「……じゃあ今やってる訓練は……」
意味がないんじゃないか。そう言おうとしたが、基礎が無ければ戦闘のスタートラインにすら立つことが出来ないのだと気が付いて途中で言葉を止めた。
「心配しなくても、姫乃の霊圧は充分に高い。今後も年を重ねるごとに強くなる」
「どれくらい!?」
「そうだな……。百年もしないうちに護廷十三隊の顔を張るくらいにはなるだろうね」
「霊圧だけは?」
「そう、霊圧だけは。豚に真珠と呼ばれたくないだろう。だから訓練を辞めてはダメだ」
自分の実力は分からない。けれど、出来るようになっていることが一つ一つ増えているのは純粋に楽しいし、藍染さんと過ごす時間は大好きだ。
どれだけ泣かされても、最後は絶対笑わせてくれるから。
「そういえば……そろそろ一年経ったかな? おいで」
訓練が終わって水分補給をしていると藍染さんに呼ばれた。なんで呼ばれたのかがわかって、私もニコリと笑った。
「はやく!」
「はいはい」
私たちがたどり着いたのは、この辺りで一番大きい木だった。藍染さんは毎年この木の幹に私の身長を刻んでくれるんだ。
元々は、私が早く大きくなりたいと愚図っていた時に、こうやってちゃんと大きくなっているとわかるようにしておこう。と始めたものだった。
今では毎年の恒例行事である。
「ねえ、これ消えちゃう?」
「鬼道の熱を使って刻んでいるから、消えることも埋もれることもないよ。ただ、雑草は取らないと」
私が木を背にして精一杯背筋を伸ばせば、藍染さんは頭に手を置いて、しばらくすると温かい熱を感じた。
もういいよと言われたので木から離れて、二人で幹を見る。
「伸びた!!」
「そうだね。三センチくらいだろうか」
「大きい?」
「さあ、どうだろうね。僕は子供の成長速度に関しては分からないけれど……姫乃は少なくとも、平均的な女性よりは背が高くなりそうだね」
「藍染さんを追い抜ける?」
「未来はどうなるかわからないから、不可能だとは言わないけれど……もっと別なところで勝負した方がいいかもね」
つまりは現実的でないということ。がっくりと肩を落とした私をみて、藍染さんは気晴らしにとまた金平糖をくれた。
……たまに夢を見る。読み書きができなかったときは、なんの夢なのかわからなかったけれど今ならわかる。私の中に断片的に流れてくる映像は、死神の戦いを舞台にしたものだ。
物語の時系列はバラバラで、夢を見るたびに違う映像だからまだ詳しくは分からないけれど……夢の中では藍染さんは悪い人だった。
仲間だった人たちを裏切って、敵になってしまう。その夢は悲しくて、現実的ではない。だからこそ夢だと思っている。
「姫乃?」
「……藍染さんは悪い人なの?」
私がそう聞くと、藍染さんは少し驚いた顔をした。
「どうしてそう思うんだい?」
「夢の中で……悪いことをしていたから」
「いい人かいい人じゃないか。それは所詮、他人が勝手に決めた物差しで決められた虚像だ」
「きょぞう?」
「この世界の善悪なんて、誰かが勝手に作ったまがいものってことだよ。姫乃には、いい人か悪い人か。好きか嫌いかだけで物事を見ることしか出来ないような子になってほしくはないかな」
「……うーん。はあい」
「難しく考えることはない。自分が正義だと思った道ならば、他人が口を挟んだり、評価するようなことではないということだよ」
少し話をずらされてしまったようには感じたが、きっと私の理解力がまだ足りていないだけだろう。
私が難しい顔をして考え込んでいると、藍染さんはふと私の髪を触った。
「随分伸びてきたな」
「もじゃもじゃー!」
「猫っ毛だからね」
私の髪は、放っておけば横広がりに爆発しそうな猫っ毛だ。外はねの髪は、確かに随分と伸びてきた。
藍染さんはその伸びた髪をみて、一つの提案をしてくれた。
「髪留めを買った方がいいね」
「そんなお金ないもん」
「それくらい買ってあげるよ」
その提案は嬉しくて、便乗するかのように私は追加のお願いをした。
「瀞霊廷に行きたい!!」
目と鼻の先にある街。ずっと興味がなかったけれど、死神としての力をつけていくうちに気になってきた。
いつかお願いをしようとしていて、いつも忘れてばかりだったから、この際にお願いしてみる。
「いいよ」
「やったあ!」
嬉しさ反面、今日は行けないんじゃないかと考える。瀞霊廷に死神じゃない人が入るには、とても多くの手続きが必要だと藍染さんが昔言っていたことを覚えていたからだ。
私が藍染さんを見上げると、目が合ってニコリと笑われた。
「今から行けるよ」
「本当!?」
「本当だ。実は、そろそろ行きたがるんじゃないかと思って、もう通行証は発行してあるんだ」
「さすが!」
私の考えることなんて掌の上と言わんばかしに、藍染さんは懐から取り出した通行証を私にヒラヒラと見せてくる。
流した汗を拭いてから、私は初めての瀞霊廷に向かうことにした。
□
——瀞霊廷内
藍染さんの言うとおりに、門はなんなく通過出来た。それでも、初めて来た瀞霊廷の中と人の多さに怖気づく。
「……怖い」
「そういうと思った。おいで」
私はよじ登るようにして藍染さんの腕の中に納まる。虎の威を借りる狐とはこのことだろう。藍染さんの腕の中に居れば、さっきまでは恐ろしく見えていた人たちが怖くない。
……みんな私達の方を見ている気がする。
「みんな見てるよ」
「そりゃあ、僕はこう見えてそれなりに顔は広いからね。物珍しいんだろう」
「話しかけてはこないね」
「君を抱えているから、どう声をかけていいのかわかってないだけさ。気にすることはない」
初めて見た藍染さん以外の死神。私は、藍染さんと他の人達の違いにすぐに気が付く。
「ね、ね! なんでみんなこれ着てないの?」
私が引っ張ったのは、藍染さんがいつも着ている白い羽織。背中には五と書かれているものだ。
「これは僕だけが着るものなんだ」
「どうして?」
「護廷十三隊には、十三人の隊長がいると教えただろう? 僕は五番隊の隊長だ」
「じゃあ、五は藍染さんのもの?」
「そうだよ」
「ずーっと?」
「いずれは他の誰かのものになるさ。でもずっと先の話だ」
ふうん。と返事をして、物珍しい街並みを食い入るように見つめた。どのお店も見たことない店ばかりで、どこからかご飯のいい匂いが漂ってくる。
もうすぐ夕暮れ時なのだろう。仕事帰りの人込みを進んでいれば、藍染さんの足が止まった。
「着いたよ」
着いた場所は、様々な飾り物が売られているお店だった。キラキラと輝くものから、奥の方には着物が沢山だ。
思わず声を失っていると、藍染さんは店の中に足を進める。
「すみません。この子に似合いそうな髪紐をください」
「おや、随分と縛り甲斐のありそうな髪ですね。少しお待ちください」
店の人が奥に消えていくと同時に、私は藍染さんの腕の中からもがいて脱出した。
どれもこれも初めて見るものばかりで、人見知りより興味の方が勝つ。
「これ何?」
「簪。姫乃には二百年早いよ」
「これは?」
「下駄の鼻緒。それだけ持っていてもどうしようもないだろう」
「これは?」
「それは手鏡」
綺麗に輝く手鏡に写る自分の顔。顔を近づければ大きく写って、遠ざかれば小さく写る。その変化が面白い。
水面に写ったりで知ってはいたけれど、こんな綺麗に見たのは初めてかもしれない。
もう少し色が落ちれば白になってしまうんじゃないかと思う金髪。黒い瞳。すこしタレ目で、頬と唇は桃色。
「……お母さんに似てない」
母は、黒髪だ。目の色だけは一緒な気がするけれど、他の何処からも母の要素を感じない。これでは確かに、村の子たちからバケモノの子と呼ばれてしまうのも分からなくはない。母のお腹から出てきたのは、似ても似つかない子なのだから。
「……お父さんに似てるの?」
「かもね」
「藍染さんにも似てない」
「当たり前だろう」
じーっと鏡を見つめていれば、背後に藍染さんの顔が写った。手には赤いリボンのようなものを持っている。
「そのまま真っ直ぐ向いていなさい」
「はあい」
私の髪が束ねられていき、しばらくすると綺麗な一つ結びが出来た。頭頂部にちらりと見える蝶結びが可愛い。
「上手!」
「初めてだったけれど、上手く出来て良かったよ。気に入ったかい? 他にもあるよ」
「これがいい!」
「いずれは髪紐に変わるだろうが、幼いうちはリボンの方が似合うだろう」
そのまま藍染さんがお店の人に何かを伝えている。多分お会計をしているんだと思う。
また戻ってきたとき、帰るのだと分かって私は手鏡を元の位置に戻した。
「それも買ったから、持って行っていいよ」
戻した手鏡を藍染さんが手に取って私の袖の中に入れてくれた。二つも買ってもらって嬉しくて口元が緩む。
「ありがとう!」
「どういたしまして。じゃあ帰ろう」
外に出たらきっとまた沢山死神がいる。私が藍染さんに抱っこをせがむと、嫌がることなく抱いてくれた。
外に出ると、すっかり日が落ちていて辺りは暗い。流魂街と違って街灯はあるが、暗いということに変わりはない。
「暗いね」
「そうだね。こういう時に灯りをどうすればいいか教えただろう」
夜道を照らすための鬼道がある。応用のものだけど、松明や行灯代わりに最も適しているから沢山練習して使えるようになった。
両方の掌で水をすくう時のような形を作る。そしてイメージを強く持ちながら集中をした。
「 破道の三十一 赤火砲! 」
……の応用。と心の中で付け足して唱えると温かさが伝わってきた。そっと目を開ければ、想像していたよりは小さいけれどちゃんと灯りはついている。
「……何点?」
「うーん、40点」
厳しい採点にムッと頬を膨らませて、藍染さんから目を反らす。そうして自分が付けた灯りを見つめていれば、ふと正面から誰かが歩いてくる雰囲気を感じた。
「……誰か来るよ」
「大丈夫」
さっきまですれ違っていた人たちと違う。明確に私達に向かって歩いてきている。
「たまげたね、その歳で立派な詠唱破棄技術だ」
怖くなって、思わず灯りを消してしまったことと話しかけられたのは同時だった。私に話しかけられていると分かってはいたが、返事はしなかった。
「あらま。怖がらせちゃったみたいだねぇ」
「すみません。京楽隊長。人見知りがまだ少し取れてなくて」
「あはは、いいのいいの。この子がそうかい?」
「ええ。今日は買い物に」
私の見た中で最も背が高い人物は藍染さんだった。この人はそれよりも大きくて、嫌な匂いがする。
私は逃げるように藍染さんの白い羽織を使って身を隠す。
「こら、姫乃。挨拶しなさい」
「姫乃ちゃんかぁ、可愛い名前だねぇ。こういうのは浮竹の方が得意なんだろうけど、生憎寝込んじゃっててね」
「……臭い!」
「こら! 姫乃!」
ぴしゃりと藍染さんに怒られて、悲しくなる。臭いもん。本当のことを言っただけだもん。
私が固まっていると、その人から笑い声が聞こえた。
「ごめんよ。ボクが一服してしまったせいだね」
所謂煙草の匂いなんだろうけれど、私の好みじゃない。藍染さんがいつも使っている甘いお香の方が好きだ。
……好きか嫌いかだけで決めちゃダメだと言われたばかりだった。だから藍染さんは怒ったんだ。
「……ごめんなさい」
口だけで相変わらず顔一つ見せない私だが、二人は気にしていないようで会話を続ける。
「霊術院にはいつ来るのかな? 赤火砲詠唱破棄の一年生は話題になるだろうねぇ」
「そうですね……。あと五年後くらいを考えています」
「おんやぁ? 年齢的には来年でも大丈夫だろう?」
「僕から見ればまだまだですよ。どうせ人前に出すならもう少し格好がつかないと……とは思っています」
「親馬鹿ならず師匠馬鹿ってところかい。楽しみにしているよ、姫乃ちゃん」
……私は死神になるなんて言ってないのに。いつの間にか藍染さんもその気になってるし。
いつの間にか煙草の人の気配が消えて、藍染さんは再び歩き出していた。
しばらく無言の時間が続いて、藍染さんが先に口を開く。
「勝手に死神の話を進めたこと、怒っているのかい?」
「……別に」
「面白いくらいに強くなる君を見ていたら、ついね。気にしなくていいよ。姫乃は姫乃が進みたい道を進みなさい」
初めての瀞霊廷は、楽しかったことと怖かったことの半分半分。藍染さんと二人で散歩に行くことすら怯えていた五年前に比べたら随分と進歩だと思う。
ただ、死神を実際に目にして……憧れるわけでもなかった。
本を読んで、鬼道の練習と苦手な剣術の練習。藍染さんが来てくれる日はいつも突然で不定期だけれど、一杯訓練して一杯遊んで。
そうして過ごしていくうちに、さらに月日は流れていく。
気が付けば、藍染さんと出会って十年の月日が経っていた。
そして、私の死神になるかならないかを決める決定的な出来事もこの年に起きた。