師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
進む進む時計の針。戻らぬ時の混沌。
前を向けば飲み込む濁流。
背を向ければ閉ざされる光。
時は等しく無情なりてお前の喉元に。
「如月殿ー!!!」
久々に帰ってきた十三番隊に顔を出して早々、ルキアが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「久しぶりー!!」
「半年もお勤めご苦労様でございました!!」
「ほんと、やっと家に帰ってきたって感じ!!」
ルキアと初めて会った時から既に十年。あの日倒れて以降、実に十年ぶりの非番だ。
「おーい、俺に挨拶は?」
「ただいま! 海燕さん!」
「おかえり。まあゆっくりしていけや」
十三番隊の任務は基本的に同時進行でこなし、報告書も鬼道衆の隊舎で作成することが多い。
その為、十三番隊の中では最も不在率が多いのが私だ。
この十年は、実に穏やかな日々だったと思う。
「ルキア、今日仕事は?」
「非番を頂きました!」
「おお、海燕さんたまには気が利きますね!」
「……るっせぇ、取り消すぞ」
「嘘です!! ありがとうございます! ルキア、遊び行こう!」
「はい!!」
ルキアの手を引いて、私は帰ってきたばかりの隊舎を飛び出す。
二人でこうして瀞霊廷中の美味しい甘味処を探して回るのは密かな楽しみの一つだ。
「さあさあ、何でも遠慮なく頼んでいいよ」
「本当ですか!」
「勿論!」
目を輝かせて店先に並ぶ甘味を見つめるルキアをみて微笑む。本当に、本当によく笑うようになった。
この十年間、影で目を見張っていた案件に関しては一切の進捗がないことも、私の肩の荷を少し軽くしている事かもしれない。
二人で甘味を選んでいると、後ろに誰か立ったのか、私達の正面に人影が出来た。
「やあ、何年ぶりだい? 姫乃」
「ボクなんか、あの承認式以来ちゃう?」
偶然にも同じ甘味処で出会ったのは、藍染さんとギンだった。
「ん、ルキア。先に中入ってていいよ」
「はい」
私は平気だけど、流石にルキアは隊長二人が目の前に立たれたら緊張で胃が焼き切れてしまう。
素直に店の中に入っていくルキアを見守って、私は二人に目線を戻した。
「藍染さんとは三年ぶりで……ギンとは五年ぶり?」
「ひゃあ、あっという間やねぇ」
「ほんとね。私達にとっては一瞬だよ」
通行の邪魔にならないように一度道の端に避けて、私達は会話を続ける。
「まだ副鬼道長のままなのかい?」
「んー……十三番隊を抜けたくなくて」
「護廷鬼道衆の案、結局流れてもうたもんなぁ」
「そうなの。だから、大鬼道長になったら十三番隊を抜けなくちゃいけなくて」
あの日に提案した件は、結局否決となってしまった。
なんでそうなったのか分からないし、白哉に聞いても守秘義務案件らしくて教えてくれない。
まあ元々通るなんて期待していなかったから未練は特にない。
「姫乃が決めていることなら、僕達がとやかく言う必要は無いさ」
「ありがとう。ルキア待たせてるからそろそろ行くね」
二人に別れを告げようとした時、藍染さんが話を続けた。
「随分と仲がいいね」
「うん。なんだか昔の私と重なっちゃって。大切にしてるんだ」
「十三番隊が君にとってこんなにも大切な物になるなんて思わなかったよ」
どこでもいいやと思っていた頃の私はもう居ない。
私の心境の変化や成長を見てきた藍染さんは、懐かしそうに嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 絶対誰にも奪わせない!」
私のその言葉に、藍染さんは少し目を大きく開いて、数回瞬きをした。
そして直ぐにいつもの笑顔へと戻る。
「そうか、奪われるばかりの頃だった君が……守る側になったのか」
「合格?」
昔のように、期待値を越えられたのかと採点を聞くと、藍染さんはクスリと笑った。
「ああ、満点だ」
「嘘だあ」
「本当だよ。君に嘘を言ったことは一度もない」
私達の会話を、やっぱりギンは不思議そうに眺める。目線を彼に向けても、何も言うことは無い。
「二人一緒なの、珍しいね」
「僕ら、今から現世に行くんや」
隊長が二人も? そんな何か大きな事件が起きているのかと首を傾げれば、答えを藍染さんがくれた。
「ここ数日、現世駐在の死神が失踪している。僕の五番隊もそうだが、ギンの所もだ」
「他にも被害はあんねんけど、代表してボクらが行くことになってん」
「……失踪?」
「分かり次第、君にも伝令を出そう。今度は涅隊長にバレないようにね」
本当は護廷十三隊の隊長だけが知る案件だが、こっそり情報の横流しをしてくれるということだ。
気になる案件ではあるので、有難い。
「じゃあ、これで伝令飛ばして」
私が渡したのは、二匹の地獄蝶。それを藍染さんは不思議そうな顔で眺めた。
「これは? 見る限り、従来の蝶とは少し違うようだが……」
言葉の通り、生き物の蝶というより、蝶の形をした機械だ。
「指定した人物以外の声は入れられない。音声変換機能が付いてるから、正しく聞き取れるのは私だけ。今それぞれ、ギンと藍染さんの霊紋で登録しといた」
「こらまた厄介な物造りはったなぁ……」
感心の声を上げるギンとは対照的に、何故これを作ったのか分かった藍染さんは口元を緩ませる。
「仕返しのつもりかい? それにしても、いつの間に涅隊長の霊紋データなんて取ったんだい?」
その言葉通り、これは汎用性のある道具ではない。
そもそも、指定した人物の声しか入れられないということが重要なのではない。霊紋を元に造られたということが重要なのだ。
つまるところ、例え涅隊長が手に入れたとしても、自分の霊紋を弾かれている限り、解析には相当な時間を取られる代物。
「私がやられっぱなしなわけないでしょ。自爆機能が付いてるから、涅隊長がこの蝶の前で一言でも話したらドカン……だよ。お喋りなあの人にはうってつけでしょ」
「全く……とんだじゃじゃ馬娘だね」
「褒め言葉だよ。行ってらっしゃい」
「いってきます」
「ほなねー」
二人を見送って、私は甘味処の中へと戻った。
一人で待っていたルキアが、少し不安げな顔から一気に安堵の表情へと戻る。
「待たせてごめん」
「いえ! それより……その……」
「ああ、藍染さんとギン? 昔からあんな感じなの。無礼じゃないよ」
「き、如月殿の交友関係はどうなっておるのですか……」
白哉の件といい、ルキアの頭な中は混乱で満たされているようだ。
その表情が面白くて、クスクスと笑う。
「ギンの方が先輩なんだけどね。皆で遊んでいるうちになんとなく。藍染さんは……そうだなぁ……私の師匠。そして、育ての親……って感じかな」
「藍染隊長が?」
「育ての親なんて言葉、本人にも言ったことないの。秘密ね」
「勿論です!!」
そして二人の話題は、会えなかったうちの半年間の出来事へとうつり変わっていく。
「海燕さんとの修行はどう?」
「それが、つい最近始解を獲得したのです!」
「ほんと!?」
「はい! 袖白雪と言います。刀の全ての部位が真っ白で美しく……私には勿体ない程の斬魄刀です」
謙遜しながらも、抑えきれない喜びを隠しきれていないルキア。
少し見ない間にルキアはどんどん力をつけていく。剣術と走法を海燕さんから学び、鬼道を私から学び……末席であれば、もう既に席官として働くことも可能だろう。
ただ、それは叶わない。白哉のルキアを危険な任務へと付けさせたくないとの意向の元、彼女の席次試験には不合格を出し続けている。
不器用な彼なりの義妹の守り方。真意がルキアに伝わっていない以上、可哀想にも思えるが、ルキアは屈することなく不合格の度にさらに修行に打ち込む日々。
「鬼道の目標はなんだっけ?」
「高等縛道と高等破道の二重詠唱発動です!」
「だめー。どっちも詠唱破棄を目指してね」
その言葉に、ルキアはガクッと肩を落とす。
「如月殿はいつも手厳しい……」
「出来るよ、ルキアなら。自分で限界をここだと決めつけないで」
「はい! より精進いたします!!」
「じゃあ先ずは、蒼火墜くらいさっさと詠唱破棄でやろうか」
私がニコーっと微笑むと、ルキアはあたふたしながら目線を逃がす。
教えられる立場からいつの間にか教える立場に。追いかける立場から追われる立場に。自分でも気が付かない間に変わりゆく物事は、こうしてルキアを見ていると強く実感した。
幼い頃、なかなか合格を藍染さんが出してくれなかったのは、まだ出来ると信じてくれていたからだ。
「……合格?」
「へ?」
「ううん。なんでもない」
裏を返せば、それが限界だということではなかろうか。
私が十三番隊を守れる限界はそこだと。……嫌な予感がした。
「……そろそろ戻ろうか」
「今日は非番なのでは?」
「長年働いてるとね、休みの日に何していいか忘れちゃうもんなの。ルキアは好きに過ごしてていいよ」
「いえ! 如月殿のお供を致します!!」
キラキラと目を輝かせるルキアに微笑んで、私達は甘味処を出た。
そして歩きながら勒玄に通話をかける。
「勒玄。例の件の進捗は?」
『本日も北、西共に異変はございません』
「異変じゃなく、違和感は?」
『ございません。非番であれば、ご自身で確かめに行かれては?』
それもそうかと思って、私は通信を切る。そしてルキアの方を見た。
「今から流魂街の散歩に行くんだけど来る?」
「是非ともお供させて頂きたいです!!」
「よし、じゃあ刀持ってきて」
「はい!!」
一度隊舎に戻り刀をそれぞれ手に取る。そして、私はルキアの腰に紐を巻き付けた。
「如月殿? これは?」
「ん? 私の瞬歩についてこれるなら外してあげる」
「無理です……」
「でしょ。迷子にならないでね。しっかり背中掴んでて」
ルキアが私の背中を掴むと同時に、目的地へ向けて移動する。
後ろから悲鳴が聞こえるが、特段気にしなくても大丈夫だ。
*********
__北流魂街第65地区付近
十三番隊の管轄地域となっているうちの一つに辿り着くと、私は足を止めた。
背中のルキアは目を回してしまっている。私は懐からやちるちゃん専用飴を取り出した。
「はい、酔い止め」
「ありがとうございます……情けないです」
「大丈夫だよ」
そう返事を返して、私はそっと目を閉じた。
広範域に及ぶ霊圧知覚。霊圧を消せる虚であっても構わない。
いくら霊圧を消そうとも、生きているという証である魂動を消すことなど出来ない。
私の探索から逃げられると思うな。
探知に引っかかるのは、どれもこれも下級の虚ばかり。
私が手を出さずとも、のちのち討伐させるだろう。少なくとも、席官が負けるようなランクじゃない。
「……本当にいないな」
「なにをされているのですか?」
「霊圧知覚。ここから十霊里先まで探ったんだけど、めぼしいやつはいなかった」
「じゅ、十霊里……。そんな距離……」
「数少ない私の特技。さて、次に行こうか」
「え? ひぃいいい!!!」
再び移動を行い、思いたある場所の全てを周り尽くした頃にはすっかり日が落ちていた。
ついでに何体かすれ違いざまに虚を倒してはいたが、どれもこれも弱い。
グッタリと疲れきった様子のルキアに申し訳なく思いつつも、ようやく私達は帰路を目指す。
「低級鬼道で虚討伐とは……如月殿は本当に私の尊敬する人物です!!」
「ありがとう。明日からの十三番隊の仕事激減だね」
やはり私の思い過ごしか。今までだって何も無かった。
何も無いということに甘んじて、気を緩めた時はなかった。
本当に恐ろしいのは……考えられうる限りの策を講じたその先。
全く予想もつかない、全く想像すらしていなかった角度からの激動。
飲み込まれまいと否定していた夢に、いかに私が囚われすぎていたのかという事を叩き示すかのような……残酷な未来。
「如月殿、伝令神機が鳴っております」
「ん。ありがと」
帰ろうと歩いていた時、ルキアが私の伝霊神機を手渡しでくれた。
それを受け取ると同時に、空から無数の何かが飛んでくる。
「あれは……地獄蝶?」
本来一匹のはずが、数十羽の大群。
そんなこと、今まで一度もなかった。
これは、様々な人が私に向けて同時に伝令を出しているということ。私は先に通信を繋げる。
「はい、如月です」
地獄蝶に目を取られて、通信相手が誰だかは見なかった。
『…………』
通話先の相手は何も言わない。そして、地獄蝶が私の近くに到着する。
告げられた知らせは、絶望だった。
『如月四席!! すぐにお戻りください!! 昼に救援へと向かった都三席の部隊、壊滅です!!』
『副鬼道長!! 現世より藍染隊長、市丸隊長の戦闘開始に基づき、空間固定の緊急依頼が来ています!』
『六番隊からの救援要請です!! 先発の六番隊部隊及び十三番隊部隊の二部隊が壊滅状態です!』
『昨晩から南流魂街に討伐任務の為向かっていた六番隊部隊の一つが壊滅! 応援に向かった都三席の部隊が……』
『如月四席!』
『如月副鬼道長!! 現世の隊長格戦闘時の空間固定は席官での対応が間に合いません!』
『如月さん!!』
『……助けて……くださいっ……』
次々に地獄蝶から発せられる伝令。その全ての事柄に、理解が遅れた。
……六番隊部隊? 南流魂街? 救援? 都三席の部隊壊滅?
……何の話だ。私の知る世界は……私の知る未来は……
十三番隊の任務で出撃した都三席の敗北をキッカケに巡る悲劇だった。
いや、あれは本当に十三番隊の任務だったのか? そうだという証拠は描かれていない。
ならば、私はいつから十三番隊が最初の虚との接触者だと勘違いしていた?
それを今更確かめる術はない。もしかしたら漫画の世界では十三番隊が背負った任務だったかもしれない。その詳細は描かれていない。私がこうだと勝手に夢に飲まれて取りつかれた結果だ。
……未来が……僅かに変わっている。
いや、違う。
私がいるという事で、既にこの世界はこの世界である。
……ずっと前から頭でわかっていたはずだ。
自分で否定をし続けたはずだ。
いつから飲まれた?
いつから私は……夢に囚われた?
いつから、いつから……一体いつから、現実の方が悲劇的でないと思い込んでいた?
ずっと何も聞こえなかった筈の耳に当てた通信機。
私の思考が完結しないうちに、通話口から小さな声が聞こえた。
『…………すまぬ』
白哉だった。頭に大きな石を叩きつけられたような感覚。
ゆっくりとルキアの方を振り返ると、先程までの笑顔は消え……絶望に満ちた顔をしていた。
震えるな。怯えるな。動け、動け、動け。……現実を、見ろ。
「ああああああ!!!!」
私は自分の意識を元に引き戻すために一度大声で叫び、ルキアの手を取った。
「戻るよ!! 十三番隊に!!!」
返事が出来てないルキアに構わず、私は自身の最高速度で十三番隊への帰還を開始した。